あまり集合と位相の基本事項を知らないまま関数解析に興味をもってAnalysis Nowの1.1 Ordered Setsで躓くことってよくありますよね?個人的には,一番最初に選択公理とZornの補題と整列可能定理が同値であることの証明を載せているのに出落ち感があるなあと思うのですが・・・
ここの証明がよくわからなくて,誰か有識者に質問をしてみても,大体(対応して頂けるだけでもありがたいですが)別の本による証明で納得させられたり,「ステートメントが使えればよいのでその証明はやらなくてよい」と言われたりしてもやもやします.
この記事では,Analysis Nowのやり方から逃げないで証明してみようと思います.
目標:
Analysis Nowの「選択公理とZornの補題と整列可能定理が同値であることの証明」を初学者向けに翻訳する
定義,記号の整理,定理,証明のオンパレードです.この記事を2つのタブで開き適時スクロールしながら読むのをお勧めします.
気合十分!ですが,間違い等があればやさしく教えて下さい.
まず1.1.1を見ます.二項関係・順序集合(ordered set)・全順序集合(totally ordered set),ついでに直積も既知とします(常識でしょ?).
・
・
・
・順序がfiltering upward
・順序がfiltering downward
filtering downwardな順序の例は,
ここで1.1.4を見越して記号をこしらえます.
(但し
こいつらでいろいろ遊んでみましょう.
命題
次に以下の2つの集合を考えてみることにします.
これは
今後道端とかで,例えば
次に
「『
これはなんというか誤解を招きますね.丁度これを書いているときABEMAでめぞん一刻の第4話を見ていたのですが,管理人さんが五代に恋心を寄せていると誤解?されて困っているシーンがありました.誤解は嫌ですよね.
すぐ思いつく誤解例をいくつか書いておきました.参考になれば.
(2)
・
・
☆整列集合
因みに,この逆は成り立つとは限りません.
例えば
1.1.2に多種多様な順序集合の例があります.ここへの言及は不要と思い割愛.一つ一つ確かめたり自分でオリジナルの例を作ったりすると理解が深まると思います.
というかその前に,色んな順序が英語で出てきてよくわからない,という人もいるかもしれませんので,ここまでで出てきた順序をまとめてみます.
前順序集合 (preordered set)
順序集合の中で2種類登場.
整列集合 (well-ordered set)
1.1.3では選択公理・整列可能定理・Zornの補題のステートメントが紹介されています.
まずは選択公理です.
任意の空でない集合
があって,
あれ,なんだか「よく見る」選択公理と違うではないかと思うわけですが,同じです.
「よく見る」選択公理:「無限個の空でない集合の直積は空でないとする」という気持ちがわかる.
なぜか?上の
そして添え字集合として空集合を除いた
任意の集合
どんな集合でも,任意の空でない部分集合が最小元(the first element)を持つような順序を取れるということです.同語反復ですが,いちいち定義に戻ることはそれほど悪くないように思います.
最後にZornの補題です.それには「帰納的順序集合」というものが登場するのでまずそいつを定義します.
(「
帰納的順序集合の例は うどんさんの動画 を見てください.因みにうどんさんは 極大元とかの動画 も出されているのですが,こちらもとてもわかりやすくおすすめです.
任意の帰納的順序集合は極大元を持つ.
1.1.4には後々の証明で使う補題があります.初学者にとってはこいつが厄介!
以下,
はい来ました.これはいったい何なんでしょうかね.いきなりこういうの書くのマジ勘弁ですよね.一応書きますが上にあるminは最小値の意味ではなく真に小さい下界(proper minorant)全体のことです.
(但し
その下にこんな注意が書いてあります.
☆
何言っているかわかりましたか?わからないですよね.一つ一つ追っていきましょう.
因みに,ネットで検索してよく出てくるchainの定義は「全順序部分集合」.こっちならすぐ理解できるのに・・・.今回のchainも実はただの全順序部分集合になるのか,と考えると沼にはまります.なぜなら,上に枠付きで定めたchainは**Analysis Now特有の"Strong chain"**だからです.でもこれは冷静に考えると明らかです(整列集合という時点で全順序集合より強い条件を仮定しているから).
まずはchainの理解からやってみる.
