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大学数学基礎解説
文献あり

複素積分により級数和を計算する

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級数和を求めるテクニックの紹介

複素積分により、ある種の級数和を簡単に計算する方法について書きます。
「虚時間形式による有限温度の場の理論」という分野ではポピュラーな手法です。
でも以下では物理の知識は必要ありません。
(Appendix 1で物理的なことに言及します)

留数定理は既知とします。また、以下極と言ったら1位の極を指します。

計算する式・結果・証明の方針

次のSを計算します。

S=Tn=f(ωn),   ωn=2nπT  or   (2n+1)πT  (nは整数, Tは正の任意定数)

fは以下の性質を持つ任意関数とする:

  1. 複素平面上可算個の離散的な極をもつ。それらは実軸上には存在しない。
  2. 1.の極以外では正則
  3. 無限遠における振る舞いが良い: f(p)|p|においてlim|p|f(p)1/pより早くゼロに近づく

結果から言うと、これは次のように計算できます:

S={jRes(f(aj))inB(iaj)ωn=2nπT,   jRes(f(aj))inF(iaj)ωn=(2n+1)πT
ここでajfの極、Res(f(aj))は対応するfの留数。nB,nFは次の関数:
inB(ip)=iexp(iβp)1,   inF(ip)=iexp(iβp)+1

以下この公式1を示します。

証明の方針は次のような感じです:

ωnに極を持ち留数がTである関数(★)」をfにかける。fの極は囲まず、かつ(★)の極を囲む経路における複素積分を考えると、これはSに等しい。この積分経路を変形し、fの極の計算に帰着させる。

なんで問題1の和を取りたいのかはAppendix 1で述べることにします。

ωn=2nπTの場合

以下の複素積分を考えます:
(1)C1C1dp2πif(p)inB(ip)
ここで
inB(ip)=iexp(iβp)1
です。p=ωn+z|z|1)とすると
inB(i(ωn+z))iexp(iβ(ωn+z))1Tz
なので、nBωnに極を持ち、また留数はTです。
C1,C1は図1のような、実軸から上下に少しずれた実軸に並行な経路です。C1C1nBの極のみ囲みます。fの極は実軸からずれていることから、常にこのような経路を選択することが可能です。

!FORMULA[35][-457255588][0]の場合の極の構造と積分経路(fの極の位置は適当です) ωn=2nπTの場合の極の構造と積分経路(fの極の位置は適当です)

これらのセットアップより、積分は極ωn=2nπTを拾うため、Eq.(1)はSと等しくなります:
(2)S=Tn=f(ωn)=C1C1dp2πif(p)inB(ip)

次に、経路を図2のC2,C2に変形します。これら経路の半円部分の半径は無限に大きいとします。

図1の経路の変形。!FORMULA[40][-2135801273][0]における無限大の半円の部分の寄与はゼロ 図1の経路の変形。C2,C2における無限大の半円の部分の寄与はゼロ

fは公式1の条件3.を満たし、さらにnB(ip)
limp±inB(ip)={1(p+i)0(pi)
を満たすので、C2,C2における無限大の半円の部分の寄与はゼロになります。ゆえに
(3)C1C1dp2πif(p)inB(ip)=C2C2dp2πif(p)inB(ip)
が成立します。C2,C2内にはnBの極は存在せず、fの極のみ存在するので、Eq.(3)の右辺はfの極の寄与の和になります。fの極をajとすると
C2C2dp2πif(p)inB(ip)=jRes(f(aj))inB(iaj)
を得ます。右辺にマイナスがついているのは、C2,C2fの極を右手にみる方向に向き付けされているからです。

以上でSの計算がfの極の計算に帰着しました:

S=jRes(f(aj))inB(iaj)    (ωn=2nπTのとき。 ajfの極) 

ωn=(2n+1)πTの場合

ωn=(2n+1)πTのとき、Eq.(1)のかわりに
C1C1dp2πif(p)inF(ip)
を考えます。nF
inF(ip)=iexp(iβp)+1
です。これはωnに極を持ち、かつ留数はTであることはすぐ確認できます。

あとはωn=2nπTのときと同じロジックで経路を変形し(図3)同様に計算します。

!FORMULA[68][1298577023][0]の場合の極の構造と積分経路の変形 ωn=(2n+1)πTの場合の極の構造と積分経路の変形

最終的に

S=jRes(f(aj))inF(iaj)    (ωn=(2n+1)πTのとき。 ajfの極) 

