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高校数学解説
文献あり

カタラン数とその拡張 その3 〜標準ヤング盤を通したカタラン数の高次元化〜

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前回 は,最短経路の問題を通してカタラン数の拡張をしてきました.
今回注目するのは,初回でも紹介したカタラン数の次の性質です.

2×nのマス目に1から2nまでの数字を1つずつ書き込むとき,次の条件を満たす方法の総数は,カタラン数cnに等しい

  • 横に隣り合う任意の2つのマスについて,左に書かれた数字よりも右に書かれた数字の方が大きい.
  • 縦に隣り合う任意の2つのマスについて,上に書かれた数字よりも下に書かれた数字の方が大きい.

今回はこれを拡張して,次のような問題を考えてみましょう.

高次元カタラン数

m×nのマス目に1からmnまでの数字を1つずつ書き込むとき,次の条件を満たす方法の総数をCnmで表す.

  • 横に隣り合う任意の2つのマスについて,左に書かれた数字よりも右に書かれた数字の方が大きい.
  • 縦に隣り合う任意の2つのマスについて,上に書かれた数字よりも下に書かれた数字の方が大きい.

Cnmは,最短経路に当てはめれば,次のように意味づけすることもできます.

Rm={(x1,x2,x3,,xm)| x1,x2,x3,,xmR}上の(0,0,,0)から(n,n,,n)への最短経路で,領域x1x2x3xm内にあるものの総数は,Cnmとなる.

m×nのマス目に順番に1からmnまでの数字を順番に書き込んでいくと考え,
最短経路においてxi軸方向の移動をi行目に数字を書き込むことに対応させれば,
マス目と最短経路の間に1対1対応が構成できる.
よって最短経路の総数はCnmとなる.

今回は,このCnmを与える式を考えてみます.

フック長の公式

まず準備として,いくつかの用語,記号を定義します.

自然数Nに対して,自然数の組(k1,k2,k3,,kn)
N=k1+k2+k3++kn,  k1k2k3kn
を満たすとき,これを自然数N分割(Partition)という.

この分割は,下図のようにi行目にki個の正方形を並べた図形として表現できる.
これをヤング図形(Young diagram)という.

!FORMULA[27][-992523928][0]に対するヤング図形 (k1,k2,k3)=(5,4,2)に対するヤング図形

また,ヤング図形に含まれる1×1の正方形を(Box)と呼ぶ.
ij列にある箱を(i,j)と表す.

1つの分割は1つのヤング図形と1対1に対応する.
自然数Nの分割に対応するヤング図形の箱に1からNまでの数字を1つずつ書き込むとき,次の条件を満たすものを,標準ヤング盤(Standard young tableaux)あるいは単に標準盤(Standard tableaux)という.

  • 横に隣り合う任意の2つのマスについて,左に書かれた数字よりも右に書かれた数字の方が大きい.
  • 縦に隣り合う任意の2つのマスについて,上に書かれた数字よりも下に書かれた数字の方が大きい.

ヤング図形λに対して,箱の個数を|λ|,標準ヤング盤の個数をSYTλで表す.また箱dがヤング図形λに含まれることをdλで表す.

ヤング図形λ上の箱d=(i,j)に対して,

  • d
  • 同じ列で箱dの下にある箱
  • 同じ行で箱dの右にある箱

をあわせた集合を箱dにおけるフック(Hook)といい,フックに属する箱の個数をフック長(Hook length)といって,hλ(d)あるいはhλ(i,j)で表す.

フック長が1である箱を(Corner)という.

このとき,次の公式が成り立つことが知られています.強すぎです.

フック長の公式

ヤング図形λについて,次が成立する.
SYTλ=|λ|!dλhλ(d)
ただし,分母の積は,λ上のすべての箱に対してそのフック長を掛けることを意味する.

証明は難しいですが,理解できないレベルでもないので,この記事の最後に載せようと思います.
まずはこの公式の威力を体感してみましょう.

まず,いろいろ試行錯誤したcnの一般項ですが,フック長の公式を使えば2秒で求められます!

cnは,分割(k1,k2)=(n,n)に対するヤング図形λの標準盤の個数なので,
cn=SYTλ=|λ|!dλhλ(d)=(2n)!(n+1)!n!=1n+12nCn

前回最初に紹介した傾き1の直線の最短経路の総数は,特殊な場合に限定すればこの公式で求められます.

mnとする.(0,0)から(m,n)への最短経路で,直線y=xを越えないものの総数は,次のように表せる.
mn+1m+1m+nCm

最短経路においてx軸方向の移動を,ヤング図形の1行目に数字を書き込むことに対応させ,
y軸方向の移動を,ヤング図形の1行目に数字を書き込むことに対応させると,
求める場合の数は,分割(k1,k2)=(m,n)に対するヤング図形λの標準盤の個数に等しい.
よって,
SYTλ=|λ|!dλhλ(d)=(m+n)!j1=1mhλ(1,j1)j2=1mhλ(2,j2)=(m+n)!(m+1)!mn+1n!=mn+1m+1m+nCm

では早速これを使って,Cnmの一般項をもとめてみましょう!

