1

【相対論】4次元静的時空と実自由スカラー場のEinstein系は真空解に限ることについて

123
0

イントロ

 この記事の目的はタイトルにあるような小さな定理を示すことです。また一般相対論の数学的研究に興味を持つ初学者がEinstein系の数学的な研究のごく一部の雰囲気を感じることが出来ればと思います。

 この記事ではリーマン幾何や一般相対論の基本的な事項は仮定します。例えばEinstein-Hilbert作用の変分によるEinstein方程式の導出などは理解しているとします。

 この記事では以下の定理を示します。

静的時空における実自由スカラー場は定数場に限る

 (N,h)を3次元リーマン多様体とする。M=R×Nとし、M上のLorentz計量をg=dt2+hで定める。ただし、tRの座標である。
 時空Mに対して、作用積分
S=M(R12||dΨ||g2)dv
で与えられるEinstein-Scalar系を考える。ただし、R(M,g)のスカラー曲率、Ψは実スカラー場、||dΨ||g2=gμνμΨνΨである。
 このとき、この系の解はΨ=const.かつ(N,h)はRicci平坦である。

場の方程式

 作用を変分してEinstein方程式と自由スカラー場の運動方程式が得られます。

Einstein-Scalar系

4次元時空(M,g)において作用
S=M(R12||dΨ||g2)dv
を変分して得られるEinstein方程式と自由スカラー場の運動方程式は
Rμν=μΨνΨ,μμΨ=0
である。ここでgに関するリーマン接続、RμνはRicciテンソルです。

作用を変分すれば
Rμν12Rgμν=Tμν,Tμν=μΨνΨ12||dΨ||g2gμν,μμΨ=0
が得られる。さらにdimM=4であるからEinstein方程式は
Rμν=Tμν12T λλgμν=μΨνΨ
である。

よって上の連立系を満たす(M,g,Ψ)は、Ψ=const.かつ(N,h)がRicci平坦なものしか存在しないという主張を示すことになります。

 Einstein方程式は例えば4次元ですら2階非線形の10連立偏微分方程式ですので、一般的には非常に難しいです。なので時空や物質に関する仮定をおいて、各論的にその系の性質を考察することが多いです。

証明

 以降は主定理の証明を小さな命題に分けて進めていきます。MがRicci平坦でないと仮定して矛盾を示す方針で証明します。

定理1の設定において、pMに対して、Rμν(p)0であるならば、pの適当な近傍Uと適当な座標系{t,Ψ,x1,x2}があり、
g|U=dt2+dΨ2+h(Ψ,x1,x2),h(Ψ,x1,x2)=h11(Ψ,x1,x2)(dx1)2+2h12(Ψ,x1,x2)dx1dx2+h22(Ψ,x1,x2)(dx2)2
となる。さらにU上のベクトル場X,YΨに比例しないならばRic(X,Y)=0である。

 Ricciテンソルは対称テンソルであるから、任意の点pMの近傍Uにおいて、適当な正規直交フレーム場{e0=t,e1,e2,e3}により対角化できる。Rμν=μΨνΨよりeiΨ(p), (i=0,1,2,3)のうちで少なくとも2つが0でないならば、右辺が対角化されないためこれはありえない。0=R00=(0Ψ)2よりe0Ψ(p)=0である。さらにe1Ψ(p)=e2Ψ(p)=0であると仮定してよい。もしe3Ψ(p)=0ならば、Rμν(p)=0となるからe3Ψ(p)0とする。

 Ψは滑らかであるから、必要ならUを取り直すことでU上でe3Ψ0と仮定してよい。従って、上の対角化の議論と同様にU上でe0Ψ=e1Ψ=e2Ψ=0である。U上でdΨ0であるから陰関数の定理によりUΨのレベル集合でfoliateされ、各leafはgradΨと直交する。

 よって計量gは、
g|U=dt2+a2dΨ2+h(Ψ)
と表される。ここでaC(U)h(Ψ)Ψの各レベル集合(2次元部分多様体)上に誘導されるリーマン計量である。さらに適当な関数x1,x2C(U)をとり、{t,Ψ,x1,x2}U上の局所座標となり、
g|U=dt2+a2dΨ2+h(Ψ,x1,x2),h(Ψ,x1,x2)=h11(Ψ,x1,x2)(dx1)2+2h12(Ψ,x1,x2)dx1dx2+h22(Ψ,x1,x2)(dx2)2
と表されるようにすることができる。

