はじめに
この記事では後の記事に向けての準備として(二元)二次形式
に代数(積の構造)を入れる話について解説します。
以下、簡単のため上のような二次形式に対してという記法を使います。
まず二次形式についての諸々の概念を定めておきます。
integer form
- 二次形式に対し
と定められる数をの判別式という。本記事ではが正定値、つまりである場合のみ考える。 - 二次形式がを満たすときは原始的(primitive)であると言う。
- 二次形式がある変換
によって
と言う関係を満たすときとは(properに)同値であると言う(であるときimproperに同値と言う)。同値な二次形式は同じ判別式を持つ。 - 判別式の原始的二次形式全体の集合
を「properに同値である」という同値関係で割った集合を類群と言い、その元の個数を類数と言う。
この記事ではにある群構造を入れていくことになります。
興味深いことに判別式の虚二次体のイデアル類群は二次形式の類群と同型となることが知られているようです。
同値関係と簡約化
類群に群構造を入れていく前にの完全代表系について考えます。それは二次形式の簡約化という手法によって以下のように定式化されます。
reduced form
二次形式が
・
・またはならば
を満たすときは簡約(reduced)であると言う。
判別式の簡約な原始的二次形式全体の集合はの完全代表系をなす。
・任意の二次形式はある簡約な二次形式と同値である。
・異なる簡約な二次形式は異なる同値類を定める。
を示せばよい。
正定値の二次形式を考えていたのでであることに注意する。
簡約化の存在
任意の二次形式に対してと同値な二次形式をが最小となるように取る。このとき
という変換を考えると
が成り立つのでが最小となるようなを取ることで
特にとできる。よっての最小性よりが成り立つ。同様にもわかる。
またのとき変換によってを再びとおくことでとしてよく、
・かつの場合は変換によっては簡約
・かつのときによっては簡約
・かつのときは簡約
となるのではある簡約な二次形式と同値であることが示された。
非同値性
を簡約な二次形式とすると
が成り立つのでにおいて
が成り立つ。よってはがを除く整数点上で表現する最小の整数であり、は二番目に小さい整数となる。
いま簡約な二次形式がと同値であるとして、となることを示す。
- であるとき
の最小性からが直ちに導かれる。このときの解はそれぞれの丁度つであることに注意するとならばの解がつになり矛盾。よってであり、の二番目の最小性からが導かれる。
いま
とおくと
であるのでが成り立つ。またより複号同順であることがわかるので
を得る。 - またはのとき
またはなのでは点以上で最小値、あるいは二番目の最小値を取ることから同様にしてがわかる。判別式の不変性からがわかるのでよりを得る。
この命題によって不定方程式
をにおいて解くことでの要素および類数を求めることができます。
に注意すると
より
との範囲を絞れるのを覚えておくと便利です。
ディリクレ積と類群
二次形式の積
いま判別式の二次形式に対して積の構造を考えてみましょう(英語ではcomposeなので合成と言った方がいいかもしれません)。
素朴に考えるとの積は
と定めたくなりますが、さらに一般化して
という関係によって定めます。
しかしこの関係だけでははproperに同値という関係を除いても一意には定まりません。例えば以下の主張が成り立つことからの候補は少なくともつ程度存在することがわかります。
判別式の二次形式がを満たすとき
なる整数がを法としてただ一つ存在し、そのようなに対し
が成り立つ。
および
から中国剰余定理より
なるがを法としてただ一つ存在することがわかる。
具体的には
を満たすような整数に対して
がその解となる。
また
に注意するとに対して
つまり
が成り立つことがわかる。
判別式の二次形式がを満たすとき
(複号任意)なる整数を取り
とおくと、あるが存在して
が成り立つ。
とおくと変換によって
が成り立つのでおよび同様にと置き直してよい。
このとき
と因数分解できることに注意してとおきを
によって定めると
が成り立つことがわかる。
例えばこれによって定まる二次形式の積は
となり、これらの簡約化は
とすべて異なることがわかります。
ちなみに二次形式の二乗に対しては次のような公式も成り立ちます。
判別式の二次形式に対してあるが存在して
が成り立つ。
のときはを
によって定め、のときは
によって定めることでわかる。
このように二次形式の積は様々な取り方が考えられますが、以下では一番定理3における
によって定まる積をディリクレ積(Dirichlet composition)と呼び、この積について考えていくことにします。ディリクレ積ではが
という対称性の高い形で定まるため一番自然な積と考えることができます。
