はじめに
この記事はスペクトル理論の初歩的な内容に関するノートです。
自分が特に整理して理解したいと思った部分を中心にまとめているため、いくつかの重要な定理等を平気で飛ばしています。詳細な内容は参考文献をはじめ、線形代数学・解析学・関数解析等の各教科書を参照してください。
この記事では主にスペクトルという概念がなぜ必要となるのかという点を中心に、スペクトルおよびレゾルヴェントの定義までをまとめています。余裕と元気があれば続きのノートが投稿されるかもしれません。
背景知識 (抜粋)
ヒルベルト空間
ヒルベルト空間とは、実または複素の完備内積空間です。すなわち、実または複素数値関数 () を備えた集合であって、次の条件を満たすものを言います:
(正値性)
(正定値性)
(線形性)
(エルミート対称性)
- (内積の完備性)
に対してとする。上の点列に対して次の条件が成り立つことを仮定する:
(このとき、はコーシー列であるという。) このとき、ある点が存在して、はに収束する。すなわち、
が成り立つ。
次元ユークリッド空間、および次元複素空間に通常の内積を入れたものは (次元) ヒルベルト空間になる。
cf. 例1.4, 例1.14, [新井]
は絶対値の二乗和が有限な複素数列からなる空間である。ここに内積を
で定めると、この内積によってはヒルベルト空間になる。
に対してを、で定める。ただしはクロネッカーのデルタ、すなわち
で定めるものとする。このとき、が成り立ち、従っては互いに一次独立であり、は無限次元のヒルベルト空間であることがわかる。
cf. §2.2,
測度空間とは、集合、の部分集合の-代数、可算加法的な測度関数の3つ組である。測度空間に対して、
が成り立つ関数を二乗可積分関数という。上の二乗可積分関数全体にという同値関係を入れた空間をで表す (ここでとは、が成り立つことを言う)。
上の内積を、
で定義する。この内積によってはヒルベルト空間となる。と同じく、は無限次元のヒルベルト空間である。
線形演算子
ヒルベルト空間および部分内積空間に対して、線形性条件を満たす写像をからへの線形演算子といいます。の定義域となる部分空間は、に対してとも書きます。
例1.25, [新井]
上の微分可能関数に対して、は線形な写像となります。ここでが無限回微分可能かつコンパクトな台を持つとき (これをで表す)、は二乗可積分であるため、であり、さらにこれは稠密な部分内積空間をなす。
以上から、は上の線形演算子である。
例1.26, [新井], Example 3.2,
を-有限 () な測度空間、はほとんど至るところ有限な-可測関数とする。このとき、による掛け算演算子 が以下で定義される:
からへの線形演算子に対して、ある実定数が存在してが成り立つとき、は有界であると言い、このときの比の最大値をの作用素ノルムといいます。ここでが有限次元である場合は、線形演算子は必ず有界になります。
諸定理
ヒルベルト空間からへの線形演算子に対して、任意の上のコーシー列と, がかつを満たすとき、を閉演算子と呼びます (p.102, [新井])。閉演算子について、次のような同値な定義が存在します:
命題2.6, [新井], Definition 3.8,
からへの線形演算子に対して、のグラフを次のように定義する:
このとき、が閉演算子であることはがの (ノルム位相における) 閉集合であることと同値である。
閉グラフ定理, Theorem 3.15,
はヒルベルト空間上の線形演算子でとする。このとき、が有界であることとが閉であることは同値。
閉グラフ定理は完備ノルム空間 (バナッハ空間) の間の演算子について同様に成り立ちます (定理2.15, [新井], 定理7.33, [黒田])。
概略
かつ有界ならば閉であることは省略。
線形演算子はかつ閉とする。いま、に対して, を定める。任意のに対してであることと、であることから、である線形演算子に対してと書け、特にが成り立つ。
Baire-Hausdorffの定理 (補題2.17, [新井], 定理7.23, [黒田]) から、ある正整数が存在して、は開球を含むことがわかる。であることから、はある開球 を含む。さらに任意のを満たすに対してが成り立つことから (証明略)、任意のに対してが成り立つことがわかる。
いま、を満たすとに対して、であることから、を満たすが存在する。さらにからを得るため、を満たすを得る。以下繰り返すことで、
を満たす点列が得られる。とすると、かつはコーシー列となる。は閉であったため、が成り立つ。さらにこのとき
