多元環の表現論の本 Assem–Simson–Skowroński [ 1 ] (いわゆる ASS1) を読んでいたら,以下で紹介する補題 1 の色々な証明を思いついたので,ここにまとめておきます.
$K$を体,$m\ge1$を整数とする.$t$を不定元とする$R$上の多項式環を$K[t]$で表し,$t^m$で生成される$K[t]$のイデアルを$\langle t^m\rangle$で表し,剰余環$K[t]/\langle t^m\rangle$を$A$で表す.イデアルをその生成系を用いて表すときは,同様に記号$\langle-\rangle$を用いることにする.
$e\in A$が冪等 (idempotent) であるとは,$e^2=e$であることをいう.
$A$の冪等元は$0$と$1$のみである.
ここでは,補題 1 の証明を3つ紹介する.
$p\in K[t]$に対して$p+\langle t^m\rangle\in A$を$\overline{p}$で表す.整数$\ell\ge m$に対して,$t^\ell=t^m\,t^{\ell-m}\in\langle t^m\rangle$より$\t^\ell=\overline{t^\ell}=0$であることに注意する.
1つ目の証明では,$A$の元を基底$1,\t,\dots,\t^{m-1}$の線形結合として具体的に表して,冪等元であることを係数の関係式に帰着させて行う.この手法は,整域$R$に対して$R[t]$の冪等元が$0$と$1$のみであることを示す場合などにも有効である.
冪等元
$$e=\lambda_0+\lambda_1\t+\dots+\lambda_{m-1}\t^{m-1}\in A$$
を取る.
整数$0\le i\le 2m-2$に対して$\mu_i\in K$を
$$\mu_i=\displaystyle\sum_{0\le j,k< m\,:\,j+k=i}{\lambda_j\lambda_k}$$
で定めるとき,
$$e^2=\mu_0+\mu_1\t+\dots+\mu_{2m-2}\t^{2m-2}=\mu_0+\mu_1\t+\dots+\mu_{m-1}\t^{m-1},$$
であり$e$は冪等なので,$0\le i< m$に対して$\lambda_i=\mu_i$が成り立つ.実際,
$$p:=(\lambda_0-\mu_0)+(\lambda_1-\mu_1)t+\dots+(\lambda_{m-1}-\mu_{m-1})t^{m-1}\in K[t]$$
に対して,$e^2-e=0$より$p\in\langle t^m\rangle$である,すなわち$p$は$t^m$で割り切れるので,$p=0$となる必要がある.
$\lambda_0=\mu_0=\lambda_0^2$より$\lambda_0(\lambda_0-1)=0$で,$K$が整域であることから$\lambda_0$は$0$または$1$である.
$1\le i< m$に対しては,
$$\mu_i=\displaystyle\sum_{0\le j,k< m\,:\,j+k=i}{\lambda_j\lambda_k}=\displaystyle\sum_{0\le j\le i}{\lambda_j\lambda_{i-j}}=2\lambda_0\lambda_i+\displaystyle\sum_{1\le j\le i-1}{\lambda_j\lambda_{i-j}},$$
だから
$$\lambda_i=2\lambda_0\lambda_i+\displaystyle\sum_{1\le j\le i-1}{\lambda_j\lambda_{i-j}}$$
が成り立つ.
任意の$1\le i< m$に対して$\lambda_i=0$であることを帰納法で示そう.
$\lambda_1=\mu_1=2\lambda_0\lambda_1$と$\lambda_0\in\{0,1\}$より$\lambda_1=0$または$\lambda_1=2\lambda_1$だから$\lambda_1=0$となる.
任意の$1\le j\le i$に対して$\lambda_j=0$ならば,
$\lambda_{i+1}=2\lambda_0\lambda_{i+1}+\displaystyle\sum_{1\le j\le i}{\lambda_j\lambda_{i+1-j}}=2\lambda_0\lambda_{i+1},$
であり,$\lambda_0\in\{0,1\}$より$\lambda_{i+1}=0$または$\lambda_{i+1}=2\lambda_{i+1}$だから$\lambda_{i+1}=0$となる.
