前回
は,最短経路の問題を通してカタラン数の拡張をしてきました.
今回注目するのは,初回でも紹介したカタラン数の次の性質です.
のマス目にからまでの数字を1つずつ書き込むとき,次の条件を満たす方法の総数は,カタラン数に等しい
- 横に隣り合う任意の2つのマスについて,左に書かれた数字よりも右に書かれた数字の方が大きい.
- 縦に隣り合う任意の2つのマスについて,上に書かれた数字よりも下に書かれた数字の方が大きい.
今回はこれを拡張して,次のような問題を考えてみましょう.
高次元カタラン数
のマス目にからまでの数字を1つずつ書き込むとき,次の条件を満たす方法の総数をで表す.
- 横に隣り合う任意の2つのマスについて,左に書かれた数字よりも右に書かれた数字の方が大きい.
- 縦に隣り合う任意の2つのマスについて,上に書かれた数字よりも下に書かれた数字の方が大きい.
は,最短経路に当てはめれば,次のように意味づけすることもできます.
上のからへの最短経路で,領域内にあるものの総数は,となる.
のマス目に順番にからまでの数字を順番に書き込んでいくと考え,
最短経路において軸方向の移動を行目に数字を書き込むことに対応させれば,
マス目と最短経路の間に1対1対応が構成できる.
よって最短経路の総数はとなる.
今回は,このを与える式を考えてみます.
フック長の公式
まず準備として,いくつかの用語,記号を定義します.
自然数に対して,自然数の組が
を満たすとき,これを自然数の分割(Partition)という.
この分割は,下図のように行目に個の正方形を並べた図形として表現できる.
これをヤング図形(Young diagram)という.
に対するヤング図形
また,ヤング図形に含まれるの正方形を箱(Box)と呼ぶ.
行列にある箱をと表す.
1つの分割は1つのヤング図形と1対1に対応する.
自然数の分割に対応するヤング図形の箱にからまでの数字を1つずつ書き込むとき,次の条件を満たすものを,標準ヤング盤(Standard young tableaux)あるいは単に標準盤(Standard tableaux)という.
- 横に隣り合う任意の2つのマスについて,左に書かれた数字よりも右に書かれた数字の方が大きい.
- 縦に隣り合う任意の2つのマスについて,上に書かれた数字よりも下に書かれた数字の方が大きい.
ヤング図形に対して,箱の個数を,標準ヤング盤の個数をで表す.また箱がヤング図形に含まれることをで表す.
ヤング図形上の箱に対して,
をあわせた集合を箱におけるフック(Hook)といい,フックに属する箱の個数をフック長(Hook length)といって,あるいはで表す.
フック長が1である箱を角(Corner)という.
このとき,次の公式が成り立つことが知られています.強すぎです.
フック長の公式
ヤング図形について,次が成立する.
ただし,分母の積は,上のすべての箱に対してそのフック長を掛けることを意味する.
証明は難しいですが,理解できないレベルでもないので,この記事の最後に載せようと思います.
まずはこの公式の威力を体感してみましょう.
まず,いろいろ試行錯誤したの一般項ですが,フック長の公式を使えば2秒で求められます!
前回最初に紹介した傾き1の直線の最短経路の総数は,特殊な場合に限定すればこの公式で求められます.
とする.からへの最短経路で,直線を越えないものの総数は,次のように表せる.
最短経路において軸方向の移動を,ヤング図形の行目に数字を書き込むことに対応させ,
軸方向の移動を,ヤング図形の行目に数字を書き込むことに対応させると,
求める場合の数は,分割に対するヤング図形の標準盤の個数に等しい.
よって,
では早速これを使って,の一般項をもとめてみましょう!
高次元カタラン数
は分割に対する標準盤の個数なので,フック長の公式を認めれば簡単に求められます.
は,次のように表せる.
超階乗を導入すれば,次のようにも表現できる.
を分割に対するヤング図形とする.フック長の公式より,
また,これを書き換えると,
フック長の公式の証明
フック長の公式にはいくつかの証明が知られていますが,ここでは1979年に発見されたC.Greene, A.Nijenhuis, H.S.Wilfらによる証明を紹介します.
フック長の積について成り立つべき漸化式を考え,それに確率論的な解釈を与えるというものです.
証明
まず,次の補題が成り立つ.
ただし右辺の総和は,ヤング図形に対して,どこかの角を取り除いたヤング図形全体に対して,その標準盤の個数を足し合わせることを意味する.
個の箱を持つヤング図形では,その標準盤においてはどこかの角に存在する.
が角にあるの標準盤の個数は,から角を取り除いて得られるヤング盤の標準盤の個数に等しい.よって補題は成立する.
ヤング図形に対し,とする.
また,個の角を持つヤング図形に対し,からを取り除いたヤング図形をとする.
の場合はが成り立つことと,
補題6に注意すれば,次のことが成り立てば良いとわかる.
ここで,この式を変形すると,
となり,右辺は全確率空間と考えることができる.
これに確率論的解釈を与えてみよう.
まず,次のような試行を考える
フックウォーク
を個の箱をもつヤング図形とする.次のような操作を考える.
この操作をフックウォーク(Hook walk)という.
- から箱を無作為につ選ぶ.
- 前に選んだ箱のフックの中にあり,それとは異なる箱を無作為につ選ぶ.
- (ii)を繰り返す.
このとき,必ず有限回の操作でどこかの角に到達する.
角に到達する確率をあるいはで表す.
実はこのとき,
が成り立つ.
これを証明できれば,左辺の総和は全確率空間であってに等しいので,フック長の公式が証明できたことになる.
まずは右辺について詳しく見ていく.
はから角を取り除いたものなので,とのフック長の間には次の関係がある.
したがって,以外においては分母と分子がキャンセルすることと,に注意して,
を得る.
次に,左辺について考えてみる.
始点をに固定したフックウォークについて考える.
回目に選んだ箱をで表すとする.
これに対し,集合を次のように定める.(ただし重複は無視する)
つまり,はフックウォークの経路に現れる行番号からなる集合で,は列番号からなる集合である.
このとき,始点がであるという条件の下で行番号の集合が,列番号の集合がとなる条件付き確率をで表す.
これに対し,次の補題が成り立つ.
行番号の集合が,列番号の集合がであり,最初に選ぶ箱がであることから,
2つ目に選ぶ箱はあるいはであり,これらが選ばられる確率はである.
また,2つ目の箱としてを選んだ時,からスタートしたものとみなせば,行番号の集合は,列番号の集合がということになる.を選んだ場合も同様.
よって,には次の漸化式が成り立つ事がわかる.
これを使って,補題が成り立つことをに関する数学的帰納法で証明する.
- のとき
であり,左辺の確率は,右辺は空積でなので成立. - のとき成立すると仮定して,のとき
漸化式より,
ここで,行目の長さを,列目の長さをとする.
行目の長さは,列目の長さはであることも合わせて,
であるから,が成り立つ.よって,
よって,補題は示された.
それではこれらを使って証明を完成させよう
であることは証明したので,この式の右辺を展開する.まず,
が成り立つ.ここで,右辺の和においてはの部分集合全体を動く.にを加えた集合をとすると,
となる.ただしはの部分集合であってを含むもの全体を動く.同様に,
であるから,
となる.補題7を使うと,
を得る.ここで最初に箱を選ぶ確率はで,をすべて動かせばに達する経路の確率をすべて足すことになるので,この式の右辺はに等しい.よってフック長の公式は示された.
いかかでしたでしょうか.最後はなかなか大変な証明になりましたが,これを機にカタラン数の面白さがわかってもらえたら嬉しいです.