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大学数学基礎解説
文献あり

素イデアル定理と選択公理

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$$\newcommand{ideal}[1]{\mathfrak{#1}} \newcommand{mkset}[2]{\left\{#1 \mathrel{}\middle|\mathrel{} #2\right\}} \newcommand{spanned}[1]{\left\langle #1 \right\rangle} \newcommand{spec}[0]{\mathrm{Spec}} $$

 この記事は Math Advent Calender 2022 の18日目の記事です.17日目は 赤べこぬーぴーさん ,19日目は 圏論のあか☆ねこ さんです.
 今回の記事はサボりにサボって,去年 学内向けに書いたノート [5]からの抜粋です.すいません.こちらのノートも読んでいただけるとありがたいです.

極大イデアルの存在とTychonoffの定理

 この記事を通して,環といえば1を持つ可換環のこととします.Noether性は断らない限り課しません.

イデアル,極大イデアル

$A$を環とする.$A$の空でない部分集合であって,スカラー倍と加法で閉じているものを$A$イデアル(ideal)という.$A$のイデアル$I$であって,$I\subsetneq A$であるものを$A$の真のイデアルという.$A$の真のイデアル全体の集合のなかの極大元を$A$極大イデアル(maximal ideal)という.

 極大イデアルの存在については次の定理が超有名です.

Krullの極大イデアル存在定理

$A\neq 0$を環とする.$A$は少なくとも1つの極大イデアル$\mathfrak{m}$を持つ.

 $A$の真のイデアルなす集合は包含関係によって帰納的順序集合をなし,Zornの補題より極大元を持つ.

 この証明からも分かる通り本質はZornの補題です.Zornの補題が選択公理と同値であることも非常に有名な話で,内田先生のテキスト[6]などに順序数などを使わない平易な証明が載っているので,それはそちらを見てください.
 実は,Krullの極大イデアル存在定理は選択公理と(ZF上)同値です.ZFの詳細については拙稿[5]をみてください.

次はZF上同値である.
(1) 選択公理.
(2) Krullの極大イデアル存在定理.

 alg-dさんのテキスト[1]の第8章では環に可環性も1の存在も課さずに証明しています.また別証明として可換環についてのErné[3]の証明を解説しています.拙稿[5, 定理7.1]ではBanaschewski[2]による証明の概略を掲載しています.
 ところで,alg-dさんのテキスト[1]や HP(壱大整域) を見ればわかるように,選択公理には同値な形が山ほどあります.Tychonoffの定理もその1つです.

次はZF上同値である.
(1) 選択公理.
(2) コンパクト空間の直積はコンパクトである(Tychonoffの定理).

 すなわち,ZF上で;
$$\text{AC}\Longleftrightarrow\text{Tychonoffの定理}\Longleftrightarrow\text{Krullの極大イデアル存在定理}$$
が成り立っているわけです.これらの条件を弱めることを考えてみましょう.そのためにTychonoffの定理と選択公理の同値性を証明してみます.

Tychonoffの定理と選択公理の同値性

 選択公理がTychonoffの定理を導くことは内田,松坂両先生のテキストにも載っていますが,ここではフィルターを用いた証明を与えましょう.

フィルター

$X$を集合とする.$\mathscr{F}\subsetneq \mathfrak{P}(X)$に対して,以下の条件;
(F1) $X\in\mathscr{F}, \emptyset\not\in\mathscr{F}$.
(F2) 任意の$F_1,F_2\in\mathscr{F}$に対して$F_1\cap F_2\in\mathscr{F}$である.
(F3) 任意の$F\in\mathscr{F}, G\in\mathfrak{P}(X)$に対して,$F\subset G$ならば$G\in\mathscr{F}$である.
をすべて満たすとき,$\mathscr{F}$$X$フィルター(filter)という.

