3
高校数学解説
文献あり

ある有限和とAbelの恒等式の初等的な証明

121
0
$$$$

はじめに

有限和に関する次の事実が成り立ちます.

$n$を正整数としたとき,
$$ \sum_{k=0}^{n} \dbinom{n}{k} (-1)^{n-k} k^{p} = \left\{ \begin{array}{l} 0 &(p=0,1,\cdots,n-1) \\ n! &(p=n) \end{array} \right. $$

本質的には,左辺が$p$次式の$n$階差分を表しているから,$p< n$$0$$p=n$$n!$になる,という説明ができます.
また,$p \geq n$のときの左辺は第2種Stirling数の一般項の式に$n!$をかけたものですが,第2種Stirling数が$p< n$$0$$p=n$$1$になることと命題1は辻褄が合います.
冪級数展開を使った証明はtria_mathさんが記事にされているので, そちら を参照してもらえればいいかと思いますが,本記事では数学的帰納法を用いた初等的な別証明を書きたいと思います( Part1 ).
また応用例として, Part2 ではAbelの恒等式と呼ばれるものの証明に使用した例も紹介します.

Part1

いきなりですが,まずは少し一般化された次の命題から証明することにします.

$n$を正整数としたとき,次の$a,b$の恒等式が成り立つ.
$$ \sum_{k=0}^{n} \dbinom{n}{k} (-1)^{n-k} (a+bk)^{p} = \left\{ \begin{array}{l} 0 &(p=0,1,\cdots,n-1) \\ b^{n}n! &(p=n) \end{array} \right. $$

命題2が証明できれば,特に$a=0,b=1$とすることで直ちに命題1が導かれます.

$p=0$のときの和は$(1-1)^{n}$の二項展開に他ならず,従って$0$になる.
$p\geq 1$のときを数学的帰納法で示す.
(I) $n=p=1$での和は
$$ \sum_{k=0}^{1} \dbinom{1}{k} (-1)^{1-k} (a+bk) = -a + (a+b) = b $$
となるから,$n=1$のときは示された.
(II) ある正整数$n$での成立を仮定する.$n+1$のときの和を
\begin{align*} (a+bk) \dbinom{n+1}{k} &= a \dbinom{n}{k} + a \dbinom{n}{k-1} + b(n+1) \dbinom{n}{k-1} \\ &= a \dbinom{n}{k} + (a+b+bn) \dbinom{n}{k-1} \end{align*}
を用いて分解すると
\begin{align*} &a \sum_{k=0}^{n+1} \dbinom{n}{k} (-1)^{n+1-k} (a+bk)^{p-1} + (a+b+bn) \sum_{k=0}^{n+1} \dbinom{n}{k-1} (-1)^{n+1-k} (a+bk)^{p-1} \\ &= -a \sum_{k=0}^{n} \dbinom{n}{k} (-1)^{n-k} (a+bk)^{p-1} + (a+b+bn) \sum_{k=0}^{n} \dbinom{n}{k} (-1)^{n-k} (a+b+bk)^{p-1} \end{align*}
となるが,帰納法の仮定より,これは$1\leq p\leq n$$0$$p=n+1$
$$ -ab^{n}n! + (a+b+bn)b^{n}n! = b^{n+1}(n+1)! $$
となるから,$n+1$のときも示された.
以上により,命題2が示された.$\square$

といった具合に,一般化された命題2の方から先に考えることで,帰納法を上手く使うことができました.
ちなみに,命題2の左辺も結局は$p$次多項式の$n$階差分とみなせるので,命題1と似たような結果になることを窺い知ることができます.

Part2

次に, Part1 で示したことを使ってAbelの恒等式というものを証明してみます.

Abelの恒等式

$n$を正整数としたとき,次の$x,y,z$の恒等式が成り立つ.
$$ \sum_{k=0}^{n} \dbinom{n}{k} x(x+kz)^{k-1}(y-kz)^{n-k} = (x+y)^n \quad (x \neq 0) $$

なんとか命題2の形に持っていくために,$(y-kz)^{n-k}$を二項展開して$(x+kz)$を取り出すことを考えます.

$y-kz = -(x+kz) + x+y$とみて二項展開すると
\begin{align*} (y-kz)^{n-k} &= \sum_{j=0}^{n-k} \dbinom{n-k}{j} (-1)^{j} (x+kz)^{j} (x+y)^{n-k-j} \\ &= \sum_{j=k}^{n} \dbinom{n-k}{j-k} (-1)^{j-k} (x+kz)^{j-k} (x+y)^{n-j} \end{align*}
となり,また
\begin{align*} &\dbinom{n}{k} \dbinom{n-k}{j-k} = \frac{n!}{ k!(n-k)! } \frac{ (n-k)! }{ (j-k)!(n-j)! } \\ &= \frac{n!}{ j!(n-j)! } \frac{j!}{ k!(j-k)! } = \dbinom{n}{j} \dbinom{j}{k} \end{align*}
も用いれば,示すべき式の左辺は
$$ \sum_{k=0}^{n} \sum_{j=k}^{n} \dbinom{n}{j} x(x+y)^{n-j} \dbinom{j}{k} (-1)^{j-k} (x+kz)^{j-1} $$
となる.二重和を交換すれば
$$ = \sum_{j=0}^{n} \dbinom{n}{j} x(x+y)^{n-j} \sum_{k=0}^{j} \dbinom{j}{k} (-1)^{j-k} (x+kz)^{j-1} $$
となるが,命題2により内側の$\sum$$j\geq1$$0$になるので,結局$j=0$の項だけ残って
$$ = (x+y)^{n} \quad \square $$

このように,命題2を利用してAbelの恒等式を証明できました.
なお,$k=0$で少し気持ち悪いことになるので$x\neq0$の制限を付けていますが,$k=0$の項を分離して
$$ \sum_{k=1}^{n} \dbinom{n}{k} (x+kz)^{k-1}(y-kz)^{n-k} = \frac{ (x+y)^n - y^{n} }{x} $$
と変形すれば,$x \to 0$の極限を考えることができて
$$ \sum_{k=1}^{n} \dbinom{n}{k} (kz)^{k-1}(y-kz)^{n-k} = ny^{n-1} $$
が得られます(これを直接,命題1や2から示すこともできます).

おわりに

Abelの恒等式(や上の式)で$x,y,z$に具体的な値を代入してみると,面白い式が得られるのでぜひ試してみてください.
また,本記事では触れませんでしたが,Abelの恒等式はLambertのW関数と関係が深いようなので,気になった方は色々と調べてみると面白いと思います.
それでは,ここまでご覧いただきありがとうございました.

参考文献

[1]
Wenchang Chu, Elementary Proofs for Convolution Identities of Abel and Hagen–Rothe, The Electronic Journal of Combinatorics, 2010, #N24
投稿日:2022223

この記事を高評価した人

高評価したユーザはいません

この記事に送られたバッジ

バッジはありません。

投稿者

コメント

他の人のコメント

コメントはありません。
読み込み中...
読み込み中