この記事は
Math Advent Calender 2022
の18日目の記事です.17日目は
赤べこぬーぴーさん
,19日目は
圏論のあか☆ねこ
さんです.
今回の記事はサボりにサボって,去年
学内向けに書いたノート
[5]からの抜粋です.すいません.こちらのノートも読んでいただけるとありがたいです.
極大イデアルの存在とTychonoffの定理
この記事を通して,環といえば1を持つ可換環のこととします.Noether性は断らない限り課しません.
イデアル,極大イデアル
を環とする.の空でない部分集合であって,スカラー倍と加法で閉じているものをのイデアル(ideal)という.のイデアルであって,であるものをの真のイデアルという.の真のイデアル全体の集合のなかの極大元をの極大イデアル(maximal ideal)という.
極大イデアルの存在については次の定理が超有名です.
Krullの極大イデアル存在定理
を環とする.は少なくとも1つの極大イデアルを持つ.
の真のイデアルなす集合は包含関係によって帰納的順序集合をなし,Zornの補題より極大元を持つ.
この証明からも分かる通り本質はZornの補題です.Zornの補題が選択公理と同値であることも非常に有名な話で,内田先生のテキスト[6]などに順序数などを使わない平易な証明が載っているので,それはそちらを見てください.
実は,Krullの極大イデアル存在定理は選択公理と(ZF上)同値です.ZFの詳細については拙稿[5]をみてください.
次はZF上同値である.
(1) 選択公理.
(2) Krullの極大イデアル存在定理.
alg-dさんのテキスト[1]の第8章では環に可環性も1の存在も課さずに証明しています.また別証明として可換環についてのErné[3]の証明を解説しています.拙稿[5, 定理7.1]ではBanaschewski[2]による証明の概略を掲載しています.
ところで,alg-dさんのテキスト[1]や
HP(壱大整域)
を見ればわかるように,選択公理には同値な形が山ほどあります.Tychonoffの定理もその1つです.
次はZF上同値である.
(1) 選択公理.
(2) コンパクト空間の直積はコンパクトである(Tychonoffの定理).
すなわち,ZF上で;
が成り立っているわけです.これらの条件を弱めることを考えてみましょう.そのためにTychonoffの定理と選択公理の同値性を証明してみます.
Tychonoffの定理と選択公理の同値性
選択公理がTychonoffの定理を導くことは内田,松坂両先生のテキストにも載っていますが,ここではフィルターを用いた証明を与えましょう.
フィルター
を集合とする.に対して,以下の条件;
(F1) .
(F2) 任意のに対してである.
(F3) 任意のに対して,ならばである.
をすべて満たすとき,をのフィルター(filter)という.
上のフィルターに対して,であるとき,はの細分 (refinement)であるという.また,フィルターが自分自身以外の細分を持たないとき,を超フィルター(ultrafilter)という.
を位相空間とするとき,点の全近傍系をで表すことにすると,これはのフィルターの例になっています.また有限交叉性を持つ集合族からフィルターを作ることができます.すなわち,が有限交叉性を持つならば;
はフィルターをなします.これをが生成するフィルターということにします.
を集合上の超フィルターとする.任意のに対して,またはのいずれかが成り立つ.
と仮定する.もし任意のに対してならばとなるので,の極大性に矛盾する.よってあるであってすなわちとなるものが存在する.よって(F3)からである.
フィルターの収束
を位相空間とする.のフィルターとに対して,がの細分になるとき,はに収束(converge)するという.
を位相空間とし,を上の超フィルターとする.がに収束することと,任意のに対してであることは同値である(はの閉包を表す).
()
任意のをとる.任意のの開近傍に対して,がの収束するのでとなる.よってであるのでである.
()
任意のに対して,ある開集合が存在してである.ここでなのでである.よって補題4からとなり,である.
選択公理からTychonoffの定理を導く際に1つの鍵となるのが次の命題です.
位相空間がコンパクトならば任意の超フィルターはある点に収束する.
を超フィルターとすると,は有限交叉性を持つ閉集合族なのでである.よってがとれ,命題5によりはに収束する.
選択公理を仮定すると,有限交叉性を持つ集合族について,それが生成するフィルターを考えることで,Zornの補題によりそれを含む超フィルターが存在することがわかります.これにより選択公理下で命題6の逆を示せます.
を位相空間とする.選択公理を仮定する.任意のの超フィルターがある点に収束するならば,はコンパクトである.
対偶を示す.がコンパクトでないとすると,有限交叉性を持つ閉集合族であってとなるものがある.するとを含む超フィルターをとると;
となりはどの点にも収束しない.
ACとTychonoffの定理の同値性
次はZF上同値である.
(1) 選択公理.
(2) コンパクト空間の直積はコンパクトである.
(i) (ii)
Step 0.
をコンパクト空間の族とする.あるについてならば直積は空なので,示すべきことはない.よって任意のについてとしてよい.
Step 1.
をの超フィルターとする.このとき自然な射影について;
はの超フィルターをなす.
Step 2.
