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大学数学基礎解説
文献あり

∞-groupoid は空間である ~Joyal の拡張定理の応用とその証明~

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 こんにちは、 るめなる です。今回は無限圏論の話を扱います。これは 圏論 Advent Calendar 2022 の 13 日目の記事です。

 Grothendieck は Pursuing Stacks という文書において、 "-groupoid" と "空間" は同じものであるという ホモトピー仮説(homotopy hypothesis)を提唱しました。この仮説は、 "-groupoid" や "空間" という言葉が具体的にどのような対象を指しているのかによって、その意味する内容は変わってきます。
 この記事では、 "-groupoid" として「すべての射が同型である quasi-category」を、"空間" として「Kan 複体」を選び、ホモトピー仮説を証明します。 quasi-category(,1)-category のモデルの 1 つであり、 (,1)-category は(かなり曖昧な表現ですが)通常の圏の "(高次)ホモトピー版" のようなものです。射がすべて同型な圏を groupoid と呼ぶことから、このように "-groupoid" を定義するのは妥当性があるでしょう。また、 Kan 複体 はホモトピー論において基本的な空間である CW 複体と(それらのなすモデル圏が幾何学的実現関手と特異複体関手によって互いに Quillen 同値となるという意味で)等価であることが知られています。quasi-category と Kan 複体はそれぞれ 1 章で定義します。以降、ホモトピー仮説というときには先程に述べた意味での -groupoid と Kan 複体が等価であるということを指すことにします。
 さて、ホモトピー仮説を示す際、本質的な役割を果たすのは Joyal の拡張定理(Joyal extension theorem)と呼ばれる定理です。簡単な議論によって、この定理からホモトピー仮説が導かれることがわかります(2 章)。本記事の主な目的は Joyal の拡張定理の証明を アイデア重視で 解説することです。

1 章 記法、用語

 基本的な用語の定義をします。単体圏 Δ、単体的集合とそれらのなす圏 sSet、標準 n-単体 Δn、boundary Δn、horn Λin の定義はここでは与えません。 Kerodon( 1.1.1 1.1.2 )や壱大整域([3], pdf のリンク )を参照してください。
 最初に記事を通して用いる技術的な用語を定義します。

拡張

 S=Λin もしくは S=Δn とし、f:SXsSet の射とする。このとき、sSet の射 h:ΔnX で図式
SfXΔnh
を可換にするものを、 f拡張 とよぶ。

リフト

 圏 C における次の可換図式(D)を考える:
AXBY
このとき、 C の射 h:BX であって次の図式を可換にするものを、可換図式(D)の リフト という。
AXBhY

 -category(quasi-category)とそれに関わる概念の定義を与えます。この記事では、便宜上、-category に制限せず一般の単体的集合に対して対象や射を定義します。

-category

 単体的集合 X-category であるとは、任意の 0<i<nsSet の射 f:ΛinX に対し f の拡張が存在すること、すなわちある sSet の射 h:ΔnX が存在して、図式

ΛinfXΔnh

が可換であることをいう( Kerodon, 定義1.3.0.1. )。

対象、射

 X を単体的集合とする。

  1. X0-単体すべてのなす集合 X0 の元を X対象 という。
  2. X1-単体すべてのなす集合 X1 の元を X という。
  3. X の射 f に対し、0-単体 a:=d1(f)fドメインb:=d0(f)fコドメイン といい、このとき f:ab とかく。

Kerodon, 1.3.1

同型射

 X を単体的集合とする。X の射 f:ab同型射 であるとは、ある X の射 g:ba が存在して、sSet の射 Δ2(g, f, ida)XΔ2(f, g, idb)X の拡張が存在することをいう。

aidafabidbgbbgaf

Kerodon, 1.3.6

 ホモトピー仮説の主役である -groupoid と Kan 複体を定義しましょう。

-groupoid

 任意の射が同型射である -category X-groupoid という。

Kan 複体

 単体的集合 XKan 複体 であるとは、任意の 0insSet の射 f:ΛinX に対し f の拡張が存在すること、すなわちある sSet の射 h:ΔnX が存在して、図式