を得ます。ωn=2nπTの場合と右辺の符号が逆なのは、inFの留数の符号がinBと逆だからです。

具体的な計算

具体的な計算を行います。Case 1は簡単な例、Case 2は少し注意が必要な例です。

Case 1: S=Tn1ωn2+m2の計算

まずは公式1が成立していることを確かめるため、

S=Tn=1ωn2+m2

ωn=2nπT,(2n+1)πTのそれぞれの場合に計算します。

ωn=2nπTの場合

Eq.(2)においてf
f(p)=1p2+m2
です。この関数の極の構造は

  • p=imにおいてRes(f)=12im
  • p=imにおいてRes(f)=12im

となります。よって
S=jRes(f(aj))inB(iaj)=12imieiβim1+12imieiβ(im)1=12mcoth(βm2)
を得ます。
これが正しいことは、例えばWolfram Alphaで確認できます。

ω=(2n+1)πTの場合

この時、公式1より
S=iRes(f(ai))inF(iai)=12m1eβm+112m1eβm+1=12mtanh(βm2)
を得ます。

Case 2: S=Tneiωnτωn2+m2  (0τβ)  の計算

次に
S=Tneiωnτωn2+m2  (0τβ)
を計算します。これは1ωn2+m2のフーリエ変換です。

このとき
f(p)=eipτp2+m2
ですが、これは無限遠の振る舞いがよろしくありません。Im pにおいて分子のeipτが指数で大きくなってしまいます。

しかしながらこの場合でも公式1が使えます。fの無限遠の振る舞いは悪いですが、fnB,Fの積の無限遠での振る舞いは良いことが、以下のようにわかります。いま
(4)f(p)inB,F(ip)=eipτp2+m2ieiβp±1
において、pの実部は収束性の問題に関係ないので、虚部のみ考えます。p=izとしてz+とすると
limz+f(iz)inB,F(i(iz))=limz+eτzz2+m2ieβz±1=limz+ie(βτ)zz2+m2
となります。ここで0τβなので、e(βτ)zz+で0(β=τのときは1)であり、Eq.(4)の無限遠での振る舞いは良いです。

ということで、公式1が使えます。計算すると(Case 1との違いはeipτpfの極を入れてかけることのみ)
(5)S={12mcosh((β2τ)m)sinh(βm2)ωn=2nπT12msinh((β2τ)m)cosh(βm2)ωn=(2n+1)πT         (0τβ)
を得ます。この計算はWolfram Alphaではできませんでした(※私調べ)。他の計算法をAppendix 2に記しておきます。そしてそれは上記の結果を再現します。

まとめ

ある種の無限級数和を、和を取る関数の極の計算に落とし込む方法についてお話ししました。

ひとつコメントです。
ωnに極を持ち留数がTである関数」はnB,Fだけでなく、例えばcothを選ぶこともできます。文献によってはこちらを使っているものもあります(Ref.[1]とか)。しかしcothを使うと、「具体的な計算」の「Case 2」の計算において、無限遠の振る舞いが悪くなります。実際これで計算してみると、本記事の計算と異なります(本記事の計算が正しいです)。よってnB,Fを使うのが無難かと思います。

おしまい。



Appendix 1:物理的背景...なぜこのような和を取るのか

問題1の和は、温度効果の入った場の量子論を扱う方法の1つである「虚時間形式における有限温度の場の理論」によく出てきます。

この方法では、ゼロ温度の分配関数を次のように変換します:
(A.1)Z=1NDϕexp(iS(ϕ))1NDϕEexp(SE(ϕE)),  SE(ϕE)=0βdτd3xLE(ϕE(τ,x))
ここでτは虚時間τ=itTは温度、β:=1/TϕEは時間方向の境界条件:ϕE(0,x)=±ϕE(β,x)を満たす場とし、汎関数積分はこの条件を満たす場で行います。符号はϕEがBosonなら+、Fermionならです。添字EはEuclidを意味し、虚時間における量であることを示します。これは、Minkowski計量において虚時間にすると、計量の時間部分の符号が逆転し、Euclid計量になることに由来します。

非相対論的量子力学において、物理量O^のカノニカル分布における分配関数は
(A.2)Z=nn|eH^/T|n
で与えられます。|nは任意の正規直交基底とします。Eq.(A.2)は、初期状態|nから、虚時間においてτ=0からβまで時間発展し、元の|nに戻る確率振幅のnによる和とみなせます。この対応を場の量子論において経路積分で表したのがEq.(A.1)です。

作用における積分の区間が有限([0,β])、かつ場に(反)周期境界条件がついているため、4元運動量空間における場は、4次元時空の場のフーリエ変換になります。Bosonという粒子なら虚時間方向周期境界条件、Fermionという粒子なら反周期境界条件に従うため、運動量空間での場ϕ~

{Boson:ϕ~(ωn=2nπT,p)Fermion:ϕ~(ωn=(2n+1)πT,p)
4元運動量のゼロ成分の積分はTn=に置き換わる

となります。nの和を「松原和」と呼びます。

このルールのもと、運動量空間において様々な物理量を計算する際に、松原和を計算することになります。例えば、相互作用のない系におけるBosonの熱力学的ポテンシャル(熱力学量の母関数)の計算には
Tn1ωn2+m2
が現れます。また、摂動論におけるファインマンダイアグラムの評価の際にも松原和を計算する必要があり、公式1が有用です。

