極限
は,一見すると当たり前の事実であるが,これを保証するには実数の連続性が必要である.本稿では,実数の連続公理から始めて,アルキメデスの原理を証明することにより,上記の極限が導かれることを示す.
準備
実数の連続公理やアルキメデスの原理について考えるには,の部分集合の有界性や,上限・下限の概念が必要である.本節では,それらの定義と簡単な例を取り上げる.
上界・下界
上界・下界
を実数,をの部分集合とする.
- がの上界(upper bound)であるとは,任意のに対してが成り立つことをいう.
- がの下界(lower bound)であるとは,任意のに対してが成り立つことをいう.
上界・下界の例
- 以上の任意の実数は,区間の上界である.
- 以下の任意の実数は,区間の下界である.
上に有界・下に有界
上に有界・下に有界
の部分集合に対して,をの上界全体の集合,をの下界全体の集合とする.すなわち
と定める.
- が空でないとき,は上に有界(bounded above)であるという.
- が空でないとき,は下に有界(bounded below)であるという.
- が上に有界かつ下に有界であるとき,は有界(bounded)であるという.
有界性の例
- であるから,区間は上に有界である.
- であるから,区間は下に有界である.
- ,であるから,区間は有界である.
上限・下限
上限・下限
の部分集合に対して,をの上界全体の集合,をの下界全体の集合とする.
- に最小元が存在するとき,をの上限(supremum)といい,と書く.
- に最大元が存在するとき,をの下限(infimum)といい,と書く.
上限・下限の例
- の最小元はであるから,である.
- の最大元はであるから,である.
上限・下限の直感的な意味
大雑把な言い方をすれば,上限,下限はそれぞれ最大値,最小値を一般化した概念である.すなわち,の部分集合に最大値,最小値が存在すれば,それぞれに一致する.例3の場合であれば,
- ,最小値なし
となる.2では,に最小値が存在しないが,が最小値と同じような意味合いを有することになる.
連続公理
ここでは,アルキメデスの原理が成立する根拠となる連続公理を述べる.連続公理,すなわち実数の連続性を証明するには,デデキント切断(Dedekind cut)などによる実数の構成に立ち返る必要がある.しかし,その内容は本稿の主旨から外れるため,詳細は割愛し,連続公理の主張を述べるのみに留める.
連続公理
の空でない部分集合が上に有界ならば,の上限がの中に存在する.
以下,連続公理を認めて議論を進める.
有界単調数列の収束定理
連続公理から導かれる重要な結論の一つが,「有界な単調数列は収束する」という事実である.本節ではこれを証明する.この事実は,アルキメデスの原理の証明において用いられる.
実数列の有界性
実数列の有界性
を実数列とする.
- が上に有界であるとは,集合が上に有界であることをいう.
- が下に有界であるとは,集合が下に有界であることをいう.
- が有界であるとは,が上に有界かつ下に有界であることをいう.
有界な実数列の例
- 数列は上に有界である.
- 数列は下に有界である.
- 数列は有界である.
単調増加・単調減少
単調増加・単調減少
を実数列とする.
- すべてのに対してが成り立つとき,は単調増加(monotonically increasing)であるという.特に,すべてのに対してが成り立つとき,は狭義単調増加(strictly monotonically increasing)であるという.
- すべてのに対してが成り立つとき,は単調減少(monotonically decreasing)であるという.特に,すべてのに対してが成り立つとき,は狭義単調減少(strictly monotonically decreasing)であるという.
単調増加・単調減少の例
- 数列は狭義単調増加である.
- 数列は狭義単調減少である.
有界単調数列の収束定理
「有界な単調数列は収束する」という事実は,正確には次のような主張である.
有界単調数列の収束定理
を実数列とする.
- が上に有界かつ単調増加ならば,はに収束する.
- が下に有界かつ単調減少ならば,はに収束する.
-
- 仮定よりは上に有界であるから,連続公理よりが存在する.上限は上界のひとつであるから,すべてのに対してが成り立つ.
- 上限は上界全体の最小元であるから,任意のに対してはの上界ではない.ゆえに,あるが存在してが成り立つ.
- [1], [2]およびが単調増加であることから,任意のに対して
が成り立つ.以上より,任意のに対し,あるが存在して
となるから,はに収束する.
定理1(有界単調数列の収束定理)の2を証明せよ.ただし,次の事実を用いてもよい.
の空でない部分集合が下に有界ならば,の下限がの中に存在する.
アルキメデスの原理
アルキメデスの原理
アルキメデスの原理は「大小2つの正の数があるとき,小さい方を何倍かすれば,必ず大きい方を超える」という,直感的には自明な主張である.ここでは,前節で述べた有界単調数列の収束定理を用いて,アルキメデスの原理を証明する.
アルキメデスの原理
任意の2つの正の実数に対して,を満たすが存在する.
背理法
任意のに対してが成り立つと仮定する.
[1] は実数列の上界である.
[2] は狭義単調増加である.
[3] [1], [2]および定理1の1より,はに収束する.
[4] は上限であるから,すべてのに対してが成り立つ.
[5] 上限は上界全体の最小元であるから,よりはの上界ではない.ゆえに,あるが存在してが成り立つ.
[6] [5]よりかつであるが,これは[4]に矛盾する.
以上より,を満たすが存在する.
の証明
最後に,アルキメデスの原理を用いて,冒頭に述べた極限についての証明を与えよう.
次の[1]を示せばよい.
[1] 任意のに対し,あるが存在して,ならばを満たす.
定理2においてとすると,任意のに対してを満たすが存在することがわかる.このに対して,ならばとなるから,[1]は成り立つ.
演習問題
次の問いに答えよ.
(1) すべてのに対してが成り立つことを示せ.
(2) 実数列が次の[1], [2]を満たすならば,であることを示せ.
[1] すべてのに対して
[2]
(3) を示せ.
(4) 数列を
と定めるとき,であることを示せ.
問題の解答例
問題1
例えば,数列は,上にも下にも有界ではない.
問題2
- 仮定よりは下に有界であるから,が存在する.下限は下界のひとつであるから,すべてのに対してが成り立つ.
- 下限は下界全体の最大元であるから,任意のに対してはの下界ではない.ゆえに,あるが存在してが成り立つ.
- [1], [2]およびが単調減少であることから,任意のに対して
が成り立つ.以上より,任意のに対し,あるが存在して
となるから,はに収束する.
問題3
次の[1]を示せばよい.
[1] 任意のに対し,あるが存在して,ならばを満たす.
定理2においてとすると,任意のに対してを満たすが存在することがわかる.このに対して,
となるから,[1]は成り立つ.
問題4
- 数学的帰納法を用いる.
- であるから,のときは成り立つ.
- のときが成り立つと仮定する.このとき,
となるから,のときにもが成り立つ.
[1], [2]より,すべてのに対してが成り立つ,
(2) 任意のに対して,[2]よりならばを満たすが存在する.このに対して,[1]より
が成り立つ.従ってである.
(3) (1)より,すべてのに対してである.また,問題2よりである.よって,(2)よりである.
(4) [1] すべてのに対して
である.
[2] (3)より,任意のに対し,あるが存在して,が成り立つ.
[3] [1], [2]より,任意のに対し,あるが存在して
が成り立つ.
以上より,である.