ΛinfXΔnh

が可換であることをいう( Kerodon, 定義1.1.9.1. )。

 -category と Kan 複体の違いは、前者は 0<i<n のみに対する horn f:ΛinXinner horn )が拡張を持つのに対し、後者は i=0, n に対する horn( outer horn )も拡張を持つという点です。特に、このことから Kan 複体は -category であることがわかります。

2 章 -groupoid と Kan 複体の等価性

示すべきこと

 目標はホモトピー仮説、つまり -groupoid と Kan 複体が同一のものであると示すことでした。正確にかくと次のようになります:

Homotopy Hypothesis

 -category X に対して、次の 2 条件は同値である。

  1. X-groupoid である。
  2. Xは Kan 複体である。

 (2)⇒(1) の方向は、Kan 複体の拡張の条件を駆使することで比較的かんたんにわかります。

(2)⇒(1)
  1. X を Kan 複体とする。Kan 複体の定義の後に注意したように X-category であるから、任意の X における射 ϕ:ab が同型射であることを示せばよい。
  2. horn Λ02(, ida, ϕ)X を考える。
    aidaϕab
    仮定よりこれは拡張 h:Δ2X をもつ。h を以下のように表す。
    aidaψabψ
  3. ψϕ の逆射であることを示すため、もう 1 つ 2-単体を作る必要がある(同型射の定義を参照)。これには horn Λ03(, s0ϕ, s1ϕ, h)X を考えばよい(絵を描いてみよ)。この horn の拡張の d0 をとって得られた 2-単体が求めるものである。

 したがって問題は (1)⇒(2) の方向を示すことです。X-groupoid とし、少し議論してみます:

  1. 任意の 0insSet の射 f:ΛinX に対し f が拡張をもつことをいえばよいです。
  2. X-category なので 0<i<n に対しては成り立ちます。
  3. よって、任意の n>0 に対し、任意の sSet の射 f:Λ0nX と射 g:ΛnnX が拡張をもてばよいです。
  4. ここで、単体的集合の双対( Kerodon, 1.3.2 )を考えると、 Λ0nΛnn は互いに双対なので、 f の形の射が拡張を持つことがいえれば g についてもいえます。
  5. ゆえに、示すべきことは次のようにまとめられます:
示すべきこと

 X-groupoid とする。このとき、任意の n>0sSet の射 f:Λ0nX に対し、f は拡張 h:ΔnX を持つ。

Joyal の拡張定理

 さて、以上で主定理を証明するには命題 2 がいえればよいことがわかりました。実は、この命題 2 より強い結果が成り立ち、それを Joyal の拡張定理(Joyal extension theorem) といいます。

Joyal の拡張定理

X-category、 n>0 とし、f:Λ0nXsSet の射とする。X の射 ϕ:=f|Δ{0,1} が同型射なら、 f は拡張 h:ΔnX を持つ。

 この定理は、quasi-category の理論を大きく発展させた Joyal の 2002 年の論文 ``Quasi-categories and Kan complexes"([5])において、ホモトピー仮説とともに最初に示されました。

