前回
は,カタラン数が組合せ論において様々なところで現れることを紹介しました.
今回からは,カタラン数を様々な形で拡張していきます.
カタラン数には様々な性質がありますが,今回特に注目するのは
前回一番最初に紹介した次の命題です.
平面上で,とを向かい合う頂点とする正方形状の格子を考える.
この格子上におけるからへの最短経路で,常に領域を通るものの総数は,カタラン数に等しい
今回は,「最短経路」というテーマを中心に,カタラン数を拡張していきます.
拡張1 〜任意の傾き1の直線を通らない最短経路の総数〜
前回紹介したカタラン数の一般項の1つ目の証明と同じ方法で,次が示せます.
,とする.平面上におけるからへの最短経路で,常に領域を通るものの総数は,次のように表せる.
からまでのすべての最短経路から,を通る経路の総数を引くと考える.
を通る経路において,最初に通る直線上の点をとする.
におけるからまでの経路と,
におけるからまでの経路をに対して対称移動させてできる経路を
つなげてできる経路を考える.
をに対して対称移動させた点はであり,
このとき,にはからまでの最短経路がちょうど1つずつ現れる.よって,を通る経路の総数はに等しい
すべての最短経路は個あるから,条件をみたす最短経路の総数は
拡張2 〜対角線を超えない(n,kn)への最短経路の総数〜
今度は,次のような拡張を考えてみましょう.
証明は,前回紹介したカタラン数の一般項の2つ目の証明と同じです.
平面上におけるからへの最短経路で,対角線を越えないものの総数をで表す.このとき,次が成立する.
からまでのすべての最短経路のうち,より
上側で軸方向に進む回数が回であるものの集合をとする.
また,常に領域を通るものの総数をとする.
定義より,
また,
のとき,とが1対1に対応することを示す.
の要素について,最初にを踏むときの座標を
とする.この経路を次の3つの部分に分ける.
: からまでの経路
: からまでの経路
: からまでの経路
ここで,の順番を入れ替えて,とした経路を考える.
の分だけ上にはみ出る部分が増えるので,この経路はの要素になる.
よって,との間で1対1対応が構成できる.
このことから,
漸化式
おさらいですが,カタラン数には次のような漸化式が成立しました.
これに対応して,には次のような漸化式が成立することが知られています.
ただし,右辺の総和は,を満たすすべての非負整数の組について和をとる.
この証明は少し難しいですが,考え方は前回の漸化式の証明と一緒です.
証明
に対して,で表される直線をとする.は対角線である.
各に対し,次の条件を満たす点のうち座標が最小のものをとする.
- は整数で,である
また,2点について, - はともの最短経路上の点である.
- 線分(両端を含む)と直線が共有点をもつ
ただし,このような点が存在しなければとする.
さらに,後々の事情のため,
とする.
各に対して,とする.
の例
まず,次の補題が成り立つ.
は以下なので,
に対して,であることを示せばよい.のとき明らかに成立するので,それ以外の場合を考える.
は最短経路上の点であり,が上にあることから,はとの間の領域(境界を含む)にある.
すなわちは領域上にある.
よりだから,線分は直線とも共有点を持つ.よって,はに対しても定義1の条件を満たすから,となる.
定義より,である.また,最短経路においての直線上からどこで右に曲がっても必ずその線分がと共有点を持つことから,である.よって,である.これにより,最短経路に対して,総和がである非負整数の組が得られる.
さらに次の補題により,組に対しては一意に定まる事がわかる.
各に対し,がでないとき,を満たす最小のをとる.
の座標はとなる.すなわちは上の点となる.
を満たす各整数に対して,2点がともに最短経路上の点であるようなは高々1つしか存在しない.
このことから,すなわちのとき,とは一致する.
よってこのに対し,であり,
は上またはその上側にあるから,となる.
また,と仮定すると,
となるので,に矛盾.
よって,となる.