$X$上のフィルター$\mathscr{F},\mathscr{G}$に対して,$\mathscr{F}\subset\mathscr{G}$であるとき,$\mathscr{G}$$\mathscr{F}$細分 (refinement)であるという.また,フィルター$\mathscr{F}$が自分自身以外の細分を持たないとき,$\mathscr{F}$超フィルター(ultrafilter)という.

 $X$を位相空間とするとき,点$x\in X$の全近傍系を$\mathcal{N}_x$で表すことにすると,これは$X$のフィルターの例になっています.また有限交叉性を持つ集合族からフィルターを作ることができます.すなわち,$\mathscr{T}\subsetneq\mathfrak{P}(X)$が有限交叉性を持つならば;
$$\spanned{\mathscr{T}} = \mkset{G\in\mathfrak{P}(X)}{\text{ある$F_1,\dots,F_n\in\mathscr{T}$が存在して,$F_1\cap\cdots\cap F_n\subset G$となる.}}$$
はフィルターをなします.これを$\mathscr{F}$が生成するフィルターということにします.

$\mathscr{F}$を集合$X$上の超フィルターとする.任意の$Y\subset X$に対して,$Y\in\mathscr{F}$または$X\setminus Y\in\mathscr{F}$のいずれかが成り立つ.

 $Y\not\in\mathscr{F}$と仮定する.もし任意の$Z\in\mathscr{F}$に対して$Y\cap Z\neq\emptyset$ならば$\mathscr{F}\subsetneq\spanned{\{Y\}\cup\mathscr{F}}$となるので,$\mathscr{F}$の極大性に矛盾する.よってある$Z\in\mathscr{F}$であって$Y\cap Z = \emptyset$すなわち$Z\subset X\setminus Y$となるものが存在する.よって(F3)から$X\setminus Y\in\mathscr{F}$である.

フィルターの収束

$X$を位相空間とする.$X$のフィルター$\mathscr{F}$$x\in X$に対して,$\mathscr{F}$$\mathcal{N}_x$の細分になるとき,$\mathscr{F}$$x$収束(converge)するという.

$X$を位相空間とし,$x\in X, \mathscr{F}$$X$上の超フィルターとする.$\mathscr{F}$$x$に収束することと,任意の$Y\in\mathscr{F}$に対して$x\in\overline{Y}$であることは同値である($\overline{Y}$$Y$の閉包を表す).

($\Longrightarrow$)
 任意の$Y\in\mathscr{F}$をとる.任意の$x$の開近傍$U$に対して,$\mathscr{F}$$x$の収束するので$U\in\mathscr{F}$となる.よって$Y\cap U\neq\emptyset$であるので$x\in\overline{Y}$である.
($\Longleftarrow$)
 任意の$N\in\mathcal{N}_x$に対して,ある開集合$U$が存在して$x\in U\subset N$である.ここで$x\not\in X\setminus U$なので$X\setminus U\not\in\mathscr{F}$である.よって補題4から$U\in\mathscr{F}$となり,$N\in\mathscr{F}$である.

 選択公理からTychonoffの定理を導く際に1つの鍵となるのが次の命題です.

位相空間$X\neq\emptyset$がコンパクトならば任意の超フィルターはある点に収束する.

 $\mathscr{F}$を超フィルターとすると,$\mkset{\overline{Y}}{Y\in\mathscr{F}}$は有限交叉性を持つ閉集合族なので$\bigcap_{Y\in\mathscr{F}}\overline{Y}\neq\emptyset$である.よって$x\in\bigcap\overline{Y}$がとれ,命題5により$\mathscr{F}$$x$に収束する.

 選択公理を仮定すると,有限交叉性を持つ集合族$\mathscr{F}$について,それが生成するフィルターを考えることで,Zornの補題によりそれを含む超フィルターが存在することがわかります.これにより選択公理下で命題6の逆を示せます.

$X$を位相空間とする.選択公理を仮定する.任意の$X$の超フィルターがある点に収束するならば,$X$はコンパクトである.