証明のイメージ

 Joyal の拡張定理の証明のアイデアのイメージを説明します。簡単のために n=3 とします。つまり、 sSet の射 f:Λ03Xϕ:=f|Δ{0,1} が同型射であるものを Δ3X に拡張することを考えます。
 射 f を絵に描くと次のようになります:
射 f : Λ³₀ → X 射 f : Λ³₀ → X
1-単体 ϕ は頂点(0-単体)0 から頂点 1 への射 ϕ:01 です。 証明の(恐らく一番の)キーポイントは、この ϕ2-単体 023 から 2-単体 123 への射のようなものとみなすということです
 もう少し正確に述べます(3 章で注意するように完全に正確ではありません): ϕ とそれを 1-単体にもつ 2 つの 2-単体 012, 013 の "組" (ϕ, 012, 013) を、 2-単体 γ:=023 の境界 γ:Δ2(23, 03, 02)X から 2-単体 δ:=123 の境界 δ:Δ2(23, 13, 12)X への "射" とみなす、ということが重要なアイデアです(注意: f は horn Λ03 なので 2-単体 δ は含まれません。説明のためにこのような書き方をしました)。
(φ, <012>, <013>) : ∂γ → ∂δ (φ, <012>, <013>) : ∂γ → ∂δ
 さて、ϕ:01 は同型射なのでした。つまり ϕ の逆射 ψ:10 が存在します。ここで、もし、 ϕ が "射" (ϕ, 021, 013):γδ として "同型射" であったらどうでしょうか?そのとき、"逆射 (ψ, ρ0, ρ1):δγ" が存在するはずです。図にすると次のようになります:
(ψ, ρ₀, ρ₁) : ∂δ → ∂γ (ψ, ρ₀, ρ₁) : ∂δ → ∂γ
 考えていた horn は Λ03X という形なので 2-単体 γ はもとの f に備わっています。よって、上に描いた (ψ, ρ0, ρ1)γ の部分を "埋める" ことができそうです。すると、horn Λ13Xδ の部分が空いたものができます。
 これは inner horn です!X-category なので、これの拡張 k:Δ3X は存在します。こうして δ の中身を埋めることができました。ただ、3-単体 k はもともとの f を拡張した形にはなっていません。
 そこでまたあのアイデアを使います。 δ の中身を埋めている 2-単体を δ とかき、3-単体 k2-単体 δ から 2-単体 γ への "射" k:δγ とみなします。
k : δ' → γ k : δ' → γ
 この "射" k:δγ は上に述べた射 (ψ, ρ0, ρ1):δγ をある意味で "拡張" したようなものと思えそうです。すると、(ψ, ρ0, ρ1) が "同型射" だったので k も "同型射" になりそうです。 実際にそうなることがわかり、このことから k の "逆射" h:γδ の存在がいえます。 k がそうであるように、 h3-単体 h:Δ3X になります。
h : γ → δ' h : γ → δ'
 図から推測されるように、こうして得られた 3-単体 h:Δ3X は求めていた f の拡張になります!

 以上が Joyal の拡張定理のアイデアと証明の流れのイメージになります。以降、これらのアイデアを正当化していきます。

Step1:組 (ϕ, 012, 013)3-単体 k:Δ3X を射 (ϕ, 021, 013):γδk:δγ とみなすには 単体的集合のスライス という道具を使います。スライスの構成には 単体的集合の join という構成を用いるため、はじめにこれを説明します。

Step2: ϕ が同型射であることから射 (ϕ, 021, 013) が同型射であること、そして射 (ψ, ρ0, ρ1) が同型射であることから射 k が同型射であることを導く部分を正当化するためには right fibration という概念とその性質を利用します。ある 1 つの命題の証明は長くなってしまうため省略しています。

これらの準備のうえで、最後に上で述べた証明を厳密なものにしていきます。

3 章 アイデアの正当化

単体的集合の join

 単体的集合の join を定義するために、まず圏の join を定義します。

圏の join([2], 26.1.)

A,B を圏とする。このとき、圏 AB を次のように定義し、ABjoin という。

  • 対象全体の集まりを Ob(AB):=Ob(A)⨿Ob(B) とする。
  • 射全体の集まりを Mor(AB):=Mor(A)⨿(Ob(A)×Ob(B))⨿Mor(B) とする。
  • 対象 x,yAB に対して
    HomAB(x,y)={HomA(x,y)(x,yOb(A))HomB(x,y)(x,yOb(B)){}(xOb(A), yOb(B))(xOb(B), yOb(A))
    とする。

これは実際に圏をなす(省略)。

 単体圏 Δ に対象 [1]:= を追加してできた圏を Δ+ とかきます。このとき、対象 [m],[n]Δ+ に対して、これらは順序集合なので、圏とみなせば [m][n]=[m+n+1] が成り立ちます。
 また、 Δ+ の射 α:[m][n1][n2] に対し、2 つの射 α1:[m1][n1], α2:[m2][n2] が一意に存在して、 α=α1α2 が成り立ちます(もし α([m])[n1] となるなら m2=1 です)。これは組合せ論的な考察で簡単に示すことができます(省略)。
 それでは、単体的集合の join を定義しましょう:

単体的集合の join([2], 26.9.)

