この記事は
Math Advent Calender 2021
の23日目の記事です.
22日目は夜空🍀さん,24日目は
ルナさん
です.
本記事では付値環を作ることを目的としますが,レシピブックのようなものなので具体的な構成は皆さんに委ねます.手を動かしましょう.
本記事では環といったら1を持つ結合的な可換環とします.まずは付値環の定義を復習しましょう.
付値環の復習
全順序群
を群とする.上の全順序であって,任意のに対してならばかつとなるものが存在するとき,組を全順序群(totally ordered group)という.
付値環
を全順序Abel群とする.体と全射について任意のに対して;
(1)
(2)
(3)
が成り立つとき,を付値(valuation)という.体上の付値について;
をの付値環(valuation ring)という.
付値環のかんたんな性質は[1], [2]などの可換環論の基本的な教科書を見てください.付値環の特徴づけについては略証を述べておくことにします.
を整域とし,をその商体とする.このとき次の条件;
(1) は上のある付値の付値環である.
(2) は局所環であり,すべての有限生成イデアルは単項である.
(3) 任意のに対して,ならばである.
は同値である.
略証
を付値環とすると,イデアルについてまたはが成り立つことがかんたんな計算でわかる.特には局所環である.また有限生成イデアルについて,の最小元をとすればとなる.
についてとする.とおくとき,となるをとる.するとであり,またであることがわかる.よってである.
に対してを考えると,は全順序なAbel群をなす.和はとし,順序は;
とすればよい.このとき;
と定めるとこれは付値をなし,はこの付値についての付値環である.
系として次が得られます.
付値環がNoetherであることとPIDであることは同値である.
特に2次元以上の付値環はすべてNoether環ではないことがわかります.これは1次元でない付値環を構成すれば非Noether環の例が作れると言っているので,とても嬉しいことです.
モノイド
まずは付値環の材料を用意しましょう.
モノイド
を集合とする.上に結合的かつを単位元とする演算が備わってるとき,代数構造をモノイド(monoid)という.
ここでは可換なモノイド,すなわち任意のに対してであるものしか扱いません.このとき演算を,単位元をで表すことにします.モノイドについての言葉を用意しておきます.
- を可換モノイドとする.任意のに対してならばであるとき消去的(cancellative)であるという.
- を可換モノイドとする.について,でありかつ任意のについてであるときをの部分モノイド(sub monoid)という.
- を可換モノイドとする.写像であって,任意のに対してであり,単位元を保つものをモノイド準同型(monoid homomorphism)という.
自然数から整数を作ることを思い出して,モノイドからAbel群を作るのがレシピの第一段階です.
を可換で消去的なモノイドとする.このときに関係;
を定めるとこれは同値関係となりはAbel群となる.
可換,消去的であることに気をつけて計算すれば同値関係であることが確かめられる.さてに;
と演算を定めればこれはwell-definedで,が単位元,であるようなAbel群をなす.
と定めるとこれは単射なモノイド準同型になります.そこでと書くことではの逆元を付け足したような群だと思うことできます.これはまさしく自然数からの整数の構成そのものです!
付値環を作る
を可換で消去的なモノイドとする.に次の関係;
と定めると,これは反射律と推移律を満たす.またこれが反対称律を満たすこと(が順序をなすこと)と,が非自明な単元を持たないことは同値.
反射律,推移律を満たすことは手の運動.
まずが上の順序であるとする.さてに対してその逆元が存在するとする.するとだからであり,明らかにだからである.よっては非自明な単元を持たない.
次にが非自明な単元を持たないとする.に対してであると仮定する.するとあるが存在してとかけるのですなわちは単元である.よってとなりとなる.
そこで次のような言葉遣いをすることにします.
付値的なモノイド
を可換で消去的なモノイドで,非自明な単元を持たないとする.任意のについてまたはであるとき,は付値的(valuative)であるという.
この用語は少なくとも1970年代には対数幾何(logarithmic geometry)の文脈などで使われていたようです(例えば
加藤先生のpreprint
).
可換で消去的で非自明な単元がないようなモノイドについて,付値的であることと,上で定めたの順序が全順序であることは同値だということを注意しておきます.
さて,この定義は定理1のアナロジーになっていることがみてとれるでしょう.この付値的なモノイドこそが求めていた付値環の材料となるものです.
モノイド環
を環,を可換なモノイドとする.このとき;
はと定めることで環をなす.これをモノイド環(monoid ring)という.
いまモノイドの演算を加法的に表しているので,この表記はあまり直感的でないかもしれません.そこで本稿では不定元を明示して;
の形で表すことにします.もちろん上で定めたと自然に環同型です.この表示では,演算はと表されることになります.このときが自然な多項式環そのものであることに注意してください(本稿ではと考えています).
を体とし,を付値的なモノイドとする.このとき;
はモノイド環の極大イデアルをなす.
以後この極大イデアルをで表すことにします.これまでの準備によって付値環を構成することができます!
を体とし,を付値的なモノイドとする.このとき;
はを値群に持つ付値環である.
とおく.付値を定めよう.任意のに対して;
と表示する.ここでの順序によりにも全順序が入っているから,としてよい.このときと定め,これを加法的に拡張することでを定めるとこれが付値になる.
これにより,付値的なモノイドがあればそこから付値環が得られることがわかりました!しかしここで材料探しという問題が浮上します.すなわち,付値的なモノイドをどうやって集めるか?という問題です.とはいえ,この問題は群論に帰着させることができます.
を全順序Abel群とする.このとき;
は付値的なモノイドで,すべての付値的なモノイドはこのようにして与えられる.
これを確かめることは難しくないでしょう.よって全順序Abel群があればそこから付値環が得られることがわかりました.みなさんもいっぱい付値環を作ってみてくださいね!
応用
最後に,無限次元の付値環を構成して本稿を終えたいと思います.
を付値的なモノイドとする.部分集合であって,任意のとについてであるものをのイデアル(ideal)という.イデアルについて,ならばまたはが成り立つときは素(prime)であるという.
ここで,もイデアルと考えることに注意してください.特には素イデアルになります.いま部分群や環の自明なイデアルと異なり,モノイドの単位元に対してはモノイドのイデアルにならないことに注意してください.するとモノイドのイデアル全体においては,これら自明なイデアルが果たしていた極小なイデアルとしての働きをすることになります.それは次の対応定理から見て取れるでしょう.
を付値的なモノイドとする.のイデアル全体とのイデアル全体の間には;
で与えられる,包含関係を保つ全単射がある.特に素イデアル同士もこれによって対応する.
これを確かめることも手の運動でしょう.空集合についてであることに注意してください.
は付値的なモノイドをなし,これに付随する付値環は無限次元である.
であり,これに辞書式順序によって全順序を入れる.を;
と定めるとこれはの素イデアルで,無限に続く昇鎖をなす.
小咄
余談も余談ですが,Hartshorneによる有名な代数幾何学の教科書の和訳には演習問題解答がついているのですが,そのクオリティはあまり高くないことが知られています.本稿で紹介した無限次元の付値環の存在も,その解答の誤りを指摘するものになっています.
この際なので具体的に述べておくことにしましょう.[3],II,Ex 2.13 (d)は環がNoetherでないががNoether位相空間になるような例を挙げよ,という問題です.訳者による解答では2次元以上の付値環が求める例である,と述べられていますがそれは間違いで,なぜなら無限次元の付値環が存在するからです.非Noether環を気軽に扱うと思わぬ落とし穴がありますね.