この記事の目的はタイトルにあるような小さな定理を示すことです。また一般相対論の数学的研究に興味を持つ初学者がEinstein系の数学的な研究のごく一部の雰囲気を感じることが出来ればと思います。
この記事ではリーマン幾何や一般相対論の基本的な事項は仮定します。例えばEinstein-Hilbert作用の変分によるEinstein方程式の導出などは理解しているとします。
この記事では以下の定理を示します。
$(N,h)$を3次元リーマン多様体とする。$M=\mathbb{R}\times N$とし、$M$上のLorentz計量を$g=-dt^2+h$で定める。ただし、$t$は$\mathbb{R}$の座標である。
時空$M$に対して、作用積分
$$
S=\int_M\left(R-\frac{1}{2}||d\Psi||_g^2\right)dv
$$
で与えられるEinstein-Scalar系を考える。ただし、$R$は$(M,g)$のスカラー曲率、$\Psi$は実スカラー場、$||d\Psi||^2_g=g^{\mu\nu}\partial_\mu\Psi\partial_\nu\Psi$である。
このとき、この系の解は$\Psi={\rm const.}$かつ$(N,h)$はRicci平坦である。
作用を変分してEinstein方程式と自由スカラー場の運動方程式が得られます。
4次元時空$(M,g)$において作用
$$
S=\int_M\left(R-\frac{1}{2}||d\Psi||_g^2\right)dv
$$
を変分して得られるEinstein方程式と自由スカラー場の運動方程式は
$$
\begin{align}
&R_{\mu\nu}=\nabla_\mu\Psi\nabla_\nu\Psi,\\
&\nabla^\mu\nabla_\mu\Psi=0
\end{align}
$$
である。ここで$\nabla$は$g$に関するリーマン接続、$R_{\mu\nu}$はRicciテンソルです。
作用を変分すれば
$$
\begin{align}
&R_{\mu\nu}-\frac{1}{2}Rg_{\mu\nu}=T_{\mu\nu},\\
&T_{\mu\nu}=\nabla_\mu\Psi\nabla_\nu\Psi-\frac{1}{2}||d\Psi||^2_gg_{\mu\nu},\\
&\nabla^\mu\nabla_\mu\Psi=0
\end{align}
$$
が得られる。さらに$dim M=4$であるからEinstein方程式は
$$
R_{\mu\nu}=T_{\mu\nu}-\frac{1}{2}T^\lambda_{\ \lambda}g_{\mu\nu}=\nabla_\mu\Psi\nabla_\nu\Psi
$$
である。
よって上の連立系を満たす$(M,g,\Psi)$は、$\Psi={\rm const.}$かつ$(N,h)$がRicci平坦なものしか存在しないという主張を示すことになります。
Einstein方程式は例えば4次元ですら2階非線形の10連立偏微分方程式ですので、一般的には非常に難しいです。なので時空や物質に関する仮定をおいて、各論的にその系の性質を考察することが多いです。
以降は主定理の証明を小さな命題に分けて進めていきます。$M$がRicci平坦でないと仮定して矛盾を示す方針で証明します。
定理1の設定において、$p\in M$に対して、$R_{\mu\nu}(p)\ne0$であるならば、$p$の適当な近傍$U$と適当な座標系$\{t,\Psi,x^1,x^2\}$があり、
\begin{align}
&g|_U=-dt^2+d\Psi^2+h(\Psi,x^1,x^2),\\
&h(\Psi,x^1,x^2)=h_{11}(\Psi,x^1,x^2)(dx^1)^2+2h_{12}(\Psi,x^1,x^2)dx^1dx^2+h_{22}(\Psi,x^1,x^2)(dx^2)^2
\end{align}
となる。さらに$U$上のベクトル場$X,Y$が$\partial_\Psi$に比例しないならば$Ric(X,Y)=0$である。
Ricciテンソルは対称テンソルであるから、任意の点$p\in M$の近傍$U$において、適当な正規直交フレーム場$\{e_0=\partial_t,e_1,e_2,e_3\}$により対角化できる。$R_{\mu\nu}=\nabla_\mu\Psi\nabla_\nu\Psi$より$\nabla_{e_i}\Psi(p),\ (i=0,1,2,3)$のうちで少なくとも2つが0でないならば、右辺が対角化されないためこれはありえない。$0=R_{00}=(\nabla_0\Psi)^2$より$\nabla_{e_0}\Psi(p)=0$である。さらに$\nabla_{e_1}\Psi(p)=\nabla_{e_2}\Psi(p)=0$であると仮定してよい。もし$\nabla_{e_3}\Psi(p)=0$ならば、$R_{\mu\nu}(p)=0$となるから$\nabla_{e_3}\Psi(p)\ne0$とする。
$\Psi$は滑らかであるから、必要なら$U$を取り直すことで$U$上で$\nabla_{e_3}\Psi\ne0$と仮定してよい。従って、上の対角化の議論と同様に$U$上で$\nabla_{e_0}\Psi=\nabla_{e_1}\Psi=\nabla_{e_2}\Psi=0$である。$U$上で$d\Psi\ne0$であるから陰関数の定理により$U$は$\Psi$のレベル集合でfoliateされ、各leafは$grad\Psi$と直交する。
よって計量$g$は、
$$
g|_U=-dt^2+a^2d\Psi^2+h(\Psi)
$$
と表される。ここで$a\in C^\infty(U)$で$h(\Psi)$は$\Psi$の各レベル集合(2次元部分多様体)上に誘導されるリーマン計量である。さらに適当な関数$x^1,x^2\in C^\infty(U)$をとり、$\{t,\Psi,x^1,x^2\}$が$U$上の局所座標となり、