X,Y を単体的集合とする。このとき、単体的集合 XY を次のように定義し、 XYjoin という。

  • n0 に対し
    (XY)n:=[n]=[n1][n2][n1], [n2]Δ+Xn1×Yn2
    と定める。
  • Δ の射 α:[m][n] に対し写像 (XY)(α):(XY)n(XY)m を次のように定める:任意の (x,y)Xn1×Yn2(XY)n に対し、 αΔ+ の 2 つの射 α1:[m1][n1], α2:[m2][n2]α=α1α2 と分解する(上の記述を参照)。このとき、
    (XY)(α)((x,y)):=(Xα1(x),Yα2(y))Xm1×Ym2(XY)m
    とする。

 標準 n-単体や horn、boundary など具体的な単体的集合同士の join を扱う際に便利なのが次の補題です。証明は join の定義から簡単にできます([3], 命題 3 を利用します)。

単体的集合の join の生成集合

X,Y を単体的集合とし、それぞれ AXm, BYnm,n0)で生成されているとする。 このとき、単体的集合 XYA×BXm×Yn(XY)m+n+1 により生成される。

 さて、Joyal の拡張定理の証明において重要になるのは次の同型です( Kerodon, 補題4.3.6.14 )。

outer horn の分解

 同型
Λ0n(Λ01Δn2)Λ01Δn2(Δ1Δn2)
がある。すなわち、次の図式は pushout である。
Λ01Δn2Δ1Δn2Λ01Δn2Λ0n

 主張のイメージのために、この同型を n=3 の場合に絵に描くと次のようになります:
n = 3 の場合 n = 3 の場合
Joyal の拡張定理の証明のイメージの節で述べた "射" (ϕ,012,013)Δ1Δ1 の部分に、2-単体 γ=023Λ01Δ1 の部分に対応しています!

(pushout の四角の成立)

  1. まず、定理の四角の図式が可換になるように射 i1:Λ01Δn2Λ0ni2:Δ1Δn2Λ0n を定義する。
  2. 補題 4(と [3], 命題 4)より、
    • i1 の場合は写像 in11:(Λ01Δn2)n1(Λ0n)n1 による ${(\delta_1^1, \mathrm{id}{[n-2]})} \subset (\Horn{1}{0})_0 \times \Delta^{n-2}{n-2} \subset (\Horn{1}{0}\star \Delta^{n-2})_{n-1}$ の元の行き先を定めればよく、
    • i2 の場合は写像 in12:(Δ1Δn2)n1(Λ0n)n1 による ${(\mathrm{id}{[n-2]}, \delta_0^{n-2}),\ldots,(\mathrm{id}{[n-2]}, \delta_{n-2}^{n-2})} \subset \Delta^1_1 \times \partial\Delta^{n-2}{n-1} \subset (\Delta^1 \star \partial\Delta^{n-2}){n-1}$ の各元の行き先を定めればよい。
  3. 上でしたように n=3n=4 で絵を描くとどのように定めればよいか検討がつく。すると、
    in11((δ11,id[n2])):=δ1n1in12((id[n2],δin2)):=δi+2n2(0in2)
    と定めればうまくいくことが予想される。
    1. と同じように Λ01Δn2 はそのある (n2)-単体の集合で生成される。よって、詳細は省略するが、この集合の各元の行き先をみれば、実際に定理の図式が可換となることがわかる。

(pushout であることの証明)
 Λ0n が pushout の普遍性をもつことを示せばよい。すなわち、任意の可換図式
Λ01Δn2Δ1Δn2Λ01Δn2X
に対し、ある射 f:Λ0nX が一意的に存在して、図式(*)
Λ01Δn2Δ1Δn2Λ01Δn2Λ0nfX
が可換になればよい。

  1. Λ01Δn2X の行き先は (n1)-単体の集合 {(δ11,id[n2])}(Λ01Δn2)n1 の元の行き先 xXn1 で決定され、射 Δ1Δn2X(n1)-単体の集合 {(id[n2],δ0n2),,(id[n2],δn2n2)}(Δ1Δn2)n1 の各元の行き先 y0,,yn2Xn1 で決定される。
  2. 証明の前半の 2. と同じようにして、(n1)-単体 x,y0,,yn2 から射 f:Λ0n(,x,y0,,yn2)X を定義すると、図式(*)が可換になることがわかる。また、生成元の行き先で射が一意に定まることから、一意性もいえる。

単体的集合のスライス

 目的の、単体的集合のスライスを定義します。

単体的集合のスライス([2], 27.10.)

 p:SXsSet の射とする。このとき、単体的集合 X/p を次のように定義し、 p 上の Xスライス単体的集合(slice simplicial set)という。