これらを踏まえて,次の補題を示す.
定義2によって得られる非負整数の組がであるような最短経路の総数は,次のように表せる.
に対しからへの経路を定めれば,経路は一意に定まる.よって,からへの経路が通りあることを示せば良い.
すなわちのとき明らかに通りとなるから,
の場合を考えよう.各に対して,とする.
なので補題6から,である.また,経路がを越えてはいけないことを考えると,からまでの間に必ずを通過する必要がある.(がと一致する場合もあることに注意)
からまでの経路は1通りなので,求めたい場合の数は,
からまでの最短経路であって,を越えないものの総数に一致する.
これはに等しい.
以上より,
が成立する.
応用
この漸化式が成立することから,最短経路以外にもは組合せ論において様々な応用ができることがわかります.前回紹介した多角形の3角形分割を一般化することを考えてみましょう.
まずはその準備として,次の補題を証明します
凸角形が角形で分割できることの必要十分条件は,
を満たす正の整数が存在することである.
- 角形が角形で分割できることの証明
に関する数学的帰納法で示す.のとき,角形それ自身が角形分割となる.角形が角形分割可能であると仮定して,角形が角形分割可能であることを示す.
与えられた角形の頂点を1つ選んでとし,そこから個隣にある頂点をとする.線分は角形を角形と角形に分割する.仮定より角形は角形分割可能なので角形は角形分割可能である. - 角形が角形分割できるとき,を満たす正の整数が存在することの証明
角形の内角の和はであるから,角形を個の角形に分割するとき,角形の内角の和はである.よってとなる
それでは実際に,角形を角形で分割する方法の総数を考えてみましょう.
与えられた角形をとする.の辺を1つ選んでとする.を辺に含む角形がただ1つ存在するので,それをとする.
についてから反時計回りに番目にある辺をで表す.
に対し,はの辺または対角線であり,を2つの多角形に分割する.そのうちを含まない方をとする.補題よりは非負整数を用いて角形と表わせる.(がの辺である場合は,は2角形とみなし,とする)
また,に対しの辺での辺であるものは個あるから,の辺の本数に注目して,
よって,
角形を角形に分割する方法の総数をで表すとする.
各に対して,角形分割の総数は個だから,
となり,拡張したカタラン数の漸化式と一致する.も加味して,
となる.
拡張3 〜長方形上で対角線を越えない最短経路の総数〜
もう少し一般化して,次を考えてみます.
Dyckパス
平面上におけるからへの最短経路で,対角線を越えないものをDyckパスと呼び,その総数をで表す.
定義より,が成り立ちます.
拡張2から,の一方が一方の整数倍となっている場合については,Dyckパスの総数は
となることがわかりました.
一般のに対してを求めることは難しそうですが,が互いに素という条件であれば,一般項を与えることができます.
この証明はアクロバティックでとても面白いです.
からへの任意の最短経路(Dyckパスでなくてもよい)に対し,
それを2つつなげてできるからへの経路を考える.
に上から接する傾きの直線をとすると,
がDyckパスでないときはと2つの共有点をもち,Dyckパスのとき3つの共有点をもつ.(が互いに素であることから成立)
との共有点で座標が最小のものをとすると,もとの共有点の1つであり,のからまでの部分は1つのDyckパスとなっている.これをとする.
任意のDyckパスに対して,がの一部分になっている経路を考える.
このとき,における点をのどの点に置くかを選べば,は一意に定まる.(ただしこのとき,の始点すなわちを選ぶことはできない)
よって,がの1部分になっている経路は個あり,そのうちDyckパスはただ1つ存在する.
よってのうちDyckパスの個数は,への最短経路の個数
をで割ったものに等しいので,
となる.
いかがでしたでしょうか.次回は,「フック長の公式」と呼ばれる飛び道具を使って,カタラン数を高次元に拡張していきます.
標準ヤング盤を通したカタラン数の高次元化