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現代数学解説
文献あり

ノート:スペクトル (1) - スペクトルとは

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$$\newcommand{abs}[1]{\mathopen{\vert}{#1}\mathclose{\vert}} \newcommand{ae}[0]{\mathop{\mathrm{a.e.}}} \newcommand{CAb}[0]{\mathbf{Ab}} \newcommand{CArr}[0]{\mathbf{2}} \newcommand{CCat}[0]{\mathbf{Cat}} \newcommand{CCAT}[0]{\mathbf{CAT}} \newcommand{CEnr}[1]{{#1}\textrm{-}\mathbf{Cat}} \newcommand{CENR}[1]{{#1}\textrm{-}\mathbf{CAT}} \newcommand{CMod}[1]{{#1}\textrm{-}\mathbf{Mod}} \newcommand{CMonCat}[0]{\mathbf{MonCat}} \newcommand{cod}[0]{\mathop{\mathrm{cod}}} \newcommand{Colim}[0]{\mathop{\mathrm{Colim}}} \newcommand{coloneqq}[0]{\mathrel{:=}} \newcommand{couni}[0]{\varepsilon} \newcommand{CQuiv}[0]{\mathbf{Quiv}} \newcommand{CSet}[0]{\mathbf{Set}} \newcommand{CUni}[0]{\mathbf{1}} \newcommand{defeq}[0]{\stackrel{\textrm{def}}{=}} \newcommand{defequiv}[0]{\stackrel{\textrm{def}}{\Leftrightarrow}} \newcommand{dom}[0]{\mathop{\mathrm{dom}}} \newcommand{Hom}[0]{\mathop{\mathrm{Hom}}} \newcommand{Id}[0]{\mathrm{Id}} \newcommand{id}[0]{\mathrm{id}} \newcommand{Lim}[0]{\mathop{\mathrm{Lim}}} \newcommand{Limind}[0]{\mathop{\underset{\longrightarrow}{\mathrm{Lim}}}\nolimits} \newcommand{Limproj}[0]{\mathop{\underset{\longleftarrow}{\mathrm{Lim}}}} \newcommand{lsimarrow}[0]{\xleftarrow{\sim}} \newcommand{Lsimarrow}[0]{\overset{\sim}{\Longleftarrow}} \newcommand{Mor}[0]{\mathop{\mathrm{Mor}}} \newcommand{norm}[1]{\mathopen{\Vert}{#1}\mathclose{\Vert}} \newcommand{Obj}[0]{\mathop{\mathrm{Obj}}} \newcommand{rsimarrow}[0]{\xrightarrow{\sim}} \newcommand{Rsimarrow}[0]{\overset{\sim}{\Longrightarrow}} \newcommand{SMC}[0]{\mathbf{SMC}} \newcommand{SMCC}[0]{\mathbf{SMCC}} \newcommand{st}[0]{\mathop{\mathrm{s.t.}}} \newcommand{To}[0]{\Rightarrow} \newcommand{uni}[0]{\eta} $$

はじめに

この記事はスペクトル理論の初歩的な内容に関するノートです。

自分が特に整理して理解したいと思った部分を中心にまとめているため、いくつかの重要な定理等を平気で飛ばしています。詳細な内容は参考文献をはじめ、線形代数学・解析学・関数解析等の各教科書を参照してください。

この記事では主にスペクトルという概念がなぜ必要となるのかという点を中心に、スペクトルおよびレゾルヴェントの定義までをまとめています。余裕と元気があれば続きのノートが投稿されるかもしれません。

背景知識 (抜粋)

ヒルベルト空間

ヒルベルト空間とは、実または複素の完備内積空間です。すなわち、実または複素数値関数$\langle\_,\_\rangle:\mathcal{H}\times\mathcal{H}\to\mathbb{F}$ ($\mathbb{F}=\mathbb{R}\textrm{ or }\mathbb{C}$) を備えた集合$\mathcal{H}$であって、次の条件を満たすものを言います:

  • (内積空間の公理)
  1. $\langle x,x\rangle\geq 0$ (正値性)