  • n0 に対し、 (X/p)n:=Homp(ΔnS,X):={ σ:ΔnSXσ|S=p } と定める。
    SpXΔnSσ

  • Δ の射 α:[m][n] に対し写像 (X/p)(α):(X/p)n(X/p)m を、射 ΔmSαidSΔnS との合成によって定める。

 スライス単体的集合について、次の重要な事実が成り立ちます( Kerodon, 命題4.3.5.13. )。

単体的集合の join とスライスの対応([4], Proposition1.2.9.2.)

 p:SXsSet の射とする。このとき、任意の単体的集合 KsSet に対して、集合の同型 HomsSet(K,X/p)Homp(KS,X) がある。

アウトライン

 双方向の写像を定義して地道に全単射を示す方法もあります(今後別記事で書くかもしれません)。多くの場合、任意の単体的集合 S に対し関手 S:sSetsSet が余極限を保つことと、任意の単体的集合 KKcolimΔnK Δn とかけること( 任意の前層は表現可能関手の余極限で表せる)を用いて、
HomsSet(K,X/p)colimΔnK HomsSet(Δn,X/p)=colimΔnK Homp(ΔnS,X)Homp(KS,X)
と示します。

 後ほど使う概念をここで定義しておきます。

忘却関手

 p:SXsSet の射とする。このとき sSet の射 q:X/pX を、各 n0 に対して (qX)n:=(X/p)n=Homp(ΔnS,X)σσ|ΔnXn として定義し、 忘却関手 と呼ぶ( Kerodon, 注意4.5.3.2. )。

制限関手([2], 27.14.)

TjSpXsSet の射とする。このとき、 sSet の射 r:X/pX/pj を、各 n0 に対して合成 ΔnTidjΔnSX を考えることで定め、 制限関手 という。

Step1 の正当化

 再び n=3 とし、horn f:Λ03X を考えます。命題 5 の同型を用いてこれを射 f:(Λ01Δ1)⨿(Δ1Δ1)X と同一視します。そして、この射の第 1 成分への制限を f1:Λ01Δ1X、第 2 成分への制限を f2:Δ1Δ1X とおきます。すなわち、次の図式が可換です:
Λ01Δ1Δ1Δ1f2Λ01Δ1f1Λ03fX
また、 σ:=f1|Δ1:Δ1X, σ0:=f2|Δ1:Δ1X とおきます。
Δ1σXΔ1σ0XΛ01Δ1f1Δ1Δ1f2

ここで、命題 6 を用いると、

  • 同型 Homσ(Λ01Δ1,X)HomsSet(Λ01,X/σ) により f1 から sSet の射 g1:Λ01X/σ が、
  • 同型 Homσ0(Δ1Δ1,X)HomsSet(Δ1,X/σ0) により f2 から sSet の射 g2:Δ1X/σ0

一意に定まります。
 命題 5 の直後に述べたことを踏まえると、2 章の説明での "射" (ϕ,012,013) は、X/σ0 という単体的集合における、上のように定まる 本当の 1-単体 g2:Δ1X/σ0 に対応しているとわかります!今回必要にならないので詳しくは説明しませんが、実は X-category のとき X/σ0-category になります。したがって、 g2X/σ0 における射 g2:d1(g2)d0(g2) です。

2 章の説明の不正確な点

 2 章の説明では、 "射" (ϕ,012,013)2-単体の boundary の間の射 (ϕ,012,013):γδ とみなしました。しかし、上で定めた実際の射 g2 は horn Λ02X の間の射となります。つまり、 X/σ0 における 1-単体(対象)は horn Λ02X と対応します。
 このことは合成 Δ0Δ1Δ1Δ1f2X と同型 Δ0Δ1Λ02 を考えることでわかります。

right fibration

 以上で、単体的集合のスライスを用いることにより、1-単体とは限らない単体や horn、boundary などの間の "射" を定式化できることがわかりました。次に Step2 を定式化していきます。
 2 章の議論では ϕ=f|Δ{0,1}:Δ1X が同型射であることから g2:Δ1X/σ0 も同型射であるという予想を認めて議論を進めていました。

1

 ϕ:Δ1X が同型射なら、 g2:Δ1X/σ0 も同型射である。

この予想は、2 セクション前で定義した忘却関手 q:X/σ0Xright fibration になることと、その right fibration の性質を用いることで証明できます。まずは right fibration を定義します。

right fibration

 p:XYsSet の射とする。このとき、 pright fibration であるとは、任意の 0<in と任意の可換図式
ΛinXpΔnY
に対して、この図式がリフト h:ΔnX を持つことをいう。

 そして、今回は証明しませんが、 X-category の場合、任意の忘却関手は right fibration になります!( Kerodon, 命題4.3.6.1.

