今回は、齋藤線型代数入門にある行列式の特徴づけを用いた「積の行列式」と「行列式の積」が等しいことの証明が面白かったので紹介ついでに記事にしてみました。
この記事では齋藤線型代数に倣って、行列やベクトルの成分は複素数とします。が、今回の内容ではあまり関係がないので気にしなくてもかまいません。
行列式の定義と性質
行列式の定義
行列式
次正方行列の行列式(などともかく)は
で定義される。
ここで出てくるは次対称群の元全てについて足し合わせるという意味です。一般的な形を見てもよくわからないと思うので、に具体的な値を入れてどうなるか見てみます。
のとき
- のとき
なので行列式は
となります。 - のとき
なので行列式は
となります。
例で見たように、行列式の定義式はが増えるたびに項の数がとても大きくなり(具体的には個)、計算が困難です。これを解消するために、行列式の性質を考えてみましょう。
行列式の性質
まず、行列を列ベクトルを横に並べたものとして考えます。つまり次列ベクトルを用いて
とおくことで行列を
と表すと、次の性質が成り立ちます。
行列式の性質
交代性
任意のに対し
ただし、左辺のは列目、は列目にある。
重線型性
任意のと任意のに対し
単位行列の行列式
単位行列の行列式はである。
交代性について
まず、行列の列目と列目を入れ替えた行列をとする。この行列式は
となるが、の定義よりが成り立つので
となる。ここで、をと定めると、が成り立ち、がの元全てを動くときもの元全てを動くことが分かる。よって
またなので
となって証明が完了する。
重線型性について
の線型性に注意すると
となって証明が完了する。
について
行列式の定義より、のいずれか1つでもであればそのについての項はになる。ここで、単位行列についてがとならないのはのときのみであるから
となって証明が完了する。
このうち、交代性から次のことが直ちにわかります。
次正方行列を次列ベクトルに分解したとき、その中で一致するものがあれば
さらに交代性から次のことが分かります(齋藤線型代数ではこちらを交代性としています)。
これまた細かい説明は省略
となるをとって列目を1列ずつ左にずらしていく。この作業を(実際にはで終わる)まで繰り返すことで、交代性の等式から結論を得る(置換の符号は一意的であることに注意)。
この性質を使う前に一つ基本ベクトルというものを定義しましょう。
次基本ベクトル
次基本ベクトルを行目がの列ベクトル、つまり
として定義する。
基本ベクトルを用いると、単位行列は
と表すことができます。
これらの性質を使って、例1で得た結果を定義を使わずに求めてみましょう。(のときのみ)
行列式の性質の利用
なので
となります。ただし1行目から2行目の等号は第1列に関する線型性、2行目から3行目の等号は第2列に関する線型性、3行目から4行目の等号は交代性(とその系)、4行目から5行目の等号は単位行列の行列式がであることを用いました。
行列式の特徴づけ
ここから、ようやく本題である行列式の特徴づけに入ります。実は今挙げた3つの性質は、行列式を特徴づけている性質と言うことができます。つまり以下の主張が成り立ちます。
行列式の特徴づけ(齋藤線型代数入門p81定理[2.6] 改)
本の次列ベクトルの組に対してを対応させる写像が以下の3条件を満たすときである。
(R1) 交代性
重線型性
この証明は例2でやったようにからを基本ベクトルで表した後に、3つの性質を駆使して行います。ここで、定理1の系の内容は行列式特有の性質ではなく交代性を満たすもの全てに適用できることに注意しましょう。
各に対しては基本ベクトルを用いて
と表せる。これと重線型性を用いてを展開すると
となる(例2の等式の3行目を参照)。ここで、からのうち少なくとも1つは同じものを選んだ時は、交代性の系からはになり、からがすべて異なるときはあるが存在して、となる。よって、再び交代性とから
ここで、としたいところですがとが反対なのですぐに言うことはできません。つまり、が成り立っていてほしいのですが、これは実際に成り立ちます。このことは正方行列の転置行列を用いて次のように定式化できます。
証明の概要としては、の代わりに(逆置換)を考えてその行き先について注意すればよいです。これを真面目に書くと長くなりすぎるので省略しました
これを使って証明を終わらせます。
これで行列式が特徴づけられることが分かりましたが、この証明をよく見てみると(iii)はあまり本質的でないことが分かります。なぜかというと、定理3の仮定から(iii)を抜いたとしてもその証明から
が分かり、はによらない定数なので高々定数倍の差しか生まれないからです。なのでこれも定理としておきましょう。(実際、齋藤線型代数ではこちらが定理として紹介されています)
行列式の特徴づけ(齋藤線型代数入門p81定理[2.6])
本の次列ベクトルの組に対してを対応させる写像が以下の2条件を満たすときである。
(R1) 交代性
- 重線型性
特徴づけの応用
これを用いることで「積の行列式」=「行列式の積」を示すことができます。
と分解し、写像を
で定めると、このは定理4の条件(i),(ii)を満たす。
証明
(i) 交代性について
行列式の交代性より、任意のについて
となるからよい。
(ii) 重線型性について
行列の分配律と行列式の重線型性より、任意のと任意のについて
となるからよい。
よって、定理4よりとかける。ここでが成り立つので(行列のブロック分割と積の性質)となって証明が完了する。行列式の特徴づけを上手く使うことで、簡単に証明することができました。
おわりに
今回は「積の行列式」=「行列式の積」を行列式の特徴づけを用いて示しました。これは直接計算するとかなり大変です。自分はこのような直接やると大変なものを工夫して簡単に示す話が好きなので、また見つけたら記事にするかもしれません。