この記事は Math Advent Calendar 2021 の 3 日目の記事として作成しました。
内容のレベルは大学数学で、ジャンルは可換代数です。
この記事では、「環とその剰余環の間のイデアル対応」と呼ばれる命題の証明とそのいくつかの結果を紹介します。
この記事を通して、環という用語は「単位的可換環」を意味する用語としてのみ使うことを注意します。また、簡単な集合計算は省略します。
最初に定理の主張を述べます。
$A$ を環、$\mathfrak{a} \subseteq A$ をそのイデアルとし、集合 $\mathcal{I}_{A, \mathfrak{a}}$ 及び $\mathcal{I}_{A/\mathfrak{a}}$ をそれぞれ「$\mathfrak{a}$ を含む $A$ のイデアル全体の集合」、「$A/\mathfrak{a}$ のイデアル全体の集合」を表すものとする。
また、$\pi:A \rightarrow A/\mathfrak{a}$ で $A$ の元にその剰余類を対応付ける自然な全射を表し、記号 $\pi_{\ast}, \ \pi^{\ast}$ で、それぞれ「$\pi$ による $A$ の部分集合の押し出し」 、「$\pi$ による $A/\mathfrak{a}$ の部分集合の引き戻し」を表すものとする。
この時、$\pi_{\ast}$ は写像 $\mathcal{I}_{A, \mathfrak{a}} \rightarrow \mathcal{I}_{A/\mathfrak{a}}$ として、$\pi^{\ast}$ は写像 $\mathcal{I}_{A/\mathfrak{a}} \rightarrow \mathcal{I}_{A, \mathfrak{a}}$ としてそれぞれ well-defined であり、また、包含を保つ。そして、これらによって「$\mathfrak{a} $を含む $A$ のイデアル」と「$A/\mathfrak{a}$ のイデアル」は一対一に対応する。
証明を行う前に、この命題そのものについていくつか注意を述べます。
まず、この命題の $A$ のイデアルに対して課した仮定「$\mathfrak{a}$ を含む」は外すことができません。この仮定を外した場合、単射性が崩れます。具体的な反例としては、整数環 $\mathbb{Z}$ からの自然な全射 $\pi: \mathbb{Z} \rightarrow \mathbb{Z}/4\mathbb{Z}$ と $\mathbb{Z}$ のイデアル $2\mathbb{Z}, 6\mathbb{Z}$ をがあります。これらは $\mathbb{Z}$ の相異なるイデアルでありながら、その剰余は同じものとなります。
次の注意として、ここに準同型の像のイデアルとの対応が現れていることを注意します。
環 $A, B$ とその間の環準同型 $f: A \rightarrow B$ があったとします。この時、準同型定理から、$f$ から誘導される同型 $\overline{f}: A/\mathrm{Ker}f \cong \mathrm{Im}f$ が存在します。上の定理 1 から核を含む $A$ のイデアルは $A/\mathrm{Ker}f$ のイデアルと一対一に対応することがわかりますが、一方で同型 $\overline{f}$ によって $A/\mathrm{Ker}f$ のイデアルと $\mathrm{Im}f$ のイデアルも一対一に対応します。結果、「核を含む $A$ のイデアルと像のイデアルが一対一対応する」という事実がわかります。
この事実をもう少し見てみると、準同型によって対応する 2 つの環の間のイデアル対応のうち、もっとも簡単なものを取り出したのが上記の定理であるとわかります。比較のために、$A$ のイデアル全体の集合 $\mathcal{I}_{A}$ と $B$ のイデアル全体の集合 $\mathcal{I}_{B}$ 、$\mathrm{Im}f$ のイデアル全体の集合 $\mathcal{I}_{\mathrm{Im}f}$ を考えます。
この時、下記のようにイデアルの集合の対応を表すことができます。
$$\mathcal{I}_{A}\ \supseteq\ \mathcal{I}_{A, \mathrm{Ker}f} \ \xrightarrow{\overline{f}}\ \mathcal{I}_{\mathrm{Im}f} \ \subseteq \mathcal{I}_{B}$$
