この記事では,可換環$R$上の“1次元形式群”を定義し,そのモチベーションやいくつかの例を見ていきます。以下の用語を使います。
早速ですが定義します。
$R$上の 1次元形式群($\textrm{one-parameter formal group}$) $\mathcal F$とは,次の4つを満たす形式冪級数$F(X,\,Y)\in R[[X,\,Y]]$のことである。
さらに$F(X,Y)=F(Y,X)$が成り立つとき,その形式群は可換であると言う。
ちなみに$i(T)$の$i$は,$\textrm{inverse}$から来ています。
形式群とはあくまでも冪級数のことを指しており,群ではないことに気を付けたいです。とはいえ,“結合律”や“逆元”が存在することについては,なにか群のようなお気持ちを感じます。
形式群に付随する群というものを考えることができます。$R$が局所環でその唯一の極大イデアルを$\mathcal M$としたときに,$\mathcal M$上の演算として$(X,Y)\mapsto F(X,Y)$を考える群です。$\textrm{well-defined}$性が非自明ですね。
形式群$F$の公理について,実は1.と2.を認めれば自動的に3.と4.が従います。そのため上2つだけを公理としても良かったのですが,結構特異な性質なので定義の中に入れてしまいました。
ちなみに1.と2.を認めれば自動的に3.と4.が成り立つことを示すには,2変数の形式冪級数に対して,形式的陰関数定理が成り立つことを用います。
最も簡単な形式群です。
加法群$\hat{\mathbb G}_a$とは,$F(X,Y)=X+Y$のこと。$i(T)=-T$である。
次に簡単な形式群です。
乗法群$\hat{\mathbb G}_m$とは,$$ F(X,Y)=X+Y+XY $$のこと。$i(T)=\bunsuu{-T}{1+T}=-T(1-T+T^2-T^3+\cdots)$である。
次の例はちょっと非自明ですので,計算して確かめましょう。
$\tan$関数に付随する形式群$F_{\tan}$とは,$$ F(X,Y)=\bunsuu{X+Y}{1-XY}=(X+Y)(1+XY+X^2Y^2+\cdots) $$であり,これは実際に形式群の公理を満たす。
雰囲気$\tan$関数の加法定理に似ていますね。同様に$\sin$関数に付随する形式群を考えることも可能です。
形式群の公理のうち,1.,3.を満たすことは明らか。結合律については,
$$
\begin{align}
F(X,F(Y,Z))&=F(X,{\textstyle\frac{Y+Z}{1-YZ}})=\bunsuu{X+{\textstyle\frac{Y+Z}{1-YZ}}}{1-X{\textstyle\frac{Y+Z}{1-YZ}}}\\
&=\bunsuu{X+Y+Z-XYZ}{1-XY-YZ-XZ},\\
F(F(X,Y),Z)&=F({\textstyle\frac{X+Y}{1-XY}},Z)=\bunsuu{{\textstyle\frac{X+Y}{1-XY}}+Z}{1-{\textstyle\frac{X+Y}{1-XY}}Z}\\
&=\bunsuu{X+Y+Z-XYZ}{1-XY-YZ-XZ}.\\
\therefore\quad F(X,\,F(Y,Z))&=F(F(X,Y),\,Z)
\end{align}
$$より結合律も成り立つ。$i(T)$については,$i(T)=-T$とすれば,$$
F(T,i(T))=\bunsuu{T-T}{1+T^2}=0
$$である。よって形式群の公理を満たす。
ここまで3つの例を挙げてきましたが,いずれも可換な形式群です。例えば$R$が整域ならば,$R$上で定義されるすべての形式群は可換です。特に次が成り立ちます。
$R$を整域とする。$R$上で定義される形式群$\mathcal F$について,ある定数$c\in R$が存在して,$$ F(X,\,Y)=X+Y+cXY $$と書ける。
$F$の,$X$の次数を$d$とする。等式$F(X,\,F(Y,Z))=F(F(X,Y),\,Z)$の$X$の次数を比較することで,$d^2=d$を得る。したがって$d=1$である。$Y$についても同様なので,$F$は$X$に関しても$Y$に関しても1次式である。
では,非可換な形式群は存在するのでしょうか?という疑問が自然に出てきます。この疑問の答えはYes!です。
次の定理が成り立ちます。
$R$を可換環とする。$R$上の1次元形式群$\mathcal F$で非可換なものが存在するための必要十分条件は,ある$\varepsilon\in R/\suuretu0$が存在して,ある正の整数$m,n$が存在して$m\varepsilon=\varepsilon^n=0$を満たすことである。
この定理における$\varepsilon$のことは,$\textbf{torsion nilpotent element}$と呼ぶみたいです。邦訳は知りません。
というわけで,非可換な形式群の例を1つ紹介します。
$p\in\mathbb N$を素数として,$R=\mathbb F_p[\varepsilon]/(\varepsilon^2)$とおく。$R$上の形式群$\mathcal F$を$$ F(X,Y)=X+Y+\varepsilon XY^p $$によって定めれば,$\mathcal F$は非可換形式群である。
非可換であること,公理の1番目を満たすことは明らかである。あとは結合律だけ示せばよい。$p\geq2$より,$\varepsilon^2=\varepsilon^p=0$に注意して,
$$
\begin{align}
F(X,F(Y,Z))&=X+F(Y,Z)+\varepsilon X\big(F(Y,Z)\big)^p\\
&=X+\big(Y+Z+\varepsilon YZ^p\big)+\varepsilon X\big(Y^p+Z^p\big)\\
&=X+Y+Z+\varepsilon(XY^p+XZ^p+YZ^p),\\[3pt]
F(F(X,Y),Z)&=F(X,Y)+Z+\varepsilon F(X,Y)Z^p\\
&=\big(X+Y+\varepsilon XY^p\big)+Z+\varepsilon\big(X+Y+\varepsilon XY^p\big)Z^p\\
&=X+Y+Z+\varepsilon(XY^p+XZ^p+YZ^p).
\end{align}
$$よって$F(X,\,F(Y,Z))=F(F(X,Y),\,Z)$が成り立つ。
歴史的には形式群は,リー代数の考察の中で導入されたものです。
形式群は,大雑把に言うとリー群の積の演算のようにふるまっている冪級数です。リー群から形式群を定義し,その形式群からリー代数を定義することが出来ます。
また,楕円曲線の研究にも使われてきました。“楕円曲線に付随する形式群”を考えることができ,その性質(特に“$m$倍写像”のふるまい)を見ていくことで,Mordell-Weilの定理という,楕円曲線論にとってはかなり強力な定理を示すことが出来ます。
また,形式群自体の研究もそれなりに盛んです。例えば形式群の理論の中に本田理論があります。そこでは,代数体の整数環上で定義された形式群が,ほとんど分類できてしまうという結果を得ることが出来ます。数論との結びつきも深いですね。
今回は,形式群の定義とその例について見ていきました。$R$を整域とか,完備とか,離散付置環とか,さまざまな制約を付けていくと,さらにいろいろなことが分かってきます。いつか読者の皆様と共有できたらいいですね。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
M. Hazewinkel. Formal groups and applications, volume 78 of Pure and Applied Mathematics. Academic Press Inc. [Harcourt Brace Jovanovich Publishers], New York, 1978.
Joseph H. Silverman. The Arithmetic of Elliptic Curves 2nd Edition (Graduate Texts in Mathematics (106)), 2009.