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大学数学基礎解説
文献あり

-1の平方根を増やして奇妙なことを起こす話

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はじめに

突然ですが,以下の式は成立するでしょうか.

$$ \mathbb{C}[x]/\langle x^2+1\rangle = \mathbb{C}[\sqrt{-1}] = \mathbb{C}\tag{♠} $$

ただし,$\langle\mathord{\ast}\rangle$はイデアルの生成とします.$\mathbb{R}[x]/\langle x^2+1\rangle=\mathbb{R}[\sqrt{-1}]\cong\mathbb{C}$を思い出すと,上の式も成り立ちそうに見えるかもしれません.しかし,式(♠)は成立しません.この記事では,$\mathbb{R}[x]/\langle x^2+1\rangle$$\mathbb{C}[x]/\langle x^2+1\rangle$の間にある違いについて解説します.

なお,この記事はサークル「 Wathematica 」のイベントで書きました.また,サークルの友人であるじふくんの記事「 abがpの倍数ならaまたはbがpの倍数? 」に,この記事で仮定した予備知識の解説があります.ぜひあわせてご覧ください.

式(♠)が成り立たない証明

式(♠)が成立しないことは, 剰余環が体になる条件 を使って証明できます.

$R$を可換環,$I\mathrel{(\subsetneq}R)$をイデアルとする.このとき,$I$に関する以下の条件は同値である.

  1. $I$は極大イデアルである.すなわち,$R$のイデアル$J$$J\supset I$を満たすとき,$J=I$$J=R$が成立する.
  2. $R/I$は体である.

この定理を使うと,式(♠)が成り立たないことを次のように示せます.

$\mathrm{i}$を虚数単位とすると$\langle x^2+1\rangle=\langle(x-\mathrm{i})(x+\mathrm{i})\rangle\subsetneq\langle x-\mathrm{i}\rangle\subsetneq\mathbb{C}[x]$である.よって$\langle x^2+1\rangle$は極大イデアルでないから,$\mathbb{C}[x]/\langle x^2+1\rangle$は体(特に$\mathbb{C}$)ではない.

証明はあっさり片づきましたが,$\mathbb{C}[x]/\langle x^2+1\rangle\cong\mathbb{C}[\sqrt{-1}]=\mathbb{C}$のどこに誤りがあったのかがいまひとつ判然としません.そこで次節では,$\mathbb{C}[x]/\langle x^2+1\rangle$の元を同値類の形で書き下し,誤りを探ります.

同値類としての表示

$f(x)$を任意の$\mathbb{C}$係数多項式とします.$f(x)$$x^2+1$で割った商を$q(x)$,余りを$\zeta x+\eta$$\zeta,\eta\in\mathbb{C}$)とおくと
$$ f(x) = q(x)(x^2+1)+\zeta x+\eta, \quad f(x)-(\zeta x+\eta) = q(x)(x^2+1) \in \langle x^2+1\rangle $$
です.よって, イデアルから定まる同値関係 に関する$f(x)$の同値類を$\overline{f(x)}$と書くと,$\overline{f(x)}=\overline{\zeta x+\eta}$が成立します.

つまり,すべての同値類は1次式か定数の代表元を持ちます.すなわち,$\mathbb{C}[x]/\langle x^2+1\rangle$
$$ \mathbb{C}[x]/\langle x^2+1\rangle = \{\overline{\zeta x+\eta}\mid\zeta,\eta\in\mathbb{C}\} = \{\overline{\zeta x+a+b\mathrm{i}}\mid\zeta\in\mathbb{C},\,a,b\in\mathbb{R}\} $$
と表せます.$\overline{\zeta x+\eta}$$\zeta\bar{x}+\eta$と略記すれば,次のように書けます.
$$ \mathbb{C}[x]/\langle x^2+1\rangle=\{a+b\mathrm{i}+\zeta\bar{x}\mid\zeta\in\mathbb{C},\,a,b\in\mathbb{R}\} $$

$\bar{x}$$\bar{\mathrm{i}}$はどちらも$(\mathord{\ast})^2=-1$を満たします(実際$\bar{x}^2-(-1)=\overline{x^2+1}=0$です).しかし$x-\mathrm{i}\notin\langle x^2+1\rangle$ですから,$\bar{x}\neq\bar{\mathrm{i}}$です.要するに,$\mathbb{C}[x]/\langle x^2+1\rangle$$\pm\bar{\mathrm{i}}$$\pm\bar{x}$の計4つ,$-1$の平方根を持つ環なのです.そのため$(a+b\mathrm{i})\bar{x}=a\bar{x}+b\mathrm{i}\bar{x}\neq a\bar{x}-b$であり,$\mathbb{C}[\bar{x}]=\{f(\bar{x})\mid f(x)\in\mathbb{C}[x]\}$$\mathbb{C}$は同一視できません.また,$\mathbb{R}[x]/\langle x^2+1\rangle=\mathbb{R}[\sqrt{-1}]$では割る前の環に$-1$の平方根が存在しないので,この問題は起きません.

式(♠)の修正

$\mathbb{C}[x]/\langle x^2+1\rangle\neq\mathbb{C}$を踏まえて,本節では$\mathbb{C}[x]/\langle x^2+1\rangle$がどういう環なのか調べます.

$\overline{f(x)}=\overline{\zeta x+\eta}$$\zeta$$\eta$の値から一意に定まり,かつ$f(\pm\mathrm{i})=\pm\zeta\mathrm{i}+\eta$(複合同順)です.よって,写像$\phi$
$$ \phi\colon\mathbb{C}[x] \to \mathbb{C}^2, \quad\phi(f(x)) = (f(-\mathrm{i}),f(\mathrm{i})) $$
で定義し,$f(x)$の代わりに$\phi(f(x))$を用いても,$\mathbb{C}[x]/\langle x^2+1\rangle$における$\overline{f(x)}$の性質を調べるぶんには問題ありません.$\phi$は環準同型かつ$\operatorname{Ker}\phi=\langle x^2+1\rangle$$\operatorname{Im}\phi=\mathbb{C}^2$ですから, 準同型定理 より
$$ \mathbb{C}[x]/\langle x^2+1\rangle\cong\mathbb{C}^2 $$
です(この同型は 中国式剰余定理 からも示せます).つまり$\mathbb{C}[x]/\langle x^2+1\rangle$$\mathbb{C}$ではなく,$\mathbb{C}^2$と同型なのでした.

前節で「$\mathbb{C}[x]/\langle x^2+1\rangle$$\pm\bar{\mathrm{i}}$$\pm\bar{x}$の計4つ,$-1$の平方根を持つ」と言いましたが,$\mathbb{C}^2$との同型を使うと,$-1$の平方根は他にないことが分かります.実際,$\mathbb{C}^2$において$-(1,1)$の平方根は
$$ \pm(\mathrm{i},\mathrm{i}),\quad\pm(-\mathrm{i},\mathrm{i}) $$
の4つで,前者が$\pm\mathrm{i}$,後者が$\pm\bar{x}$にあたります.

おわりに

この記事では複数の観点から,環$\mathbb{C}[x]/\langle x^2+1\rangle$の正体に迫りました.数学を学んでいると(私は)つい美しい例や結果に注目しがちですが,ときにはこうした「奇妙な」例をいじくるのも,理解の助けになると感じました.

参考文献

投稿日:20221221

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投稿者

数学、特に応用数学が好きです。Mathlogでは主に、数学とプログラミングを絡めたようなことを書けたらいいなと思っています。

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