30Oct.2022: タイトルおよび本文中の「ゼロ質量Dirac粒子」を「ワイル粒子」に書き直しました。これらは同じ意味ですが、ワイル粒子のほうが一般的によく使われるので改めました。
(3+1)次元(空間3次元+時間)において、一様な静磁場下でのワイル粒子(質量ゼロ、スピン1/2の荷電粒子)の運動を考察します。
ゲージ場$A_\mu$が外場として存在するとき、その下でのDirac粒子の4成分波動関数$\psi$を記述するDirac方程式は以下です:
\begin{align}
(\mathrel{i{D}\llap{\diagup}}-m)\psi=0 \tag{1}
\end{align}
ここで
$\mathrel{{D}\llap{\diagup}}:=\gamma^\mu D_\mu \ \ (\mu=0\text{-}3), \ \ D_\mu:=\partial_\mu +ieA_\mu,\ \ \partial_\mu:=(\partial/\partial t, \partial/\partial x,\partial/\partial y,\partial/\partial z)$
$\gamma^\mu$は4x4の行列で$\{\gamma^\mu,\gamma^\nu\}=2\eta^{\mu\nu}$を満たす $(\eta_{\mu\nu}=\eta^{\mu\nu}={\rm diag}(1,-1,-1,-1), \ \{A,B\}:=AB-BA$)
$m$は粒子の質量。$e$は電荷。
$\gamma^\mu$はDirac行列と呼ばれます。数学的に言えばClifford algebraの元です。具体的な表示に関してはAppendix 1をご参照ください。また本記事では自然単位系:$c=\hbar=1$を用いています。
以下では量子力学におけるharmonic oscillator(調和振動子)のエネルギー固有値と解を既知として用います。これに関しては、量子力学の教科書(どんな教科書にも載ってると思います)、webpageなら 調和振動子 - EMANの量子力学 および 生成演算子と消滅演算子 - EMANの量子力学 等をご参照ください。
以下Ref.[1]の議論に従います。解の構成に関してはRef.[2][3]も参考にしています。
Eq.(1)において、$\psi$の上2成分を$\psi_R$(Right-Handed, RHと呼ぶ)、下2成分を$\psi_L$(Left-Handed, LHと呼ぶ)とします。$m=0$とし、Dirac方程式を書き直すと
\begin{align} \begin{cases} \displaystyle (i\partial_0-(i{\boldsymbol \sigma}\cdot {\boldsymbol \partial}+e{\boldsymbol \sigma}\cdot {\boldsymbol A}))\psi_L&=0,\\ \displaystyle (i\partial_0+(i{\boldsymbol \sigma}\cdot {\boldsymbol \partial}+e{\boldsymbol \sigma}\cdot {\boldsymbol A}))\psi_R&=0 \tag{2} \end{cases} \end{align}
となります。太字は3次元のベクトルを表します。例えば${\boldsymbol A}:=(A^1,A^2,A^3)$です。$\boldsymbol \sigma$の定義はAppendix 1を見てください。またここではDirac行列の表示としてchiral representationを採用しています(Appendix 1参照のこと)。
ここで${}{\boldsymbol p}:=-i{\boldsymbol \partial}$とします。Eq.(2)の下の式は
\begin{align}
(i\partial_0-({\boldsymbol p}-e{\boldsymbol A})\cdot{\boldsymbol \sigma})\psi_R=0
\end{align}
になります。$\psi_R$を求めるために、以下の方程式
\begin{align}
(i\partial_0-({\boldsymbol p}-e{\boldsymbol A})\cdot{\boldsymbol \sigma})(i\partial_0+({\boldsymbol p}-e{\boldsymbol A})\cdot{\boldsymbol \sigma})\phi=0 \tag{3}
\end{align}
を導入します。この解$\phi$により、$\psi_R$は
\begin{align}
\psi_R=(i\partial_0+({\boldsymbol p}-e{\boldsymbol A})\cdot{\boldsymbol \sigma})\phi \tag{4}
\end{align}
と表せます。
以下Eq.(3)の解$\phi$を求めます。$\phi$にかかるオペレータを変形すると
\begin{align} (i\partial_0-({\boldsymbol p}-e{\boldsymbol A})\cdot{\boldsymbol \sigma})(i\partial_0+({\boldsymbol p}-e{\boldsymbol A})\cdot{\boldsymbol \sigma}) &=-\partial_0^2-({\boldsymbol p}-e{\boldsymbol A})^i({\boldsymbol p}-e{\boldsymbol A})^j\sigma^i\sigma^j\\ &=-\partial_0^2-({\boldsymbol p}-e{\boldsymbol A})^i({\boldsymbol p}-e{\boldsymbol A})^j\left(\frac{1}{2}\{\sigma^i,\sigma^j\}+\frac{1}{2}[\sigma^i,\sigma^j]\right)\\ &=-\partial_0^2-({\boldsymbol p}-e{\boldsymbol A})^2+\frac{1}{2}ie\sigma^i\sigma^jF^{ij} \end{align}