この際、左側の包含に現れる「核を含まない $A$ のイデアル」は一般に準同型 $f$ による $B$ のイデアルとの一対一の対応関係を持ちません(上記の $\mathbb{Z}/4\mathbb{Z}$ への自然な全射の箇所で与えた例がその反例になっています)。また、右側の包含に現れる「像に含まれない $B$ のイデアル」もまた一般に $A$ のイデアルとの $f$ による一対一の対応関係を持ちません(そもそも像から外れたイデアルに対して $f$ は何もすることができない)。単射性によって左側の包含が等号になる、もしくは全射性によって右側の包含が等号になる場合にはこの限りではありませんが、一般には準同型によって定義域と値域のイデアル対応の実現は難しいことだとわかります。そうした特別な対応である「イデアルの一対一対応」ができると述べているのがこの定理であることは注意の一つとして述べておきたいと思います。
定理の証明をします。
証明を述べる前に、補題を用意しておきます。
$A, B$ を環、$f: A \rightarrow B$ をその間の環準同型とする。
この時、次が成り立つ。
(1)を示す。
まず、勝手な $f^{-1}(\mathfrak{b})$ の 2 元 $x, y$ の和が再びこの集合の元となることを示す。
$f$ が環準同型で、$\mathfrak{b}$ がイデアルなので、$f(x + y) = f(x) + f(y) \in \mathfrak{b}$ で、これから和が再度この集合の元になるとわかる。
次に、勝手な $f^{-1}(\mathfrak{b})$ の元 $x$ と $A$ の元 $a$ の積が再び $f^{-1}(\mathfrak{b})$ の元となることを示す。
$f$ が環準同型で、$\mathfrak{b}$ がイデアルなので、$B$ の元 $f(a)$ による $f(x)$ のスカラー倍は $f(ax) = f(a)f(x) \in \mathfrak{b}$ を満たし、これから当該積が再度 $f^{-1}(\mathfrak{b})$ の元だとわかる。よって主張が言えた。
続いて(2) を示す。
まず、勝手な $f(\mathfrak{a})$ の 2 元 $x, y$ の和が再びこの集合の元となることを示す。
$x, y$ はそれぞれ適当な $s, t \in \mathfrak{a}$ の像としてかけるが、$f$ が環準同型で $\mathfrak{a}$ がイデアルであることから、$x + y = f(s) + f(t) = f(s + t) \in \mathfrak{a}$ が言える。これから和が再度この集合の元になるとわかる。
次に、勝手な $f(\mathfrak{a})$ の元 $x$ と $B$ の元 $b$ の積が再び $f(\mathfrak{a})$ の元となることを示す。$x$ は適当な $\mathfrak{a}$ の元 $s$ の像としてかける。そして、$b$ も $f$ の全射性から適当な $a \in A$ の像としてかける。
よって $f$ が環準同型で、$\mathfrak{a}$ がイデアルであることから、これらの積は $bx = f(a)f(s) = f(ax) \in f(\mathfrak{a})$ を満たす。これで、当該積が再度 $f(\mathfrak{a})$ の元になるとわかった。よってこの場合も主張が言えた。
(2)で、$f$ が全射でなければ像は必ずしもイデアルにならないことに注意してください。
反例としては、自然な埋め込み $\iota: \mathbb{Z} \rightarrow \mathbb{Q}$ ($\mathbb{Z}, \mathbb{Q}$ はそれぞれ整数環と有理数体) と $\mathbb{Z}$ のイデアル $2\mathbb{Z}$ が挙げられます。像 $\iota(2\mathbb{Z})$ には偶数しか入っていないので、$2 \in 2\mathbb{Z}$ と $\frac{1}{2} \in \mathbb{Q}$ の積 $1$ を含まず、これは $\mathbb{Q}$ のイデアルとしての要件を満たしていません。
それでは、本題の命題の証明をします。
証明にあたって確かめるべき点は次の 3 点である。
(1)を見るにあたっては、上記の補題 2 を参照すればよい。
$\pi_{\ast}$ の well-definedness は補題 2 - (2) から直ちにわかる。
