大域類体論をイデアル論的に記述する際にまずモジュラスという概念が必要になる.これはイデアルの一般化のような対象であり大抵まずこれに分岐する素点を押し付けてから理論を記述する.また通常のイデアルのようにこれに関する合同mod$^{\times}$も考えることが必要になってくるのだがこれは通常のmodとは違い加法は一般に保たないという特質を持っており混乱し易い.その性質からmod$^{\times}$は乗法合同と呼ばれる.この記事ではモジュラスによる乗法合同mod$^{\times}$を丁寧に解説する.
$F$を代数体、$V$をその素点全体、$V_{\rm{fin}}$を有限素点全体、$V_{\mathbb{R}}$を実素点全体、$V_{\mathbb{C}}$を複素素点全体とする。
(1)$F$のモジュラス(modulus)
^1
とは$\mathbb{Z}$加群
$$\bigoplus_{v\in V_{\rm{fin}}}\mathbb{Z}
\oplus\bigoplus_{v\in V_{\mathbb{R}}}\mathbb{Z}/2\mathbb{Z}
\oplus\bigoplus_{v\in V_{\mathbb{C}}} 0$$
の元$\mathfrak{m}(\neq 0)$のことである.形式的に$\mathfrak{m}=\dprod_{v\in V} v^{\mathfrak{m}_{v}}$とかく.
モジュラス$\mathfrak{m}$は有限素点の素因子全体の積$\mathfrak{m}_{\rm{fin}}$と無限素点の素因子全体の積$\mathfrak{m}_{\infty}$とに$\mathfrak{m}=\mathfrak{m}_{\rm{fin}}\mathfrak{m}_{\infty} $というように分解できる.このとき$\mathfrak{m}_{\rm{fin}},\mathfrak{m}_{\infty}$をそれぞれ$\mathfrak{m}$の有限部分,$\mathfrak{m}$の無限部分と呼ぶ.
(2)
$\mathfrak{m}=\dprod_{v\in V} v^{\mathfrak{m}_{v}}$, $\mathfrak{n}=\dprod_{v\in V} v^{\mathfrak{n}_{v}}$を代数体$F$のモジュラスとする.$\mathfrak{m}$が$\mathfrak{n}$を割り切るとは,任意の$v$に対して$\mathfrak{m}_v \leq \mathfrak{n}_v$であるときをいい,このとき$\mathfrak{m}\mid\mathfrak{n}$と書く.特に$v\mid\mathfrak{m}$なる$F$の素点$v$を$\mathfrak{m}$の素因子と呼ぶ.素因子の指数,互いに素,gcd,lcmなどの概念は通常のイデアルの場合同様に定めることとする.
複素素点の影響は考えないのが特徴である。
上の$\mathfrak{m}:V=\{\text{$F$の素点全体}\} \to \mathbb{Z}$を念のため明示的に書き下すと
(a) 全ての素点$v$に対して$\mathfrak{m}_{v} \geq 0$だが,有限個の$v$を除いて$\mathfrak{m}_{v}=0$
(b) $v$が実素点のとき$\mathfrak{m}_{v}=0$または$1$
(c) $v$が複素素点のとき$\mathfrak{m}_{v}=0$
つまりモジュラス$\mathfrak{m}=\dprod_{v\in V} v^{\mathfrak{m}_{v}}$とは素点の形式的な積であって実素点のところの指数を$\Z/2\Z$で考えたもののことである.ここで素点$v$に対して$\mathfrak{p}_v$を$v$が有限素点のときはそれに対応する素イデアル,無限素点のときは単なる形式的な記号とした上で$\mathfrak{m}$を$\mathfrak{m}=\dprod_{v\in V} \mathfrak{p}_v^{\mathfrak{m}_{v}}$と書くと直感的でわかりやすいことも多い.以下これらの記法を都合よく使い分けていくことにす.
どちらかの記法にこだわるとかえってわかりにくくなると思う.
イデアルの場合同様にモジュラスについても合同を考えることが出来る.しかしそれは記号mod$^{\times}$が指し示すように通常のものとは性質が違うのでかなりややこしい.