高次元カタラン数

Cnmは分割(k1,k2,,km)=(n,n,,n)に対する標準盤の個数なので,フック長の公式を認めれば簡単に求められます.

Cnmは,次のように表せる.
Cnm=(mn)!i=1mj=1n1i+j1=(mn)!0!n!1!(n+1)!2!(n+2)!(m2)!(m+n2)!(m1)!(m+n1)!

超階乗sf(n)=i=1ni!を導入すれば,次のようにも表現できる.
Cnm=(mn)! sf(m1) sf(n1)sf(m+n1)

λを分割(k1,k2,,km)=(n,n,,n)に対するヤング図形とする.フック長の公式より,
Cnm=SYTλ=|λ|!dλhλ(d)=(mn)!i=1mj=1nhλ(i,j)=(mn)!i=1mj=1n1i+j1
また,これを書き換えると,
Cnm=(mn)!i=1mj=1n1i+j1=(mn)!i=1m(i1)!(i+n1)!=(mn)! sf(m1) sf(n1)sf(m+n1)

フック長の公式の証明

フック長の公式にはいくつかの証明が知られていますが,ここでは1979年に発見されたC.Greene, A.Nijenhuis, H.S.Wilfらによる証明を紹介します.

フック長の積について成り立つべき漸化式を考え,それに確率論的な解釈を与えるというものです.

証明

まず,次の補題が成り立つ.

SYTλ=cλ,hλ(c)=1SYTλ{c}
ただし右辺の総和は,ヤング図形λに対して,どこかの角を取り除いたヤング図形全体に対して,その標準盤の個数を足し合わせることを意味する.

N個の箱を持つヤング図形λでは,その標準盤においてNはどこかの角に存在する.
Nが角cにあるλの標準盤の個数は,λから角cを取り除いて得られるヤング盤λ{c}の標準盤の個数に等しい.よって補題は成立する.

ヤング図形λに対し,Hλ=cλhλ(c)とする.
また,l個の角ck=(αk,βk) (k=1,2,3,,l)を持つヤング図形λに対し,λからckを取り除いたヤング図形をλkとする.

|λ|=1の場合はSYTλ=1!Hλ=1が成り立つことと,
補題6に注意すれば,次のことが成り立てば良いとわかる.

主張
n個の箱をもつヤング図形λにおいて,
n!Hλ=k=1l(n1)!Hλk
が成立する.

ここで,この式を変形すると,
n!Hλ=k=1l(n1)!Hλk1nk=1lHλHλk=1
となり,右辺は全確率空間と考えることができる.
これに確率論的解釈を与えてみよう.

まず,次のような試行を考える

フックウォーク

λn個の箱をもつヤング図形とする.次のような操作を考える.
この操作をフックウォーク(Hook walk)という.

  1. λから箱を無作為に1つ選ぶ.
  2. 前に選んだ箱のフックの中にあり,それとは異なる箱を無作為に1つ選ぶ.
  3. (ii)を繰り返す.

このとき,必ず有限回の操作でどこかの角に到達する.
c=(α,β)に到達する確率をpλ(c)あるいはpλ(α,β)で表す.

実はこのとき,
pλ(ck)=1nHλHλk
が成り立つ.
これを証明できれば,左辺の総和は全確率空間であって1に等しいので,フック長の公式が証明できたことになる.

まずは右辺について詳しく見ていく.
hλkhλから角(αk,βk)を取り除いたものなので,hλkhλのフック長の間には次の関係がある.
hλk(i,j)={hλ(i,j)1      i=αkj=βkhλ(i,j)             otherwise.

したがって,i=αkj=βk以外においては分母と分子がキャンセルすることと,hλ(αk,βk)=1に注意して,
HλHλk=i=1αk1hλ(i,βk)hλ(i,βk)1j=1βk1hλ(αk,j)hλ(αk,j)1=i=1αk1(1+1hλ(i,βk)1)j=1βk1(1+1hλ(αk,j)1)
を得る.