 対偶を示す.$X$がコンパクトでないとすると,有限交叉性を持つ閉集合族$\mathscr{A}$であって$\bigcap_{A\in\mathscr{A}}A =\emptyset$となるものがある.すると$\spanned{\mathscr{A}}$を含む超フィルター$\mathscr{F}$をとると;
$$\bigcap_{Y\in\mathscr{F}}\overline{Y}\subset \bigcap_{A\in\mathscr{A}}A =\emptyset$$
となり$\mathscr{F}$はどの点にも収束しない.

ACとTychonoffの定理の同値性

次はZF上同値である.
(1) 選択公理.
(2) コンパクト空間の直積はコンパクトである.

(i) $\Longrightarrow$ (ii)
Step 0.
 $\{X_\lambda\}_{\lambda\in\Lambda}$をコンパクト空間の族とする.ある$\lambda$について$X_\lambda = \emptyset$ならば直積は空なので,示すべきことはない.よって任意の$\lambda$について$X_\lambda\neq\emptyset$としてよい.
Step 1.
 $\mathscr{F}$$X=\prod_{\lambda\in\Lambda} X_\lambda$の超フィルターとする.このとき自然な射影$\pi_\lambda$について;
$$\mathscr{F}_\lambda = \mkset{Y\in\mathfrak{P}(X_\lambda)}{\pi^{-1}_\lambda(Y)\in\mathscr{F}}$$
$X_\lambda$の超フィルターをなす.
Step 2.
 命題6により,各$\lambda$について$x_\lambda\in X$が存在して$\mathscr{F}_\lambda$$x_\lambda$に収束する.$x = (x_\lambda)_{\lambda\in\Lambda}\in X$とする.すると任意の$N\in\mathcal{N}_x$に対して,直積位相の定義からある$\lambda_1,\dots,\lambda_n\in\Lambda$$x_{\lambda_i}$の開近傍$U_i$がとれて;
$$ \bigcap_{1\leq i\leq n}\pi^{-1}_{\lambda_i}(U_i)\subset N$$
となる.いま$\mathscr{F}_\lambda$$x_\lambda$に収束するから$U_i\in\mathscr{F}_{\lambda_i}$なので$\pi^{-1}(U_i)\in\mathscr{F}$であり,フィルターの定義から$N\in\mathscr{F}$である.よって$\mathscr{F}$$x$に収束する.
Step 3.
 命題7により$X$はコンパクトである.
(ii) $\Longrightarrow$ (i)
 $\emptyset\not\in X$とする.$\infty$$\bigcup_{x\in X}x$に含まれない集合として,各$x\in X$について$y_x = x\cup\{\infty\}$とおく.各$x$について$y_x$$\{\emptyset,y_x,\{\infty\}\}$を開集合とする位相を定める.このとき$y_x$はコンパクトであり,仮定から$\prod_{x\in X}y_x$もコンパクトである.いま$x\subset y_x$は閉集合なので$\pi^{-1}_x(x)$も閉であり,これは空ではない.なぜなら適当な$z\in x$を選べば;
$$ f_x:\mkset{y_{x'}}{x'\in X}\to\bigcup\mkset{y_{x'}}{x'\in X};x\mapsto\begin{cases}z &\text{if $x=x'$.}\\ \infty &\text{else.}\end{cases}$$
が(選択公理によらずに)定まるからである.このとき$\{\pi^{-1}_x(x)\}$が有限交叉性を持つことが容易に確かめられ,$\bigcap_{x\in X}\pi^{-1}_x(x) =\prod_{x\in X} x \neq\emptyset$である.