となります。最後の行の変形には$\{\sigma^i,\sigma^j\}=2\delta^{ij}, \ F^{ij}(x):=\frac{-i}{e}[D^i,D^j]=\frac{i}{e}[{\boldsymbol p}^i-{\boldsymbol A}^i,{\boldsymbol p}^j-{\boldsymbol A}^j]$を用いました。
ここで、$z$の正の方向一様な磁場をかけます。ゲージは$A^{0,1,3}=0, \ A^{2}=Hx^1$にとります。このとき$F^{21}=-F^{12}=H$で、あとはゼロです(Appendix 2に電磁場とゲージ場の関係を載せました)。上式にこれを代入して整理すると
\begin{align}
((-i{\boldsymbol \partial})^2+(eHx^1)^2-eH\sigma^3-2Hx^1(-i\partial_2))\phi=(i\partial_0)^2\phi
\end{align}
になります(運動量とエネルギーを微分に直しました)。
ここで
\begin{align}
\phi=\exp(-i\omega t+ip^2x^2+ip^3x^3)\chi(\mu)f(x)
\end{align}
とします。 $\chi(\mu)$は$\sigma^3$の固有状態、$\mu$はその固有値であり、$\sigma^3\chi(\mu=\pm 1)=\pm\chi(\mu=\pm 1)$とします。すなわち$\chi^T(\mu=1)=(1,0), \chi^T(\mu=-1)=(0,1)$です。すると
\begin{align}
\left[-\frac{\partial^2}{\partial x^2}+(eH)^2(x-p^2/eH)^2+(p^3)^2-eH\mu\right]f=\omega^2 f
\end{align}
が成立します。$x^1$を$x$と書き直しました。
この方程式は、以下の変数変換
\begin{align}
\ \xi=\sqrt{eH}(xーp^2/(eH)), \ a=(\omega^2-(p^3)^2)/(eH)
\end{align}
を施すと、
\begin{align}
af =\left(-\frac{d}{d\xi^2}+\xi^2-\mu\right)f
\end{align}
になります。これはharmonic oscillatorの方程式です(量子力学の教科書、および最初に挙げたwebpage等をご参照ください)。固有値は
\begin{align}
\omega(n,\sigma^3,p^3)=\pm\sqrt{2eH(n+1/2)+(p^3)^2-eH\mu} \ \ \ \ (\mu=\pm 1) \tag{5}
\end{align}
で与えられます。このエネルギー準位はいわゆるLandau準位です。$z$軸に直交した平面では粒子はサイクロトロン運動を行い、一方、$z$方向に関しては自由に運動します。そのため$p^3$はエネルギー固有値に自由粒子の分散の形で現れます。$f$は
\begin{align}
f=H_n\left(\sqrt{eH}(x-p^2/eH)\right)\exp\left(-\frac{1}{2}eH(x-p^2/eH)^2\right)
\end{align}
となります。$H_n$はHermite多項式です。よって波動関数$\phi$は以下のように与えられます:
\begin{align}
\ \phi(n,\sigma^3,p^3;x,t)=N(n,\sigma^3)e^{-i\omega(n,\mu,p^3) t+ip^2x^2+ip^3x^3}\exp\left[-\frac{1}{2}eH\left(x-p^2/(eH)\right)^2\right]H_n(\sqrt{eH}\left(x-p^2/(eH)\right))\chi(\mu)
\end{align}
$N(n,\sigma^3)$はnormalization factor。エネルギー固有値は以下:
\begin{align}
\omega(n,\sigma^3,p^3)=\pm\sqrt{2eH(n+1/2)+(p^3)^2-eH\mu} \ \ \ \ (\mu=\pm 1)
\end{align}
この解をEq.(4)に代入すれば$\psi_R(x)$が求まります。
ここで$n=0,\mu=+1$の解:$\psi_R(n=0,\mu=+1,p^3)=(i\partial_0+({\boldsymbol p}-e{\boldsymbol A})\cdot{\boldsymbol \sigma})\phi(n=0,\mu=+1,p^3)$に注目します。このときエネルギー$\omega$は$\omega=\pm p^3$のように$p^3$に関して線形なdispersion(分散関係、エネルギーと運動量の関係)になります。計算すると、波動関数$\psi_R$は
\begin{align}
\psi_R(n=0,\mu=+1,p^3)=
\begin{cases}
\displaystyle 2\alpha p^3 \phi(n=0,\mu=+1,p^3) & \omega=p^3\\
\displaystyle 0 & \omega=-p^3
\end{cases}
\end{align}
$\alpha$はnormalization factor。
となります。
改めて、$\psi_R(x)$の性質として重要なことを以下に記します:
$n=0,\mu=+1$のとき、dispersionが線形であることは重要です。また、$n=0,\mu=+1,\omega=p^3$の解は$\psi_R$がノンゼロで存在しているのも重要です。3.はEq.(4)に$\phi$を入れて計算すれば求まります。
図1の左図は$\psi_R$(RH)に対する$\omega$-$p^3$のdispersionを図示したものです。図は真空状態に対応しています。すなわち$\omega\le 0$の状態がすべて占有されていて、かつ$\omega>0$がすべて空いています。ここでは$3$方向に周期境界条件を課すことで$p^3$が離散的な値をとる場合を図示しています。線形のdispersion:$\omega=p^3$をもつモードが1つ存在していることが特徴的です。
