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現代数学解説
文献あり

ノート:スペクトル (2) - 射影演算子とスペクトル族

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はじめに

前回 に引き続き、この記事はスペクトル理論の基本的な内容に関するノートです。

自分が特に整理して理解したいと思った部分を中心にまとめているため、いくつかの重要な定理等を平気で飛ばしています (今回の場合、たとえばリースの表現定理についてまるごと飛ばしました)。詳細な内容は参考文献をはじめ、線形代数学・解析学・関数解析等の各教科書を参照してください。

前回の最後で「次回があった場合はスペクトル定理を中心にまとめることになると思います」などと言っていましたが、今回は射影演算子とスペクトル族についてまとめます。スペクトル定理は早くても次回です。

内容量の削減のため、前回定義した概念については前回の記述を参照してください。

用語と記号の定義

複素ヒルベルト空間H, Kの間の線形演算子A:HKについて、定義域D(A)Hに対して稠密とする。
このとき、A共役演算子 (随伴演算子, adjoint) とは、次の条件を満たす線形演算子Aである。
x,AyK=Ax,yH

D(A)が稠密な線形演算子A:HKxKに対して、Fx:yx,AyKによって線形演算子Fx:HCを定めます。定義からFxの定義域はD(Fx)=D(A)です。
定義域が稠密であるようなヒルベルト空間の有界線形演算子は、H全域で定義されて作用素ノルムを保つような拡大をただ1つ持ちます (定理1.31, [新井])。Fxが有界であるときにこれをF~xで表すことにすると、ヒルベルト空間に関するリースの表現定理 (定理1.37, [新井], Theorem 2.28, [Bor]) によって、あるkxHを用いて
F~x(y)=kx,yH
と表せることが示されます。

Fxが有界となるようなxKに対して、写像A:xkxは線形演算子を定め、さらに定義から
x,AyK=Ax,yH
が成り立ちます。従ってこれで定まる線形演算子がAの随伴であり、さらにこれは一意に定まることがわかります。

  1. A:HHはヒルベルト空間上の線形演算子とする。このとき、全てのx,yHに対して
    x,Ay=Ax,y
    が成り立つならば、Aエルミートであるという。
  2. エルミート演算子Aの定義域がHで稠密であるとき、A対称であるという。

ヒルベルト空間Hの次元が有限であるとき、Aのエルミート性や対称性はAの表現行列がエルミートや対称であることに対応します。

A:HHがエルミートであるための必要十分条件は、任意のxHに対してx,Axが実数となることである。

必要性はAがエルミートであるときx,Ax=Ax,x=x,Axから明らかであるため、十分性を示す。

線形演算子A:HHx,yHについて、次の恒等式が成り立つ:
x,Ay=14{x+y,A(x+y)xy,A(xy)+ixiy,A(xiy)ix+iy,A(x+iy)}
任意のz,Az (zH) が実数であるとき、恒等式の複素共役を考えると
x,Ay=y,Ax
を得る。従ってAはエルミートである。

エルミート演算子Aに対して、
N(A)=def{x,AxxD(A),x=1}R
A数域 (numerical range) という。

Aの数域が下に有界であるとき、すなわち、γR.infN(A)γが成り立つとき、Aは下に有界であると言い、Aγで表す。特にA0 (A>0) であるとき、Aは非負 (正) であるという。上に有界であることも同様にAγで表す。

エルミート演算子A, BについてAB0が成り立つことを、ABあるいはBAで表す。

直交補空間と正射影定理

ヒルベルト空間Hの部分集合Gに対して、
G=def{xHyG.x,y=0}
で定まるGHを、G直交補空間 (orthogonal complement) と言います。Gについて、次の性質が成り立ちます。

  1. x,yG.a,bF.ax+byG
  2. GHの閉部分空間。
  1. 内積の線形性から、gGに対してax+by,g=ax,g+by,g=0が成り立つ。
  2. 1.からGHの部分空間である。Gが閉であることを示す。{xn}n=1G上のコーシー列、xHx=limnxnとする。内積の連続性から、yGに対してx,y=limnxn,y=0が成り立つため、xG
    従ってGは閉である。
定理1.13, [新井]