  2. $\langle x,x\rangle=0\Longrightarrow x=0$ (正定値性)

  3. $\langle x,\alpha y+\beta z\rangle=\alpha\langle x,y\rangle+\beta\langle x,z\rangle$ (線形性)

  4. $\langle y,x\rangle=\overline{\langle x,y\rangle} $ (エルミート対称性)

  • (内積の完備性)
    $x\in\mathcal{H}$に対して$\norm{x}\coloneqq\langle x,x\rangle$とする。$\mathcal{H}$上の点列$\{x_n\}_{n\in\mathbb{N}}\subset\mathcal{H}$に対して次の条件が成り立つことを仮定する:
    $$ \forall\epsilon>0.\,\exists N\in\mathbb{N}.\forall n,m\geq N.\,\norm{x_n-x_m}<\epsilon $$
    (このとき、$\{x_n\}_{n\in\mathbb{N}}$はコーシー列であるという。) このとき、ある点$x\in\mathcal{H}$が存在して、$\{x_n\}_{n\in\mathbb{N}}$$x$に収束する。すなわち、
    $$ \forall\epsilon>0.\,\exists N\in\mathbb{N}.\forall n\geq N.\norm{x_n-x}<\epsilon $$
    が成り立つ。

$n$次元ユークリッド空間$\mathbb{R}^n$、および$n$次元複素空間$\mathbb{C}^n$に通常の内積を入れたものは ($n$次元) ヒルベルト空間になる。

cf. 例1.4, 例1.14, [新井]

$\ell^2\coloneqq\{\{x_n\}_{n\in\mathbb{N}}\mid x_n\in\mathbb{C},\ \sum_{n}\abs{x_n}^2<\infty\}$は絶対値の二乗和が有限な複素数列からなる空間である。ここに内積を
$$ \langle x,y\rangle\coloneqq\sum_{n}\overline{x_n}y_n \quad(x=\{x_n\}_{n\in\mathbb{N}},\ y=\{y_n\}_{n\in\mathbb{N}}) $$
で定めると、この内積によって$\ell^2$はヒルベルト空間になる。

$n\in\mathbb{N}$に対して$e_n\in\ell^2$を、$e_n\coloneqq\{\delta_{nj}\}_{j\in\mathbb{N}}$で定める。ただし$\delta_{ij}$はクロネッカーのデルタ、すなわち
$$ \delta_{ij}\coloneqq \begin{cases} 1& i=j\\ 0& i\neq j \end{cases} $$
で定めるものとする。このとき、$\langle e_m,e_n\rangle=\delta_{mn}$が成り立ち、従って$e_n$は互いに一次独立であり、$\ell^2$は無限次元のヒルベルト空間であることがわかる。

cf. §2.2,

測度空間$(X,\mathcal{M},\mu)$とは、集合$X$$X$の部分集合の$\sigma$-代数$\mathcal{M}$、可算加法的な測度関数$\mu:\mathcal{M}\to[0,\infty]$の3つ組である。測度空間$(X,\mathcal{M},\mu)$に対して、
$$ \int_X\abs{f}^2d\mu<\infty $$
が成り立つ関数を二乗可積分関数という。$X$上の二乗可積分関数全体に$f\sim g\Longleftrightarrow f(x)=g(x)\ \ae x$という同値関係を入れた空間を$L^2(X,d\mu)$で表す (ここで$f(x)=g(x)\ae x$とは、$\exists N\in\mathcal{M}.\mu(N)=0\mathrel{\land}\forall x\in X.(x\notin N\Rightarrow f(x)=g(x))$が成り立つことを言う)。
$L^2(X,d\mu)$上の内積を、
$$ \langle f,g\rangle\coloneqq\int_{X}\overline{f}g\mathop{d\mu} $$
で定義する。この内積によって$L^2(X,d\mu)$はヒルベルト空間となる。$\ell^2$と同じく、$L^2(X,d\mu)$は無限次元のヒルベルト空間である。