$\pi^{\ast}$ の well-definedness を確かめる。「像が $A$ のイデアルになっていること」と「像が $\mathfrak{a}$ を含むこと」を確認する必要がある。前者は補題 2 - (1) から直ちにわかるので、後者を見ればよい。しかし、$\pi$ によって $\mathfrak{a}$ を送ったものは 0 であること(つまり $B$ のイデアルのどれにも含まれていること)を思い出すと、後者も直ちに正しいとわかる。
(2)は集合の像・逆像が包含を保つことを思い出せば正しいことは直ちに確認できる。
(3)は次の 2 点を確認すればよい。
しかし、後者は $\pi$ の全射性からすぐに正しいことが確認できる(実際、ここで主張しているのは、$\pi(\pi^{-1}(J)) = J$ である)。よって前者を確認する。
示すべきは、等式 $\pi^{-1}(\pi(I)) = I$ である。右辺が左辺に含まれることは自明なので、左辺が右辺に含まれることを確かめればよい。
左辺の元 $x$ を勝手にとる。この時 $\pi(x) \in \pi(I)$ より、ある $I$ の元 $y$ に対して $\pi(x) = \pi(y)$, つまり $x -y \in \mathfrak{a}$ が成り立つ。$I$ は$\mathfrak{a}$ を含んでいるから、$x - y \in I$ がわかり、これから $x \in I$ が従う。
続いて、このイデアル対応がいくつかの性質を持つことを確認しておきます。
イデアルの中には素イデアル・極大イデアルという特別なイデアルがありますが、このイデアル対応は「素・極大」といった性質を保ちます。
$A$ を環、$\mathfrak{a} \subseteq A$ をイデアルとする。
$\pi_{\ast}:\mathcal{I}_{A, \mathfrak{a}} \rightarrow \mathcal{I}_{A/\mathfrak{a}}$ と$\pi^{\ast}:\mathcal{I}_{A/\mathfrak{a}} \rightarrow \mathcal{I}_{A, \mathfrak{a}}$ を定理 1 のイデアル対応を与える写像とする。
実は (1) の後半の主張は「環準同型による素イデアルの引き戻しは素イデアルとなる。」というより一般的な主張の特別な場合になっています。上の命題そのものの証明に入る前に、この一般的な結果を先に補題として与えておくことにします。
$A, B$ を環、$f:A \rightarrow B$ をその間の環準同型とし、$\mathfrak{q} \subseteq B$ を $B$ の素イデアルとする。この時、$\mathfrak{q}$ の $f$ による引き戻し $f^{-1}(\mathfrak{q}) \subseteq A$ は $A$ の素イデアルである。
上で示した補題 2 によってイデアルになることは既にわかっていることに注意する。
$x, y$ を積が $f^{-1}(\mathfrak{q})$ に入るような勝手な 2 元とする。このうち少なくとも一方が $f^{-1}(\mathfrak{q})$ に含まれていることを言えばよい。
$f$ は準同型なので、$f(x)f(y) \in \mathfrak{q}$ が言える。$\mathfrak{q}$ は素イデアルであるので、$f(x)$ と $f(y)$ の少なくとも一方は $\mathfrak{q}$ の元であるとわかり、これから主張が従う。
それでは、本題の証明をします。
(1)をまず示す。
後半は既に示したので前半を示す。$\mathfrak{p} \in \mathcal{I}_{A, \mathfrak{a}}$ が素イデアルだったとして、$\pi_{\ast}(\mathfrak{p})$ が $A/\mathfrak{a}$ の素イデアルであることを示す。
$\overline{x}, \overline{y} \in A/\mathfrak{a}$ を積が $\pi_{\ast}(\mathfrak{p})$ に入るような勝手な 2 元とする。このうち少なくとも一方が $\mathfrak{p}$ に含まれていることを言えばよい。
$\overline{xy} \in \pi_{\ast}(\mathfrak{p})$ より、$\overline{x}, \overline{y}$ の代表元 $x, y$ は、適当な $\mathfrak{p}$ の元 $p$ に対して、$xy - p \in \mathfrak{a}$ を満たす。$\mathfrak{p}$ は $\mathfrak{a}$ を含むので、結局 $xy \in \mathfrak{p}$ である。$\mathfrak{p}$ は素イデアルであるので、$x$ と $y$ の一方は $\mathfrak{p}$ の元であり、これにより始めの主張が従う。