つまり,
という整列集合のことなのです.
ここで先ほどの注意を考えてみます.実はこれは命題1「
だが,
(
(
を確かめたい.
なんだか正しく追えているみたいですね.この調子で
成立.
これは大丈夫ですね.どういう状況なのか絵でも描いて理解してみるとベターだと思います.
背理法で示す.①の包含がproper(つまり
このとき
成立.
ここでの一番の目的は
もし②の包含がproperなら,
ここで止めてみましょう.なんか示すもの増えましたね.これからもっと増えます.
先に進みましょう.
このとき
気持ちとしては「それはそう」と思えることを背理法で示しています.背理法の中に背理法が入っています.
もう片方はどうか?
Step1で得た結果を言い換えると「
今のところ
【現状】
という状況です.
そろそろ
【今まで使ってこなかったchainの定義条件】
こっちも使います.
(上枠【現状】と合わせて)★より③の包含が等号になる.
ここで改めて
がしかし
この矛盾は②で等号にしなかったことに起因.
ついにクライマックスです.
Step1とまったく同様にして
よって,Step2とまったく同様にして②に【今まで使ってこなかったchainの定義条件】を適用して
この矛盾は①の包含をproperにしたことに起因.
やっと証明が終わりました.ふー疲れた!
因みに,
岩村聯先生の「束論」
の第4章19節「lemmaの別証明」にAnalysis Nowに近いchainを用いたZornの補題の証明が書かれています.僕は今年の春,神保町の古本屋で昭和24年に河出書房から出された「束論」を買ったのですが,なんかAnalysis Nowに似たことが書いてあってうれしかったです.
いやーここまで頑張ってきたわけですが,まだ同値性示せていません.やばいですね.
以下3つの命題は同値:
(i)選択公理
(ii)Zornの補題
(iii)整列可能定理
方針としては(i)
(iii)を仮定.
与えられた
勝手な
よって(i)成立.
楽勝ですね.残りの2つ,やりたくないです(長いから).
ちょっと今日は休みたいのでこの続きは後日にさせてください.
諸定義を定め,chainの補題を示しました.「整列可能定理
次回は「選択公理
Analysis Nowの行間埋めのモチベーションを書くと,それはゼミ選考が近く後輩から相談されるかもと思っているからです.
昨年,私はバイトの先輩方とAnalysis Nowの自主ゼミをしており,この1.1にひどく苦しめられました.良いことを言おうとすればするほど自分の不勉強さがボロボロ露呈する感じがしたのを今でも覚えています.当時ルベーグ積分に興味を持ち(吉田ルベーグの問題を解いたり数学徒のつどいにて2時間講演をしてしまうくらいはまっていました)解析系のゼミに進もうと思っていた矢先,Analysis Nowに出鼻をくじかれました.関数解析って大変なんだなあと面喰ったのですが・・・
あまりにもわからなすぎるので,大学にいる数学ができる人たちに1.1の内容について質問をしたいなあと思ったのですが,そのときゼミ紹介期間だったことを思い出しました.Analysis Nowに強い人にすぐ会えるかもしれないと思い,解析系のTゼミ案内に参加した後にそこの院生のMさんに「選択公理とZornとwell-ordering principle(当時は整列可能定理の言葉もおぼつかないほどの数学力でした)の同値性を示したいのですが助けてください」と言ってみました.
そしたらMさんは「ちょっと準備させて」と待たされてから同値性を示してくださりました.僕はその無茶ぶりでも受け付けてくださる対応と理解を丁寧に確認してくれた姿を見て,MさんのいるTゼミに入って関数解析頑張ってみようと心に決めました.で,いざ自分がTゼミに入ったらMさんは一般企業に就職されてそこにはいませんでした.
あれから1年.今度は僕たちが後輩にゼミ紹介をする番になりました.中には「選択公理とZornとwell-ordering principleの同値性示してください」と言う者もいるかもしれない,少なくとも去年の自分を超えたいと思って,ずっと手を触れていなかった1.1に戻ってみました.するとこれがめちゃくちゃわかるようになっているんですね.自分で驚くくらいでした.自分がちょっとは後輩の手本になる良い先輩になれそうかなとほっこりしました.