ちなみにディリクレ積は定理4を誘導するとは限りません。例えばの場合を考えるとと同値な二次形式とのディリクレ積はと定まりますが、これの簡約化はとなります。
類群のディリクレ積
上で二次形式の積を考えたとき何かと同値な変換を考えていたことからわかるように、直接二次形式の積を考えるのは何かと不便があります。ということで二次形式そのものではなく類群における同値類の積を考えていくことにします。
原始的な二次形式と任意の整数に対しとが互いに素となるような整数(は互いに素)が存在する。
よりでもあるのでの素因数に対してのいずれかはとと互いに素となるように取れる。このとき中国剰余定理から任意のに対し
となるような整数を取ると
つまりとは互いに素となる。
二次形式と整数に対しなる互いに素な整数が存在するとき、ある整数が存在してはと同値となる。
とするとは互いに素であったのである整数が存在して
が成り立つ。このとき変換
によって
が成り立つことがわかる。
簡単のため原始的二次形式の定める同値類をと書くことにします。
いまについて、補題5,6からはあるなる二次形式に同値となります。このときとの定めるディリクレ積をとの積と定めることができます。
のディリクレ積
ディリクレ積はにおいてwell-difinedに定まる二項演算となる。
ディリクレ積がwell-defined性についてはめんどくさそうなので省略する。
がディリクレ積について閉じていること、つまり原始的な二次形式の積が再び原始的となることを示す。
の積がを満たすとする。このとき補題5よりあるが存在してはと互いに素となり、ある整数が存在して
が成り立つことからもと互いに素となるのでは常にで割り切れることに矛盾。よってを得る。
の代数的構造
はディリクレ積について可換群となり(!)、その単位元や逆元は以下のように定まることがわかります。
の代数
はディリクレ積についての可換群となる。特に
- の単位元は主形式(principal form)
の定める同値類であり、これを主類(principal class)と言う。 - の逆元はとなる。
ディリクレ積の結合性についてはめんどくさそうなので省略する。
の単位性
とのディリクレ積はとなるが、の取り方はにおいて自由なのでとでき、主張を得る。
の可逆性
とのディリクレ積はとなる(このことについてはおまけとして補足する)ので
およびによって
が成り立つことから主張を得る。
位数の元の個数
の代数については次回の記事で深堀りするとして、最後に次回の記事に向けた命題を一つ証明しておきます。
簡約な二次形式がを満たすときまたはまたはが成り立つ。
ならばが成り立つのでとが同値となるような条件を考えればよい。
・のときはとは異なる簡約形式を定めるので不適
・のときより適当
・のときより適当
・のときより適当
よって主張を得る。
判別式に対しをの素因数の個数としを次のように定める。
・のとき
・のときとおくと
かつのときなる互いに素なの取り方はが奇数のとき通り、が偶数のとき通りであり、なるものはその半分の通りとなる。のときはは奇数なのでである。
あとはのときとおくとよりでありによって
が成り立つのでのときと合わせてなる互いに素なの個数を考えればよい。
- のときは奇数なのでとは互いに素であり、なる互いに素なの取り方は通りでつまりなる取り方は通りである。
- のときとおいてを考える。
- のときはと互いに素、特に奇数であったので
つまりなるは存在しない。 - またはのとき、同様には奇数は偶数なので
となってなるは存在しない。 - のときなる互いに素なの取り方は通りでつまりなる取り方は通りである。
- のとき、とおいてを考えるとなる互いに素なの取り方は通りでつまりなる取り方は通りである。
以上より主張を得る。
特にこの命題と
はの部分群であることから次のことが言えます。
ディリクレ積についての補足
命題8の証明においてとしていましたが、とは限らないので補題2だけではこの操作を説明できません。
上では簡単のためディリクレ積をにおいて定めていましたが、実際はもう少し広い条件でディリクレ積は定められています(その場合でももちろん上でwell-definedになります)。具体的には補題2を少し拡張した以下の命題によってディリクレ積は定められます。
判別式の二次形式がを満たすとき
なる整数がを法としてただ一つ存在する。
に注意するとおよび
に対して以下に示す補題が適用でき、
は
と同値であることから主張を得る。
整数およびがを満たすとき、連立合同方程式
に解が存在することと
が成り立つことは同値である。特にその解はを法としてただ一つ求まる。
方程式に解が存在すれば
が成り立たなければならない。
逆に
が成り立つとき、仮定より
なる整数を取り
とおくと
よりこれがその解となる。
またも同じ方程式を満たすとき
より
と一意性がわかる。
いまは原始的としていたのでこれとは
を満たし、補題11のようなとしてが取れるのでとのディリクレ積はとなる。と説明することができます。