極限
$$
\lim_{n\to\infty}n=\infty
$$
は,一見すると当たり前の事実であるが,これを保証するには実数の連続性が必要である.本稿では,実数の連続公理から始めて,アルキメデスの原理を証明することにより,上記の極限が導かれることを示す.
実数の連続公理やアルキメデスの原理について考えるには,$\mathbb{R}$の部分集合の有界性や,上限・下限の概念が必要である.本節では,それらの定義と簡単な例を取り上げる.
$b,c$を実数,$A$を$\mathbb{R}$の部分集合とする.
$\mathbb{R}$の部分集合$A$に対して,$U(A)$を$A$の上界全体の集合,$L(A)$を$A$の下界全体の集合とする.すなわち
$$
U(A)=\{b\in\mathbb{R}\mid\text{任意の }a\in A\text{ に対して }a\leq b\},\\
L(A)=\{c\in\mathbb{R}\mid\text{任意の }a\in A\text{ に対して }c\leq a\}
$$
と定める.
$\mathbb{R}$の部分集合$A$に対して,$U(A)$を$A$の上界全体の集合,$L(A)$を$A$の下界全体の集合とする.
大雑把な言い方をすれば,上限,下限はそれぞれ最大値,最小値を一般化した概念である.すなわち,$\mathbb{R}$の部分集合$A$に最大値,最小値が存在すれば,それぞれ$\sup A, \inf A$に一致する.例3の場合であれば,
となる.2では,$(0,\infty)$に最小値が存在しないが,$\inf((0,\infty))=0$が最小値と同じような意味合いを有することになる.
ここでは,アルキメデスの原理が成立する根拠となる連続公理を述べる.連続公理,すなわち実数の連続性を証明するには,デデキント切断(Dedekind cut)などによる実数の構成に立ち返る必要がある.しかし,その内容は本稿の主旨から外れるため,詳細は割愛し,連続公理の主張を述べるのみに留める.
$\mathbb{R}$の空でない部分集合$A$が上に有界ならば,$A$の上限$\sup A$が$\mathbb{R}$の中に存在する.
以下,連続公理を認めて議論を進める.
連続公理から導かれる重要な結論の一つが,「有界な単調数列は収束する」という事実である.本節ではこれを証明する.この事実は,アルキメデスの原理の証明において用いられる.
$\{a_n\}_{n\in\mathbb{N}}$を実数列とする.
上にも下にも有界ではない実数列の例を挙げよ.
$\{a_n\}_{n\in\mathbb{N}}$を実数列とする.
「有界な単調数列は収束する」という事実は,正確には次のような主張である.
$\{a_n\}_{n\in\mathbb{N}}$を実数列とする.
定理1(有界単調数列の収束定理)の2を証明せよ.ただし,次の事実を用いてもよい.
$\mathbb{R}$の空でない部分集合$A$が下に有界ならば,$A$の下限$\inf A$が$\mathbb{R}$の中に存在する.
アルキメデスの原理は「大小2つの正の数があるとき,小さい方を何倍かすれば,必ず大きい方を超える」という,直感的には自明な主張である.ここでは,前節で述べた有界単調数列の収束定理を用いて,アルキメデスの原理を証明する.
任意の2つの正の実数$a,b$に対して,$na>b$を満たす$n\in\mathbb{N}$が存在する.
任意の$n\in\mathbb{N}$に対して$na\leq b$が成り立つと仮定する.
[1] $b$は実数列$\{na\}_{n\in\mathbb{N}}$の上界である.
[2] $\{na\}_{n\in\mathbb{N}}$は狭義単調増加である.
[3] [1], [2]および定理1の1より,$\{na\}_{n\in\mathbb{N}}$は$s=\sup\{na\mid n\in\mathbb{N}\}$に収束する.
[4] $s$は上限であるから,すべての$n\in\mathbb{N}$に対して$na\leq s$が成り立つ.
[5] 上限は上界全体の最小元であるから,$a>0$より$s-a$は$\{na\mid n\in\mathbb{N}\}$の上界ではない.ゆえに,ある$N\in\mathbb{N}$が存在して$s-a< Na$が成り立つ.
