前回 に引き続き、この記事はスペクトル理論の基本的な内容に関するノートです。
自分が特に整理して理解したいと思った部分を中心にまとめているため、いくつかの重要な定理等を平気で飛ばしています (今回の場合、たとえばリースの表現定理についてまるごと飛ばしました)。詳細な内容は参考文献をはじめ、線形代数学・解析学・関数解析等の各教科書を参照してください。
前回の最後で「次回があった場合はスペクトル定理を中心にまとめることになると思います」などと言っていましたが、今回は射影演算子とスペクトル族についてまとめます。スペクトル定理は早くても次回です。
内容量の削減のため、前回定義した概念については前回の記述を参照してください。
複素ヒルベルト空間$\mathcal{H}$, $\mathcal{K}$の間の線形演算子$A:\mathcal{H}\to\mathcal{K}$について、定義域$\mathcal{D}(A)$は$\mathcal{H}$に対して稠密とする。
このとき、$A$の共役演算子 (随伴演算子, adjoint) とは、次の条件を満たす線形演算子$A^*$である。
$$
\langle x,Ay\rangle_{\mathcal{K}}=\langle A^*x,y\rangle_{\mathcal{H}}
$$
$\mathcal{D}(A)$が稠密な線形演算子$A:\mathcal{H}\to\mathcal{K}$と$x\in\mathcal{K}$に対して、$F_x:y\longmapsto\langle x,Ay\rangle_{\mathcal{K}}$によって線形演算子$F_x:\mathcal{H}\to\mathbb{C}$を定めます。定義から$F_x$の定義域は$\mathcal{D}(F_x)=\mathcal{D}(A)$です。
定義域が稠密であるようなヒルベルト空間の有界線形演算子は、$\mathcal{H}$全域で定義されて作用素ノルムを保つような拡大をただ1つ持ちます (定理1.31, [新井])。$F_x$が有界であるときにこれを$\tilde{F}_x$で表すことにすると、ヒルベルト空間に関するリースの表現定理 (定理1.37, [新井], Theorem 2.28, [Bor]) によって、ある$k_x\in\mathcal{H}$を用いて
$$
\tilde{F}_x(y)=\langle k_x,y\rangle_{\mathcal{H}}
$$
と表せることが示されます。
$F_x$が有界となるような$x\in\mathcal{K}$に対して、写像$A^*:x\longmapsto k_x$は線形演算子を定め、さらに定義から
$$
\langle x,Ay\rangle_{\mathcal{K}}=\langle A^*x,y\rangle_{\mathcal{H}}
$$
が成り立ちます。従ってこれで定まる線形演算子が$A$の随伴であり、さらにこれは一意に定まることがわかります。
ヒルベルト空間$\mathcal{H}$の次元が有限であるとき、$A$のエルミート性や対称性は$A$の表現行列がエルミートや対称であることに対応します。
$A:\mathcal{H}\to\mathcal{H}$がエルミートであるための必要十分条件は、任意の$x\in\mathcal{H}$に対して$\langle x,Ax\rangle$が実数となることである。
必要性は$A$がエルミートであるとき$\overline{\langle x,Ax\rangle}=\langle Ax,x\rangle=\langle x,Ax\rangle$から明らかであるため、十分性を示す。
線形演算子$A:\mathcal{H}\to\mathcal{H}$と$x,y\in\mathcal{H}$について、次の恒等式が成り立つ:
$$
\langle x,Ay\rangle=\frac{1}{4}\Big\{\langle x+y,A(x+y)\rangle-\langle x-y,A(x-y)\rangle+i\langle x-iy,A(x-iy)\rangle-i\langle x+iy,A(x+iy)\rangle\Big\}
$$
任意の$\langle z,Az\rangle$ ($z\in\mathcal{H}$) が実数であるとき、恒等式の複素共役を考えると
$$
\overline{\langle x,Ay\rangle}=\langle y,Ax\rangle
$$
を得る。従って$A$はエルミートである。
エルミート演算子$A$に対して、
$$
N(A)\defeq \{\langle x,Ax\rangle\mid x\in\mathcal{D}(A),\norm{x}=1\}\subseteq\mathbb{R}
$$
を$A$の数域 (numerical range) という。