次に,左辺について考えてみる.

始点を(i1,j1)に固定したフックウォークについて考える.
k回目に選んだ箱を(ik,jk) (i=1,2,,m)で表すとする.

これに対し,集合A,Bを次のように定める.(ただし重複は無視する)
A={i1,i2,,im}B={j1,j2,,jm}
つまり,Aはフックウォークの経路に現れる行番号からなる集合で,Bは列番号からなる集合である.

このとき,始点が(i1,j1)であるという条件の下で行番号の集合がA,列番号の集合がBとなる条件付き確率をp(A,B)で表す.

これに対し,次の補題が成り立つ.

A={a1,a2,,ap},B={b1,b2,,bq}
とする.ただし,a1<a2<<ap,b1<b2<<bq
このとき,次が成立する.
p(A,B)=s=1p11hλ(as,bq)1s=1q11hλ(ap,bs)1

行番号の集合がA,列番号の集合がBであり,最初に選ぶ箱が(a1,b1)であることから,
2つ目に選ぶ箱は(a1,b2)あるいは(a2,b1)であり,これらが選ばられる確率は1hλ(a1,b1)1である.
また,2つ目の箱として(a1,b2)を選んだ時,(a1,b2)からスタートしたものとみなせば,行番号の集合はA,列番号の集合がB{b1}ということになる.(a1,b2)を選んだ場合も同様.

よって,p(A,B)には次の漸化式が成り立つ事がわかる.
p(A,B)=1hλ(a1,b1)1{p(A{a1},B)+p(A,B{b1})}
これを使って,補題が成り立つことを|A|+|B|に関する数学的帰納法で証明する.

  1. |A|+|B|=2のとき
    A=a1,B=b1であり,左辺の確率は1,右辺は空積で1なので成立.
  2. |A|+|B|=n1のとき成立すると仮定して,|A|+|B|=nのとき
    漸化式より,
    p(A,B)=1hλ(a1,b1)1(p(A{a1},B)+p(A,B{b1}))=1hλ(a1,b1)1{s=2p11hλ(as,bq)1s=1q11hλ(ap,bs)1+s=1p11hλ(as,bq)1s=2q11hλ(ap,bs)1}=hλ(ap,b1)1+hλ(a1,bq)1hλ(a1,b1)1s=1p11hλ(as,bq)1s=1q11hλ(ap,bs)1
    ここで,a1行目の長さをub1列目の長さをvとする.
    ap行目の長さはbqbq列目の長さはapであることも合わせて,
    hλ(a1,b1)1=u+va1b1
    hλ(ap,b1)1=bq+vapb1
    hλ(a1,bq)1=u+apa1bq
    であるから,hλ(a1,b1)1=hλ(ap,b1)1+hλ(a1,bq)1が成り立つ.よって,
    p(A,B)=s=1p11hλ(as,bq)1s=1q11hλ(ap,bs)1

よって,補題は示された.

それではこれらを使って証明を完成させよう

HλHλk=i=1αk1(1+1hλ(i,βk)1)j=1βk1(1+1hλ(αk,j)1)
であることは証明したので,この式の右辺を展開する.まず,
i=1αk1(1+1hλ(i,βk)1)=A{1,2,,αk1}aA1hλ(a,βk)1
が成り立つ.ここで,右辺の和においてA{1,2,,αk1}の部分集合全体を動く.Aαkを加えた集合をAとすると,
i=1αk1(1+1hλ(i,βk)1)=AaA,aαk1hλ(a,βk)1
となる.ただしA1,2,3,,αkの部分集合であってαkを含むもの全体を動く.同様に,
j=1βk1(1+1hλ(αk,j)1)=BbB,bβk1hλ(αk,b)1
であるから,
HλHλk=(A,B)aA,aαk1hλ(a,βk)1bB,bβk1hλ(αk,b)1
となる.補題7を使うと,
1nHλHλk=1n(A,B)p(A,B)
を得る.ここで最初に箱(a1,b1)を選ぶ確率は1nで,(A,B)をすべて動かせば(αk,βk)に達する経路の確率をすべて足すことになるので,この式の右辺はpλ(ck)に等しい.よってフック長の公式は示された.

いかかでしたでしょうか.最後はなかなか大変な証明になりましたが,これを機にカタラン数の面白さがわかってもらえたら嬉しいです.

参考文献

[1]
枡田幹也,福川由貴子, 格子から見える数学
投稿日:2022330
OptHub AI Competition

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dragoemon
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  2. 高次元カタラン数
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