エネルギー準位とz方向の運動量の関係 (dispersion relation)。左図はRHのdispresion、右図はLHのdispersion。どちらも線形のdispersionを持った状態がそれぞれ1つ存在する
一方、$\psi_L$は同様の議論からやはり$\phi$を用いて
\begin{align}
\psi_L=(i\partial_0-({\boldsymbol p}-e{\boldsymbol A})\cdot{\boldsymbol \sigma})\phi \tag{4}
\end{align}
で与えられます。$n=0,\mu=+1$のモードはやはり線形のdispersionをもち、
\begin{align}
\psi_L=
\begin{cases}
\displaystyle 0 & \omega=p^3\\
\displaystyle -2\alpha p^3 \phi(n=0,\mu=+1,p^3) & \omega=-p^3
\end{cases}
\end{align}
$\alpha$はnormalization factor。
となります。$\psi_L$の線形のdispersionをもつモードは$\omega=-p^3$を満たすので、原点を通り左上から右下に貫く直線上に存在します(図1右図参照)。
ちなみに、有限質量$m\neq 0$のときのdispersionは、Eq.(5)における$\omega$の右辺の$(p^3)^2$を$m^2+(p^3)^2$にすればいいです。このとき線形のdispersionのモードはなくなります。
おしまい。${}_\blacksquare$
Dirac行列の具体的な表示にはDirac representation($\gamma^0$が対角的な表示。standard representationとも言われる)とchiral representation($\gamma_5$が対角的な表示。spinor representationとも言われる)がよく使われます。これらの具体的な表示は以下です。
Dirac(standard) representation
\begin{align}
\gamma^0=
\begin{pmatrix}
1 & 0\\
0 & -1
\end{pmatrix}
, \
{\boldsymbol\gamma}=
\begin{pmatrix}
0 & {\boldsymbol \sigma}\\
-{\boldsymbol \sigma} & 0
\end{pmatrix}
, \
\gamma^5=
\begin{pmatrix}
0 & 1\\
1 & 0
\end{pmatrix}
, \
\sigma^{0i}=
i\begin{pmatrix}
0 & \sigma^i\\
\sigma^i & 0
\end{pmatrix}
, \
\sigma^{ij}=
\epsilon_{ijk}
\begin{pmatrix}
\sigma^k & 0\\
0 & \sigma^k
\end{pmatrix}
\end{align}
ここで$01$はそれぞれ2x2のゼロ行列と単位行列。$\sigma$はPauli行列:
\begin{align}
\sigma^1=
\begin{pmatrix}
0&1\\
1&0
\end{pmatrix}
,
\sigma^2=
\begin{pmatrix}
0&-i\\
i&0
\end{pmatrix}
,
\sigma^3=
\begin{pmatrix}
1&0\\
0&-1
\end{pmatrix}
,
\ {\boldsymbol \sigma}=(\sigma^1,\sigma^2,\sigma^3)
\end{align}
である。
Chiral(spinor) representation
\begin{align}
\gamma^0=
\begin{pmatrix}
0 & 1\\
1 & 0
\end{pmatrix}
, \
{\boldsymbol\gamma}=
\begin{pmatrix}
0 & -{\boldsymbol \sigma}\\
{\boldsymbol \sigma} & 0
\end{pmatrix}
, \
\gamma^5=
\begin{pmatrix}
1 & 0\\
0 & -1
\end{pmatrix}
, \
\sigma^{0i}=
i\begin{pmatrix}
\sigma^i & 0\\
0 & -\sigma^i
\end{pmatrix}
, \
\sigma^{ij}=
\epsilon_{ijk}
\begin{pmatrix}
\sigma^k & 0\\
0 & \sigma^k
\end{pmatrix}
\end{align}
本文ではchiral representationを用いています。
ゲージ場$A_\mu$と電磁場$E^i,B^i$との関係は以下です:
\begin{align}
F_{\mu\nu}:=\partial_\mu A_\nu-\partial_\nu A_\mu
\end{align}
として、
\begin{align}
\begin{cases}
\displaystyle E^i=F^{i0},\\
\displaystyle B^i=-\frac{1}{2}\epsilon_{ijk}F^{jk},\\
\displaystyle F^{ij}=-\epsilon_{ijk}B^k
\end{cases}
\end{align}
である。
ただし$\epsilon_{ijk}$は完全反対称テンソル(Levi-Civita symbol)であり、$\epsilon_{123}=1$です。
$E^i,B^i,F^{ij}$と電磁場の$x,y,z$成分:$B_x,B_y,B_z,E_x,E_y,E_z$の関係は以下です:
\begin{align} (E^1,E^2,E^3)&=(E_x,E_y,E_z), \ \ \ (B^1,B^2,B^3)=(B_x,B_y,B_z),\\ (F^{10},F^{20},F^{30})&=(E_x/c,E_y/c,E_z/c), \\ (F^{32},F^{13},F^{21})&=(B_x,B_y,B_z) \end{align}