$A$の数域が下に有界であるとき、すなわち、$\exists\gamma\in\mathbb{R}.\inf N(A)\geq\gamma$が成り立つとき、$A$は下に有界であると言い、$A\geq\gamma$で表す。特に$A\geq 0$ ($A>0$) であるとき、$A$は非負 (正) であるという。上に有界であることも同様に$A\leq\gamma$で表す。
エルミート演算子$A$, $B$について$A-B\geq 0$が成り立つことを、$A\geq B$あるいは$B\leq A$で表す。
ヒルベルト空間$\mathcal{H}$の部分集合$\mathcal{G}$に対して、
$$
\mathcal{G}^\bot\defeq\{x\in\mathcal{H}\mid \forall y\in\mathcal{G}.\langle x,y\rangle=0\}
$$
で定まる$\mathcal{G}^\bot\subseteq\mathcal{H}$を、$\mathcal{G}$の直交補空間 (orthogonal complement) と言います。$\mathcal{G}^\bot$について、次の性質が成り立ちます。
集合$\mathcal{G}\subseteq\mathcal{H}$とベクトル$x\in\mathcal{H}$の距離$d(x,\mathcal{G})$を
$$
d(x,\mathcal{G})\defeq \inf\{\norm{x-y}\mid y\in\mathcal{G}\}
$$
で定める。このとき、$\mathcal{H}$の閉部分空間$\mathcal{M}$と任意の$x\in\mathcal{H}$に対して
\begin{gather}
d(x,\mathcal{M})=\norm{x-x_{\mathcal{M}}}\\
x-x_{\mathcal{M}}\in\mathcal{M}^\bot
\end{gather}
を満たす$x_{\mathcal{M}}$がただ1つ存在する。
$d$の定義から、$\norm{y_n-x}\to d(x,\mathcal{M})$ ($n\to\infty$) となる$y_n\in\mathcal{M}$が取れる。$d=d(x,\mathcal{M})$, $d_n=\norm{y_n-x}$とする。任意の$m\in\mathcal{M}$と$\alpha\in\mathbb{C}$に対して、$\norm{y_n-x-\alpha m}\geq d$。従って、
\begin{align}
\norm{y_n-x}^2-\alpha\langle y_n-x,m\rangle-\overline{\alpha}\langle \overline{y_n-x},\overline{m}\rangle+\abs{\alpha}^2\norm{m}^2 &\geq d^2\\
\end{align}
特に、$\alpha=\overline{\langle y_n-x,m\rangle}/\norm{m}^{2}$とおいたとき、
\begin{align}
\abs{\langle y_n-x,m\rangle}^2 &\leq \norm{m}^2(d_n^2-d^2)
\end{align}
(この式は$m=0$でも成立する。) ここから、
\begin{align}
\abs{\langle y_n-y_m,m\rangle}&\leq\abs{\langle y_n-x,m\rangle}+\abs{\langle y_m-x,m\rangle}\\
&\leq \norm{m}\left(\sqrt{d_n^2-d^2}+\sqrt{d_m^2-d^2}\right)\\
\therefore\norm{y_n-y_m}&\leq \sqrt{d_n^2-d^2}+\sqrt{d_m^2-d^2}\longrightarrow 0\quad (n,m\longrightarrow\infty)
\end{align}
以上より$\{y_n\}_{n}$はコーシー列であり、従って$y\in\mathcal{H}$が存在して$\lim_{n\to\infty}y_n=y$。仮定から$\mathcal{M}$は閉なので$y\in\mathcal{M}$。
三角不等式より$\abs{\norm{y_n-x}-\norm{x-y}}\leq\norm{y_n-y}$が成り立つことから、$\norm{x-y}=d$。また、$m\in\mathcal{M}$に対して
\begin{align}
\abs{\langle x-y,m\rangle}&=\lim_{n\to\infty}\abs{\langle x-y_n,m\rangle}\\
&\leq\lim_{n\to\infty}\norm{m}\sqrt{d_n^2-d^2}\\
&=0\\
\therefore\langle x-y,m\rangle&=0
\end{align}