が成り立ち、はの任意の値を取ってよいため、。
一般のに対しても、適当なを取ってとおくことでとできるため、からを得る。
Definition 3.16,
からへの線形演算子が有界な逆演算子を持つとは、あるからへの線形演算子が存在してであり、は上の恒等演算子、は上の恒等演算子となることである。
本稿では[Bor]の定義を採用している。例えば[新井]や[黒田]では、線形演算子が単射 () であるとき、によって定まる線形演算子をの逆演算子と定めている。このとき、はの値域となる。
逆写像定理, Theorem 3.17,
線形演算子が有界な逆演算子を持つことの必要十分条件は、が閉かつ全単射であることである。特に、有界な演算子が有界な逆演算子を持つことは全単射性と同値である。
概略
が有界な逆演算子を持つとする。このとき、のグラフとのグラフは成分の入れ替えによって全単射を持つ。であったので、閉グラフ定理からは閉演算子であり、従ってのグラフも閉である。さらにのグラフも閉であることが従うため、は閉演算子である。およびから、の全単射性は示される。
逆に、は閉かつ全単射とする。全単射性から、の逆写像となる線形演算子が存在して、さらにが成り立つ。が閉であることから、およびのグラフは閉であり、閉グラフ定理によってが有界であることが示される。
スペクトルへの動機
線形代数における重要な問いとして、ベクトル空間上の線形変換に対する固有値の問題があります。これは特に弦の運動や剛体の回転といった力学の問題から動機づけられ、その他にも様々な場面で登場する超重要概念であり超重要問題です。
ヒルベルト空間 (より一般に、体上のベクトル空間) 上の線形演算子について、が成り立つようなと0でないが存在するとき、そのようなをの固有値、をの固有ベクトルという。
線形演算子の固有値は常に存在するとは限りませんが、が複素数体上の () 次元ベクトル空間である場合には、少なくとも1つ (重複度込みで個) の固有値が存在することが知られています。
一方で、無限次元ヒルベルト空間の場合は、たとえ複素ヒルベルト空間であったとしても固有値が存在しない場合があります。
cf. 例2.6, [新井], §4.1.2,
に対して、恒等関数による上の掛け算演算子をとする。
もしが固有値を持っているならば、定義から0でないが存在して。従って、を除くほとんど至るところでが成り立つが、の (ルベーグ) 測度は0であることからとなり、これは固有ベクトルの定義と矛盾する。従っては固有値を持たない。
このような例から、固有値のヒルベルト空間への一般化を考える需要が生まれます。線形演算子に対してのスペクトルとは、が有界な逆演算子を持たないような複素数全体のなす集合です。のスペクトルはで表します。このとき、スペクトルの補集合をで表し、のレゾルヴェント集合と呼びます。に対して有界演算子をのにおけるレゾルヴェントと呼びます。
が有界な逆演算子を持たないとき、次のいずれかに分類されます。
が閉演算子でない場合。
逆写像定理からは有界な逆演算子を持たないため、このときのスペクトルは全体となります。
は閉演算子かつ、が単射でない場合。
このとき、あるでないが存在して、が成り立ちます。すなわち、はの固有値です。
は閉演算子で、は単射だが全射でない場合。
このとき、逆演算子が有界でないか、がで稠密でないかの少なくとも片方が成り立ちます (下記注意参照)。
以上のスペクトルおよびレゾルヴェントの定義はすべて[Bor]を基にしています。[新井]の定義の場合は、が単射でがで稠密かつが有界であるときにであると定義しており、このとき可閉演算子 (ある閉演算子が存在してがで成り立つ) のスペクトルおよびレゾルヴェントは一般にはではなくなります。
可閉演算子とその閉包 (が可閉であるときにから定まる閉演算子) について、が成り立ち、さらに任意のに対してとが成り立ちます (命題2.18, [新井])。
が閉かつが単射であって、さらに逆演算子が有界での値域がで稠密であるとき、が閉であることからも閉であるため、であることが従う。従ってこのとき、は有界な逆演算子を持つため、である。
§4.1.2,
-有限な測度空間と可測関数に対して、本質的値域を
で定める。このとき、である (Theorem 4.5, [Bor])。また、がの固有値であるとはと同値である。
おわりに
次回があった場合はスペクトル定理を中心にまとめることになると思います。続きのノートは射影演算子についてまとめたものになりました→
ノート:スペクトル (2) - 射影演算子とスペクトル族