[ノイキルヒ,p.371]に「通常の合同式」と書いてあるが以下を読めばそれは大嘘であるとわかるだろう.
$F$を代数体, $\alpha\in F^{\times}$とする.
(1) $F$の有限素点$v$と正整数$n$に対して,
$$\alpha \equiv 1 \ \pmod{^{\times} v^n}$$を次の二条件が成り立つような分数表示$\alpha=a/b\ (a,b\in \mathcal{O}_F)$が存在することと定める:
$v$に対応する素イデアルを$\mathfrak{p}=\mathfrak{p}_v$とするとき、
(a)$a,b\notin\mathfrak{p}$.つまり$\alpha$の分母,分子が$\mathfrak{p}$で割れない.
(b) $\ord_{\mathfrak{p}}(\alpha-1)\geq n$(ここで$\ord_{\mathfrak{p}}$はもちろん$\color{red}F\color{black}\to\Z\cup\left\{\infty\right\}$).
(2)
$F$の実素点$v$に対して,$v$に対応する実埋め込みを$\sigma_v:F\to F_{v}\cong \mathbb{R}$とするとき
$$\alpha \equiv 1 \ \pmod {^{\times} v}\iff \text{$\alpha$は$F_v$で正,即ち$\sigma_v(\alpha)>0$}$$と定める[^3].
次に$\alpha, \beta \in F^{\times}$,$\mathfrak{m}=\dprod_{v\in V} v^{\mathfrak{m}_{v}}$を$F$のモジュラスとする.
(3)
$$\alpha \equiv 1 \ \pmod {^{\times} \mathfrak{m}}\iff \text{$\mathfrak{m}_{v}>0$であるような全ての$F$の素点$v$に対して$\alpha \equiv 1\ \pmod {v^{\mathfrak{m}_{v}}}$}$$と定める.
(4)
$$\alpha \equiv \beta \ \pmod {^{\times} \mathfrak{m}}\iff \alpha/\beta \equiv 1 \ \pmod {\mathfrak{m}}$$と定める. このmod$^{\times}$をその性質から乗法合同と呼ぶ.
定め方から当然のことではあるが $\alpha\equiv\beta \ \pmod{^{\times}\mathfrak{p}^n}$と書いたときは$\alpha,\beta\notin (\mathcal{O}_{F,{\mathfrak{p}}})^{\times}$であってもよいが$\beta/\alpha\in\mathcal{O}_{F,{\mathfrak{p}}}^{\times}$でなければならない.
(1)は$\mathcal{O}_F$の$\mathfrak{p}$による局所化$\mathcal{O}_{F,{\mathfrak{p}}}$の言葉を使えば以下のような同値な言い換えが出来る
(a) $\alpha\in(\mathcal{O}_{F,{\mathfrak{p}}})^{\times}$.
(b) $\alpha-1\in\mathfrak{p}^n\mathcal{O}_{F,{\mathfrak{p}}}$.(すぐ下で説明する加法合同を用いて書けば$\alpha\equiv 1 \ \pmod{^{\color{red}+\color{black}}\mathfrak{p}^n}$)
更に(a)を踏まえた上で,(b)を,自然な全射$\pi:\mathcal{O}_{F,{\mathfrak{p}}}\to\mathcal{O}_{F,{\mathfrak{p}}}/\mathfrak{p}^n\mathcal{O}_{F,{\mathfrak{p}}}$がその単元群の間に誘導する全射$\pi^{\times}$によって$\alpha$が1に送られる,と言い換えても良い.ここで$\ker \pi^{\times} =1+\mathfrak{p}^n\mathcal{O}_{F,{\mathfrak{p}}}$である.この乗法群は次の言い換えにも出てくる.
一方ここで加法合同という言葉も導入しよう.そうすると対比が際立って理解がし易いと思う(一応[高木]に出てくる言葉ではある).
$\alpha,\beta\in F$, $n$を正整数, $\mathfrak{p}$を素イデアルとする.