従って$x-y\in\mathcal{M}^\bot$が成り立つ。一意性は$\mathcal{M}\cap\mathcal{M}^\bot=\{0\}$であることから従う。
命題3における$x_{\mathcal{M}}$を$x$の正射影 (orthogonal projection) といいます。
$\mathcal{M}$を$\mathcal{H}$の閉部分空間とする。このとき、$x\in\mathcal{H}$に対して$x_1\in\mathcal{M}$と$x_2\in\mathcal{M}^\bot$が一意に存在して
$$
x=x_1+x_2
$$
と表される。また、$x$がこのように表されるとき
$$
x_1=x_{\mathcal{M}},x_2=x_{\mathcal{M}^\bot}
$$
が成り立つ。
$x'_2=x-x_{\mathcal{M}}\in\mathcal{M}^\bot$, $x'_1=x-x_{\mathcal{M}^\bot}\in\mathcal{M}^{\bot\bot}$とおく。このとき、等式$x'_2-x_{\mathcal{M}^\bot}=x'_1-x_{\mathcal{M}}$を得る。
$\mathcal{M}\subseteq\mathcal{M}^{\bot\bot}$であることから、$x'_1-x_\mathcal{M}\in\mathcal{M}^{\bot\bot}$である。一方$x'_2-x_{\mathcal{M}^\bot}\in\mathcal{M}^\bot$であり、さらに$\mathcal{M}^\bot\cap\mathcal{M}^{\bot\bot}=\{0\}$であることから、$x'_2-x_{\mathcal{M}^\bot}=x'_1-x_{\mathcal{M}}=0$でなくてはならない。以上より、$x=x_{\mathcal{M}}+x_{\mathcal{M}^\bot}$が従う。
一意性は$\mathcal{M}\cap\mathcal{M}^\bot=\{0\}$であることから従う。
$x\in\mathcal{H}$に対して、正射影定理によって定まる$x=x_\mathcal{M}+x_{\mathcal{M}^\bot}$を$x$の$\mathcal{M}$に関する直交分解 (orthogonal decomposition) といいます。
$\mathcal{M}\subseteq\mathcal{H}$はヒルベルト空間$\mathcal{H}$の閉部分空間とします。このとき、写像$P_\mathcal{M}:\mathcal{H}\to\mathcal{M}$を
$$
P_\mathcal{M}(x)\defeq x_\mathcal{M}
$$
で定義すると、直交分解の一意性から、この写像は線形演算子であることがわかります。$P_\mathcal{M}$を$\mathcal{M}$上への射影演算子と呼びます。$\{e_n\}_{n\geq 1}$を$\mathcal{H}$の完全正規直交基底とすると、$P_\mathcal{M}$は
$$
P_\mathcal{M}(X)=\sum_n\langle e_n,x\rangle e_n
$$
と表すことができます。
$P_\mathcal{M}$は有界な自己共役作用素 (すなわち、$P_\mathcal{M}^*=P_\mathcal{M}$が成り立つ) であり、$\norm{P_\mathcal{M}}\leq 1$が成り立つ。さらに、$P_{\mathcal{M}}^2=P_{\mathcal{M}}$, $0\leq P_\mathcal{M}\leq \Id$が成り立つ。
任意の$x\in\mathcal{H}$に対して$x=x_\mathcal{M}+x_{\mathcal{M}^\bot}$, $\langle x_\mathcal{M},x_{\mathcal{M}^\bot}\rangle=0$であることから、$\norm{x_\mathcal{M}}=\norm{x}-\norm{x_{\mathcal{M}^\bot}}\leq\norm{x}$が成り立つ。従って$\norm{P_\mathcal{M}}\leq 1$。
任意の$x,y\in\mathcal{H}$に対して、
\begin{align}
\langle x,P_\mathcal{M}y\rangle&=\langle x,y_\mathcal{M}\rangle\\
&=\langle x_\mathcal{M},y_\mathcal{M}\rangle\\
&=\langle x_\mathcal{M},y\rangle\\
&=\langle P_\mathcal{M}x,y\rangle
\end{align}
従って$P_\mathcal{M}$は自己共役。