 この証明の選択公理ポイントを考えてみましょう.(i) $\Longrightarrow$ (ii)において,Step 1では選択公理は使っていません.選択公理と非空集合族の直積が非空であることの同値性はよく知られた事実ですが,Tychonoffの定理においては$X=\prod_{\lambda\in\Lambda} X_\lambda$が空ならば自明にコンパクトであるので,これが空であるか否かは問題となりません.また直積からの自然な射影を考えていますが,これは選択公理がなくても問題ありません.直積の集合論的な構成;
$$ \prod_{\lambda\in \Lambda} X_\lambda=\mkset{f\in\mathrm{Map}(\Lambda,\bigcup_{\lambda\in\Lambda}X_\lambda)}{\forall \lambda\in\Lambda, f(\lambda)\in X_\lambda.}$$
を思い出しましょう.直積が空ならば$\pi_\lambda =\emptyset$とすればよいですし,そうでないならば$\pi_\lambda:f\mapsto f(\lambda)$とすればよいです.
 Step 2では$x=(x_\lambda)_{\lambda\in\Lambda}$を構成する際に選択公理を使っています.またStep 3.でも命題7を使っているので選択公理を用いています.

Hausdorff空間の直積と$\mathrm{Spec}(A)$

 さきの証明でTychonoffの定理から選択公理を導く際に$x\cup\{\infty\}$の直積を考えましたが,これはHausdorffではありません($x$の元は分離できません).よって,次の命題「コンパクトHausdorff空間の直積はコンパクトである」を認めたとき,この命題が選択公理を導くかどうかは上の証明からはわかりません.じつはこの命題は選択公理より真に弱いことが知られています([4, Theorem 7.1]).この命題は弱いTychonoffの定理と見なせるわけですが,Tychonoffの定理と同値であったKrullの極大イデアル存在定理にも対応する弱い形が存在します.

素イデアル

$A$を環とする.$A$の真のイデアル$P$であって,任意の$a,b\in A$に対して$a,b\not\in P$ならば$ab\not\in P$が成り立つものを$A$素イデアル(prime ideal)という.環$A$の素イデアル全体の集合を$\spec(A)$で表し,$A$スペクトラム(spectrum)という.

 命題「任意の$0$でない環は少なくとも1つの素イデアルを持つ($\spec(A)\neq\emptyset$である)」はPIT(Prime Ideal Theorem)と呼ばれ,Krullの極大イデアル存在定理の弱い形です.本稿の目的は,次の定理の証明を紹介することです.

ZF上で次は同値である.
(1) 任意の環$A\neq 0$に対して$\spec(A)\neq\emptyset$である(PIT).
(2) コンパクトHausdorff空間の直積はコンパクトである.

 本節では,(2)が(1)を導くことを証明しましょう.集合$\{0,1\}$に離散位相を入れると,これはHausdorff空間です.集合$X$について$\prod_{x\in X}\{0,1\} = \mathrm{Map}(X,\{0,1\})$に直積位相を定めたものを$\{0,1\}^X$で表すことにします.

$A\neq 0$を環とする.$\{0,1\}^A$がコンパクトならば$\spec(A)\neq\emptyset$である.