[6] [5]より$s<(N+1)a$かつ$N+1\in\mathbb{N}$であるが,これは[4]に矛盾する.
以上より,$na>b$を満たす$n\in\mathbb{N}$が存在する.
最後に,アルキメデスの原理を用いて,冒頭に述べた極限についての証明を与えよう.
$$ \lim_{n\to\infty}n=\infty $$
次の[1]を示せばよい.
[1] 任意の$b>0$に対し,ある$N\in\mathbb{N}$が存在して,$n\geq N$ならば$n>b$を満たす.
定理2において$a=1$とすると,任意の$b>0$に対して$N>b$を満たす$N\in\mathbb{N}$が存在することがわかる.この$N$に対して,$n\geq N$ならば$n>b$となるから,[1]は成り立つ.
定理2(アルキメデスの原理)を用いて
$$
\lim_{n\to\infty}\frac{1}{n}=0
$$
を示せ.
次の問いに答えよ.
(1) すべての$n\in\mathbb{N}$に対して$n\leq 10^n$が成り立つことを示せ.
(2) 実数列$\{a_n\}_{n\in\mathbb{N}}, \{b_n\}_{n\in\mathbb{N}}$が次の[1], [2]を満たすならば,$\displaystyle\lim_{n\to\infty}a_n=0$であることを示せ.
[1] すべての$n\in\mathbb{N}$に対して$0\leq a_n\leq b_n$
[2] $\displaystyle\lim_{n\to\infty}b_n=0$
(3) $\displaystyle\lim_{n\to\infty}\frac{1}{10^n}=0$を示せ.
(4) 数列$\{c_n\}_{n\in\mathbb{N}}$を
$$
c_n=9\sum_{k=1}^n0.1^k=0.\overbrace{99\cdots9}^n
$$
と定めるとき,$\displaystyle\lim_{n\to\infty}c_n=1$であることを示せ.
例えば,数列$\{n(-1)^n\}_{n\in\mathbb{N}}$は,上にも下にも有界ではない.
次の[1]を示せばよい.
[1] 任意の$a>0$に対し,ある$N\in\mathbb{N}$が存在して,$n\geq N$ならば$\frac{1}{n}< a$を満たす.
定理2において$b=1$とすると,任意の$a>0$に対して$Na>1$を満たす$N\in\mathbb{N}$が存在することがわかる.この$N$に対して,
$$
n\geq N\Rightarrow\frac{1}{n}\leq\frac{1}{N}< a
$$
となるから,[1]は成り立つ.
[1], [2]より,すべての$n\in\mathbb{N}$に対して$n\leq 10^n$が成り立つ,
(2) 任意の$\varepsilon>0$に対して,[2]より$n\geq N$ならば$|b_n|<\varepsilon$を満たす$N\in\mathbb{N}$が存在する.この$N$に対して,[1]より
$$
n\geq N\Rightarrow 0\leq a_n\leq b_n=|b_n|<\varepsilon
$$
が成り立つ.従って$\displaystyle\lim_{n\to\infty}a_n=0$である.
(3) (1)より,すべての$n\in\mathbb{N}$に対して$\displaystyle\frac{1}{10^n}\leq\frac{1}{n}$である.また,問題2より$\displaystyle\lim_{n\to\infty}\frac{1}{n}=0$である.よって,(2)より$\displaystyle\lim_{n\to\infty}\frac{1}{10^n}=0$である.
(4) [1] すべての$n\in\mathbb{N}$に対して
$$
1-c_n=1-0.\overbrace{99\cdots9}^n=\frac{1}{10^n}
$$
である.
[2] (3)より,任意の$\varepsilon>0$に対し,ある$N\in\mathbb{N}$が存在して,$n\geq N\Rightarrow\frac{1}{10^n}<\varepsilon$が成り立つ.
[3] [1], [2]より,任意の$\varepsilon>0$に対し,ある$N\in\mathbb{N}$が存在して
$$
n\geq N\Rightarrow 1-c_n=\frac{1}{10^n}<\varepsilon
$$
が成り立つ.
以上より,$\displaystyle\lim_{n\to\infty}c_n=1$である.
問題3の(4)は$1=0.\dot{9}$の証明のひとつである.