「圏論の基礎」IV.4 "圏の同値"において骨格的という概念が導入され、有限集合の例が載っているが、有限次元ベクトル空間の例を考えてみる。
圏、函手、自然変換については既知とする。
函手$S: A \to C$が圏の同値であるとは、逆向きの函手$T: C \to A$について、恒等函手$I_A$及び$I_C$への自然同型$ST \simeq I_C: C \to C$及び$TS \simeq I_A: A \to A$が存在すること
圏の同型では左右の逆函手であること$ST = I_C$, $TS = I_A$を要求するのに対して、同値ではここが自然同型であればいいので条件が緩くなる。
圏$C$とその充満部分圏$A$について、$C$の各対象が$A$の唯一の対象と$C$において同型である時、$A$を$C$の骨格と呼ぶ
これは圏の同値の例になっている
圏はそれ自身の任意の一つの骨格と同値である
圏$C$に対してその充満部分圏$A$が骨格であるとする。包含函手$S: A \to C$が同値であることを見ればいいので、逆向きの函手$T: C \to A$を次の様に構成する
全ての有限集合からなる圏は全ての有限な順序数を対象に持つ充満部分圏を骨格として持つ
有限集合$S$を一つとり、その元の個数を$n$とする。有限集合は常に整列できるので、その順序に応じて各元に番号を振ることで順序数$[n] = \{0, 1, \ldots, n-1\}$と1対1対応を構成でき、これは集合の圏における同型である。
体$K$上のベクトル空間の圏、つまり対象をベクトル空間とし射をその間の線型写像とした圏を$\Vct$と書き、特に有限次元の線型空間のみに限定した充満部分圏を$\FinVct$と書く。また正の整数$n$に対して数ベクトル空間$K^n$が自然に次元$n$の有限次元ベクトル空間とみなせることから、$\FinVct$の充満部分圏として数ベクトル空間の圏を$V_K$と書く。
数ベクトル空間の圏$V_K$は有限次元ベクトル空間の圏$\FinVct$の骨格となる
有限次元ベクトル空間$V$を一つとる。$n = \dim V$とするとき基底を一つ固定する事で、各基底に対する成分を取る数ベクトル空間との線形な全単射$\psi: V \simeq K^n$が構成できる。
上で一般に議論した圏同値の議論をこの例に合わせて読み替えておこう。
各$V \in \FinVct$に対して数ベクトル空間$K^n$を対応させる操作(ただし$n = \dim V$)は函手$T: \FinVct \to V_K$としてかける。射$f: V \to W$は$V$の基底$v_i$を移したベクトル$f(v_i)$の$W$の基底$w_j$における成分$f(v_i) = \sum_j f_{ij} w_j$を表示した行列$Tf = (f_{ij}): K^n \to K^m$としてかける(ただし$n = \dim V, m = \dim W$)。函手$T$を定める事は全ての有限次元ベクトル空間に対して基底を一つ選択する事に対応する。
特に$T K^n = K^n$なので、包含函手$S: V_K \to \FinVct$に対して$TS = 1: V_K \to V_K$がなりたち、$T$は$S$の左逆函手になる。また上の証明で使った基底の成分を取ることによる同型射$\psi$は自然同型$ST \simeq 1: \FinVct \to \FinVct$を定める。つまり$\FinVct$における次の図式が可換になる
$$
\begin{CD}
V @>{\psi_V}>> STV = K^n \\
@V{f}VV @VV{STf = Tf}V \\
W @>{\psi_W}>> STW = K^m
\end{CD}
$$
これにより包含函手$S$は圏の同値になる。
有限次元ベクトル空間において数ベクトル空間は特別な存在で、例えば数値計算を行うときに抽象的な線型空間の議論を計算機で扱いやすい数ベクトル空間に常に翻訳できる(実際にはさらに実数を浮動小数点数に変換する)という認識は昔からありましたが、この直観を圏の同値として書き下せるのは面白いなと思いました(´・ω・`)