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大学数学基礎解説
文献あり

因数分解型のHenselの補題

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$$\newcommand{a}[0]{\alpha} \newcommand{b}[0]{\beta} \newcommand{C}[0]{\mathbb{C}} \newcommand{d}[0]{\delta} \newcommand{dis}[0]{\displaystyle} \newcommand{e}[0]{\varepsilon} \newcommand{farc}[2]{\frac{#1}{#2}} \newcommand{G}[0]{\Gamma} \newcommand{g}[0]{\gamma} \newcommand{Gal}[0]{\operatorname{Gal}} \newcommand{id}[0]{\operatorname{id}} \newcommand{Im}[0]{\operatorname{Im}} \newcommand{Ker}[0]{\operatorname{Ker}} \newcommand{l}[0]{\left} \newcommand{Li}[0]{\operatorname{Li}} \newcommand{li}[0]{\operatorname{li}} \newcommand{N}[0]{\mathbb{N}} \newcommand{ol}[1]{\overline{#1}} \newcommand{ord}[0]{\operatorname{ord}} \newcommand{p}[0]{\mathfrak{p}} \newcommand{Q}[0]{\mathbb{Q}} \newcommand{r}[0]{\right} \newcommand{R}[0]{\mathbb{R}} \newcommand{Re}[0]{\operatorname{Re}} \newcommand{s}[0]{\sigma} \newcommand{ul}[1]{\underline{#1}} \newcommand{vt}[0]{\vartheta} \newcommand{Z}[0]{\mathbb{Z}} \newcommand{z}[0]{\zeta} \newcommand{ZZ}[1]{\mathbb{Z}/#1\mathbb{Z}} \newcommand{ZZt}[1]{(\mathbb{Z}/#1\mathbb{Z})^\times} $$

はじめに

 この記事ではHenselの補題のある種の一般化について解説していきます。
 ここで可換環$R'$の元$a,b$が互いに素であるとは、ある$x,y\in R'$が存在して$ax+by=1$が成り立つことを言うものとします($aR'+bR'=R'$とも言い換えられる)。

Henselの補題

 可換環$R$上の多項式$f\in R[x]$が、$R$のイデアル$I$において
$$f\equiv \ol g\ol h\pmod I\qquad(\ol g,\ol h\in(R/I)[x]\ \mbox{は互いに素})$$
と因数分解され、$\ol g$の最高次の係数が可逆であるとき
\begin{align} g_0&\equiv\ol g\pmod I,&g_n&\equiv g_{n-1}\pmod{I^n}\\ h_0&\equiv\ol h\pmod I,&h_n&\equiv h_{n-1}\pmod{I^n} \end{align}
および$\deg g_n=\deg\ol g$を満たすような多項式の列$g_n,h_n\in R[x]$が存在して
$$f\equiv g_nh_n\pmod{I^{n+1}}$$
が成り立つ。

 この$g_n,h_n$の極限、つまり逆極限$\varprojlim_n(R/I^n)[x]$の世界を考えることで次の様な主張が成り立ちます。

完備離散付値環上のHenselの補題

 完備離散付値環$A$上の多項式$f\in A[x]$が剰余体$A/\p$において
$$f\equiv\ol g\ol h\pmod\p\qquad(\ol g,\ol h\in(A/\p)[x]\ \mbox{は互いに素})$$
と因数分解されるとき
$$g\equiv\ol g\pmod\p,\quad h\equiv\ol h\pmod\p$$
および$\deg g=\deg\ol g$を満たすような多項式$g,h\in A[x]$が存在して
$$f=gh$$
が成り立つ。

補題

 $R$を可換環、$I$をそのイデアルとする。このとき$a\in R$$R/I$において可逆であれば$R/I^n$においても可逆である。

 仮定よりある$b\in R,\g\in I$があって$ab=1-\g$が成り立つ。このとき
$$c=b(1+\g+\g^2+\cdots+\g^{n-1})$$
とおくと
$$ac=(1-\g)(1+\g+\g^2+\cdots+\g^{n-1})=1-\g^n$$
となるので$\g^n\in I^n$より
$$ac\equiv 1\pmod{I^n}$$
を得る。

除法の原理

 $R$を可換環、$g\in R[x]$をその最高次数の係が可逆な多項式とする。
 このとき任意の$f\in R[x]$に対し
$$f=qg+r\quad(\deg r<\deg g)$$
を満たすような多項式$q,r\in R[x]$が一意に存在する。
 また$I$$R$のイデアルとすると、$f\in I[x]$ならば$q,r\in I[x]$が成り立つ。

存在性

 $\deg f<\deg g$のときは明らか。いま$\deg f\geq\deg g$において
\begin{align} f&=ax^n+a'x^{n-1}+\cdots\\ g&=bx^m+b'x^{m-1}+\cdots \end{align}
と展開すると
$$f'=f-ab^{-1}x^{n-m}g$$
$\deg f'<\deg f$を満たすので、$f'$に対し同様の操作を繰り返し$f$の次数を下げていくことで
$$r=f-qg$$
$\deg r<\deg g$を満たすような多項式$q$が取れる。
 またこの構成法から$f\in I[x]$なら$q,r\in I[x]$とできることに注意する。

一意性

$$f=qg+r=q'g+r'$$
と表せるとき
$$r-r'=-(q-q')g$$
および$\deg(r-r')<\deg g$より$q=q'$でなければならず、したがって$r=r'$となることもわかる。