忘却関手は right fibration

 p:SXsSet の射とし、 X-category とする。このとき、忘却関手 q:X/pX は right fibration である。

 予想(1)を証明するのに使う right fibration の性質は次の命題です( Kerodon, 命題4.4.2.11. )。忘却関手 q:X/σ0X を思い浮かべながら証明を追ってみるといいかもしれません。

right fibration は conservative([4], 命題2.1.1.5.)

 p:XY を right fibration、X-category、ψ:Δ1XX における射、 ϕ:Δ1YY における同型射とする。もし p(ψ)=ϕ なら、すなわち図式
Δ1ϕψXpY
が可換なら、 ψ も同型射である。

  1. ψX において ψ:ab という形の射であるとする。仮定より Y における射 ϕ=p(ψ):p(a)p(b) には逆射 ϕ:p(b)p(a) が存在する。

  2. ということは、ある 2-単体 ω:Δ2X で次のようなものが存在する:
    p(b)idp(b)ϕp(b)p(a)p(ψ)

  3. すると、上の図からわかるように、次の図式が可換である:
    Λ22(ψ,idb,)XpΔ2ωY

  4. p は right fibration であるから、この可換図式のリフト h:Δ2X が存在する。
    Λ22(ψ,idb,)XpΔ2ωhY
    ψ:=h|Δ{0,1} とおけば h は次のような 2-単体だから、 ψψidb がいえた。
    bidbψbaψ

  5. あとは ψψida ならよい。1 から 5 までの議論における ϕϕ に置き換えてもう一度行うことで、ある X における射 ψ:ab と、次のような 2-単体 h:Δ2X が存在するとわかる。
    aidaψabψ

  6. hh から ψψida を与える 2-単体を作る。
    まず horn Λ23(h, s0ψ, , h)X の拡張が存在し、これの d2h:Δ2X とする。
    そして horn Λ13(s0ψ, , h, h)X の拡張の d1 を考えると、これが求める 2-単体であることがわかる。

 上の証明の 6 は -category の ホモトピー圏 Kerodon, 1.3.5 参照)を考えれば簡単にわかる。すなわち: [ψ]=[ψ]([ψ][ψ])=([ψ][ψ])[ψ]=[ψ][ψ][ψ]=ida より [ψ][ψ]=ida となる。

 ここまでくれば予想(1)は簡単に示せます。まず、図式
Δ1g2ϕX/σ0qX
は可換です。これは、この図式が、次の図式に対応し、それが可換であることからわかります。
Δ1Δ1f2XΔ1ϕ
すると、命題 8 より g2:Δ1X/σ0 が同型射であることがわかります!

 上で忘却関手が right fibration であることを述べましたが、制限関手も部分集合への制限の場合には right fibration になります( Kerodon, 系4.3.6.11. )。これもここでは証明しません。

部分単体的集合への制限関手は right fibration

 p:SXsSet の射、 i:S0SS の部分単体的集合とし、X-category とする。このとき、制限関手 r:X/pX/pi は right fibration である。

4 章 Joyal の拡張定理の証明(n=3の場合)

