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大学数学基礎解説
文献あり

表現論から見る連続ウェーブレット変換

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$$\newcommand{bra}[1]{\langle{#1}|} \newcommand{braket}[2]{\langle{#1}|{#2}\rangle} \newcommand{ket}[1]{|{#1}\rangle} $$

このコラムでは, 連続ウェーブレット変換(CWT)を表現論の立場からざっくりと眺めてみようと思います.

なお, ここではbra-ket記法を用いますが, この記法は位相などを見逃す可能性があるので少し注意が必要です.

CWTと再生公式

最初にCWTの一般論を復習しておきましょう. この分野では稀ですが, Fourier変換はユニタリー角周波数型を用いていることに注意してください.

許容条件

$$c_\psi=2\pi \int_\mathbb{R} \frac{|\hat \psi(\xi)|^2}{|\xi|}d\xi<\infty$$
を満たす関数$\psi\in L^2(\mathbb{R})$マザーウェーブレットと呼び, ウェーブレット$\psi_{ab}$
$$\psi_{ab}(x)=\frac{1}{\sqrt{|a|}}\psi \left( \frac{x-b}{a}\right),\quad a\in \mathbb{R}^*,\ b\in\mathbb{R}$$で定義する.

このとき, CWT$\braket{\psi_{ab}}{f}$再生公式(reconstruction formula)
$$f=\frac{1}{c_\psi}\int_{\mathbb{R}^2}\braket{\psi_{ab}}{f}\psi_{ab} \frac{da}{a^2}db$$
で与えられました.

既約ユニタリー表現としてのウェーブレット

さて, マザーウェーブレット$\psi$に対して, ウェーブレットは
$$\psi_{ab}(x)=\frac{1}{\sqrt{|a|}}\psi \left( \frac{x-b}{a}\right)$$で定義されていましたが, この対応$\psi\mapsto \psi_{ab}$を表す作用素を$U(a,b)$としましょう. 定義から, この作用素はユニタリーであることに注意してください.

$\psi\in L^2(\mathbb{R})$に対して$U$を2回作用させてみましょう.

すると,
$$\begin{split} U(a',b')U(a,b)\psi(x)&=U(a',b')\left[U(a,b)\psi(x) \right]\\ &=U(a',b')\left[\frac{1}{\sqrt{|a|}}\psi \left( \frac{x-b}{a}\right)\right]\\ &=\frac{1}{\sqrt{|a'|}} \frac{1}{\sqrt{|a|}}\psi \left( \frac{\frac{x-b}{a}-b'}{a'}\right)\\ &=\frac{1}{\sqrt{|a'a|}}\psi \left( \frac{x-(ab'+b)}{a'a}\right)=U(a'a, ab'+b)\psi(x) \end{split}$$
が成り立ちます.

これは$\mathbb{R}^*\times\mathbb{R}$に演算
$$(a,b)\circ (a',b')=(aa', b+ab')$$を入れた群を考えさせますね.

$ax+b$

乗法群$\mathbb{R}^*$と加法群$\mathbb{R}$の半直積群
$$\mathbb{R}^*\ltimes \mathbb{R},\qquad (a,b)\circ (a',b')=(aa', b+ab')$$$ax+b$またはアフィン群と呼び, $G_{\rm aff}$と表す.

簡単な確認により, $ax+b$群は以下の$GL_2(\mathbb{R})$の部分群と同型です:
$$ \left\{\left(\begin{array}{cc} a & b \\ 0 & 1\end{array} \right)\in GL_2(\mathbb{R}): a\in \mathbb{R}^*,\ b\in\mathbb{R} \right\}. $$

$ax+b$群は単位元を$(1,0)$, 逆元を$(a^{-1},-a^{-1}b)$とするLie群になりますが, 連結ではありません. 連結成分は$a$の正負で決まるので, 各々$G_{\rm Aff}^\pm$と書くことにしましょう. 別にここでは使いませんが.

察しの良い方なら気付いたと思いますが, $U(a,b)$$ax+b$群の表現$(U,L^2(\mathbb{R}))$となっていたのです. 特に, この表現は強連続表現です.

強連続表現とは以下で定まる作用素のことです.

強連続表現

写像$T:G\to B(\mathcal{H})$がHilbert空間$\mathcal{H}$における位相群$G$強連続表現であるとは, $T$が次の条件を満たすことである:

  1. $T(xy)=T(x)T(y)$.

  2. $T(e)=I$.

  3. $T$は強連続, すなわち任意の$v\in\mathcal{H}$に対し
    $$x\mapsto T(x)v\quad(x\in G)$$が$G$上連続となる.

さて, $ax+b$群は局所コンパクト群でもあるのでHaar測度が定義されます.
その左Haar測度は
$$d\mu_\ell(a,b)=\frac{dadb}{a^2}, $$
右Haar測度は
$$ d\mu_r(a,b)=\frac{dadb}{|a|} $$となることが割とすぐに確かめられます.

故に, $ax+b$群は非ユニモジュラー群です. しかし, これ以降は左Haar測度のみを用いるので, 別にどうということありません.

局所コンパクト群である$ax+b$群とユニタリー表現$(U,L^2(\mathbb{R}))$が与えられたので, $\psi\in L^2(\mathbb{R})$を用いた一般化ウェーブレット変換
$$W_\psi[v]= \braket{U(a,b)\psi}{v}$$
が定義できます. とは言え, 今の場合は完全にウェーブレット変換に一致します.

この表現が既約であることさえ分かれば, 何かと嬉しくなります.