線形演算子

ヒルベルト空間$\mathcal{H}, \mathcal{K}$および部分内積空間$\mathcal{D}\subseteq\mathcal{H}$に対して、線形性条件$A(\alpha x+\beta y)=\alpha A(x)+\beta A(y)$を満たす写像$A:\mathcal{D}\to\mathcal{K}$$\mathcal{H}$から$\mathcal{K}$への線形演算子といいます。$A$の定義域となる部分空間$\mathcal{D}$は、$A$に対して$\mathcal{D}(A)$とも書きます。

例1.25, [新井]

$\mathbb{R}^d$上の微分可能関数$f$に対して、$\partial_j:f\mapsto\tfrac{\partial f}{\partial x_j}$は線形な写像となります。ここで$f$が無限回微分可能かつコンパクトな台を持つとき (これを$f\in C^\infty_0(\mathbb{R}^d)$で表す)、$f$は二乗可積分であるため、$C^\infty_0(\mathbb{R}^d)\subset L^2(\mathbb{R}^d)$であり、さらにこれは稠密な部分内積空間をなす。

以上から、$\partial_j$$L^2(\mathbb{R}^d)$上の線形演算子である。

例1.26, [新井], Example 3.2,

$(X,\mathcal{M},\mu)$$\sigma$-有限 ($X={}^{\exists}\bigcup_{n\in\mathbb{N}}X_n\,\st\forall n.\mu(X_n)<\infty $) な測度空間、$F$はほとんど至るところ有限な$\mathcal{M}$-可測関数とする。このとき、$F$による掛け算演算子 $M_F$が以下で定義される:
\begin{align} \mathcal{D}(M_F)\coloneqq&\{g\in L^2(X,d\mu)\mid Fg\in L^2(X,d\mu)\}\\ (M_Fg)(x)\coloneqq&\,F(x)g(x)\quad(\ae x\in X) \end{align}

$\mathcal{H}$から$\mathcal{K}$への線形演算子$A$に対して、ある実定数$C>0$が存在して$\norm{Ax}\leq C\norm{x}$が成り立つとき、$A$有界であると言い、このときの比の最大値$\sup_{x\in\mathcal{H}}\tfrac{\norm{Ax}}{\norm{x}}$$A$作用素ノルム$\norm{A}$といいます。ここで$\mathcal{H},\mathcal{K}$が有限次元である場合は、線形演算子$A$は必ず有界になります。

諸定理

ヒルベルト空間$\mathcal{H}$から$\mathcal{K}$への線形演算子$A$に対して、任意の$\mathcal{D}(A)$上のコーシー列$\{x_n\}_{n\in\mathbb{N}}$$x\coloneqq\lim_{n\to\infty}x_n$, $y\coloneqq\lim_{n\to\infty}Ax_n$$x\in\mathcal{D}(A)$かつ$y=Ax$を満たすとき、$A$閉演算子と呼びます (p.102, [新井])。閉演算子について、次のような同値な定義が存在します:

命題2.6, [新井], Definition 3.8,

$\mathcal{H}$から$\mathcal{K}$への線形演算子$A$に対して、$A$グラフ$\Gamma(A)$を次のように定義する:
$$ \Gamma(A)\coloneqq \{(x,Ax)\in\mathcal{H}\oplus\mathcal{K}\mid x\in\mathcal{D}(A) \} $$
このとき、$A$が閉演算子であることは$\Gamma(A)$$\mathcal{H}\oplus\mathcal{K}$の (ノルム位相における) 閉集合であることと同値である。

閉グラフ定理, Theorem 3.15,

$A$はヒルベルト空間上の線形演算子で$\mathcal{D}(A)=\mathcal{H}$とする。このとき、$A$が有界であることと$A$が閉であることは同値。

