この記事ではパープルカテゴリーのMVに出てきた加法的圏における余像と像の関係性について,圏の定義から順に説明します.
パープルカテゴリー / 可不 - niconico
圏(category)
圏は以下のデータからなる:
- 対象の集合 ,
- 任意の対象に対して射の集合 ,
さらに任意の対象に対して射の結合を定める写像
が存在し,以下を満たす:
- のとき,,
- 任意の対象に対し恒等射が存在し,任意の対象と任意の射に対して.
圏は数学における様々な構造を射と対象のみを用いて一般的に記述するためのツールです.非常に抽象度が高くそれ自体に恣意的な意味を見出すことが困難であることから,圏論には
アブストラクト・ナンセンス(abstract nonsence)
という哲学が存在します.
具体圏
- 群を対象とし,群準同型写像を射とするとこれは圏をなす.この圏をと表す.
- 環を対象とし,環準同型写像を射とするとこれは圏をなす.この圏をと表す.
- ある環に対し-加群を対象とし,-線形写像を射とするとこれは圏をなす.この圏をと表す.
- 位相空間を対象とし,連続写像を射とするとこれは圏をなす.この圏をと表す.
具体的な圏はこの他にもたくさん例があげられます.古典的にはこれらはそれぞれ別の分野として研究されてきましたが,圏論を用いることである程度議論を統一することができます.
単射・全射
圏の射が任意の2つの射に対して
が成り立つとき,は単射であるという.
また,2つの射に対して
が成り立つとき,は全射であるという.
また,単射でも全射でもある射を全単射という.
先述の通り圏論は射と対象のみを用いて議論するため,実際に対象の元を取って概念を導入することはせず,あくまで写像の条件のみを用いて議論します.
上記の定義における全射・単射は具体的な圏(群の圏や環の圏)においては集合論的な全射・単射と殆どの場合一致します.
例として群の圏を考えます.を群準同型とすると,単射の定義は
となります.簡単のためこれと等価な条件として
を用いることにします.すると,任意の群と群準同型に対してを仮定すると
となるのでが成り立ちます.よって圏論的にも単射であることが示せました.
同型
に対してあるが存在して,(からへの恒等写像),となるとき,をの逆射という.このような逆射を持つを同型射といい,とは同型であるという.
同値
2つの単射についてが存在して
が成り立つとき,とは同値であるという.同様に,2つの全射についてが存在して
が成り立つとき,とは同値であるという.
直積と直和
に対し次の性質を満たす組をとの直積といい,と表す:
- という射が存在する,
- 任意の射 に対して以下の図式を可換にする射が一意に存在する:
また,これらの射の向きを逆に変えたものをとの直和といい,と表す.
加法的圏
が以下を満たすとき加法的圏という:
任意のに対しがアーベル群になり,に対し
任意のに対し直積,直和が存在する,
零対象が存在し,(零写像)となる.
説明を省いて一気に定義をさらいました.これらは次の命題に用いる概念です.
核,余核,像,余像
加法的圏の射に対し次の性質を満たす組をの核といいと表す:
- は単射,
- ,
- なる任意のに対しが存在し,となる.
同様に,加法的圏の射に対し次の性質を満たす組をの余核といいと表す:
- は全射,
- ,
- なる任意のに対しが存在し,となる.
また,をの像といいと表す.さらにをの余像といいと表す.これらは同値を除いて一意的である.
準同型定理
加法的圏の射に対してとが存在するとき,となる
が一意的に存在する.
射に対して図式
においての定義からであるので余核の定義から
なるが一意的に存在する.さらに
において,余核の定義からとなるが,は全射なので(と見て)となる.したがっての定義から
なるが一意的に存在する.これはちょうどを満たす.
アーベル圏
圏が以下の条件を満たすときアーベル圏であるという:
- は加法的圏である,
- 任意の射に対してが存在する,
- 任意の射に対して上記命題のは同型となる.
アーベル圏は非常によい性質を持った圏であり,代数幾何学ではこの上のコホモロジーを調べることで様々な性質が分かるようです.
例えばはアーベル圏であり,定義におけるの同型はまさしく第一同型定理(準同型定理や同型定理とも呼ばれる)のことです.
はのイデアルである.を標準射影とする.
ここで,を
とすると,これは同値類によらずwell-definedに定まる.実際,とすると
となるが,一方で
となるのでとなりwell-definedである.
の値域はの値域に等しいのでの部分環であるに値域を制限して良い.
は値域をに制限したので明らかに全射である.また,とすると
よりとなるのでである.よってとなりは単射である.
よっては同型写像となる.
このように,具体圏では元を動かして集合論的に証明していたのを,その構造によらず抽象的に考えられるようにしよう!というのが圏論のマインドです.
このように今まで具体的なものを通して考えていたことが圏論を使うと抽象的に示せるんだ!ということに感激してこの曲を作りました.
この面白さが沢山の人に届くと私は嬉しいです.ここまで読んでいただきありがとうございました.
[1]
Hartshorne, Robin, Algebraic Geometry, Graduate Texts in Mathematics, Springer-Verlag New York Inc., 1977, pp. 2-7
[2]
Atiyah, M.F. and Macdonald, I.G., Introdiction to Commutative Algebra, Addison-Wesley Publishing Company, Inc., 1969
[3]
石井志保子, 特異点入門, 現代数学シリーズ, 丸善出版, 2020
[4]
桂利行, 代数幾何入門, 共立講座 21世紀の数学, 共立出版, 1998