 さて、この章では n=3 の場合に Joyal の拡張定理の証明の流れを追っていきます。2 章の議論と見比べてみてください。3 章「Step1 の正当化」の節の記号を使います。
 "射" (ϕ, 012, 013):γδ を厳密に定式化したものが g2:Δ1X/σ0 であること、 ϕX における同型射であることから g2X/σ0 における同型射であると導かれることは 3 章において述べました。次に進みましょう。
 まず g2 の逆射 h2:Δ1X/σ0 を考えます。これは 2 章の議論における "射" (ψ,ρ0,ρ1):δγ にあたります。2 章ではこの (ψ, ρ0, ρ1) の空き γ2-単体 γ を "埋める" ことで horn Λ13X を構成したのでした。これを行います。次の図式 (A) を考えましょう:
Λ11Δ1Δ1Δ1h2~Λ11Δ1f1X
ここで、h2~:Δ1Δ1X は命題 6 により射 h2 から得られる射であり、また同型 Λ11Λ01 を用いて射 f1:Λ01Δ1Xf1:Λ11Δ1X と同一視しています(以降もこのような同一視を行います)。もし図式 (A) が可換なら、pushout(つまり "貼り合わせ")を考えることにより、射
l:Λ13(Λ11Δ1)Λ11Δ1(Δ1Δ1)(f1,h2~)X
が得られます!(最初の同型は命題 5 と同様にして得られます。)よって図式 (A) が可換であることを示せばよいです。
 h2 の定義より、 (Λ11Δ1Δ1Δ1h2~X)(Λ01Δ1Δ1Δ1f2X) と同じです。よって、f1,f2 の定義、すなわち図式
Λ01Δ1Δ1Δ1f2Λ01Δ1f1X
の可換性より、図式 (A) の可換性がわかります。
 こうして horn l:Λ13X が得られました。これは inner horn なので拡張 k:Δ3X が存在します。2 章の議論ではこの k を "射" k:δγ とみなしていました。これを正当化するために同型 Δ1Δ1Δ3 を使います。すると、例によって命題 6 より射 k~:Δ1X/σ が得られます。
 この X/σ における射 k~ の逆射があれば、それが元の f の拡張であると考えられるのでした。そのため k~ が同型射だと示しましょう。それには、図式(B)
Δ1k~h2X/σrX/σ0
が可換であることを示し、 r が right fibration であること(命題 9)と、命題 8 を使えばよいです。
 図式 (B) の可換性は、join に書き直すと次の図式の可換性に対応します:
Δ1Δ1kXΔ1Δ1h2~
この図式は、 kl の拡張であることと l の定義から可換性が簡単にわかります。よって、結局 k~ が同型射であること、つまり k~ の逆射 h~:Δ1X/σ が存在することがいえました!
 命題 6 よりこの h~ から射 h:Δ3Δ1Δ1X が得られます。最後に、この h が実際に f の拡張であることを示しましょう。 h~k~X/σ における逆射であることと、 kl の拡張であることから次の 2 つの図式が可換であることがわかります。
Λ01g1X/σX/σqΔ1h~Δ1g2h~X/σ0
これらの可換性は join に書き直すと次の図式の可換性に対応します。
Δ1Δ1f2Λ01Δ1f1Δ1Δ1hX
したがって、次の 2 つの図式が可換であることになります。
Λ01Δ1Δ1Δ1f2Λ01Δ1f1Λ03Δ1Δ1hXΛ01Δ1Δ1Δ1f2Λ01Δ1f1Λ03fX
すると、pushout の普遍性より、次の図式が可換であること、すなわち hf の拡張であることがわかります!
Λ03fXΔ3h

5 章 Joyal の拡張定理の証明(一般の場合)

 以上の説明では、イメージの解説や概念・命題の導入と並行して証明を進めていったため議論が少しごちゃごちゃして見えたかもしれません。そこで、最後に、一般の場合での Joyal の拡張定理の証明を簡潔に書き下しておこうと思います。そのために、次の命題を使います( Kerodon, 例4.4.1.10. )。

right fibration は isofibration([4], 命題2.1.1.6)

 p:XY を right fibration、X-category、aX0 とする。また、 ϕ:p(a)dY における射、すなわち ϕY1 を次の図式が可換になるものであるとする:
Λ01aXpΔ1ϕY
このとき、 ϕ が同型射なら、ある X における射 ψ:ab が存在して p(ψ)=ϕ となる。すなわち、上の図式のリフト ψ:Δ1X が存在する(また、命題 8 より ψ も同型射である)。

  1. ϕ の逆射を ϕ:dp(a) とする。

  2. 命題の図式の可換性から、次の図式は可換。
    Λ11aXpΔ1ϕY
    すると、p は right fibration だから、この図式のリフト ψ:Δ1X が存在する。これを ψ:ba と表すことにする。