 構成の仕方から明らかにΨΨの各レベル集合に直交するから、Ψe3に比例する。||Ψ||2=||dΨ||2=e3(Ψ)2よりΨ=e3(Ψ)e3=gradΨである。よって
1=ΨΨ=gradΨ(Ψ)=||dΨ||2=g(Ψ,Ψ)=a2
となる。補題の最後の主張はこれまでの議論から明らかである。

開近傍UR2上のパラメータbIRに滑らかに依存する滑らかな計量hbに対して、適当な座標{xb,yb}があり、
hb=f(b,xb,yb)(dxb2+dyb2)
と表される。

 2次元空間における楕円型偏微分方程式の解の存在と滑らかさについての議論により、ラプラス方程式
Δα=0, i(dethbhbijjα)=0, (i,j=1,2),
の解αbは必要ならU,Iを取り直すことによりU上で滑らかな関数として存在する。さらにbに関しても滑らかである。

 Δαb=ddαb=0であるから、ポアンカレの補題よりβbC(U)があり、dαb=dβbとなる。このとき||dαb||2=||dβb||2=||dβb||2であり、明らかにdαbdβbは独立であるから、
hb=Ωb(α,β)(dαb2+dβb2),Ωb(α,β):=1||dαb||2
となる。最後にxb=αb,yb=βbと書けば主張を得る。

定理1の設定において、Mは(従ってNも)Ricci平坦である。

 MがRicci平坦なら証明すべきことはないのであるpMにおいて、Rμν(p)0となっているとする。補題3よりpの適当な近傍Uと適当な座標系{t,Ψ,x1,x2}があり、
g|U=dt2+dΨ2+h(Ψ,x1,x2),h(Ψ,x1,x2)=h11(Ψ,x1,x2)(dx1)2+2h12(Ψ,x1,x2)dx1dx2+h22(Ψ,x1,x2)(dx2)2
となる。

 Ψの各レベル集合上での計量hをパラメータΨを持つ2次元リーマン多様体の計量と見なして補題4を使えば、適当な座標{t,Ψ,x,y}があり、
g|U=dt2+dΨ2+f(Ψ,x,y)2(dx2+dy2), fC(U)
となる。

 Ψは調和であるから
ΔgΨ=1|detg|μ(|detg|gμννΨ)=1f2Ψ(f2)=0
よって
Ψf=0
となる。

 従って
g|U=dt2+dΨ2+f(x,y)2(dx2+dy2),
であるからRic(Ψ,Ψ)=0である。補題3の最後の主張と合わせれば(U,g|U)はRicci平坦であるからRμν(p)0という仮定と矛盾する。よってMはRicci平坦である。

定理1の設定において、Ψ=const.である。

0=Rμν=μΨνΨより明らか。

まとめ

 この記事では4次元の静的時空と実自由スカラー場の成すEinstein系の厳密解の性質を調べました。その結果、スカラー場は定数場で時空はRicci平坦しかありえないことが分かりました。従って4次元の静的時空においては実自由スカラー場は重力源としては意味のない設定であることになります。証明においては4次元という条件がかなり重要な役割を果たしていました。またポテンシャルがない自由場であるということも重要でした。これらのことから高次元化したり、複素スカラー場にしたり、ポテンシャルを入れたりすることが非自明な結果を得るためには必要なことであることが分かります。

投稿日:2022911
更新日:2024318
OptHub AI Competition

この記事を高評価した人

高評価したユーザはいません

この記事に送られたバッジ

バッジはありません。
バッチを贈って投稿者を応援しよう

バッチを贈ると投稿者に現金やAmazonのギフトカードが還元されます。

投稿者

Submersion
Submersion
98
30082
専門は相対論やLorentz幾何です。Einstein系の厳密解の構成や接触幾何の応用などの研究をしています。Ph.D保有者の中ではクソ雑魚の部類です。

コメント

他の人のコメント

コメントはありません。
読み込み中...
読み込み中