はじめに
突然ですが,以下の式は成立するでしょうか.
ただし,はイデアルの生成とします.を思い出すと,上の式も成り立ちそうに見えるかもしれません.しかし,式(♠)は成立しません.この記事では,との間にある違いについて解説します.
なお,この記事はサークル「
Wathematica
」のイベントで書きました.また,サークルの友人であるじふくんの記事「
abがpの倍数ならaまたはbがpの倍数?
」に,この記事で仮定した予備知識の解説があります.ぜひあわせてご覧ください.
式(♠)が成り立たない証明
式(♠)が成立しないことは,
剰余環が体になる条件
を使って証明できます.
を可換環,をイデアルとする.このとき,に関する以下の条件は同値である.
- は極大イデアルである.すなわち,のイデアルがを満たすとき,かが成立する.
- は体である.
この定理を使うと,式(♠)が成り立たないことを次のように示せます.
を虚数単位とするとである.よっては極大イデアルでないから,は体(特に)ではない.
証明はあっさり片づきましたが,のどこに誤りがあったのかがいまひとつ判然としません.そこで次節では,の元を同値類の形で書き下し,誤りを探ります.
同値類としての表示
を任意の係数多項式とします.をで割った商を,余りを()とおくと
です.よって,
イデアルから定まる同値関係
に関するの同値類をと書くと,が成立します.
つまり,すべての同値類は1次式か定数の代表元を持ちます.すなわち,は
と表せます.をと略記すれば,次のように書けます.
とはどちらもを満たします(実際です).しかしですから,です.要するに,はとの計4つ,の平方根を持つ環なのです.そのためであり,とは同一視できません.また,では割る前の環にの平方根が存在しないので,この問題は起きません.
式(♠)の修正
を踏まえて,本節ではがどういう環なのか調べます.
はとの値から一意に定まり,かつ(複合同順)です.よって,写像を
で定義し,の代わりにを用いても,におけるの性質を調べるぶんには問題ありません.は環準同型かつ,ですから,
準同型定理
より
です(この同型は
中国式剰余定理
からも示せます).つまりはではなく,と同型なのでした.
前節で「はとの計4つ,の平方根を持つ」と言いましたが,との同型を使うと,の平方根は他にないことが分かります.実際,においての平方根は
の4つで,前者が,後者がにあたります.
おわりに
この記事では複数の観点から,環の正体に迫りました.数学を学んでいると(私は)つい美しい例や結果に注目しがちですが,ときにはこうした「奇妙な」例をいじくるのも,理解の助けになると感じました.