この記事では後の記事で補題として使う事実「完備体上の有限次線形空間のノルムは全て同値である」を証明していきます。
体$K$から非負実数$\R_{\geq0}$への写像$|\cdot|$が絶対値、あるいはノルムであるとは、$|\cdot|$が以下の性質を満たすことを言う。
・(正値性)$|x|=0\iff x=0$
・(乗法性)$|xy|=|x|\,|y|$
・(三角不等式)$|x+y|\leq|x|+|y|$
体$K$が絶対値$|\cdot|$について完備であるとは、$K$が$|\cdot|$の誘導する距離$d(x,y)=|x-y|$に対して完備であることを言う。このようにある距離に対して完備である体のことを完備体と言う。
絶対値$|\cdot|$の定まった体$K$上の線形空間$V$から$\R_{\geq0}$への写像$\|\cdot\|$がノルムであるとは、$\|\cdot\|$が以下の性質を満たすことを言う。
・(正値性)$\|x\|=0\iff x=0$
・(斉次性)$\|ax\|=|a|\,\|x\|\quad(a\in K)$
・(三角不等式)$\|x+y\|\leq\|x\|+\|y\|$
$K$上の線形空間$V$のノルム$\|\cdot\|,\|\cdot\|'$が同値であるとは、ある正数$C,C'>0$が存在して、常に
$C\|x\|'\leq\|x\|\leq C'\|x\|'$
が成り立つことを言う。同値なノルムは$V$において同じ位相を定める。
$V$を絶対値$|\cdot|$の備わった完備体$K$上の有限次線形空間とする。このとき$V$のノルムは全て同値であり、また$V$はそれらのノルムについて完備となる。
$V$の基底の一つを$\{e_1,e_2,\ldots,e_n\}$とおき、$x=a_1e_1+a_2e_2+\cdots+a_ne_n\in V$に対してノルム$\|\cdot\|_0$を
$\dis\|x\|_0=\max_{1\leq i\leq n}|a_i|$
で定めると、$V$はこのノルムに対して完備であることは簡単にわかる(コーシー列$\{x_k\}$に対して各成分の極限を取れば収束先の存在がわかる)ので、任意のノルム$\|\cdot\|$がこのノルムと同値であることを示せばよい。
また
$\dis C'=\max_{1\leq i\leq n}\|e_i\|>0$
とおくと三角不等式と斉次性から常に
$\|x\|\leq C'\|x\|_0$
が成り立つことがわかるので、後は以下の主張を示せばよい。
任意のノルム$\|\cdot\|$に対してある$C>0$があって常に
$C\|x\|_0\leq\|x\|$
が成り立つ。
数学的帰納法と背理法で示す。$\dim V=1$のときは自明。
$\dim V\leq n-1$で命題1が成り立つと仮定し、$\dim V=n$のときに成り立たないとする。
つまり任意の自然数$m$に対してある$x_m$が存在して
$\dis \frac1m\|x_m\|_0>\|x_m\|$
が成り立つとする。このとき$x_m$の各成分$a_{m,i}$を考えると集合
$A_j=\{m\in\N\mid\|x_m\|_0=\max|a_{m,i}|=|a_{m,j}|\}\quad(1\leq j\leq n)$
が無限集合となるような$j$が存在して(存在しないとすると$\bigcup_jA_j=\N$が有限集合となって矛盾)、基底の順番を入れ替えることで$j=n$においてこれが無限集合であるとしてよい。
このとき
$A_j=\{m_1,m_2,m_3,\ldots\}$
とし$x_{m_k}$の代わりに$y_k=x_{m_k}/a_{m_k,n}$を考えることで
$\dis\frac1{m_k}>\|y_k\|$
が成り立つ。いま$y_k$の$e_n$の係数は$1$なので
$\dis y_k=z_k+e_n\quad(z_k\in W=\bigoplus^{n-1}_{i=1}Ke_i)$
と表せる。そして
$\dis\|z_k-z_{k'}\|=\|y_k-y_{k'}\|\leq\|y_k\|+\|y_{k'}\|<\frac1{m_k}+\frac1{m_{k'}}\to0\quad(k,k'\to\infty)$
と$\{z_k\}$はコーシー列であり、仮定より$W$はノルム$\|\cdot\|$に関して完備であるのでその収束先$z\in W$が存在することになるが、
$\dis\|z+e_n\|=\lim_{k\to\infty}\|y_k\|\leq\lim_{k\to\infty}\farc1{m_k}=0$
より$e_n=-z\in W$となって矛盾。以上より主張を得る。