$$
\begin{align}
g|_U&=-dt^2+a^2d\Psi^2+h(\Psi,x^1,x^2),\\
h(\Psi,x^1,x^2)&=h_{11}(\Psi,x^1,x^2)(dx^1)^2+2h_{12}(\Psi,x^1,x^2)dx^1dx^2+h_{22}(\Psi,x^1,x^2)(dx^2)^2
\end{align}
$$
と表されるようにすることができる。
構成の仕方から明らかに$\partial_\Psi$は$\Psi$の各レベル集合に直交するから、$\partial_\Psi$は$e_3$に比例する。$||\partial_\Psi||^2=||d\Psi||^2=e_3(\Psi)^2$より$ \partial_\Psi=e_3(\Psi)e_3=grad\Psi$である。よって
$$
1=\partial_\Psi\Psi=grad\Psi(\Psi)=||d\Psi||^2=g(\partial_\Psi,\partial_\Psi)=a^2
$$
となる。補題の最後の主張はこれまでの議論から明らかである。
開近傍$U\subset\mathbb{R}^2$上のパラメータ$b\in I\subset\mathbb{R}$に滑らかに依存する滑らかな計量$h_b$に対して、適当な座標$\{x_b,y_b\}$があり、
$$
h_b=f(b,x_b,y_b)(dx_b^2+dy_b^2)
$$
と表される。
2次元空間における楕円型偏微分方程式の解の存在と滑らかさについての議論により、ラプラス方程式
\begin{align}
\Delta\alpha&=0,\\
\Leftrightarrow\ \partial_i(\sqrt{\det h_b}h_b^{ij}\partial_j\alpha)&=0,\ (i,j=1,2),
\end{align}
の解$\alpha_b$は必要なら$U,I$を取り直すことにより$U$上で滑らかな関数として存在する。さらに$b$に関しても滑らかである。
$\Delta\alpha_b=d\ast d\alpha_b=0$であるから、ポアンカレの補題より$\beta_b\in C^\infty(U)$があり、$\ast d\alpha_b=d\beta_b$となる。このとき$||d\alpha_b||^2=||\ast d\beta_b||^2=||d\beta_b||^2$であり、明らかに$d\alpha_b$と$d\beta_b$は独立であるから、
$$
h_b=\Omega_b(\alpha,\beta)(d\alpha_b^2+d\beta_b^2),\\
\Omega_b(\alpha,\beta):=\frac{1}{||d\alpha_b||^2}
$$
となる。最後に$x_b=\alpha_b,y_b=\beta_b$と書けば主張を得る。
定理1の設定において、$M$は(従って$N$も)Ricci平坦である。
$M$がRicci平坦なら証明すべきことはないのである$p\in M$において、$R_{\mu\nu}(p)\ne0$となっているとする。補題3より$p$の適当な近傍$U$と適当な座標系$\{t,\Psi,x^1,x^2\}$があり、
\begin{align}
&g|_U=-dt^2+d\Psi^2+h(\Psi,x^1,x^2),\\
&h(\Psi,x^1,x^2)=h_{11}(\Psi,x^1,x^2)(dx^1)^2+2h_{12}(\Psi,x^1,x^2)dx^1dx^2+h_{22}(\Psi,x^1,x^2)(dx^2)^2
\end{align}
となる。
$\Psi$の各レベル集合上での計量$h$をパラメータ$\Psi$を持つ2次元リーマン多様体の計量と見なして補題4を使えば、適当な座標$\{t,\Psi,x,y\}$があり、
$$
g|_U=-dt^2+d\Psi^2+f(\Psi,x,y)^2(dx^2+dy^2),\ f\in C^\infty(U)
$$
となる。
$\Psi$は調和であるから
$$
\begin{align}
\Delta^g\Psi&=\frac{1}{\sqrt{|\det g|}}\partial_\mu(\sqrt{|\det g|}g^{\mu\nu}\partial_\nu\Psi)\\
&=\frac{1}{f^2}\partial_\Psi(f^2)=0
\end{align}
$$
よって
$$
\partial_\Psi f=0
$$
となる。
従って
$$
g|_U=-dt^2+d\Psi^2+f(x,y)^2(dx^2+dy^2),
$$
であるから$Ric(\partial_\Psi,\partial_\Psi)=0$である。補題3の最後の主張と合わせれば$(U,g|_U)$はRicci平坦であるから$R_{\mu\nu}(p)\ne0$という仮定と矛盾する。よって$M$はRicci平坦である。
定理1の設定において、$\Psi={\rm const.}$である。
$0=R_{\mu\nu}=\nabla_\mu\Psi\nabla_\nu\Psi$より明らか。
この記事では4次元の静的時空と実自由スカラー場の成すEinstein系の厳密解の性質を調べました。その結果、スカラー場は定数場で時空はRicci平坦しかありえないことが分かりました。従って4次元の静的時空においては実自由スカラー場は重力源としては意味のない設定であることになります。証明においては4次元という条件がかなり重要な役割を果たしていました。またポテンシャルがない自由場であるということも重要でした。これらのことから高次元化したり、複素スカラー場にしたり、ポテンシャルを入れたりすることが非自明な結果を得るためには必要なことであることが分かります。