閉グラフ定理は完備ノルム空間 (バナッハ空間) の間の演算子について同様に成り立ちます (定理2.15, [新井], 定理7.33, [黒田])。

概略

$\mathcal{D}(A)=\mathcal{H}$かつ有界ならば閉であることは省略。
線形演算子$A$$\mathcal{D}(A)=\mathcal{H}$かつ閉とする。いま、$a>0$に対して$\mathcal{H}_1\coloneqq\{x\in\mathcal{H}\mid\norm{Ax}<1\}$, $\mathcal{H}_a\coloneqq\{ax\mid x\in\mathcal{H}_1\}$を定める。任意の$x\in\mathcal{H}$に対して$x\in\mathcal{H}_{\norm{Ax}+1}$であることと、$a\leq b\Rightarrow\mathcal{H}_a\subseteq\mathcal{H}_b$であることから、$\mathcal{D}(A)=\mathcal{H}$である線形演算子に対して$\mathcal{H}=\bigcup_{n=1}^\infty\mathcal{H}_n$と書け、特に$\mathcal{H}=\bigcup_{n=1}^\infty\overline{\mathcal{H}_{n}}$が成り立つ。
Baire-Hausdorffの定理 (補題2.17, [新井], 定理7.23, [黒田]) から、ある正整数$k$が存在して、$\overline{\mathcal{H}_k}$は開球を含むことがわかる。$\overline{\mathcal{H}_k}=\overline{k\mathcal{H}_1}$であることから、$\overline{\mathcal{H}_1}$はある開球$B_r(x_0)$ $(r>0,x_0\in\mathcal{H}_1)$を含む。さらに任意の$\norm{x}<2r$を満たす$x\in\mathcal{H}$に対して$x\in\overline{\mathcal{H}_2}$が成り立つことから (証明略)、任意の$a>0$に対して$\norm{x}< ar\Rightarrow x\in\overline{\mathcal{H}}_a$が成り立つことがわかる。

いま、$\norm{x}< r$を満たす$x\in\mathcal{H}$$0<\varepsilon<1$に対して、$x\in\overline{\mathcal{H}_1}$であることから、$\norm{x-x_1}<\varepsilon r$を満たす$x_1\in\mathcal{H}_1$が存在する。さらに$\norm{x-x_1}<\varepsilon r$から$x-x_1\in\overline{\mathcal{H}_{\varepsilon}}$を得るため、$\norm{x-x_1-x_2}<\varepsilon^2 r$を満たす$x_2\in\mathcal{H}_\varepsilon$を得る。以下繰り返すことで、
$$ x_n\in\mathcal{H}_{\varepsilon^{n-1}},\ \norm{x-x_1-\dots-x_n}<\varepsilon^nr,\ \norm{Ax_n}<\varepsilon^{n-1} $$
を満たす点列$\{x_n\}_{n=1}^\infty$が得られる。$s_n=\sum_{k=1}^nx_n$とすると、$s_n\to x$かつ$As_n$はコーシー列となる。$A$は閉であったため、$As_n\to Ax$が成り立つ。さらにこのとき
$$ \norm{As_n}\leq \sum_{n=0}^\infty\varepsilon^n=\frac{1}{1-\varepsilon} $$
が成り立ち、$\varepsilon$$0<\varepsilon<1$の任意の値を取ってよいため、$\norm{Ax}\leq 1$

一般の$x\neq 0$に対しても、適当な$\delta>1$を取って$y=\frac{rx}{\delta\norm{x}}$とおくことで$\norm{y}< r$とできるため、$\norm{Ay}\leq 1$から$\norm{Ax}\leq\delta r^{-1}\norm{x}$を得る。

Definition 3.16,

$\mathcal{H}$から$\mathcal{K}$への線形演算子$A$有界な逆演算子を持つとは、ある$\mathcal{K}$から$\mathcal{H}$への線形演算子$A^{-1}$が存在して$\mathcal{D}(A^{-1})=\mathcal{K}$であり、$AA^{-1}$$\mathcal{K}$上の恒等演算子、$A^{-1}A$$\mathcal{D}(A)$上の恒等演算子となることである。

本稿では[Bor]の定義を採用している。例えば[新井]や[黒田]では、線形演算子$A$が単射 ($\Leftrightarrow(Ax=0\Rightarrow x=0)$) であるとき、$Ax\mapsto x$によって定まる線形演算子を$A$の逆演算子と定めている。このとき、$\mathcal{D}(A^{-1})$$A$の値域となる。