 各$S\in\mathfrak{P}(A)$に対して,特性関数;
$$ \chi_S:A\to\{0,1\};a\mapsto\begin{cases}1 &\text{if $a\in S$.}\\ 0 &\text{else.}\end{cases}$$
を定めることで,自然な全単射$\mathfrak{P}(A)\to\{0,1\}^A$がある.このとき$f\in\{0,1\}^A$が真のイデアル$I$に対応することと,次の条件;
(i) $f(0) = 1.$
(ii) $f(1) = 0.$
(iii) 任意の$a_1,a_2,b_1,b_2\in A$に対して,$f(a_1)=0$または$f(a_2)=0$または$f(a_1b_1+a_2b_2)=1$が成り立つ.
をすべて満たすことは同値である.$\mathcal{I}=\mkset{\chi_I}{I:\text{$A$のイデアル}}$とおく.また各$a,b\in A$に対して;
$$ F_{a,b}=\mkset{f\in\mathcal{I}}{\text{$f(a)=1$または$f(b)=1$または$f(ab)=0$である.}}$$
とおく.この定義から$f\in F_{a,b}$に対応する$\mathfrak{P}(A)$の点$f^{-1}(\{1\})$は,$ab\in f^{-1}(\{1\})$ならば$a\in f^{-1}(\{1\})$または$b\in f^{-1}(\{1\})$を満たすような$A$のイデアルである.よって;
$$\bigcap_{a,b\in A}F_{a,b}\neq\emptyset$$
であれば,その元が$A$の素イデアルとなる.これを示すには$\{F_{a,b}\}_{a,b\in A}$が有限交叉性を持つ閉集合族であればよい.まず$F_{a,b}$$\{0,1\}^A$の閉集合をなすことを示そう.${F_{a,b}}^c$$f\in\{0,1\}^A$であって,ある$a_1,a_2,b_1,b_2\in A$が存在して,$f(0)=0$または$f(1)=1$または$f(a_1)=1, f(a_2)=1, f(a_1b_1+a_2b_2)=0$または$f(a)=0, f(b)=0, f(ab)=1$を満たすもの全体の集合である.直積位相の定義から$\mkset{f\in\{0,1\}^A}{f(0)=0}=\{0\}\times\{0,1\}^{A\setminus\{0\}}$は開集合であり,$1,a_1,a_2,a_1b_1+a_2b_2$についても同様なので$F_{a,b}^c$はこれらの有限共通部分の和となり開集合である. 
 次に有限交叉性を持つことを示せば証明が終了する.有限個の$A$の元の組$(a_1,b_1),\dots,(a_n,b_n)$をとる.$S=\{a_1,b_1,\dots,a_n,b_n\}$とおき,部分集合$T\subset S$が生成する$A$のイデアルを$\spanned{T}$と表すことにすると$\mkset{\spanned{T}}{T\subset S, \spanned{T}\neq A}$は空でない($\spanned{\emptyset}=(0)$となる).また有限集合なので,包含関係についての極大元$\spanned{T_0}$がとれる.任意の$1\leq i\leq n$について$\chi_{\spanned{T_0}}\in F_{a_i,b_i}$であることを示す.$F_{a,b}$の定義より$a_i\in \spanned{T_0}$または$b_i\in \spanned{T_0}$ならば$\chi_{\spanned{T_0}}\in F_{a_i, b_i}$である.$a_i,b_i\not\in\spanned{T_0}$とする.このとき$\{a_i\}\cup T_0\subset S$であって,$\spanned{T_0}$の極大性から$\spanned{\{a_i\}\cup T_0}=A$なのである$r\in A$$c\in\spanned{T_0}$が存在して$1=ra_i+c$とかける.よって$ra_ib_i+b_ic=b_i\not\in\spanned{T_0}$だから$a_ib_i\not\in\spanned{T_0}$でなければならず,このときも$\chi_{\spanned{T_0}}\in F_{a_i,b_i}$となる.よって$\chi_{\spanned{T_0}}\in\bigcap F_{a_i,b_i}$となり有限交叉性を持つ.

 だいぶテクい証明でしたが,これによって目的の半分は証明できました.次の節では逆を証明するためにBoole代数と,そこにおけるフィルターを導入しましょう.

Bool代数とフィルター

 まずは束を定義しましょう.

順序集合$(L,\leq)$とその部分集合$S$に対して,$a\in L$$S$の上界の中で最小であるとき$a=\lor S$と書いて$a$$S$結び(join)といい,$S$の下界で最大のものを交わり(meet)という.特に2元集合$\{a,b\}\subset L$に対して$\lor\{a,b\}=a\lor b, \land\{a,b\}=a\land b$と表す.

順序集合$(L,\leq)$について,$L$の任意の有限部分集合が結びと交わりを持つとき$L$束(lattice)という.

 $L$を束とするとき,$S=\emptyset$について考えることで$\lor S$$L$の最小元,$\land S$$L$の最大元となり,これを$0,1$で表します.任意の$a,b\in L$について;
$$ a\land (a\lor b)=a, a\lor (a\land b)=a$$
が成り立ちます.これを吸収律(absorption law)といいます.
 束$L$について,任意の$a,b,c\in L$に対して;
$$a\lor (b\land c)=(a\lor b)\land (a\lor c), a\land(b\lor c)=(a\land b)\lor(a\land c)$$
が成り立つとき$L$分配束(distributive lattice)といいます.
 また$a\in L$に対して,$\lnot a\in L$$a\land (\lnot a)=0, a\lor(\lnot a)=1$を満たすものが存在するとき$\lnot a$$a$補元(complement)といいます.