続いて (2) を示す。
始めに前半の主張を示す。$\mathfrak{m} \in \mathcal{I}_{A, \mathfrak{a}}$ を $A$ の極大イデアルとする。勝手な「 $\pi_{\ast}(\mathfrak{m})$ を含む全体でない $A/\mathfrak{a}$ のイデアル」をとり、これが $\pi_{\ast}(\mathfrak{m})$ に一致することを確かめればよい。
$J$ を $\pi_{\ast}(\mathfrak{m})$ を含む全体でない $A/\mathfrak{a}$ のイデアルとする。
$J$ は $\pi_{\ast}(\mathfrak{m})$ を含むから、$\pi^{\ast}(J)$ は $\mathfrak{m}$ を含む。
また、$J$ は $A/\mathfrak{a}$ 全体でないから、$\pi^{\ast}(J)$ もまた $A$ 全体でない(対偶を見ればよい)。
ゆえに $\mathfrak{m}$ の極大性から、$\mathfrak{m} = \pi^{\ast}(J)$ であり、よって $\pi_{\ast}(\mathfrak{m}) = J$ である。
続いて後半の主張を示す。 $\mathfrak{n} \in \mathcal{I}_{A/\mathfrak{a}}$ を $A/\mathfrak{a}$ の極大イデアルとする。勝手な「 $\pi^{\ast}(\mathfrak{n})$ を含む全体でない $A$ のイデアル」をとり、これが $\pi^{\ast}(\mathfrak{n})$ に一致することを確かめればよい。
$I$ を $\pi^{\ast}(\mathfrak{n})$ を含む全体でない $A$ のイデアルとする。$I$ は必然的に $\mathfrak{a}$ を含んでいるので、イデアル対応の対象であることに注意せよ。
$I$ は $\pi^{\ast}(\mathfrak{n})$ を含むから、$\pi_{\ast}(I)$ は $\mathfrak{n}$ を含む。
また、$I$ は $A$ 全体でないから、$\pi_{\ast}(I)$ もまた $A/\mathfrak{a}$ 全体でない。
ゆえに $\mathfrak{n}$ の極大性から、$\mathfrak{n} = \pi_{\ast}(I)$ であり、よって $\pi^{\ast}(\mathfrak{n}) = I$ である。
この命題についていくつか注意を述べておきます。
証明中に記載した通り、素イデアルの逆像は一般に素イデアルになります。一方で、極大イデアルについてはそうではありません。反例として、自然な埋め込み $\iota: \mathbb{Z} \rightarrow \mathbb{Q}$ と $\mathbb{Q}$ の極大イデアル 0 が挙げられます。引き戻したイデアル $\iota^{-1}(0)$ は $\mathbb{Z}$ の全体ではないイデアル $2\mathbb{Z}$ に真に含まれているため、極大イデアルにはなっていません。
また、素イデアル、極大イデアルともにその像はそもそもイデアルにすらならないことがあります。これに関しては、補題 2 の補足に挙げた例がその反例になっています。
さて、この対応はイデアルに対して定義されたいくつかの演算と可換であることもわかります。
$A$ を環、$\mathfrak{a} \subseteq A$ をイデアルとする。
$\pi_{\ast}:\mathcal{I}_{A, \mathfrak{a}} \rightarrow \mathcal{I}_{A/\mathfrak{a}}$ と$\pi^{\ast}:\mathcal{I}_{A/\mathfrak{a}} \rightarrow \mathcal{I}_{A, \mathfrak{a}}$ を定理 1 のイデアル対応を与える写像とする。
上記で与えたイデアル対応について、次が成り立つ。
(必ずしも有限個ではない)和と可換である。