命題6により,各についてが存在してはに収束する.とする.すると任意のに対して,直積位相の定義からあるとの開近傍がとれて;
となる.いまはに収束するからなのでであり,フィルターの定義からである.よってはに収束する.
Step 3.
命題7によりはコンパクトである.
(ii) (i)
とする.をに含まれない集合として,各についてとおく.各についてにを開集合とする位相を定める.このときはコンパクトであり,仮定からもコンパクトである.いまは閉集合なのでも閉であり,これは空ではない.なぜなら適当なを選べば;
が(選択公理によらずに)定まるからである.このときが有限交叉性を持つことが容易に確かめられ,である.
この証明の選択公理ポイントを考えてみましょう.(i) (ii)において,Step 1では選択公理は使っていません.選択公理と非空集合族の直積が非空であることの同値性はよく知られた事実ですが,Tychonoffの定理においてはが空ならば自明にコンパクトであるので,これが空であるか否かは問題となりません.また直積からの自然な射影を考えていますが,これは選択公理がなくても問題ありません.直積の集合論的な構成;
を思い出しましょう.直積が空ならばとすればよいですし,そうでないならばとすればよいです.
Step 2ではを構成する際に選択公理を使っています.またStep 3.でも命題7を使っているので選択公理を用いています.
Hausdorff空間の直積と
さきの証明でTychonoffの定理から選択公理を導く際にの直積を考えましたが,これはHausdorffではありません(の元は分離できません).よって,次の命題「コンパクトHausdorff空間の直積はコンパクトである」を認めたとき,この命題が選択公理を導くかどうかは上の証明からはわかりません.じつはこの命題は選択公理より真に弱いことが知られています([4, Theorem 7.1]).この命題は弱いTychonoffの定理と見なせるわけですが,Tychonoffの定理と同値であったKrullの極大イデアル存在定理にも対応する弱い形が存在します.
素イデアル
を環とする.の真のイデアルであって,任意のに対してならばが成り立つものをの素イデアル(prime ideal)という.環の素イデアル全体の集合をで表し,のスペクトラム(spectrum)という.
命題「任意のでない環は少なくとも1つの素イデアルを持つ(である)」はPIT(Prime Ideal Theorem)と呼ばれ,Krullの極大イデアル存在定理の弱い形です.本稿の目的は,次の定理の証明を紹介することです.
ZF上で次は同値である.
(1) 任意の環に対してである(PIT).
(2) コンパクトHausdorff空間の直積はコンパクトである.
本節では,(2)が(1)を導くことを証明しましょう.集合に離散位相を入れると,これはHausdorff空間です.集合についてに直積位相を定めたものをで表すことにします.
各に対して,特性関数;
を定めることで,自然な全単射がある.このときが真のイデアルに対応することと,次の条件;
(i)
(ii)
(iii) 任意のに対して,またはまたはが成り立つ.
をすべて満たすことは同値である.とおく.また各に対して;
とおく.この定義からに対応するの点は,ならばまたはを満たすようなのイデアルである.よって;
であれば,その元がの素イデアルとなる.これを示すにはが有限交叉性を持つ閉集合族であればよい.まずはの閉集合をなすことを示そう.はであって,あるが存在して,またはまたはまたはを満たすもの全体の集合である.直積位相の定義からは開集合であり,についても同様なのではこれらの有限共通部分の和となり開集合である.
次に有限交叉性を持つことを示せば証明が終了する.有限個のの元の組をとる.とおき,部分集合が生成するのイデアルをと表すことにするとは空でない(となる).また有限集合なので,包含関係についての極大元がとれる.任意のについてであることを示す.の定義よりまたはならばである.とする.このときであって,の極大性からなのであるとが存在してとかける.よってだからでなければならず,このときもとなる.よってとなり有限交叉性を持つ.
だいぶテクい証明でしたが,これによって目的の半分は証明できました.次の節では逆を証明するためにBoole代数と,そこにおけるフィルターを導入しましょう.
Bool代数とフィルター
まずは束を定義しましょう.
束
順序集合とその部分集合に対して,がの上界の中で最小であるときと書いてをの結び(join)といい,の下界で最大のものを交わり(meet)という.特に2元集合に対してと表す.
順序集合について,の任意の有限部分集合が結びと交わりを持つときを束(lattice)という.
を束とするとき,について考えることでがの最小元,がの最大元となり,これをで表します.任意のについて;
が成り立ちます.これを吸収律(absorption law)といいます.
束について,任意のに対して;
が成り立つときを分配束(distributive lattice)といいます.
またに対して,でを満たすものが存在するときをの補元(complement)といいます.
任意の元が補元を持つような分配束をBoole束(Boolean lattice)という.
Boole束はを演算と思うことで代数構造とみなすことができます.すなわち,Boole束は次に定義するBoole代数の例になります.
Bool代数
集合上に可換で結合的な二項演算が定まっており,次の条件;
(B1) 任意のに対してが成り立つ(吸収律).
(B2) 任意のに対してが成り立つ(分配律).
