複素数体$\mathbb{C}$上の任意の1変数多項式は少なくとも一つの根を持つ、すなわち複素数体$\mathbb{C}$は代数閉体であることを主張する代数学の基本定理は、なんとなーく使ったことはあるけど証明まで追ってないなーみたいな人は多いのではないか。虚数単位$i$を習ったばかりの頃は実数係数の二次方程式が解けるようになった!と思い、なんか$i$がすごいんだなーという漠然とした感想を持っていた。しかし、よく考えると方程式が解けるようになったのは$i$よりも、高校ではうやむやにされている実数の性質の方が不可欠なのではないかと思えてくる(実際$\mathbb{Q} (i)$上解けない二次方程式はたくさんあるし)。
ということは、代数学の基本定理の証明には実数の性質をどこかでは使わざるを得なくなるのかなと思い、有名な証明を眺めてみると、実数の性質としては実数係数の奇数次多項式はかならず実数解を1つもつということを用いていた(複素解析わかんないので、私が見たのは一番有名なやつではないかも)。もちろんこれは実数の強い性質ではあるのだが、この性質ってなんなんだろうな、、と漠然としたモヤモヤがあった。
本を読んでいたら、実数みたいなものに遭遇した。
(i)体$K$が実体であるとは、任意の有限個の$K$の元$a_1,...,a_n$に対し、$a_1^2+...+a_n^2 \neq -1$が成り立つ時に言う.
(ii)体$K$が実閉体であるとは、$K$が実体であり、$K$の代数拡大で実体であるものは$K$のみである時に言う.
(iii)体$K$が代数閉体であるとは、$K$の代数拡大体は$K$のみである時に言う.
実体の定義で任意の$K$の元$a$に対し、$a^2 \neq -1$としないのは、標数$p$の体を除くためだと思われる。実際、有限体$\mathbb{F}_7$では$a \in \mathbb{F}_7 \Rightarrow a^2\neq -1$となるが$1^2+1^2+1^2+1^2+1^2+1^2=6=-1$となる。
実体$K$に対して, $P=\{a_1^2+...+a_n^2|n\in \mathbb{N}, a_1,...,a_n\in K\}$とする.この時
$p,q\in P \Rightarrow p+q,pq\in P.$ また,$r\neq0 \Rightarrow r^{-1}\in P$
証明はしないが順序を定義するのがめんどくさいので, これを使うから載せておく.
$K$を実体とする. この時, $K$が実閉体であることは(i),(ii)が成り立つとことと同値.
(i)$\forall a\in K,\exists b\in K:a=b^2$または$a=-b^2$
(ii)$K$係数奇数次多項式は少なくとも1つの根を$K$にもつ
(i),(ii)$\Rightarrow$実閉体は本質的に代数学の基本定理なので後にして, ここでは実閉体$\Rightarrow$(i),(ii)のみ示す.
(i) $a\neq b^2(\forall b\in K)$とする. すると, $K(\sqrt{a})$は実閉体$K$の代数拡大で$K$とは異なるため実体でない. ゆえに, $-1=\sum (x_i+y_i \sqrt{a})^2$ ($x_i,y_i\in K$). 整理して係数比較すると$-a \sum y_i^2=1+\sum x_i^2$. $K$が実体であることから右辺は$0$でないので, 特に左辺も$0$ではなく, $-a\in P$が言える.
同様に$a\neq-b^2(\forall b\in K)\Rightarrow a\in P$. よって(i)を否定すると$-1=-a\cdot a^{-1} \in P$となり矛盾. ゆえに(i)が成立.
(ii)帰納法で示す. $n=1$ではもちろん成立. $3\leq n$次多項式$f(x)$を考える. もし$f(x)$が可約なら$f(x)=$(奇数次)$\times$(偶数次)となるので仮定より$K$内に根を持つ.
$f(x)$が既約であるなら, 根$\alpha$を用いて$n$次拡大$K(\alpha)$を考えられる. $K(\alpha)$は$1,\alpha,...,\alpha^{n-1}$を基底に持つ$K$線形空間をなす. $K(\alpha)$はもちろん実体でないので, $-1=\sum (g_i(\alpha))^2$. ただし, 一行前のことから$g_i(x)$は$n$次以下の多項式である. $\alpha$を根に持つので, $2n$次以下多項式は$\sum (g_i(x))^2+1=f(x)\cdot \exists h(x)$. 次数を眺めると$h(x)$は$n$次以下の奇数次多項式なので帰納法の仮定から$K$内に根$\beta$を持つ. しかしこれは, $\sum(g_i(\beta))^2=-1$を導き, $K$が実体であることに矛盾. ゆえに(ii)が成立.