つまり、任意の $\{I_{\lambda}\}_{\lambda \in \Lambda} \subseteq \mathcal{I}_{A, \mathfrak{a}}$ に対して次が成り立つ。 $$\sum_{\lambda \in \Lambda} \pi_{\ast}(I_{\lambda}) = \pi_{\ast}(\sum_{\lambda \in \Lambda}I_{\lambda})$$
そして、任意の $\{J_{\lambda}\}_{\lambda \in \Lambda} \subseteq \mathcal{I}_{A/\mathfrak{a}}$ に対して次が成り立つ。
$$\sum_{\lambda \in \Lambda} \pi^{\ast}(J_{\lambda}) = \pi^{\ast}(\sum_{\lambda \in \Lambda}J_{\lambda})$$
(有限個の)積と可換である。
つまり、任意の $I_{1}, \ldots, I_{n} \in \mathcal{I}_{A, \mathfrak{a}}$ に対して次が成り立つ。 $$\pi_{\ast}(I_{1}) \cdots \pi_{\ast}(I_{n}) = \pi_{\ast}(I_{1} \cdots I_{n})$$
そして、任意の $J_{1}, \ldots, J_{n} \in \mathcal{I}_{A/\mathfrak{a}}$ に対して次が成り立つ。
$$\pi^{\ast}(J_{1}) \cdots \pi^{\ast}(J_{n}) = \pi^{\ast}(J_{1} \cdots J_{n})$$
(必ずしも有限個ではない)共通部分と可換である。
つまり、任意の $\{I_{\lambda}\}_{\lambda \in \Lambda} \subseteq \mathcal{I}_{A, \mathfrak{a}}$ に対して次が成り立つ。 $$\bigcap_{\lambda \in \Lambda} \pi_{\ast}(I_{\lambda}) = \pi_{\ast}(\bigcap_{\lambda \in \Lambda}I_{\lambda})$$
そして、任意の $\{J_{\lambda}\}_{\lambda \in \Lambda} \subseteq \mathcal{I}_{A/\mathfrak{a}}$ に対して次が成り立つ。
$$\bigcap_{\lambda \in \Lambda} \pi^{\ast}(J_{\lambda}) = \pi^{\ast}(\bigcap_{\lambda \in \Lambda}J_{\lambda})$$
商と可換である。
つまり、任意のイデアル $I_{1}, I_{2} \in \mathcal{I}_{A, \mathfrak{a}}$ に対して次が成り立つ。
$$(\pi_{\ast}(I_{1}) : \pi_{\ast}(I_{2})) = \pi_{\ast}((I_{1}: I_{2}))$$
そして、任意のイデアル $J_{1}, J_{2} \in \mathcal{I}_{A/\mathfrak{a}}$ に対して次が成り立つ。
$$(\pi^{\ast}(J_{1}) : \pi^{\ast}(J_{2})) = \pi^{\ast}((J_{1}: J_{2}))$$
根基と可換である。
つまり、任意のイデアル $I \in \mathcal{I}_{A, \mathfrak{a}}$ に対して次が成り立つ。
$$\sqrt{\pi_{\ast}(I)} = \pi_{\ast}(\sqrt{I})$$
そして、任意のイデアル $J \in \mathcal{I}_{A/\mathfrak{a}}$ に対して次が成り立つ。
$$\sqrt{\pi^{\ast}(J)} = \pi^{\ast}(\sqrt{J})$$
(1) 示すべき 2 つの主張の証明には、ともに「左辺が右辺に含まれること」を言えば十分である。
つまり、下記の 2 つを示せばよい。
$$\sum_{\lambda \in \Lambda} \pi_{\ast}(I_{\lambda}) \subseteq \pi_{\ast}(\sum_{\lambda \in \Lambda}I_{\lambda})$$
$$\sum_{\lambda \in \Lambda} \pi^{\ast}(J_{\lambda}) \subseteq \pi^{\ast}(\sum_{\lambda \in \Lambda}J_{\lambda})$$
実際、第一の式の右辺が左辺に含まれることは、第二式より次のようにしてわかる。
