単項イデアル整域(PID)だがユークリッド整域(ED)でない例を見ていきそれに証明を与えます。なお,本記事では次のpdf(のもとになったTeX)に対してTeXインポートを使ってみました。そのpdfでは常体で記述していましたので,ですます調にはなっていません。ご容赦ください。
pided.pdf(GoogleDriveViewerが開きます。)
$\alpha=\bunsuu{1+\sqrt{-19}}{2}$とすると,$\mathbb Z[\alpha]$はEDではないがPIDである。
一応EDやPIDについて思い出しておく。
可換環$R$がユークリッド整域であるとは,次が成り立つこと。
可換環$R$が単項イデアル整域であるとは,次の2つが成り立つこと。
証明は2段階に分かれる。
どんな写像$d\colon\mathbb Z[\alpha]\to\mathbb Z_{\geq0}$をとってきても,それはEDであることを保証しない。
$\mathbb Z[\alpha]$はPIDである。
なお証明のために,ノルム写像を定義しておく。
$k$を平方数でない整数とする。このときノルム写像$N\colon\mathbb Z[\tsqrt k]\to \mathbb Z$を次のように定義する。($a,b\in\mathbb Z$)$$ N(a+b\tsqrt k)=a^2-kb^2 $$この時次の性質があることが分かっている。
まずはEDとはならないことを背理法で示す。即ち,ある写像$d\colon\mathbb Z[\alpha]\to\mathbb Z_{\geq0}$が存在して,それがEDであることを保証すると仮定して矛盾を導く。
そのための準備として,次の補題を示す。
$\mathbb Z[\alpha]$において単元は$\pm1$に限る。
$\mathbb Z[\alpha]$において $2$と$3$は既約元である。
まずは$\mathbb Z[\alpha]$において単元が$\pm1$しかないことを確認しよう。$a\in\mathbb Z[\alpha]$において,$a$が単元であるならば$N(a)=1$でなければならない。今,$a=x+y\alpha$とすると,$$N(a)=\left(x+\bunsuu y2\right)^2+\bunsuu{19}{4}y^2=1$$を満たすような$x,y$は,$(x,y)=\pm(1,0)$しか存在しない。これらが単元であることは容易に分かるから,$\mathbb Z[\alpha]$の単元は$\pm1$のみである。
次に,$2$と$3$が$\mathbb Z[\alpha]$上で既約であることを示す。
$2$について,$$ 2=(s+t\alpha)(u+v\alpha)\qquad (s,t,u,v\in\mathbb Z,\ (s,t)\neq(0,0),\ (u,v)\neq(0,0) ) $$と表せたとする。このとき$s+t\alpha$と$u+v\alpha$のいずれかが単元(即ち$\pm1$)であることを示せばよい。ノルムを考えることで,$$4=\left(\left(s+\bunsuu t2\right)^2+\bunsuu{19}4t^2\right)\left(\left(u+\bunsuu v2\right)^2+\bunsuu{19}4v^2\right)$$を得るが,$|t|\geq1$もしくは$|v|\geq1$ならば右辺は4より大きい値となるから,$t=v=0$となり,$2=su$となるから,$s$か$u$のいずれかが単数である。
$3$についてもほとんど同様に既約であることが確かめられる。$$3=(s+t\alpha)(u+v\alpha)\qquad (s,t,u,v\in\mathbb Z,\ (s,t)\neq(0,0),\ (u,v)\neq(0,0) )$$と表せたとする。この両辺のノルムを考えることで,$$9=\left((s+t)^2+\bunsuu{19}4t^2\right)\left((u+v)^2+\bunsuu{19}4v^2\right)$$を得るが,$|t|\geq1$かつ$|v|\geq1$ならば右辺は9より大きくなるから,$t=0$または$v=0$である。$t=v=0$ならば$3=su$より$s$か$u$のいずれかは単数となる。$t\neq0$ならば,$v=0$であり,$$9=\left(\left(s+\bunsuu t2\right)^2+\bunsuu{19}4t^2\right)\left(\left(u+\bunsuu v2\right)^2+\bunsuu{19}4v^2\right)$$より,$u$の可能性としては$|u|=1$しかありえない。これは$u+v\alpha=\pm1$であり,単数である。$|v|\neq0$としても同様である。
以上より,$2$と$3$が既約元であることが確認できた。$\blacksquare$
EDでないことの証明に戻る。任意の$a\in\mathbb Z[\alpha]\backslash\!\{0,\pm1\}$に対して$d(m)\leq d(a)$が成り立つような$m\in\mathbb Z[\alpha]\backslash\!\{0,\pm1\}$をとる。$2$と$m$に対して,$d$の性質よりある$q,r\in\mathbb Z[\alpha]$が存在して$$2=qm+r\quad\text{かつ,}\quad d(r)< d(m)$$となる$q,r$が存在する。$m$の定め方より,$r$の可能性としては$0,1,-1$の3通りに限られる。
$r=0$と仮定すると,$2=qm$となり,$2$は補題から既約元であり,$m$は単数ではないので$m=\pm2$に限る。