任意の元が補元を持つような分配束をBoole束(Boolean lattice)という.

 Boole束は$\lor,\land$を演算と思うことで代数構造とみなすことができます.すなわち,Boole束は次に定義するBoole代数の例になります.

Bool代数

集合$B$上に可換で結合的な二項演算$\lor,\land$が定まっており,次の条件;
(B1) 任意の$a,b\in B$に対して$a\lor(a\land b)=a, a\land(a\lor b)=a$が成り立つ(吸収律).
(B2) 任意の$a,b,c\in B$に対して$a\lor (b\land c)=(a\lor b)\land (a\lor c), a\land(b\lor c)=(a\land b)\lor(a\land c)$が成り立つ(分配律).
(B3) ある$0,1\in B$が存在して,任意の$a\in B$に対して$a\lor 0=a, a\land 1=a$が成り立つ.
(B4) 任意の$a\in B$に対してある$\lnot a\in B$が存在して$a\lor(\lnot a)=1, a\land(\lnot a)=0$が成り立つ.
をすべて満たすとき,代数構造$(B,\lor,\land)$Boole代数(Boolean algebra)という.

 $B$をBool代数とすると,簡単な計算から補元は一意的であり,$\lnot(\lnot a)=a$(二重否定除去)が成り立つことがわかります.
 Bool束はBool代数ですが,実は逆も成り立ちます.$B$をBoole代数とすると;
$$a\leq b\Longleftrightarrow a\land b=a$$
と定めることで$(B,\leq)$は順序集合になり,Boole束になります.このように順序集合としての定義と代数構造としての定義を行き来できるわけです.さらに可換環として定義することもできます.

Boole環

$B$を(可換)環とする.任意の$a\in B$に対して$a^2=a$が成り立つとき$B$Boole環(Boolean ring)という.

 $B$をBoole環とすると任意の$a\in B$に対して$a=a^2=(-a)^2=-a$なので,$a+a=0$が成り立ちます.特に$B$の標数は$2$になります.
 Boole環$B$に対して;
$$a\lor b= a+b+ab, a\land b=ab$$
と定めれば$B$はBoole代数をなします.逆に$B$をBoole代数とすると;
$$a+b= (a\land(\lnot b))\lor(b\land(\lnot a)), ab= a\land b$$
とすれば$B$はBoole環をなします.よってBoole環とBoole代数は論理的に等価な概念です.
 以後,これまで見てきたBoole束,代数,環としての構造を特に断りなく行き来することにします.
 Boole代数$B$において,$a$の補元$\lnot a$を考えると$a+\lnot a=1, a(\lnot a)=0$となることが確かめられ,そこで$\lnot a=1-a$であり,任意の$a\in B$に対して$a(1-a)=0$となることがわかります.すると次の命題が証明できます.

$B$をBoole代数とすると,真のイデアル$P$について$P\in\spec B$であることと,任意の$a\in B$に対して$a\in P$または$\lnot a\in P$であることが同値である.

 $P\in\spec B$ならば,任意の$a\in B$に対して$a\in P$または$\lnot a\in P$であることは明らか.逆を示そう.$a\not\in P$とすると,$\lnot a=1-a\in P$であるので,$a+P=1+P$となって$A/P\cong\mathbf{F}_2$がわかり,$P\in\spec B$である.

 いま選択公理を仮定していないので環は素イデアルを持つとは限りませんが,次の系が成り立ちます.

$B$をBoole代数とすると,すべての素イデアルは極大である.