逆写像定理, Theorem 3.17,

線形演算子$A$が有界な逆演算子を持つことの必要十分条件は、$A$が閉かつ全単射であることである。特に、有界な演算子が有界な逆演算子を持つことは全単射性と同値である。

概略

$A$が有界な逆演算子$A^{-1}$を持つとする。このとき、$A$のグラフと$A^{-1}$のグラフは成分の入れ替えによって全単射を持つ。$\mathcal{D}(A^{-1})=\mathcal{K}$であったので、閉グラフ定理から$A^{-1}$は閉演算子であり、従って$A^{-1}$のグラフも閉である。さらに$A$のグラフも閉であることが従うため、$A$は閉演算子である。$AA^{-1}=\Id_{\mathcal{K}}$および$A^{-1}A=\Id_{\mathcal{D}(A)}$から、$A$の全単射性は示される。

逆に、$A$は閉かつ全単射とする。全単射性から、$A$の逆写像となる線形演算子$A^{-1}$が存在して、さらに$\mathcal{D}(A^{-1})=\mathcal{K}$が成り立つ。$A$が閉であることから、$A$および$A^{-1}$のグラフは閉であり、閉グラフ定理によって$A^{-1}$が有界であることが示される。

スペクトルへの動機

線形代数における重要な問いとして、ベクトル空間上の線形変換に対する固有値の問題があります。これは特に弦の運動や剛体の回転といった力学の問題から動機づけられ、その他にも様々な場面で登場する超重要概念であり超重要問題です。

ヒルベルト空間$\mathcal{H}$ (より一般に、体$K$上のベクトル空間$V$) 上の線形演算子$A:\mathcal{H}\to\mathcal{H}$について、$Ax=\lambda x$が成り立つような$\lambda\in K$と0でない$x\in\mathcal{H}$が存在するとき、そのような$\lambda$$A$固有値$x$$A$固有ベクトルという。

線形演算子の固有値は常に存在するとは限りませんが、$V$が複素数体$\mathbb{C}$上の$d$ ($<\infty$) 次元ベクトル空間である場合には、少なくとも1つ (重複度込みで$d$個) の固有値が存在することが知られています。
一方で、無限次元ヒルベルト空間の場合は、たとえ複素ヒルベルト空間であったとしても固有値が存在しない場合があります。

cf. 例2.6, [新井], §4.1.2,

$z\in\mathbb{C}$に対して、恒等関数$F(z)=z$による$L^2(\mathbb{C})$上の掛け算演算子を$\hat{z}$とする。
$$ \begin{align} \mathcal{D}(\hat{z})\coloneqq&\,\{f\in L^2(\mathbb{C})\mid zf(z)\in L^2(\mathbb{C}) \}\\ (\hat{z}f)(z)\coloneqq &\,zf(z) \end{align} $$
もし$\hat{z}$が固有値$\lambda\in\mathbb{C}$を持っているならば、定義から0でない$f\in L^2(\mathbb{C})$が存在して$(z-\lambda)f(z)=0\,\ae z\in\mathbb{C}$。従って、$z=\lambda$を除くほとんど至るところで$f(z)=0$が成り立つが、$\{\lambda\}$の (ルベーグ) 測度は0であることから$f=0\,\ae z\in\mathbb{C}$となり、これは固有ベクトルの定義と矛盾する。従って$\hat{z}$は固有値を持たない。

このような例から、固有値のヒルベルト空間への一般化を考える需要が生まれます。線形演算子$A$に対して$A$スペクトルとは、$A-\lambda$が有界な逆演算子を持たないような複素数$\lambda$全体のなす集合です。$A$のスペクトルは$\sigma(A)$で表します。このとき、スペクトル$\sigma(A)$の補集合を$\rho(A)$で表し、$A$レゾルヴェント集合と呼びます。$z\in\rho(A)$に対して有界演算子$(A-z)^{-1}$$A$$z$におけるレゾルヴェントと呼びます。

$A-\lambda$が有界な逆演算子を持たないとき、次のいずれかに分類されます。

  1. $A$が閉演算子でない場合。
    逆写像定理から$A-\lambda$は有界な逆演算子を持たないため、このとき$A$のスペクトルは$\mathbb{C}$全体となります。