$x\in\mathcal{H}$に対して$P_\mathcal{M}x=x_\mathcal{M}\in\mathcal{M}$であることから、$P_\mathcal{M}(P_\mathcal{M}x)=P_\mathcal{M}x$であり、従って$P_\mathcal{M}^2=P_\mathcal{M}$である。
$P_\mathcal{M}^2=P_\mathcal{M}$と自己共役性から、
\begin{align}
\langle x,P_\mathcal{M}x\rangle&=\langle x,P_\mathcal{M}(P_\mathcal{M}x)\\
&=\langle P_\mathcal{M}x,P_\mathcal{M}x\rangle\geq 0
\end{align}
従って$P_\mathcal{M}\geq 0$。また、正射影定理から$\Id=P_\mathcal{M}+P_{\mathcal{M}^\bot}$が成り立つため、$\Id-P_\mathcal{M}=P_{\mathcal{M}^\bot}\geq 0$が成り立つ。
以上より、$0\leq P_\mathcal{M}\leq \Id$を得る。
ヒルベルト空間$\mathcal{H}$上の有界演算子$P$で、冪等 ($P^2=P$) かつ自己共役 ($P^*=P$) であるものを射影演算子という。
任意の射影演算子$P$は、その値域$\mathcal{R}(P)$への射影$P_{\mathcal{R}(P)}$とみなせる (命題2.46 (iv), [新井])ことから、閉部分空間の間の関係は射影演算子の間の関係として表現できます。
$\mathcal{H}$の閉部分空間$\mathcal{M}$, $\mathcal{N}$について、
命題6に基づいて、射影演算子$P,Q$が$PQ=0$を満たすとき、$P$と$Q$は直交するといいます。
有限次元の複素ベクトル空間において、$N$次エルミート行列$H$は対角化可能であり、互いに相異なる固有値を$\lambda_1,\dots,\lambda_k$とすると、対応する固有空間への射影$P_{\lambda_1},\dots,P_{\lambda_k}$を用いて
$$
H=\sum_{j=1}^k\lambda_jP_{\lambda_j}
$$
と表すことができます。これを$H$のスペクトル分解と言います。
ヒルベルト空間$\mathcal{H}$上の一般の自己共役演算子$A$に対しては、まず$A$が固有値を持つかどうかすらわかりませんが、差し当たって
$$
A=\sum_{\lambda}\lambda P_\lambda
$$
と書けることにします。ただし$\sum_\lambda$とは固有値$\lambda$を渡る総和です。固有値$\lambda\in\mathbb{R}$ごとに定まる値を足し合わせるため、なにか積分とのアナロジーがありそうに見えます。
実際、
$$
E_A(M)\defeq \sum_{\lambda< M}P_\lambda
$$
(ただし$\sum_{\lambda< M}$とは$\lambda< M$を満たす固有値$\lambda$の全体を渡る) とおくと、これを使って$A$を
\begin{align}
A&\approx \sum_{\lambda}\lambda\left(E(\lambda+\Delta\lambda)-E(\lambda)\right)\\
&\approx \int_{\mathbb{R}}\lambda dE(\lambda)
\end{align}
のように表せそうだという示唆を得ます。
最終的には、実数をパラメータに持つ特別な射影演算子の族$\{E(\lambda)\}_{\lambda\in\mathbb{R}}$とそれによるスティルチェス積分$\int_{\mathbb{R}}f(\lambda)dE(\lambda)$ (あるいは、さらに一般化したスペクトル測度$\mu:\mathcal{B}(\mathbb{R}^d)\to\mathcal{P}(\mathcal{H})$) によるスペクトル分解が構成されることになりますが、本記事では最後にスペクトル族とスペクトル測度の定義を書いて半ばとしたいと思います。
ヒルベルト空間$\mathcal{H}$上の射影演算子の族$\{E(\lambda)\}_{\lambda\in\mathbb{R}}$が以下の条件を満たすとき、$\{E(\lambda)\}_{\lambda\in\mathbb{R}}$はスペクトル族 (spectral family) であるという。
ヒルベルト空間$\mathcal{H}$上の射影演算子の全体を$\mathcal{P}(\mathcal{H})$で表す。また、$\mathcal{B}(\mathbb{R}^d)$を$\mathbb{R}^d$上のボレル集合の全体とする。
写像$\mu:\mathcal{B}(\mathbb{R}^d)\to\mathcal{P}(\mathcal{H})$が以下の条件を満たすとき、$\mu$を$d$次元のスペクトル測度という。