興味深いのは、上記のnB,nFがそれぞれBose-Einstein分布、Fermi分布であることです。これらは相互作用がないときの粒子の温度分布関数であり、量子論的な統計性の違いにより、BosonはBose-Einstein分布、FermionはFermi分布に従います。本文中の計算でも、Boson(ωn=2nπT)の場合にnBが、Fermion(ωn=(2n+1)πT)の場合にnFが現れました。これは統計性を正しく反映しています。ωnの和をfの極の寄与の和に直すという、かなりトリッキーにも思える操作にも、物理的な意味が見出せるのは面白いです。

Appendix 2:Eq.(5)の微分方程式による導出

以下Ref.[2]P11- を参考にしています。

改めて
(A.3)S(τ)=Tneiτωnωn2+m2
を計算します。ただしここではωn=2nπTの場合のみ考えます。

これ、よくよくみると微分方程式
(d2dτ2+m2)S=δ(τ)
の解と関係していそうです。なぜなら、Sをフーリエ変換したS~は(τに共役な変数をpとする)
(p2+m2)S~=1   S~(p)=1p2+m2
であり、これを逆フーリエ変換したら
S(τ)=dpeipτp2+m2
になります(符号等いいかげんです)。真に求めたいSはこれの有限区間のフーリエ変換バージョンに見えます。そしてこれは実際正しいです。以下この考察に基づきSを求めます。

Eq.(A.3)にd2dτ2+m2を作用させると
(A.4)(d2dτ2+m2)S=Tneiτωn
を得ます。eiτωnτ/βが整数のとき発散、それ以外0です。よってこれはデルタ関数に比例します:
neiτωnδ(τ mod β)
ここで
n0:0βeiτωn=0,   n=0:0βeiτωn=β=1T
より、デルタ関数の規格化因子はTです。よってEq.(A.4)は
(A.5)(d2dτ2+m2)S=δ(τ mod β)
となります。この方程式の解が求めたいSなので、これを解きましょう。

0<τ<βのときEq.(A.5)は
(d2dτ2+m2)S=0
この解は容易に求まり
S(τ)=Aemτ+Bemτ
です。さらにEq.(A.3)よりS(βτ)=S(τ)が成立するので
Aem(βτ)+Bm(βτ)=Aemτ+BemτB=Aemβ
Bを消して
S(τ)=A(emτ+em(βτ))
を得ます。

最後にAを定めるため、S(τ+β)=s(τ)を用いて、(A.4)を[βϵ,ϵ](0<ϵ1)の区間で積分します([βϵ,ϵ]は、積分をβϵβ(=0)ϵの経路で行うことを意味します)。すると
βϵϵ(d2dτ2+m2)S(τ)dτ=βϵϵδ(τ mod β)=1
となります。S(τ)の積分はlimϵ0をとるとゼロになります。ゆえに
limϵ0βϵϵd2dτ2Sdτ=1     limϵ0[ddτS]βϵϵ=1
ここでdS/dτ=Am(emτem(βτ))より
[ddτS]βϵϵ=ddτS(βϵ)ddτS(ϵ)=2Am(emβ1)
これが1なので
A=121emβ1

以上より
S(τ)=A(emτ+em(βτ))=121emβ1(emτ+em(βτ))=12mcosh(m(β2τ))sinh(mβ2)
を得ます。これは本文のEq.(5)と一致します。

参考文献

[1]
M. Le Bellac, Thermal Field Theory, CAMBRIDGE MONOGRAPHS ON MATHEMATICAL PHYSICS, Cambridge University Press, 1996, pp. 44 - 47・p. 4
[2]
M. Laine and A. Vuorinen, Basics of Thermal Field Theory -- a tutorial on perturbative computations, arXiv:1701.01554, 2017
[3]
J.I.Kapusta and C.Gale, Finite-Temperature Field Theory: Principles and Applications, Cambridge Monographs on Mathematical Physics, Cambridge University Press, 2011
投稿日:2022610
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  1. 級数和を求めるテクニックの紹介
  2. 計算する式・結果・証明の方針
  3. $\omega_n =2n\pi T$の場合
  4. $\omega_n =(2n+1)\pi T$の場合
  5. 具体的な計算
  6. Case 1: $\displaystyle S=T\sum_n \frac{1}{\omega_n^2+m^2}$の計算
  7. Case 2: $\displaystyle S=T\sum_n \frac{e^{i\omega_n \tau}}{\omega_n^2+m^2} \ \ (0\le\tau\le \beta)\ \ $の計算
  8. まとめ
  9. Appendix 1:物理的背景...なぜこのような和を取るのか
  10. Appendix 2:Eq.(5)の微分方程式による導出
  11. 参考文献