実閉体であるという条件は、ほぼほぼ代数閉体みたいな条件なので、$\Rightarrow$は成り立つだろうなと思える。同じように以下の事実も$\Rightarrow$は成り立ちそうである(証明は暇があればするかも)。
体$K$において、$\sqrt{-1}\notin K$かつ$K(\sqrt{-1})$が代数閉体$\Leftrightarrow$$K$が実閉体
さて、今あげた2つの定理の$\Leftarrow$を示す.これは代数学の基本定理なので、取り上げて今一度主張を書く. 大雑把ではあるが, 奇数次と2次の方程式が解を持つことと, n次多項式が解を持つことのギャップが代数学で一般的に得られている性質でスルスルと埋まっていく印象を私は感じた.
$K$が実体であり, 定理2の(i),(ii)が成り立つとする. この時, $K(\sqrt{-1})$は代数閉体.
まず, (i)の条件だと二次方程式が解けてないのでそこを埋める. (i)から0でない任意の$a\in K$に対して, $a\in P$または$-a\in P$でありしかも$K$は実体なので同時には起こらない. よって$a\in P$の時, 必ず存在する平方根$\pm\sqrt{a}$のうち, $\sqrt{a}\in P$と定めておく.
二次方程式は平方完成すれば実質$z^2=x+y\sqrt{-1} (x,y\in K)$になる. この解は書き下せる. そのために$x+\sqrt{x^2+y^2}\in P$を示す. $x\in P$ならよい. $x\notin P$なら$-x\in P$なので, $-x+\sqrt{x^2+y^2}\in P$. ここで$x+\sqrt{x^2+y^2}\notin P$ならば$-x-\sqrt{x^2+y^2}\in P$ で$(-x+\sqrt{x^2+y^2})(-x-\sqrt{x^2+y^2})\in P$を導くが, これは$\sqrt{-1}$を導くので矛盾. よって$x+\sqrt{x^2+y^2}\in P$. これを用いれば上記の解は$z=\pm\frac{1}{\sqrt{2}}(\sqrt{x+\sqrt{x^2+y^2}}+\frac{y}{\sqrt{x+\sqrt{x^2+y^2}}}\sqrt{-1})\in K(\sqrt{-1})$である.
$K(\sqrt{-1})$の代数拡大$L$をとって, $L=K(\sqrt{-1})$になることを示す. 任意の体に代数閉包が存在するので, それをとって上記を示せば十分(中間体も一緒に=になる). つまり$K$は実体ゆえに標数0なので, $L$を$K(\sqrt{-1})$を含む, $K$の有限次Galois拡大として示す.
$[L:K]=2^nq$ ($q$は奇数)とすると二次拡大を含むので$n\geq1$である. よって, Galois群$Gal(L/K)=:G$は2-Sylow部分群$S$をもつ. 対応する中間体$L^S$を取れば, $[L^S:K]=q$となり奇数次拡大である. 標数0の体の有限次代数拡大は単拡大なので, $\alpha\in L^S$で$L^S=K(\alpha)$とおける. $\alpha$の最小多項式の次数は$q$なので(ii)から$q=1$.
$K(\sqrt{-1})$に対応する$G$の部分群$H$を取る. $|H|=2^{n-1}$である. $n\geq 2$とすると, $H$は$p$群なので位数$2^{n-2}$の部分群$I$を持つ. 対応する中間体$L^I$を取れば, $[L^I:K(\sqrt{-1})]=2$となる. しかしこれは既約な$K(\sqrt{-1})$係数2次多項式が存在することを意味し, STEP1に矛盾する. ゆえに$n=1$であり, $K$係数の既約な2次多項式の根は$K(\sqrt{-1})$に全て含まれるので, Kの2次拡大は$K(\sqrt{-1})$しかなく, $L=K(\sqrt{-1})$が示された.
奇数次と二次が解ければ大体解けそうな感じがするものだが, 実際に方程式をこねくり回して帰着させるのはなかなか難しい. しかし有限群の話に帰着させて, 部分群の存在を示す各種定理から中間体の存在を示し, 小さい拡大の話に帰着させるという手法はやっぱり素晴らしいなと思った.
また, この証明はp-Sylow部分群の存在と, p群の部分群に関する定理を使用しているだけなので, 体$K$に(i)$p$次方程式が根を持つ(ii)$p$の倍数でない次数の方程式が根を持つとしてもよさそうだ. しかし, どちらの条件も$p=2$だったからこそうまく簡単な形に置き換えられていると思う. (i)なら共役解が$\pm$程度の違いで表せていることでうまくいっている感じがするし, (ii)も偶数か奇数かと二択にできていることで簡潔になっているように思う.
一般化して考えると, 一般に言えることと定理に使われている固有の絶妙な性質を, 分けて鑑賞することができて, とても満足した.