本題

 いま多項式$a,b,g_0,h_0\in R[x]$
$$g_0\equiv\ol g,\quad h_0\equiv\ol h,\quad ag_0+bh_0\equiv1\pmod I$$
および$\deg g_0=\deg\ol g$を満たすように任意に取る。
 このときHenselの補題の主張のような$g_n,h_n$が構成できたとして、$g_{n+1},h_{n+1}$の構成法について考える。

 $f_n=f-g_nh_n$および
$$g'_{n+1}=g_n+bf_n,\quad h'_{n+1}=h_n+af_n$$
とおくと
$$f\equiv g'_{n+1}h'_{n+1}\pmod{I^{n+2}}$$
が成り立つ。

$$f_n\equiv0\pmod{I^{n+1}},\quad ag_n+bh_n\equiv1\pmod I$$
に注意すると
\begin{align} f-g'_{n+1}h'_{n+1} &=(f_n+g_nh_n)-(g_n+bf_n)(h_n+af_n)\\ &=f_n(1-ag_n-bh_n)+abf_n^2\\ &\equiv0\pmod{I^{n+2}} \end{align}
を得る。

 いま補題3より$g_0$の最高次の係数は$R/I^{n+2}$において可逆なので、除法の原理より
$$bf_n\equiv q_ng_0+r_n\pmod{I^{n+2}}$$
および$\deg r_n<\deg g_n=\deg\ol g$なる$q_n,r_n\in R[x]$が存在することに注意する。

 上のような$q_n,r_n$に対し
$$s_n\equiv af_n+q_nh_0\pmod{I^{n+2}}$$
なる多項式$s_n\in R[x]$を任意に取り
$$g_{n+1}=g_n+r_n,\quad h_{n+1}=h_n+s_n$$
とおくとこれはHenselの補題の主張を満たす。

 $\deg r_n<\deg g_n$より
$$\deg g_{n+1}=\deg g_n=\deg\ol g$$
が成り立ち、また
$$g_{n+1}\equiv g'_{n+1}-q_ng_0,\quad h_{n+1}\equiv h'_{n+1}+q_nh_0\pmod{I^{n+2}}$$
および$q_n\in I^{n+1}[x]$に注意すると
$$f-g_{n+1}h_{n+1}\equiv f-g'_{n+1}h'_{n+1}\equiv0\pmod{I^{n+2}}$$
を得る。

命題6

 $\deg(f-g_0h_0)<\deg f$であれば$\deg h_n=\deg h_0$とできる。

 $\deg s_n<\deg h_0$とできることを示せばよい。いま$\deg s_{n-1}<\deg h_0$とできたとする。このとき
$$\deg f_n=\deg(f-g_nh_n)<\deg f$$
が成り立つことに注意する。
 ここで
$$f_n\equiv(ag_0+bh_0)f_n\equiv s_ng_0+r_nh_0\pmod{I^{n+2}}$$
より$s_n$
$$\deg s_n=\deg(f_n-r_nh_0)-\deg g_0$$
を満たすように取れ、このとき
\begin{align} \deg f_n&<\deg f\\ \deg(r_nh_0)&<\deg(g_0h_0)=\deg f \end{align}
に注意すると
$$\deg s_n<\deg f-\deg g_0=\deg h_0$$
を得る。

一意性について

 実はこの多項式$g_n,h_n$$I^{n+1}$を法として一意に定まっている(ただし$\{g_n\}$の最高次の係数は常に変わらないものとする)。

 多項式$g,g',h,h'\in R[x]$
\begin{align} f&\equiv gh\equiv g'h'\pmod{I^n}\\ g&\equiv g'\equiv\ol g\pmod I\\ h&\equiv h'\equiv\ol h\pmod I \end{align}
および
$$\deg(g-g_0),\deg(g'-g_0)<\deg\ol g$$
を満たすならば
$$g\equiv g',\quad h\equiv h'\pmod{I^n}$$
が成り立つ。

 $n-1$のときに主張が成り立つと仮定し、$n$の場合を示す($n=1$の時は明らか)。
$$\d_g=g-g',\quad\d_h=h-h'$$
とおくと帰納法の仮定より
$$\d_g\equiv\d_h\equiv0 \pmod{I^{n-1}}$$
が成り立つことに注意すると
\begin{align} 0 &\equiv gh-g'h'\\ &=g\d_h+\d_gh'\\ &\equiv\ol g\d_h+\d_g\ol h\pmod{I^n} \end{align}
となるので、$a\ol g+b\ol h\equiv1\pmod I$と合わせて
\begin{align} \d_g&\equiv\d_g(a\ol g+b\ol h)\equiv(a\d_g-b\d_h)\ol g\pmod{I^n}\\ \d_h&\equiv\d_h(a\ol g+b\ol h)\equiv-(a\d_g-b\d_h)\ol h\pmod{I^n} \end{align}
と変形できる。
 また$\deg\d_g\leq\deg\ol g$より除法の原理の一意性から
$$(a\d_g-b\d_h)\equiv 0\pmod{I^n}$$
でなければならず、したがって
$$\d_g\equiv\d_h\equiv0\pmod{I^n}$$
を得る。

参考文献

投稿日:2022628
更新日:629
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投稿者

子葉
子葉
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主に複素解析、代数学、数論を学んでおります。 私の経験上、その証明が簡単に探しても見つからない、英語の文献を漁らないと載ってない、なんて定理の解説を主にやっていきます。 同じ経験をしている人の助けになれば。最近は自分用のノートになっている節があります。

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