次にBoole環の(非自明な)イデアルがBoole代数,束の部分集合とどう対応していくかを見ていきましょう.Boole代数$B$の部分集合$I$について,次の条件;
(IA1) $0\in I, 1\not\in I$.
(IA2) 任意の$a,b\in I$に対して$a\lor b\in I$である.
(IA3) 任意の$a\in I, b\in B$に対して$a\land b\in I$である.
をすべて満たすことと,次の条件;
(IL1) $\emptyset\subsetneq I\subsetneq B$.
(IL2) 任意の$a,b\in I$に対して,ある$c\in I$が存在して$a\leq c, b\leq c$である.
(IL3) 任意の$a\in I, b\in B$に対して$b\leq a$ならば$b\in I$である.
を満たすことが同値です.またこれはBoole環として$I$がイデアルをなすこととも同値であり,これら同値な条件を満たすものをBoole代数のイデアルといいます.
 次に,Boole代数についてフィルターを導入しましょう.集合$X$に対して$\mathfrak{P}(X)$に包含関係で順序を入れると,$Y,Z\in\mathfrak{P}(X)$に対し$Y\lor Z=Y\cup Z, Y\land Z=Y\cap Z$となり$\lnot Y=X\setminus Y$によって$\mathfrak{P}(X)$はBoole代数になります.集合$X$について定義したフィルターは$\mathfrak{P}(X)$の部分集合であったこと,$\mathfrak{P}(X)$がBoole束になることに着目して,フィルターの概念をBoole代数に一般化しましょう.

$B$をBoole代数とする.部分集合$F\subset B$に対して,次の条件;
(FB1) $\emptyset\subsetneq F\subsetneq B$.
(FB2) 任意の$a,b\in F$に対して,ある$c\in F$が存在して$c\leq a, c\leq b$である.
(FB3) 任意の$a\in F, b\in B$に対して$a\leq b$ならば$b\in F$である.
をすべて満たすとき,$F$$B$のフィルターという.

 同値な書き換えとして;
(FA1) $0\in F, 1\not\in F$.
(FA2) 任意の$a,b\in F$に対して$a\land b\in F$である.
(FA3) 任意の$a\in F, b\in B$に対して$a\lor b\in F$である.
をすべて満たすもの,と言い換えることもできます.
 定義をみればわかるように,Boole代数においてイデアルとフィルターは等価な概念で,次のように移り合います.

$B$をBoole代数とすると,$B$のイデアル全体とフィルター全体の間には;
$$I\mapsto I^\ast=\mkset{a\in B}{\lnot a\in I}$$
で与えられる包含関係を保つ全単射がある.

 $B$のフィルター$F$に対して;
$$F^\ast=\mkset{a\in B}{\lnot a\in F}$$
と定めるとこれは$B$のイデアルをなし,$I^{\ast\ast}=I, F^{\ast\ast}=F$となるので1対1の対応を与える.

 Boole代数の素イデアルは必ず極大なことから,素イデアルに対応するフィルターは超フィルターです.
 また,次の命題により定理8のStep 2. での選択公理の使用をHausdorff空間上では回避できることがわかります.

位相空間$X$について,$X$がHausdorffであることと,任意のフィルター$\mathscr{F}$について$\mathscr{F}$が収束するならば収束先が一意に定まることは同値である.

$(\Longrightarrow$)
 $\mathscr{F}$$X$のフィルターとし,$\mathcal{N}_x,\mathcal{N}_y\subset\mathscr{F}$とする.もし$x\neq y$ならば,開集合$x\in U, y\in V$が存在して$U\cap V=\emptyset$である.このとき$U, V\in\mathscr{F}$なので$\emptyset=U\cap V\in\mathscr{F}$となって矛盾する.よって$x=y$である.
$(\Longleftarrow)$
 対偶を示そう.$X$がHausdorffでないと仮定する.するとある$x\neq y\in X$が存在して,任意の$Y\in\mathcal{N}_x, Z\in\mathcal{N}_y$に対して$Y\cap Z\neq\emptyset$である.このとき$\mathcal{N}_x\cup\mathcal{N}_y$は有限交叉性を持ち,$\spanned{\mathcal{N}_x\cup\mathcal{N}_y}$$x, y$に収束するフィルターである.