  2. $A$は閉演算子かつ、$A-\lambda$が単射でない場合。
    このとき、ある$0$でない$x\in\mathcal{H}$が存在して、$(A-\lambda)x=0$が成り立ちます。すなわち、$\lambda$$A$の固有値です。

  3. $A$は閉演算子で、$A-\lambda$は単射だが全射でない場合。
    このとき、逆演算子$(A-\lambda)^{-1}$が有界でないか、$\mathcal{D}((A-\lambda)^{-1})$$\mathcal{K}$で稠密でないかの少なくとも片方が成り立ちます (下記注意参照)。

以上のスペクトルおよびレゾルヴェントの定義はすべて[Bor]を基にしています。[新井]の定義の場合は、$A-\lambda$が単射で$\mathcal{D}((A-\lambda)^{-1})$$\mathcal{K}$で稠密かつ$(A-\lambda)^{-1}$が有界であるときに$\lambda\in\rho(A)$であると定義しており、このとき可閉演算子 (ある閉演算子$\tilde{A}$が存在して$Ax=\tilde{A}x$$\forall x\in\mathcal{D}(A)$で成り立つ) のスペクトルおよびレゾルヴェントは一般には$\mathbb{C}$ではなくなります。
可閉演算子$A$とその閉包$\bar{A}$ ($=A$が可閉であるときに$\Gamma(\bar{A})=\overline{\Gamma(A)}$から定まる閉演算子) について、$\rho(A)=\rho(\bar{A})$が成り立ち、さらに任意の$\lambda\in\rho(A)$に対して$\mathcal{R}(\bar{A}-\lambda)=\mathcal{K}$$\overline{(A-\lambda)^{-1}}=(\bar{A}-\lambda)^{-1}$が成り立ちます (命題2.18, [新井])。

$A$が閉かつ$A-\lambda$が単射であって、さらに逆演算子$(A-\lambda)^{-1}$が有界で$A$の値域が$\mathcal{K}$で稠密であるとき、$A$が閉であることから$(A-\lambda)^{-1}$も閉であるため、$\mathcal{D}((A-\lambda)^{-1})=\mathcal{K}$であることが従う。従ってこのとき、$A$は有界な逆演算子を持つため、$\lambda\in\rho(A)$である。

§4.1.2,

$\sigma$-有限な測度空間$(X,\mathcal{M},\mu)$と可測関数$F$に対して、本質的値域$\mathop{\textrm{ess-range}}(F)$
$$ \mathop{\textrm{ess-range}}(F)\coloneqq \{z\in\mathbb{C}\mid\mu(F^{-1}(B_\varepsilon(z)))>0\ (\forall\varepsilon>0)\} $$
で定める。このとき、$\sigma(M_F)=\mathop{\textrm{ess-range}}(F)$である (Theorem 4.5, [Bor])。また、$\lambda$$M_F$の固有値であるとは$\mu(F^{-1}(\{\lambda\}))>0$と同値である。

おわりに

次回があった場合はスペクトル定理を中心にまとめることになると思います。

続きのノートは射影演算子についてまとめたものになりました→ ノート:スペクトル (2) - 射影演算子とスペクトル族

参考文献

[1]
黒田成俊, 関数解析, 共立数学講座, 共立出版, 1980
[2]
Borthwick, David, Spectral Theory, Graduate Texts in Mathematics, Springer, 2020
[3]
新井朝雄, 量子力学の数学的構造〈2〉, 朝倉物理学体系, 朝倉書店, 1999
[4]
新井朝雄, 量子力学の数学的構造〈1〉, 朝倉物理学体系, 朝倉書店, 1999
投稿日:2022112
更新日:20231123
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merliborn
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圏論や普遍代数に興味があります。現在の専門は型理論および圏論的意味論です。

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  1. はじめに
  2. 背景知識 (抜粋)
  3. ヒルベルト空間
  4. 線形演算子
  5. 諸定理
  6. スペクトルへの動機
  7. おわりに
  8. 参考文献