集合GHとベクトルxHの距離d(x,G)
d(x,G)=definf{xyyG}
で定める。このとき、Hの閉部分空間Mと任意のxHに対して
d(x,M)=xxMxxMM
を満たすxMがただ1つ存在する。

dの定義から、ynxd(x,M) (n) となるynMが取れる。d=d(x,M), dn=ynxとする。任意のmMαCに対して、ynxαmd。従って、
ynx2αynx,mαynx,m+|α|2m2d2
特に、α=ynx,m/m2とおいたとき、
|ynx,m|2m2(dn2d2)
(この式はm=0でも成立する。) ここから、
|ynym,m||ynx,m|+|ymx,m|m(dn2d2+dm2d2)ynymdn2d2+dm2d20(n,m)
以上より{yn}nはコーシー列であり、従ってyHが存在してlimnyn=y。仮定からMは閉なのでyM

三角不等式より|ynxxy|ynyが成り立つことから、xy=d。また、mMに対して
|xy,m|=limn|xyn,m|limnmdn2d2=0xy,m=0
従ってxyMが成り立つ。一意性はMM={0}であることから従う。

命題3におけるxMx正射影 (orthogonal projection) といいます。

正射影定理, 定理1.14, [新井]

MHの閉部分空間とする。このとき、xHに対してx1Mx2Mが一意に存在して
x=x1+x2
と表される。また、xがこのように表されるとき
x1=xM,x2=xM
が成り立つ。

x2=xxMM, x1=xxMMとおく。このとき、等式x2xM=x1xMを得る。

MMであることから、x1xMMである。一方x2xMMであり、さらにMM={0}であることから、x2xM=x1xM=0でなくてはならない。以上より、x=xM+xMが従う。

一意性はMM={0}であることから従う。

xHに対して、正射影定理によって定まるx=xM+xMxMに関する直交分解 (orthogonal decomposition) といいます。

射影演算子

MHはヒルベルト空間Hの閉部分空間とします。このとき、写像PM:HM
PM(x)=defxM
で定義すると、直交分解の一意性から、この写像は線形演算子であることがわかります。PMM上への射影演算子と呼びます。{en}n1Hの完全正規直交基底とすると、PM
PM(X)=nen,xen
と表すことができます。

PMは有界な自己共役作用素 (すなわち、PM=PMが成り立つ) であり、PM1が成り立つ。さらに、PM2=PM, 0PMIdが成り立つ。

任意のxHに対してx=xM+xM, xM,xM=0であることから、xM=xxMxが成り立つ。従ってPM1

任意のx,yHに対して、
x,PMy=x,yM=xM,yM=xM,y=PMx,y
従ってPMは自己共役。

xHに対してPMx=xMMであることから、PM(PMx)=PMxであり、従ってPM2=PMである。

PM2=PMと自己共役性から、
x,PMx=x,PM(PMx)=PMx,PMx0
従ってPM0。また、正射影定理からId=PM+PMが成り立つため、IdPM=PM0が成り立つ。
以上より、0PMIdを得る。

ヒルベルト空間H上の有界演算子Pで、冪等 (P2=P) かつ自己共役 (P=P) であるものを射影演算子という。

任意の射影演算子Pは、その値域R(P)への射影PR(P)とみなせる (命題2.46 (iv), [新井])ことから、閉部分空間の間の関係は射影演算子の間の関係として表現できます。

命題2.47, [新井]

Hの閉部分空間M, Nについて、

  1. MNPMPN=0
  2. MNPMPN=PNPM=PM
  3. PMPN=PNPM=PMPMPN
  1. MNPMPN=0は明らか。PMPN=0であるとき、N=R(PN)Mが成り立つことからMN
  2. MNであるとき、R(PM)NであることからPNPM=PM。この等式の共役を取るとPMPN=PM
    逆にPMPN=PNPM=PMであるとき、PNPM=PMからMNが従う。
  3. PMPN=PNPM=PMであるとき、
    x,PMx=PNx,PMxPNxPMx
    が成り立つ。左辺がPMx2に等しいことからPMxPNxを得るが、これはx,PMxx,PNxを意味する。従って、PMPN
    逆にPMPNであるとき、
    PNPMxPMx2=PNPMx2PNPMx,PMxPMx,PNPMx+PMx2=PMx,PMPMxPMx,PNPMx0
    より、PNPM=PMが成り立つ。従ってPMPN=PMも成り立つ。