$\{\pi_{\ast}(I_{\lambda})\}_{\lambda \in \Lambda} \subseteq \mathcal{I}_{A/\mathfrak{a}}$ に対して第二式を適用すると、
$$\sum_{\lambda \in \Lambda} I_{\lambda} = \sum_{\lambda \in \Lambda} \pi^{\ast}(\pi_{\ast}(I_{\lambda})) \subseteq \pi^{\ast}(\sum_{\lambda \in \Lambda}\pi_{\ast}(I_{\lambda}))$$
となる。これを両辺 $\pi_{\ast}$ で移せば、第一の式の右辺が左辺に含まれるとわかる。
第二式の左辺が右辺に含まれることは、同様に $\{\pi^{\ast}(J_{\lambda})\}_{\lambda \in \Lambda} \subseteq \mathcal{I}_{A, \mathfrak{a}}$ に対して第一式を適用し、得られた式を $\pi^{\ast}$ で移せばよい。
さて、第一式を示す。イデアルの族の和とは、「その族の各要素を含むイデアルのうち最小のもの」であった。
「各要素を含む」ことから、勝手な $\Lambda$ の元 $\lambda$ に対し、
$$I_{\lambda} \subseteq \sum_{\lambda \in \Lambda} I_{\lambda}$$ すなわち
$$\pi_{\ast}(I_{\lambda}) \subseteq \pi_{\ast}(\sum_{\lambda \in \Lambda} I_{\lambda})$$
が成り立つ。族 $\{\pi_{\ast}(I_{\lambda})\}_{\lambda \in \Lambda}$ の和は、「各要素を含むイデアルのうち最小のもの」なので、第一式
$$\sum_{\lambda \in \Lambda} \pi_{\ast}(I_{\lambda}) \subseteq \pi_{\ast}(\sum_{\lambda \in \Lambda}I_{\lambda})$$
が従う。第二式も、同様の手続きを $\{J_{\lambda}\}_{\lambda \in \Lambda} \subseteq \mathcal{I}_{A/\mathfrak{a}}$ に対してとることで証明することができる。
この命題の(2) から (4) についても、上記 (1) の証明と同様に、主張の式の証明は「示すべき2つの式の各々で、一方の包含関係のみを証明すること」に帰着されることに注意する。
(2) 下記の 2 つを示す。
$$\pi_{\ast}(I_{1}) \cdots \pi_{\ast}(I_{n}) \subseteq \pi_{\ast}(I_{1} \cdots I_{n})$$
$$\pi^{\ast}(J_{1}) \cdots \pi^{\ast}(J_{n}) \subseteq \pi^{\ast}(J_{1} \cdots J_{n})$$
まず、前半を示す。
集合 $T$ を $T := \{ y_{1} \cdots y_{n} \mid y_{i} \in \pi_{\ast}(I_{i}) (i = 1, \ldots, n) \}$ とおく。左辺は、$T$ によって生成されたイデアルなので、この集合の勝手な元が右辺に含まれることを言えばよい。
任意に $T$ の元 $y_{1} \cdots y_{n}$ (ただし、$y_{i} \in \pi_{\ast}(I_{i}) (i = 1, \ldots, n)$ ) を取る。写像 $\pi_{\ast}$ とは、$\pi$ による $A$ の部分集合の押し出し、すなわち像をとるものだったので、 各 $y_{i}$ は各々適当な $x_{i} \in I_{i}$ によって $y_{i} = \pi(x_{i})$ と書ける。
これにより、最初にとってきた $T$ の元は、
$$y_{1} \cdots y_{n} = \pi(x_{1}) \cdots \pi(x_{n}) = \pi(x_{1} \cdots x_{n})$$ と書ける。$x_{1} \cdots x_{n} \in I_{1} \cdots I_{n}$ なのでこれは左辺の元である。
続いて、後半を示す。