  3. 1 より、次のような X における 2-単体 ω:Δ2X が存在する。
    p(a)idp(a)ϕp(a)p(b)p(ψ)
    これは次の図式の可換性に言い換えられる。
    Λ22(ψ,ida,)XpΔ2ωY

  4. p は right fibration だから上の図式のリフト h:Δ2X が存在する。
    Λ22(ψ,ida,)XpΔ2ωhY
    このとき、 ψ:=h|Δ{0,1}:ab とおけば ph=ω より p(ψ)=ϕ である。

 それでは、Joyal の拡張定理の証明を述べます。

Joyal の拡張定理
  1. f:Λ0nX を horn、ϕ:=f|Δ{0,1} を同型射とする。

  2. 命題 5 の horn の分解を用いて、次の図式の可換性により射 f1,f2 を定義する。
    Λ01Δn2Δ1Δn2f2Λ01Δn2f1Λ0nfX
    また、次の図式の可換性により射 σ,σ0 を定義する。
    Δn2σXΔn2σ0XΛ01Δn2f1Δ1Δn2f2
    ここで、 σ0=(Δn2Δn2σX) であることに注意する。

  3. join とスライスの対応(命題 6)により射 f2 から射 g2:Δ1X/σ0 が得られる。このとき、図式
    Δ1Δn2f2XΔ1ϕ
    の可換性から、次の図式が可換であることがわかる。
    Δ1g2ϕX/σ0qX
    ここで、 q:X/σ0X は忘却関手である。よって、命題 8 より g2X/σ0 における同型射となる。

  4. 再び join とスライスの対応(命題 6)を使うと射 f1 から射 g1:Λ01Xσ が得られる。このとき、2 の最初の図式の外側をスライスに書き換えれば図式
    Λ01g2X/σrΔ1g1X/σ0
    が可換であることがわかる。ここで、 r:X/σX/σ0 は制限関手である。すると、2 の最後で注意した事実より r は right fibration であるから、3 と命題 10 より上の図式のリフト h~:Δ1X/σ が存在する。
    Λ01g2X/σrΔ1g1h~X/σ0

  5. 上の図式を join に書き換えれば次の図式が可換であることがわかる。
    Δ1Δn2f2Λ01Δn2f1Δ1Δn2hX
    ここで、射 h は join とスライスの対応(命題 6)より射 h~ から得られるものである。

  6. 2 と 5 より次の 2 つの図式が可換である。
    Λ01Δn2Δ1Δn2f2Λ01Δn2f1Λ0nΔ1Δn2hXΛ01Δn2Δ1Δn2f2Λ01Δn2f1Λ0nfX
    したがって、pushout の普遍性より図式
    Λ0nfXΔ1Δn2Δnh
    は可換。すなわち、射 h:ΔnXf の拡張である。

おわりに

 この記事ではホモトピー仮説をテーマにして Joyal の拡張定理について解説してきました。単体的集合の join やスライスを利用することで、そのままでは複雑な図形の扱いを Λ01Δ1 など簡単な図形の操作に帰着でき、また実際に操作を行う際には忘却関手や制限関手が right fibration という性質をもつことが重要なのでした。これらの概念の重要性が伝われば嬉しいです。
 (-category の間の)忘却関手と制限関手が right fibration であることの証明は省略しました。これに関して今後記事を書きたいです。一応証明が載っている文献を挙げておきます:

  • Kerodon [1], 4.3.6 Slices of -Categories
  • [2], 28. Slices of quasicategories
  • [4], 2.1.1 Left Fibrations in Classical Category Theory
  • Denis-Charles Cisinski, "Higher Categories and Higher Algebra", 3.4 Left or right fibrations, joins and slices, pdf のリンク

参考文献

[4]
Jacob Lurie, Higher Topos Theory, Annals of Mathematics Studies, Princeton University Press, 2009
[5]
A. Joyal, Quasi-categories and Kan complexes, Journal of Pure and Applied Algebra, 2002, pp. 207-222
投稿日:20221212
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Re_menal
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  1. 1 章 記法、用語
  2. 2 章 $\infty$-groupoid と Kan 複体の等価性
  3. 3 章 アイデアの正当化
  4. 4 章 Joyal の拡張定理の証明($n=3$の場合)
  5. 5 章 Joyal の拡張定理の証明(一般の場合)
  6. おわりに
  7. 参考文献