この記事はGödel宇宙の入門記事です。Gödel宇宙に関して次のことを解説します。
リーマン幾何は既知とします。また関連するキーワードとして
リーマン幾何や相対論の初歩を学んだ人でGödel宇宙について基本事項を勉強したい人の役に立てばと思います。計算が結構ややこしいので計算ミスしてたら教えてください。
Gödel宇宙は1949年にKurt Gödelにより発表された一般相対論における厳密解です。正確には回転する流体を物質とする宇宙項を持つEinstein方程式の厳密解です。最大の特徴は因果構造の異常さであり、局所的に未来過去の区別はありますが(時間的向き付け可能)、大域的には未来と過去の区別がなく、時間旅行が可能な時空となっています。
このノートの構成は以下です。初めにGödel宇宙の幾何学モデルを構成し時間的閉曲線の存在について解説します。Gödel宇宙のモデルを構成する際の座標は用途に応じて色々あると思いますが、有名なものとして3つの座標を紹介します。このノートではHolocycle based座標とHyperbolic model based座標とPoincare model based座標呼ぶことにします。Holocycle based座標とHyperbolic model based座標が物理ではよく使われますが、Poincare model based座標が幾何学的に理解しやすい気がするのでPoincare model based座標を主に使って解説します。またGödel宇宙がEinstein系の解になっていることを確かめます。最後にHolocycle based座標とHyperbolic model based座標とPoincare model based座標の座標変換やその幾何学的な仕組みを簡単に述べます。いくつかの簡単な命題に関しては演習問題としましたが、解答は後の方に載せています。また参考文献についての簡単な説明も書いています。
この記事を通して微分形式の内積はHodge starの定義で使用する内積を使います。
ここではGödel宇宙の計量をPoincare model based座標で構成し時間的閉曲線の存在について解説します。
まず2次元Euclid空間の計量を極座標で表示すると
です。さらにこれを負に曲げます。すなわち2次元の双曲空間にします。
ただし、
さらにここに時間を加え3次元の時空にします。
この時空は静的といい、ディスクは“静止”しています。そこでディスクを“回転”させます。
この計量がなぜ回転っぽいかというと、
さらに
とすればよいです。これを確かめることは演習問題にします。
計量が
で与えられるリーマン多様体において、
最後に1次元空間をリーマン直積で付け加えて次のように4次元の時空にします。
この座標をPoincare model based座標と呼びます。後で分かるようにこのような時空でEinstein方程式の解になるのは
ではGödel宇宙には時間的閉曲線が存在することを見ましょう。用語の復習をしておきます。接ベクトル
Gödel宇宙において、
これより、
実は後で分かるようにEinstein方程式の解になるのは
普通は
Gödel宇宙の俯瞰図
余談ですが、
は負の定曲率空間となり、3次元anti-de Sitter時空(
また3次元リーマン多様体
は2つのパラメータ
まず一般相対論の復習をします。
このとき
を満たすときのことを言う。ここで
で与えらる。
を満たすときのことを言う。これをEinstein方程式と呼ぶ。
4次元のEinstein方程式は
としても同値であることを示せ。
それではGödel宇宙のPoincare model based座標での計量
が完全流体と宇宙項を持つEinstein系の厳密解であることを見ます。
まず物質である完全流体ですが、
が満たされます。
次にEinstein方程式を確認しましょう。初めにRicciテンソルを計算しますが、この計算はRicciテンソルの
とする。ここで
が成り立つ。ここで
この公式を
に適用しましょう。
とし、
とし、
として公式1を適用します。
となります。また
となります(演習問題)。
よって公式1を使うと、
となります。従って、Gödel宇宙の正規直交フレームを
となります。
完全流体のエネルギーテンソルは、正規直交フレーム
となるので、
となります。よってEinstein方程式
より
を得ます。これを解くと
となります。このことから完全流体が重力源の物質となるEinstein系の厳密解としてGödel宇宙が得られました。
Gödel宇宙のよく使われる座標としてHolocycle based座標とHyperbolic model based座標があります。Poincare model based座標の方が幾何学的に理解しやすいと思ったのでこれまではPoincare model based座標で説明してきましたが、おそらくHolocycle based座標とHyperbolic model based座標の方がよく使われるので、入門者はこれらの座標の関係を理解しておくべきだと思われます。少し計算を頑張る必要がありますが、幾何学的な仕組みを理解していれば何も見なくても再現はできます。
この2つの関係は単純で慣れていればほぼ同じに見えます。まず座標
となるので
が得られ、
なので、
となります。また
なので
となります。ただし、
が得られます。
この2つの関係は少し複雑です。まずGödel宇宙のHolocycle based座標は
で与えられます。この座標からPoincare model based座標への座標変換の幾何学的な仕組み解説します。本質的なのは
の3次元時空の部分なのでここから考察を始めます。実は2次元リーマン多様体
は双曲平面のHolocycle座標と呼ばれる座標であり、この理由からHolocycle based座標と呼びました。座標変換
により
となり、これで双曲平面の座標が上半平面モデルになりました。さらに上半平面
でつながります。すなわち変換
により
となります。
まず初めの座標
を思い出します。
なので、
と変形できるはずです。
を示せ。
このことから時間一定面のスライスを
と取り換えれば
となります。よって
に今の変換を施して、さらに
として、
となります。
3つの座標について結果をまとめておきます。
Gödel宇宙の3つの座標により計量はそれぞれ次のように書かれる。
(i) Holocycle based座標
(ii) Hyperbolic model based座標
(iii) Poincare model based座標
演習問題の解答です。
[問題1の解答]
であり
である。
[問題2の解答]
の両辺の
となるから、元の方程式に代入して
となる。
[問題3の解答]
であるから、
[問題4の解答]
より
また局所座標表示すれば
[問題5の解答]
であり、
より
を得る。
参考文献について簡単に説明します。
文献[1](井ノ口順一, はじめて学ぶリー群 ―線型代数から始めよう)には3次元Lie群に左不変計量を入れることでThurstonのモデル空間またはBianchi分類として知られる空間達が紹介され、そしてこれらの空間達は計量に2つのパラメータを持つBianchi-Cartan-Vranceanu空間族として統一的に記述されることが解説されています。これらのことを勉強するのにコンパクトでよい文献だと思います。
文献[2](佐藤 文隆, 小玉 英雄, 一般相対性理論)では時空の対称性の観点からEinstein方程式の厳密解が紹介されています。Gödel宇宙は5次元の実Lie群が作用する時空的に一様な4次元時空という位置づけになります。Gödel宇宙についてHolocycle based座標での計量、完全流体を物質とする宇宙項無しのEinstein系の厳密解であること、時間的閉曲線の存在が非常にコンパクトに解説されています。
文献[3](S.W.Hawking, G.F.R.Ellis, The Large Scale Structure of Space-Time)ではdust流体(
文献[4](M.GURSES, M.PLAUE, AND M.SCHERFNER, On a particular type of product manifolds and shear-free cosmological models)は
https://www.researchgate.net/publication/232279222_On_a_particular_type_of_product_manifolds_and_shear-free_cosmological_models
からもアクセスできます。このノートではノルムが一定のtimelike Killingベクトル場に関するRicciテンソルの分解公式を使いましたが、一般のノルム一定のtimelikeベクトル場に関する状況での