命題6に基づいて、射影演算子P,QPQ=0を満たすとき、PQは直交するといいます。

スペクトル族の導入

有限次元の複素ベクトル空間において、N次エルミート行列Hは対角化可能であり、互いに相異なる固有値をλ1,,λkとすると、対応する固有空間への射影Pλ1,,Pλkを用いて
H=j=1kλjPλj
と表すことができます。これをHのスペクトル分解と言います。

ヒルベルト空間H上の一般の自己共役演算子Aに対しては、まずAが固有値を持つかどうかすらわかりませんが、差し当たって
A=λλPλ
と書けることにします。ただしλとは固有値λを渡る総和です。固有値λRごとに定まる値を足し合わせるため、なにか積分とのアナロジーがありそうに見えます。

実際、
EA(M)=defλ<MPλ
(ただしλ<Mとはλ<Mを満たす固有値λの全体を渡る) とおくと、これを使ってA
Aλλ(E(λ+Δλ)E(λ))RλdE(λ)
のように表せそうだという示唆を得ます。

最終的には、実数をパラメータに持つ特別な射影演算子の族{E(λ)}λRとそれによるスティルチェス積分Rf(λ)dE(λ) (あるいは、さらに一般化したスペクトル測度μ:B(Rd)P(H)) によるスペクトル分解が構成されることになりますが、本記事では最後にスペクトル族とスペクトル測度の定義を書いて半ばとしたいと思います。

定義2.50, [新井]

ヒルベルト空間H上の射影演算子の族{E(λ)}λRが以下の条件を満たすとき、{E(λ)}λRスペクトル族 (spectral family) であるという。

  1. λ,μR.E(λ)E(μ)=E(μ)E(λ)=E(min{λ,μ})
    これはλ<μE(λ)E(μ)と同値である。
  2. λ+のとき、E(λ)Idに強収束する。すなわち、任意のxHにおいて、limλ+xE(λ)x=0となる。
  3. λのとき、E(λ)0に強収束する。すなわち、任意のxHにおいて、limλE(λ)x=0となる。
  4. {E(λ)}λRは右連続である。すなわち、任意のxHにおいて、limdλ+0E(λ+dλ)xE(λ)x=0が成り立つ。
    (このとき、E(λ+dλ)dλ+0での強収束先をE(λ+0)で表す。)
§2.7, [新井]

ヒルベルト空間H上の射影演算子の全体をP(H)で表す。また、B(Rd)Rd上のボレル集合の全体とする。
写像μ:B(Rd)P(H)が以下の条件を満たすとき、μd次元のスペクトル測度という。

  1. μ()=0, μ(Rd)=Id
  2. B=n=1Bn, n,m.BnBm=のとき、
    n=1Nμ(Bn)Nsμ(B)
    すなわち、n=1Nμ(Bn)Nμ(B)に強収束する。
  3. 任意のB,BB(Rd)に対して、μ(B)μ(B)=μ(BB)

参考文献

[1]
新井朝雄, 量子力学の数学的構造〈1〉, 朝倉物理学体系, 朝倉書店, 1999
[2]
新井朝雄, 量子力学の数学的構造〈2〉, 朝倉物理学体系, 朝倉書店, 1999
[3]
Borthwick, David, Spectral Theory, Graduate Texts in Mathematics, Springer, 2020
投稿日:2022223
更新日:20231123
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merliborn
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圏論や普遍代数に興味があります。現在の専門は型理論および圏論的意味論です。

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  1. はじめに
  2. 用語と記号の定義
  3. 直交補空間と正射影定理
  4. 射影演算子
  5. スペクトル族の導入
  6. 参考文献