リーマン多様体において調和座標というものがしばしば使われます。調和座標の基本事項、特に正則性についてまとめました。証明の最も重要な部分は偏微分方程式論の結果を使っています。
リーマン多様体$(M,g)$において、局所座標$(U,\{x^i\})$が調和座標であるとは、$\Delta x^i=0$が成り立つときを言う。
基本公式の復習です。
$(M,g)$をリーマン多様体とし、$(U,\{x^i\})$を局所座標とする。$f\in C^2(U)$に対して、
$$
\Delta f=\nabla_i\nabla^if=\frac{1}{\sqrt{\det g}}\partial_i(\sqrt{\det g}g^{ij}\partial_jf)
$$
となる。
まず
$$
\begin{align}
\Gamma^k_{ij}g^{ij}&=\frac{1}{2}g^{ij}g^{ka}(\partial_ig_{aj}+\partial_jg_{ai}-\partial_ag_{ij})\\
&=\frac{1}{2}(-g^{ij}g_{aj}\partial_ig^{ka}-g^{ij}g_{ai}\partial_jg^{ka}-g^{ij}\partial_ag_{ij}g^{ak})\\
&=\frac{1}{2}(-2\partial_ag^{ka}-g^{ij}\partial_ag_{ij}g^{ak})=-\partial_ag^{ka}-\frac{1}{2}g^{ij}\partial_ag_{ij}g^{ak}\\
&=-\frac{1}{\sqrt{\det g}}\partial_a(\sqrt{\det g}g^{ak})
\end{align}
$$
である。ただし、$\partial_a\det g=\det gg^{ij}\partial_ag_{ij}$を使った。よって
$$
\Delta f=\nabla_i\nabla^if=g^{ij}\partial_i\partial_jf-g^{ij}\Gamma^k_{ij}\partial_kf=\frac{1}{\sqrt{\det g}}\partial_i(\sqrt{\det g}g^{ij}\partial_jf)
$$
$(M,g)$をリーマン多様体とし、$(U,\{x^i\})$を局所座標とする。
$\{x^i\}$が調和座標となる必要十分条件は$g^{ij}\Gamma^k_{ij}=0$となることである。
次が調和座標の存在と正則性に関する命題です。
$(M,g)$を$n$次元リーマン多様体とし、$(U,\{x^i\})$を局所座標とする。$g$が$U$上で$\{x^i\}$に関して、$C^{k,\alpha}$級$(k\geq1)$であるとする。このとき任意の$p\in U$に対して、$p$の近傍$V(\subset U)$があり、調和座標$(V,\{y^i\})$が存在する。さらに座標関数$y^i$は$\{x^k\}$に関して$C^{k+1,\alpha}$級である。
$U$上の微分演算子
$$
\Delta=g^{ij}\frac{\partial^2}{\partial x^i\partial x^j}+\frac{1}{\sqrt{\det g}}\partial_i(\sqrt{\det g}g^{ij})\frac{\partial}{\partial x^j}
$$
の係数は$C^{k-1,\alpha}$級である。従って楕円型偏微分方程式の結果([1],p228)より、方程式$\Delta u=0$の解が点$p$の近傍$V$において、与えられた初期条件$u(p),\frac{\partial u}{\partial x^i}(p)$に対して存在し、$C^{k+1,\alpha}$級である。
特に$n$個の初期条件$u(p)=0,\frac{\partial u}{\partial x^i}(p)=\delta^i_j,\ (i,j=1,2,\cdots,n)$に対して、解$y^i(x^k)$が存在する。これらが望みの調和座標である。
命題1の状況において、テンソル場$T$が$U$上で$\{x^i\}$に関して$C^{\ell,\beta}, (\ell\geq k,\beta\geq\alpha)$級とする。このとき$T$は$\{y^j\}$に関して少なくとも$C^{k,\alpha}$級である。
テンソルの成分の変換性、例えば、
$$
T'_{ijk}(y)=\frac{\partial x^a}{\partial y^i}\frac{\partial x^b}{\partial y^j}\frac{\partial x^c}{\partial y^k}T_{abc}(x)
$$
などから明らかである。
このことから座標を調和座標に変更してもテンソル場の正則性は計量の正則性と同程度に保たれることが分かります。
最期に調和座標の典型的な応用を示しておきます。それは2次元のリーマン多様体において直交座標系の存在が保証されることです。
$(M,g)$を2次元リーマン多様体とし、$(U,\{x,y\})$を局所座標とする。このとき$U$上で調和座標$\{u,v\}$が存在し、
$$
g=\frac{1}{||{\rm grad}u||^2}(du^2+dv^2)
$$
となる。
調和関数$u$が存在するから$\Delta u=d\ast d u=0$である。$U$は可縮であるからPoincareの補題より$\ast du=dv$となる関数$v$が存在する。$g^\ast(du,du)=g^\ast(dv,dv)=||{\rm grad u}||^2,\ g^\ast(du,dv)=g^\ast(du,\ast du)=0$であるから$u,v$は望みの性質を持つ座標系である。ここで$g^\ast$は双対空間に誘導される計量である。