集合 $U$ を $U := \{ z_{1} \cdots z_{n} \mid z_{i} \in \pi^{\ast}(I_{i}) (i = 1, \ldots, n) \}$ とおく。左辺は、$U$ によって生成されたイデアルなので、この集合の勝手な元が右辺に含まれることを言えばよい。
任意に $U$ の元 $z_{1} \cdots z_{n}$ (ただし、$z_{i} \in \pi^{\ast}(I_{i}) (i = 1, \ldots, n)$ ) を取る。写像 $\pi^{\ast}$ とは、 $\pi$ による $A/\mathfrak{a}$ の部分集合の引き戻しだったので、$z_{1} \cdots z_{n}$ の $\pi$ による像が $J_{1} \cdots J_{n}$ に含まれることを言えばよい。各 $i$ に対し、 $\pi(z_{i}) \in I_{i}$ なので、
$$\pi(z_{1} \cdots z_{n}) = \pi(z_{1}) \cdots \pi(z_{n}) \in J_{1} \cdots J_{n}$$ とわかる。
(3) 下記の 2 つを示す。
$$\bigcap_{\lambda \in \Lambda} \pi_{\ast}(I_{\lambda}) \supseteq \pi_{\ast}(\bigcap_{\lambda \in \Lambda}I_{\lambda})$$ $$\bigcap_{\lambda \in \Lambda} \pi^{\ast}(J_{\lambda}) \supseteq \pi^{\ast}(\bigcap_{\lambda \in \Lambda}J_{\lambda})$$
第一式を示す。
まず、集合族の共通部分とは、「その族のどの要素にも含まれる集合のうち、最大のもの」であった。
「どの要素にも含まれる」ことから、勝手な $\Lambda$ の元 $\lambda$ に対し、
$$I_{\lambda} \supseteq \bigcap_{\lambda \in \Lambda}I_{\lambda}$$ すなわち
$$\pi_{\ast}(I_{\lambda}) \supseteq \pi_{\ast}(\bigcap_{\lambda \in \Lambda}I_{\lambda})$$
が成り立つ。族 $\{\pi_{\ast}(I_{\lambda})\}_{\lambda \in \Lambda}$ の和は、「どの要素にも含まれる集合のうち、最大のもの」なので、第一式
$$\bigcap_{\lambda \in \Lambda} \pi_{\ast}(I_{\lambda}) \supseteq \pi_{\ast}(\bigcap_{\lambda \in \Lambda}I_{\lambda})$$ が従う。
第二式も、同様にして証明できる。
(4) 下記の 2 つを示す。
$$(\pi_{\ast}(I_{1}) : \pi_{\ast}(I_{2})) \supseteq \pi_{\ast}((I_{1}: I_{2}))$$
$$(\pi^{\ast}(J_{1}) : \pi^{\ast}(J_{2})) \supseteq \pi^{\ast}((J_{1}: J_{2}))$$
第一式を示す。
始めに、「一般に環 $R$ のイデアル $I, J, K$ に対し、$IJ \subseteq K$ が成り立つことと、$I \subseteq (K : J)$ が成り立つことは同値である」ことを思い出す。
$I_{1}, I_{2} \in \mathcal{I}_{A, \mathfrak{a}}$ に対して、もちろん $(I_{1} : I_{2}) \subseteq (I_{1} : I_{2})$ なので、$(I_{1} : I_{2})I_{2} \subseteq I_{1}$ が成り立つ。両辺 $\pi_{\ast}$ で送ると、この命題の (2) より、
$$\pi_{\ast}((I_{1} : I_{2})I_{2}) = \pi_{\ast}((I_{1} : I_{2}))\pi_{\ast}(I_{2}) \subseteq \pi_{\ast}(I_{2})$$ が成り立つ。再び (4) の冒頭の同値を思い出せば、第一式 $(\pi_{\ast}(I_{1}) : \pi_{\ast}(I_{2})) \supseteq \pi_{\ast}((I_{1}: I_{2}))$ が従う。
第二式も同様にして証明できる。
(5)
まず、主張の二式
$$\sqrt{\pi_{\ast}(I)} = \pi_{\ast}(\sqrt{I})$$