 これらの準備によって,本稿の目的であった定理9が証明できます.

ZF上で次は同値である.
(1) 任意の環$A\neq 0$に対して$\spec A\neq\emptyset$である(PIT).
(2) 任意のBoole代数$B\neq 0$に対して$\spec B\neq\emptyset$である(BPIT).
(3) 任意の集合$X$に対して,有限交叉性を持つ集合族$\mathscr{F}\subset\mathfrak{P}(X)$はある超フィルターに含まれる.
(4) コンパクトHausdorff空間の直積はコンパクトである.

(1)$\Longrightarrow$(2)
 明らか.
(2)$\Longrightarrow$(3)
 $\mathscr{F}$を有限交叉性を持つ集合族とすると,$\spanned{\mathscr{F}}$$\mathfrak{P}(X)$のフィルターである.$\mathfrak{P}(X)$のイデアル${\spanned{\mathscr{F}}}^\ast$を考えると,剰余環$\mathfrak{P}(X)/{\spanned{\mathscr{F}}}^\ast$もBoole代数であるので素イデアルを持つ.それを$\mathfrak{P}(X)$の素イデアルに引き戻したものは${\spanned{\mathscr{F}}}^\ast$を含み,対応する超フィルターは$\spanned{\mathscr{F}}$を含む.
(3)$\Longrightarrow$(4)
 $\{X_\lambda\}$をコンパクトHausdorff空間の族とし,$X=\prod X_\lambda$とする.$X=\emptyset$のときは示すことはない.$X\neq\emptyset$とする.$\mathscr{A}$$X$の有限交叉性を持つ閉集合族とする.仮定から$\mathscr{A}$を含む$X$の超フィルター$\mathscr{F}$がある.このとき,定理8の証明と全く同様に;
$$\mathscr{F}_\lambda=\mkset{Y\in\mathfrak{P}(X_\lambda)}{\pi^{-1}_{\lambda}(Y)\in\mathscr{F}}$$
$X_\lambda$の超フィルターをなす.ここで命題6により各$\lambda\in\Lambda$に対して$\mathscr{F}_\lambda$は収束し,命題13により収束先は一意に定まるからそれを$x_\lambda$とすると$x=(x_\lambda)\in X$$\mathcal{N}_{x_\lambda}\subset\mathscr{F}_\lambda$となるようにとれる.すると$\mathscr{F}$$x$に収束する.よって任意の$A\in\mathscr{A}$に対して$x\in A$となり,$\bigcap_{A\in\mathscr{A}}A\neq\emptyset$であるので$X$はコンパクトである.
(4)$\Longrightarrow$(1) 定理10.

この証明の本質は,命題7の証明には有限交叉性を持つ集合を含む超フィルターの存在だけで十分だった,というところにあります.

参考文献

[1]
内田伏一, 集合と位相(増補新装版), 数学シリーズ, 裳華房, 2020
[2]
alg-d, 選択公理 同値な命題とその証明
[3]
T. Jech, The Axiom of Choice, North-Holland, 1973
[4]
M. Erné, A primrose path from Krull to Zorn, Comment. Math. Univ. Carolin., 1995, 123--126.
[5]
安藤遼哉, ZFC+Uのおはなし, 2021 年度 東京理科大学理工学部数学科 大橋研究室卒業論文集(https://ryoya9826.github.io/files/note/ZFC+U.pdf), 2022, 101--158.
[6]
B. Banaschewski, A New Proof that “Krull implies Zorn”, Mathematical Logic Quarterly, 1994, 478--480
投稿日:20221217
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RyoyaANDO
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可換環論専攻のD1です. 松村,Hartshorne, Atiyah-Macdonald,Bruns-Herzogなどの有名所の教科書に書いてない話をまとめています. I am a doctoral student, studying Commutative Algebra. I am summarising a slightly different perspective on this site from the existing famous textbooks (in Japanese).

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