$r=-1$と仮定すると,$3=qm$となり,$3$も既約元だったので$m=\pm3$に限る。
$r=1$と仮定すると,$1=qm$となり$m$を単数としていないことに矛盾する。
よって$m$の可能性は$m=\pm2,\ \pm3$の4通りである。
また,$\alpha$と$m$についても同様のことをしよう。すなわち,$$\alpha=q'm+r'\quad\text{かつ,}\quad d(r')< d(m)$$となるような$q',r'$が存在するが,先と同様に$r'=0,1,-1$のいずれかに限る。このとき,$\alpha, \alpha+1, \alpha-1$のいずれかは$m$で割り切れることになるが,$m=\pm2,\pm3$のいずれを代入しても$\alpha,\ \alpha+1,\ \alpha-1$のどれかを割り切ることはない。これは,$d$をEDであることを保証する写像としたことに矛盾する。
次に,$\mathbb Z[\alpha]$がPIDであることを示そう。$\{0\}$でない任意のイデアル$I$をとり,それが単項イデアルであることを示せばよい。
$I$の元で$0$ではなく,複素数の絶対値が最小であるものを$b$とする。この$b$を用いて$I=(b)$と表されることを示すのが目標である。
そう表せないと仮定して矛盾を導く。すなわち,$(b)\neq I$と仮定する。このとき,ある元$a\in I\backslash(b)$がとれる。この$a$について,$\bunsuu ab=x+iy$としたときに$-\bunsuu{\sqrt{19}}4\leq y\leq-\bunsuu{\sqrt{19}}4$が成り立つと仮定してよい。実際,$a'=a-bq\ (q\in \mathbb Z[\alpha])$としたときに$\bunsuu {a'}b=x'+iy'$を考えると,$\bunsuu {a'}b=\bunsuu ab-q$なので,$q$を適切に選ぶことで$y'$の範囲を$-\bunsuu{\sqrt{19}}4\leq y'\leq\bunsuu{\sqrt{19}}4$とできるからである。
$\bunsuu ab$の虚部$y$の値によって,3つの場合に分ける。
$-\bunsuu{\sqrt3}2< y< \bunsuu{\sqrt3}2$のとき,ある整数$k$が存在して,$|x-k|\leq\bunsuu12$が成り立つことから,この$k$を用いて$|(x-k)+iy|< 1$となる。従って$$\zettaiti{\bunsuu ab-k}< 1$$であり,これより$$0\leq\zettaiti{a-bk}< |b|$$かつ$a-bk\in I$だから,$b$の定め方から$|a-bk|=0$が従う。このとき$a=bk\in (b)$となり,$a\not\in (b)$としていることに矛盾する。
$\bunsuu{\sqrt3}2\leq y\leq \bunsuu{\sqrt{19}}4$のとき,$\bunsuu {2a}b-\alpha$の虚部は$\sqrt3-\bunsuu{\sqrt{19}}{2}$以上$0$以下となる。特に,$\zettaiti{\sqrt3-\bunsuu{\sqrt{19}}{2}}<\bunsuu{\sqrt{3}}2$が成り立つことから,1.と同様にある$k\in\mathbb Z$が存在して$$\zettaiti{\bunsuu{2a}b-k-\alpha}<1\quad \mathrm{i.e.} \quad\zettaiti{2a-bk-b\alpha}<|b|$$となる。また,$a\not\in (b)$ならば,$a'\colon\! = a+bk\not\in (b)$だから,$$|2a'-b\alpha|<|b|$$となり,$b$の定め方より$2a'-b\alpha=0$が成り立つことが必要である。このとき,$$a'\cdot\left(\bunsuu{1-\sqrt{-19}}2\right)-2b\in I$$という複素数の元の絶対値を計算すると$\bunsuu12|b|$となる。これは,$b$の取り方に矛盾する。
$-\bunsuu{\sqrt{19}}4\leq y\leq-\bunsuu{\sqrt3}2$のとき,2と同様に$\bunsuu{2a}b+\alpha$の虚部が0以上$\bunsuu{\sqrt{19}}2-\sqrt3$になることで矛盾が生じる。
1,2,3より,$I\neq(b)$としたことに矛盾する。よって,$I=(b)$であり,$\mathbb Z[\alpha]$はPIDである。
PIDだがEDでない例について見ていきました。個人的には,$\mathbb Z[\alpha]$というのはどことなく$\mathbb Z[\sqrt{-5}]$と雰囲気が似ている($|\alpha|^2=|\sqrt{-5}|^2=5$)のに,EDかどうか変わってしまうのが面白いなあと思っています。ここまで見ていただきありがとうございました。
(執筆現在はβ版です。)粗方元のPDFと同様の出力を得ました。凄い技術だと思いました。大変ありがたいのですが,すこーし気になったこと,修正したことをまとめておきます。
自分はTeXで不等式を入力するときに,空白を全く空けずに$2<3$
などと書いていたため,今回はそれら不等号の間に空白を入れる虚無時間を過ごしました。自動で$2 < 3$と変換してくれると嬉しいなあなんて。。(数式モードの半角スペースは基本的に無視されるので,変換のときに,不等号の左右に半角を1文字ずつ添えてあげることは出来るかも?)
後は,定理や補題の枠に関してですが,これは999%僕が悪い(tcolorboxで定理環境をつくっていたので,theorem環境を認識できていなかった)ので,まあしゃーないなーといった感じです。