$$\sqrt{\pi^{\ast}(J)} = \pi^{\ast}(\sqrt{J})$$ において、第一式は第二式から従う。具体的には、検討したい $A$ のイデアル $I$ に対し、イデアル $\pi_{\ast}(I)$ を考え、これを第二式に当てはめたのちに両辺を $\pi_{\ast}$ で送ればよい。
第二式を示す。
始めに、集合族 $P, Q$ を各々
$$P := \{\mathfrak{p}: \text{prime in $A$}, \pi^{\ast}(\mathfrak{b}) \subseteq \mathfrak{p} \}$$
$$Q := \{\mathfrak{q}: \text{prime in $A/\mathfrak{a}$}, \mathfrak{b} \subseteq \mathfrak{q} \}$$
とおく。そして、これらの間の写像 $\Phi \colon Q \rightarrow P$ を、$\mathfrak{q} \in Q$ に対して、$\pi^{\ast}(\mathfrak{q})$ を割り当てるものとする。命題3により、これは $P$ の元であり、よって $\Phi$ は well-defined である。
$\Phi$ は全射であることに注意する。
実際、勝手な $P$ の元 $\mathfrak{p}$ をとる。すると、$\pi^{\ast}(\mathfrak{p})$ は命題3より $A/\mathfrak{a}$ の素イデアル、すなわち $Q$ の元である。これを $\Phi$ で送れば $\mathfrak{p}$ となるので全射がわかる。
さて、ここで「あるイデアルの根基とは、そのイデアルを含む全素イデアルの共通部分である」ことを思い出す。
すると、
$$\pi^{\ast}(\sqrt{J}) = \pi^{\ast}(\bigcap_{\mathfrak{q} \in Q} \mathfrak{q}) = \bigcap_{\mathfrak{q} \in Q} \pi^{\ast}(\mathfrak{q}) = \bigcap\Phi(Q) = \bigcap P = \sqrt{\pi^{\ast}(J)}$$
となる。
なお、この(5)においては、イデアル対応に関する命題は事実上利用していないため、より一般的な「根基の引き戻しは引き戻しの根基」という形の事実が成り立つことを最後に注意しておく。
最後に、上記定理の拡張となる結果を紹介します。
この主張は、加群に対する次の結果に拡張できます。
$A$ を環とし、$M$ を $A$ 加群とする。$N \subseteq M$ を $M$ の部分加群とし、集合 $\mathcal{M}_{M, N}$ 及び $\mathcal{M}_{M/N}$ をそれぞれ「$N$ を含む $M$ の部分加群全体の集合」、「$M/N$ の部分加群全体の集合」を表すものとする。
また、$\pi:M \rightarrow M/N$ で $M$ の元にその剰余類を対応付ける自然な全射を表し、記号 $\pi_{\ast}, \ \pi^{\ast}$ で、それぞれ「$\pi$ による $M$ の部分集合の押し出し」 、「$\pi$ による $M/N$ の部分集合の引き戻し」を表すものとする。
この時、$\pi_{\ast}$ は写像 $\mathcal{M}_{M, N} \rightarrow \mathcal{M}_{M/N}$ として、$\pi^{\ast}$ は写像 $\mathcal{M}_{M/N} \rightarrow \mathcal{M}_{M, N}$ としてそれぞれ well-defined であり、また、包含を保つ。そして、これらによって「$N$を含む $M$ の部分加群」と「$M/N$ の部分加群」は一対一に対応する。
$A$ 加群として $A$ 自身を考えたとき、その部分加群とは $A$ のイデアルに他なりません。また、 $A/\mathfrak{a}$ の部分加群も $A/\mathfrak{a}$ のイデアルに他なりません。
冒頭で述べた定理は、上の拡張において $M = A, \ N=\mathfrak{a}$ とした特別な場合になっています。
この拡張の証明は上記の「定理の証明」の箇所で述べた内容に書かれている「イデアル」の文字を「部分加群」に置き換えるだけで得られます。
今回は剰余環との間のイデアル対応について記事を書きました。この内容について面白いお話をご存じでしたら、ぜひお知らせください。