級数和を求めるテクニックの紹介
複素積分により、ある種の級数和を簡単に計算する方法について書きます。
「虚時間形式による有限温度の場の理論」という分野ではポピュラーな手法です。
でも以下では物理の知識は必要ありません。
(Appendix 1で物理的なことに言及します)
留数定理は既知とします。また、以下極と言ったら1位の極を指します。
計算する式・結果・証明の方針
次のを計算します。
(は整数, は正の任意定数)
は以下の性質を持つ任意関数とする:
- 複素平面上可算個の離散的な極をもつ。それらは実軸上には存在しない。
- 1.の極以外では正則
- 無限遠における振る舞いが良い: はにおいてより早くゼロに近づく
結果から言うと、これは次のように計算できます:
以下この公式1を示します。
証明の方針は次のような感じです:
「に極を持ち留数がである関数(★)」をにかける。の極は囲まず、かつ(★)の極を囲む経路における複素積分を考えると、これはに等しい。この積分経路を変形し、の極の計算に帰着させる。
なんで問題1の和を取りたいのかはAppendix 1で述べることにします。
の場合
以下の複素積分を考えます:
ここで
です。()とすると
なので、はに極を持ち、また留数はです。
は図1のような、実軸から上下に少しずれた実軸に並行な経路です。はの極のみ囲みます。の極は実軸からずれていることから、常にこのような経路を選択することが可能です。
の場合の極の構造と積分経路(fの極の位置は適当です)
これらのセットアップより、積分は極を拾うため、Eq.(1)はと等しくなります:
次に、経路を図2のに変形します。これら経路の半円部分の半径は無限に大きいとします。
図1の経路の変形。における無限大の半円の部分の寄与はゼロ
は公式1の条件3.を満たし、さらには
を満たすので、における無限大の半円の部分の寄与はゼロになります。ゆえに
が成立します。内にはの極は存在せず、の極のみ存在するので、Eq.(3)の右辺はの極の寄与の和になります。の極をとすると
を得ます。右辺にマイナスがついているのは、がの極を右手にみる方向に向き付けされているからです。
以上での計算がの極の計算に帰着しました:
の場合
のとき、Eq.(1)のかわりに
を考えます。は
です。これはに極を持ち、かつ留数はであることはすぐ確認できます。
あとはのときと同じロジックで経路を変形し(図3)同様に計算します。
の場合の極の構造と積分経路の変形
最終的に
を得ます。の場合と右辺の符号が逆なのは、の留数の符号がと逆だからです。
具体的な計算
具体的な計算を行います。Case 1は簡単な例、Case 2は少し注意が必要な例です。
Case 1: の計算
まずは公式1が成立していることを確かめるため、
をのそれぞれの場合に計算します。
の場合
Eq.(2)においては
です。この関数の極の構造は
となります。よって
を得ます。
これが正しいことは、例えばWolfram Alphaで確認できます。
の場合
この時、公式1より
を得ます。
Case 2: の計算
次に
を計算します。これはのフーリエ変換です。
このとき
ですが、これは無限遠の振る舞いがよろしくありません。において分子のが指数で大きくなってしまいます。
しかしながらこの場合でも公式1が使えます。の無限遠の振る舞いは悪いですが、との積の無限遠での振る舞いは良いことが、以下のようにわかります。いま
において、の実部は収束性の問題に関係ないので、虚部のみ考えます。としてとすると
となります。ここでなので、はで0(のときは1)であり、Eq.(4)の無限遠での振る舞いは良いです。
ということで、公式1が使えます。計算すると(Case 1との違いはのにの極を入れてかけることのみ)
を得ます。この計算はWolfram Alphaではできませんでした(※私調べ)。他の計算法をAppendix 2に記しておきます。そしてそれは上記の結果を再現します。
まとめ
ある種の無限級数和を、和を取る関数の極の計算に落とし込む方法についてお話ししました。
ひとつコメントです。
「に極を持ち留数がである関数」はだけでなく、例えばを選ぶこともできます。文献によってはこちらを使っているものもあります(Ref.[1]とか)。しかしを使うと、「具体的な計算」の「Case 2」の計算において、無限遠の振る舞いが悪くなります。実際これで計算してみると、本記事の計算と異なります(本記事の計算が正しいです)。よってを使うのが無難かと思います。
おしまい。
Appendix 1:物理的背景...なぜこのような和を取るのか
問題1の和は、温度効果の入った場の量子論を扱う方法の1つである「虚時間形式における有限温度の場の理論」によく出てきます。
この方法では、ゼロ温度の分配関数を次のように変換します:
ここでは虚時間、は温度、。は時間方向の境界条件:を満たす場とし、汎関数積分はこの条件を満たす場で行います。符号はがBosonなら、Fermionならです。添字はEuclidを意味し、虚時間における量であることを示します。これは、Minkowski計量において虚時間にすると、計量の時間部分の符号が逆転し、Euclid計量になることに由来します。
非相対論的量子力学において、物理量のカノニカル分布における分配関数は
で与えられます。は任意の正規直交基底とします。Eq.(A.2)は、初期状態から、虚時間においてからまで時間発展し、元のに戻る確率振幅のによる和とみなせます。この対応を場の量子論において経路積分で表したのがEq.(A.1)です。
作用における積分の区間が有限()、かつ場に(反)周期境界条件がついているため、4元運動量空間における場は、4次元時空の場のフーリエ変換になります。Bosonという粒子なら虚時間方向周期境界条件、Fermionという粒子なら反周期境界条件に従うため、運動量空間での場は
となります。の和を「松原和」と呼びます。
このルールのもと、運動量空間において様々な物理量を計算する際に、松原和を計算することになります。例えば、相互作用のない系におけるBosonの熱力学的ポテンシャル(熱力学量の母関数)の計算には
が現れます。また、摂動論におけるファインマンダイアグラムの評価の際にも松原和を計算する必要があり、公式1が有用です。
興味深いのは、上記のがそれぞれBose-Einstein分布、Fermi分布であることです。これらは相互作用がないときの粒子の温度分布関数であり、量子論的な統計性の違いにより、BosonはBose-Einstein分布、FermionはFermi分布に従います。本文中の計算でも、Boson()の場合にが、Fermion()の場合にが現れました。これは統計性を正しく反映しています。の和をの極の寄与の和に直すという、かなりトリッキーにも思える操作にも、物理的な意味が見出せるのは面白いです。
Appendix 2:Eq.(5)の微分方程式による導出
以下Ref.[2]P11- を参考にしています。
改めて
を計算します。ただしここではの場合のみ考えます。
これ、よくよくみると微分方程式
の解と関係していそうです。なぜなら、をフーリエ変換したは(に共役な変数をとする)
であり、これを逆フーリエ変換したら
になります(符号等いいかげんです)。真に求めたいはこれの有限区間のフーリエ変換バージョンに見えます。そしてこれは実際正しいです。以下この考察に基づきを求めます。
Eq.(A.3)にを作用させると
を得ます。はが整数のとき発散、それ以外0です。よってこれはデルタ関数に比例します:
ここで
より、デルタ関数の規格化因子はです。よってEq.(A.4)は
となります。この方程式の解が求めたいなので、これを解きましょう。
のときEq.(A.5)は
この解は容易に求まり
です。さらにEq.(A.3)よりが成立するので
を消して
を得ます。
最後にを定めるため、を用いて、(A.4)を()の区間で積分します(は、積分をの経路で行うことを意味します)。すると
となります。の積分はをとるとゼロになります。ゆえに
ここでより
これが1なので
以上より
を得ます。これは本文のEq.(5)と一致します。