既約性を示すために次の作用素を定義しましょう:
$$\hat U(a,b)\hat \psi(\xi)= |a|^{\frac{1}{2}}e^{-ib\xi}\hat \psi(a\xi),\qquad \hat\psi\in L^2(\hat{\mathbb{R}}).$$

この作用素も$ax+b$群のユニタリー表現であって, 以下の関係を満たしています:
$$\mathcal{F} U=\hat U\mathcal{F}.$$

これは, $U$$\hat U$がFourier変換を経絡作用素とする同値な表現であることを意味しています. 従って, $\hat U$における結果は$U$の結果に直結します.

$ax+b$群のユニタリー表現$(U,L^2(\mathbb{R}))$は既約である.

非零の$\hat \psi \in L^2(\mathbb{\hat R})$を固定する.

任意の$\hat \chi\in L^2(\mathbb{\hat R})$に対して,
$$\braket{\hat\chi}{\hat U(a,b)\hat \psi}=\int_{\hat{\mathbb{R}}}\overline{\hat \chi(\xi)} |a|^{\frac{1}{2}}e^{-ib\xi}\hat \psi(a\xi)d\xi=0$$
であると仮定しよう.

上式2項目はFourier変換の形になっているので, ユニタリー性から$L^2$の意味で$\hat v(\xi)\overline{\hat \psi(a\xi)}=0$でなければならない.

しかし, 仮定から$\hat\psi\neq 0$であるので$\hat \chi=0$となり, これは表現$(U,L^2(\mathbb{R}))$の既約性を意味する.

よって, $ax+b$群のユニタリー表現$(U,L^2(\mathbb{R}))$は既約であることが分かりました.

2乗可積分表現

次の定義はこの理論で重要です.

2乗可積分表現

局所コンパクト群$G$の既約ユニタリー表現$(T,\mathcal{H})$に対して,
$$\int_G \left|\braket{T(x)u}{u} \right|^2d\mu(x)<\infty$$
を満たす非零ベクトル$u\in \mathcal{H}$が1つでも存在するとき, $(T,\mathcal{H})$2乗可積分表現と呼ぶ.

実は, 2乗可積分表現$(T,\mathcal{H})$許容ベクトル$u\in \mathcal{H}$が存在すれば, 任意の$v\in \mathcal{H}$に対して
$$\int_G \left|\braket{T(x)u}{v} \right|^2d\mu(x)<\infty$$が成り立つことが知られています.

ここで, CWTにおける許容条件は次で定義されていたことを思い出しましょう:
$$c_\psi= 2\pi \int_{\mathbb{R}}|\hat \psi(\xi)|^2\frac{d\xi}{|\xi|}<\infty$$

許容条件を満たす$\psi\in L^2(\mathbb{R})$に対して, $ax+b$群のユニタリー表現$(U,L^2(\mathbb{R}))$は2乗可積分表現であり, 以下が成り立つ:
$$ \int_{G_{\rm aff}} \left|\braket{U(a,b)\psi}{\psi} \right|^2d\mu (a,b)=c_\psi\|\psi\|_{L^2(\mathbb{R})}<\infty $$

この証明はよく知られているプロセスですので, 省略します($e^{ib\xi}$の直交性を用いたデルタ関数表示を用いれば一瞬で証明できますが, 推奨はしません).

Duflo-Moore作用素

任意の$\hat \psi\in L^2(\hat{\mathbb{R}})$に対して, $$\hat C\hat\psi(\xi)=\left(\frac{2\pi}{|\xi|}\right)^\frac{1}{2}\hat\psi(\xi)$$を定め, 作用素$C$$\hat C\mathcal{F}$で定義する.

この$C$を($ax+b$群における)Duflo-Moore作用素と呼ぶ.

Duflo-Moore作用素はその定め方から$c_\psi=\|C\psi\|^2_{L^2}$を満たします.

実は, Duflo-Moore作用素は一般の2乗可積分表現に対して定義可能な稠密に定義された正値作用素であって, 沢山の結果や応用が存在します. 従って, 上記の許容条件の定め方はある意味天下り的です.

いよいよ結論に近づいてきました.

許容条件を満たす$\psi\in L^2(\mathbb{R})$を1つ固定し, $s\in L^2(\mathbb{R})$のCWTを
$$ S(a,b)=\braket{U(a,b)\psi}{s}=\braket{\psi_{a,b}}{s} $$と表して, その全エネルギー
$$ E(S)=\int_{G_{\rm aff}}|S(a,b)|^2d\mu(a,b)=\|C\psi\|^2_{L^2}\|s\|^2_{L^2}=c_\psi\|s\|^2_{L^2}<\infty $$
で定義しましょう. これは2乗可積分表現なので可能な定義です.

従って, 上の式は以下を導きます:
$$ \begin{split} E(S)&=\int_{G_{\rm aff}}\braket{s}{\psi_{a,b}}\braket{\psi_{a,b}}{s}d\mu(a,b)\\ &=\bra{s}\left\{{\int_{G_{\rm aff}}\ket{\psi_{a,b}}\bra{\psi_{a,b}}d\mu(a,b)}\right\}\ket{s}=c_\psi \braket{s}{Is} \end{split} $$

こうして抽出された射影作用素の重ね合わせの関係式
$$I=\frac{1}{c_\psi}\int_{G_{\rm aff}}\ket{\psi_{a,b}}\bra{\psi_{a,b}}d\mu(a,b)$$$ax+b$群に付随する単位の分解と呼びます(厳密にはPettis積分を用います).

これはCWTの再生公式の作用素表示に他なりません.

振り返ると, 2乗可積分表現を示すことと再生公式を導くことはほぼ同値であることが分かりました. 古典的によく知られているCWTの再生公式ですが, 実は定義域に作用する群の幾何的性質を反映していたという結論は非常に面白いです.

参考文献

[1]
J.-P. Antoine, R. Murenzi, P. Vandergheynst, S. T. Ali, Two-dimensional wavelets and their relatives, Cambridge University Press, 2004
投稿日:202227

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