(B3) あるが存在して,任意のに対してが成り立つ.
(B4) 任意のに対してあるが存在してが成り立つ.
をすべて満たすとき,代数構造をBoole代数(Boolean algebra)という.
をBool代数とすると,簡単な計算から補元は一意的であり,(二重否定除去)が成り立つことがわかります.
Bool束はBool代数ですが,実は逆も成り立ちます.をBoole代数とすると;
と定めることでは順序集合になり,Boole束になります.このように順序集合としての定義と代数構造としての定義を行き来できるわけです.さらに可換環として定義することもできます.
Boole環
を(可換)環とする.任意のに対してが成り立つときをBoole環(Boolean ring)という.
をBoole環とすると任意のに対してなので,が成り立ちます.特にの標数はになります.
Boole環に対して;
と定めればはBoole代数をなします.逆にをBoole代数とすると;
とすればはBoole環をなします.よってBoole環とBoole代数は論理的に等価な概念です.
以後,これまで見てきたBoole束,代数,環としての構造を特に断りなく行き来することにします.
Boole代数において,の補元を考えるととなることが確かめられ,そこでであり,任意のに対してとなることがわかります.すると次の命題が証明できます.
をBoole代数とすると,真のイデアルについてであることと,任意のに対してまたはであることが同値である.
ならば,任意のに対してまたはであることは明らか.逆を示そう.とすると,であるので,となってがわかり,である.
いま選択公理を仮定していないので環は素イデアルを持つとは限りませんが,次の系が成り立ちます.
をBoole代数とすると,すべての素イデアルは極大である.
次にBoole環の(非自明な)イデアルがBoole代数,束の部分集合とどう対応していくかを見ていきましょう.Boole代数の部分集合について,次の条件;
(IA1) .
(IA2) 任意のに対してである.
(IA3) 任意のに対してである.
をすべて満たすことと,次の条件;
(IL1) .
(IL2) 任意のに対して,あるが存在してである.
(IL3) 任意のに対してならばである.
を満たすことが同値です.またこれはBoole環としてがイデアルをなすこととも同値であり,これら同値な条件を満たすものをBoole代数のイデアルといいます.
次に,Boole代数についてフィルターを導入しましょう.集合に対してに包含関係で順序を入れると,に対しとなりによってはBoole代数になります.集合について定義したフィルターはの部分集合であったこと,がBoole束になることに着目して,フィルターの概念をBoole代数に一般化しましょう.
をBoole代数とする.部分集合に対して,次の条件;
(FB1) .
(FB2) 任意のに対して,あるが存在してである.
(FB3) 任意のに対してならばである.
をすべて満たすとき,をのフィルターという.
同値な書き換えとして;
(FA1) .
(FA2) 任意のに対してである.
(FA3) 任意のに対してである.
をすべて満たすもの,と言い換えることもできます.
定義をみればわかるように,Boole代数においてイデアルとフィルターは等価な概念で,次のように移り合います.
をBoole代数とすると,のイデアル全体とフィルター全体の間には;
で与えられる包含関係を保つ全単射がある.
のフィルターに対して;
と定めるとこれはのイデアルをなし,となるので1対1の対応を与える.
Boole代数の素イデアルは必ず極大なことから,素イデアルに対応するフィルターは超フィルターです.
また,次の命題により定理8のStep 2. での選択公理の使用をHausdorff空間上では回避できることがわかります.
位相空間について,がHausdorffであることと,任意のフィルターについてが収束するならば収束先が一意に定まることは同値である.
)
をのフィルターとし,とする.もしならば,開集合が存在してである.このときなのでとなって矛盾する.よってである.
対偶を示そう.がHausdorffでないと仮定する.するとあるが存在して,任意のに対してである.このときは有限交叉性を持ち,はに収束するフィルターである.
これらの準備によって,本稿の目的であった定理9が証明できます.
ZF上で次は同値である.
(1) 任意の環に対してである(PIT).
(2) 任意のBoole代数に対してである(BPIT).
(3) 任意の集合に対して,有限交叉性を持つ集合族はある超フィルターに含まれる.
(4) コンパクトHausdorff空間の直積はコンパクトである.
(1)(2)
明らか.
(2)(3)
を有限交叉性を持つ集合族とすると,はのフィルターである.のイデアルを考えると,剰余環もBoole代数であるので素イデアルを持つ.それをの素イデアルに引き戻したものはを含み,対応する超フィルターはを含む.
(3)(4)
をコンパクトHausdorff空間の族とし,とする.のときは示すことはない.とする.をの有限交叉性を持つ閉集合族とする.仮定からを含むの超フィルターがある.このとき,定理8の証明と全く同様に;
はの超フィルターをなす.ここで命題6により各に対しては収束し,命題13により収束先は一意に定まるからそれをとするとをとなるようにとれる.するとはに収束する.よって任意のに対してとなり,であるのではコンパクトである.
(4)(1) 定理10.
この証明の本質は,命題7の証明には有限交叉性を持つ集合を含む超フィルターの存在だけで十分だった,というところにあります.