$F$における加法合同$\alpha\equiv\beta \ \pmod{^{+}\mathfrak{p}^n}$とは剰余環$F/\mathfrak{p}^n\mathcal{O}_{F,{\mathfrak{p}}}$において等しいということ(つまり$\alpha-\beta\in\mathfrak{p}^n\mathcal{O}_{F,{\mathfrak{p}}}$)であると定義する.
これは$\alpha,\beta$が$F$の整数に限らないという意味で$F$の整数の間の合同を拡張したものとも見れる.
(1)$3\equiv8 \ \pmod{^{\times} 5},\ 2\equiv7 \ \pmod{^{\times} 5}$だが,$5\not\equiv 15\ \pmod{^{\times} 5}$
(しかし$3\equiv8 \ \pmod{^{+} 5},\ 2\equiv7 \ \pmod{^{+} 5}$であるから$5\equiv 15\ \pmod{^{+} 5}$ではある).
(2)
乗法合同⇒加法合同でも加法合同⇒乗法合同でもない([高木]の例)
・$65\equiv 35 \ \pmod{^{+} 2\cdot 5}$だが,$65\not\equiv 35\ \pmod{^{\times} 2\cdot 5}$.
・$101/30\equiv 7/10 \ \pmod{^{\times} 2\cdot 5}$だが,$101/30\not\equiv 7/10 \ \pmod{^{+} 2\cdot 5}$.
乗法合同$\alpha\equiv\beta \ \pmod{^{\times}\mathfrak{p}^n}$は乗法は保つが加法は一般に保たないことに注意したい.即ち$\alpha\equiv\beta \ \pmod{^{\times}\mathfrak{p}^n},\ \alpha'\equiv\beta' \ \pmod{^{\times}\mathfrak{p}^n}$のとき$\alpha\alpha'\equiv\beta\beta' \ \pmod{^{\times}\mathfrak{p}^n}$ではあるが$\alpha+\alpha'\equiv\beta+\beta' \ \pmod{^{\times}\mathfrak{p}^n}$とは一般には限らない(上の例(1)).
一方加法合同に関しては環論でやったように加法も乗法も保つ.
$1+\mathfrak{p}^n\mathcal{O}_{F,{\mathfrak{p}}}$は局所化$\mathcal{O}_{F,{\mathfrak{p}}}\subset F$の単数群$\mathcal{O}_{F,{\mathfrak{p}}}^{\times}\subset F^{\times}$の部分群であることに注意すると乗法群の剰余群$F^{\times}/(1+\mathfrak{p}^n\mathcal{O}_{F,{\mathfrak{p}}})$が考えられる.
このとき$\alpha \equiv \beta \ \pmod {^{\times} \mathfrak{m}}$とは$F^{\times}/(1+\mathfrak{p}^n\mathcal{O}_{F,{\mathfrak{p}}})$において$\alpha,\beta$が同じ剰余類を定めるということと同値である.この言い換えを意識すれば乗法合同の"正体"が一目瞭然であると思う.特に加法を一般に保たず乗法を保つ,通常とは違う合同式ということも当然のこととなる.つまり剰余環のmodではなく剰余群のmodだから通常と違ってややこしいのである.
上の例にあるように加法合同と乗法合同は一般に同値でないが$\alpha,\beta\in(\mathcal{O}_{F,{\mathfrak{p}}})^{\times}$に対しては
$$\alpha\equiv\beta \ \pmod{^{\times}\mathfrak{p}^n}
\iff
\alpha\equiv\beta \ \pmod{^{+}\mathfrak{p}^n}$$即ちこの状況下であれば乗法合同と加法合同は同じものである.しかし辺々足したもののの商が$(\mathcal{O}_{F,{\mathfrak{p}}})^{\times}$に入るとは限らないからこの場合でも乗法合同は一般に加法を保たない(上の例(1)).
イデアル論は親しみやすくていいはずなのにこのようなややこしいものが丁寧に解説されていないともったいないと思う.読者の理解の助けになれば公開した意義があるというもので筆者の喜びです.間違いなどございましたらTwitterの方までご連絡ください.
[^3]: ここの正という条件,即ち実半直線$\R_{>0}$(=ray)に入る,という条件が射類群(ray class group)の言葉の由来である(Hasseによる).