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整数 (1) 除法ができない!

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$$\newcommand{C}[0]{\mathbb{C}} \newcommand{N}[0]{\mathbb{N}} \newcommand{Q}[0]{\mathbb{Q}} \newcommand{R}[0]{\mathbb{R}} \newcommand{Z}[0]{\mathbb{Z}} $$

 こんにちは,龍孫江です.「はじめての可換環」第1回の問題はこちらです.

整数 (1) 除法ができない!

整数$n$に対し,以下を証明せよ.
(1) 2つの$n$の倍数の和はまた$n$の倍数である.
(2) $n$の倍数と整数の積はまた$n$の倍数である.

 数学においてまず定義から始めるのは定跡です.定義というのはそれが何なのかを規定することです.定義から語り始めて議論を積み重ね,どこまでも広がる世界が堪能できるのは数学の大いなる魅力のひとつではありますが,しかし「はじめての可換環」と冠して話し始めるのに可換環の定義から,というのはちょっと急き過ぎの気もするのです.というのも,定義というのはしばしば,多くの人が考えて抽出されたエッセンスだからです.何の必要があってそう定義するのか,文面から直ちに読み取れる人はそんなに多くはありません.そこで,まずは可換環の典型例である整数の集合と四則演算に関する議論から説き始め,定義を要する機が熟すのを待ちましょう.

 とある数学者は「神は自然数のみを創り給うた」と言ったそうです.自然数以外の数の体系は人間がその利便性のために作ったものだとも断じていたとかいないとか.彼らの世界における「神」の位置づけとか人々の受け止めについては詳しくわからないのでこれ以上の言及は控えますが,数体系の拡張が自然数から始まるという指摘には首肯せざるをえません.そこで,今回の話も自然数から始めることにしましょう.
 2つの数から新たな数を作り出す規則演算,正確には2項演算といいます.演算は作ろうと思えばきりがありませんが,自然数に定義される代表的な演算としては加法(足し算),減法(引き算),乗法(掛け算),除法(割り算)の4つがあります.これらを総称して四則演算と呼びます.数学はあまり生活とは関係ないと言われますが,四則演算を活用する状況は日常生活の中でもすぐに見つけられるでしょう.
 なお,2つの数に対し,加法,減法,乗法,除法の結果をそれぞれ和,差,積,商と呼び,例えば2数に加法を施すことをしばしば「両者の和をとる」のように表します.

 しかし自然数だけを考えていると,この4つの演算にはしばしば不都合が生じることがわかります.不都合というのは,自然数同士に演算を施したのに結果が自然数にならない場合があることです.

  • 加法 …… 自然数の範囲で結果が出る
  • 減法 …… 自然数にならない組合せがある
  • 乗法 …… 自然数の範囲で結果が出る
  • 除法 …… 自然数にならない組合せがある

 長い時間をかけて人々は $0$ 及び負の数を発見し,整数という新しい体系を創出しました.この発見は2つの効果をもたらしました:

  1. 減法が不自由なくできる

     大きな自然数から小さな自然数を引くときには,結果(差)は自然数の範囲で収まります.小さな自然数から大きな自然数を引くとなると,結果は自然数の範囲には見つかりません.負の数は自然数同士の減法を不自由なくするべく導入されたという動機を思い出すと,これはご利益というか直接の帰結ですね.

  2. 加法と減法は本質的に同じ操作である

     減法という演算の不自由さを解消すべく負の数を導入したあと,課題となるのは負の数を含む演算はどうなるか?です.負の数を足す,負の数を引くとはどういう操作でしょうか.例えば $-3$ は「$1$ から $4$ を引いた差」「$2$ から $5$ を引いた差」「$100$ から $103$ を引いた差」とみなせます.「$a$ から $b$ を引いた差」とは $b$ に足して $a$ になる数のことなので,これらから$$1 = 4 + (-3),~~2 = 5 + (-3),~~100 = 103 + (-3),~~\cdots$$ などの等式を得ます.一方,減法を用いて $$ 1 = 4-3,~~2 = 5-3,~~100 = 103-3,~~\cdots$$ と書き,これを上の等式と見比べると

    $3$ を引く操作は $-3$ を足す操作に他ならない
    と言えます.つまり「自然数 $x$ を引く」という操作は「負の整数 $-x$ を足す」という操作に置き換えることができ,減法は加法の特殊なものと位置づけられます.このようにして,自然数という体系を整数という体系に拡張することで,加法と減法の間にある種の統一を果たせました.

 減法と同様に,自然数同士の除法も,結果が自然数の範囲に収まるとは限りませんでした.減法が成立するよう整数という体系を作ったのに倣って,整数をさらに拡張して四則演算総てがきちんと成立するような数の体系を作ることはできないのでしょうか? これが当面の問題です.
 なお,一応の答えはあります.なんとなく察しがつく方もいらっしゃるでしょうが,今は措きます.後のお楽しみということで.

 さて,これから「はじめての可換環」を始めるにあたって頻出の考え方をひとつお伝えします.それは

ある性質をもつ「もの」を集めて集合をつくる

という考え方です.集合という概念を道具として使うのです.ある性質を充たす個々のものを考えることと,そのようなものの集合を考えることの違いは言葉にすると微妙なのですが,強いて言えば個々のものの特徴に引っ張られず,考えたい性質だけを抽出して考えられるとでも言えるでしょうか.

 この「はじめての可換環」でもいろいろな集合を扱っていくのですが,最初の集合を導入します.それは総ての整数がなす集合です.この集合を $\mathbb{Z}$ と表します.定義によって $\mathbb{Z}$ の要素とは整数のことであり,またどの整数も $\mathbb{Z}$ の要素となります.$\mathbb{Z}$ を規定するのは「整数である」という性質です.

 この考え方を適用してみましょう.除法ができるとは限らないのですから,除法ができる(商が整数になる)整数の組は特別な組です.とはいえ,ただ「除法ができる」だけではまとまりがなさそうなので,割る数を揃えてそのような組を集めてみましょう.つまり,整数$n$をひとつ固定しておいて

$n$で割り切れる整数総ての集合

を考えます.$n$で割り切れる整数を$n$の倍数といいますから,今考えている集合は$n$の倍数の全体です.$n$の倍数の表示については,次の事実を見ましょう.

事実

.整数$x$に対し,$x$$n$の倍数となるのは,ある整数$k$によって$x = nk$と表せるとき,またそのときに限る.

 この事実を踏まえると,$n$ の倍数の全体は $$\{ nk \mid k \in \mathbb{Z} \}$$ と表せます.この集合を $n \mathbb{Z}$ とか $(n)$ と表します.個人的には $n \mathbb{Z}$ の方が誤解を避ける丁寧な表示の印象ですが(何しろ丸括弧は他にもさまざまな形で使われるので),誤解の恐れがなければ $(n)$ と書いて充分でしょう.

 $n$ の倍数の集合 $n \mathbb{Z}$ が導入されたところで,問題を解きましょう.

  1. 2つの$n$の倍数を整数$k, \ell$により$nk, n\ell$と表すとき $$ nk + n\ell = n(k+\ell) $$ で,右辺は$n$の倍数なので左辺もそうである.

  2. $n$の倍数を整数$k$により$nk$と表す.任意の整数$a$に対し $$ a \cdot (nk) = n ak$$$n$ の倍数である.証明終

投稿日:2022121

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龍孫江
龍孫江
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代数学(群論・環論・体論)の問題を解説するYouTubeチャンネル「龍孫江の数学日誌」を運営しております(リンクからどうぞ).YouTubeでは扱いきれないまとまった記事を書いていきたいと思います.どうぞご贔屓に.

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