ゆえに,$e=\lambda_0$は$0$または$1$となって,証明が完了する.
2つ目の証明では,$K[t]=K\oplus\langle t\rangle$と$\langle t\rangle^m\subset\langle t^m\rangle$が成り立つことを利用する.この手法は,finite quiver $Q$と$a\in Q_0$に対して$\varepsilon_a(KQ)\varepsilon_a$の冪等元が$0$と$\varepsilon_a$のみであることを示す場合などにも用いることが出来る (記法や用語については [ 1 ] を参照されたい).
冪等元
$$e=\lambda_0+\lambda_1\t+\dots+\lambda_{m-1}\t^{m-1}\in A$$
を取る.
$$w:=\lambda_1t+\dots+\lambda_{m-1}t^{m-1}$$
と定めれば,$e=\lambda_0+\overline{w}$かつ
$$e^2=(\lambda_0+\overline{w})^2=\lambda_0^2+2\lambda_0\overline{w}+\overline{w}^2,$$
であり,$e$は冪等なので,
$$\lambda_0^2+2\lambda_0\overline{w}+\overline{w}^2=\lambda_0+\overline{w}$$
であり
$(\lambda_0^2-\lambda_0)+(2\lambda_0-1)\overline{w}+\overline{w}^2=0.$
を得る.
$w$の定め方から$(2\lambda_0-1)\overline{w}+\overline{w}^2$は$\t,\dots,\t^{m-1}$の線形結合なので$\lambda_0^2-\lambda_0=0$かつ$(2\lambda_0-1)\overline{w}+\overline{w}^2=0$となって,1つ目の証明と同様に$\lambda_0$は$0$または$1$である.
このとき$-\overline{w}+\overline{w}^2=0$または$\overline{w}+\overline{w}^2=0$だから,$\sigma\in\{1,-1\}$を用いて$\overline{w}=\sigma\overline{w}^2$と書けて,$m$に関する帰納法により$\overline{w}=\sigma^{m-1}\overline{w}^m=\sigma^{m-1}\overline{w^m}$を得る.
$w\in\langle t\rangle$から$w^m\in\langle t\rangle^m\subset\langle t^m\rangle$であり$\overline{w^m}=0$なので,上の等式から$\overline{w}=\sigma^{m-1}\overline{w^m}=0$である.
ゆえに,$e=\lambda_0$は$0$または$1$となって,証明が完了する.
$\overline{w}=0$は以下のように示すことも出来る.
$1,\t,\dots,\t^{m-1}$は$A$の基底だから,$\overline{w}\ne0$ならば
$$\ell:=\max\{1\le j\le m-1\mid\lambda_j\ne0\}$$
が定まる.
$\overline{w}$は$\t,\dots,\t^\ell$の線型結合であり,$\overline{w}^{\ell+1}$は$\t^{\ell+1},\dots,\t^{m-1}$の線型結合だから,$\overline{w}\ne0$より$\overline{w}\ne\overline{w}^{\ell+1}$かつ$\overline{w}\ne-\overline{w}^{\ell+1}$であり,$\overline{w}\ne\overline{w}^2$かつ$\overline{w}\ne-\overline{w}^2$である.
3つ目の証明では,$A$がただ1つの極大イデアルをもつことを示して,それを用いて冪等元が$0$と$1$のみであることを示す.
まずは$\langle\t\rangle$が$A$の極大イデアルであることを示しておこう.
「$0$を代入する」という環準同型$K[t]\to K,p\mapsto p(0)$は,各$\lambda\in K$に対して$\lambda+t$を$\lambda$に写すので全射であり,さらに$t^m$を$0^m=0$に写すので全射環準同型$A\to K,\overline{p}\mapsto p(0)$を引き起こす.
この核は$\langle\t\rangle$に等しいので,環同型$A/\langle\t\rangle\cong K$を得る.
$K$は体だから$\langle\t\rangle$は$A$の極大イデアルである.
次に,$J$を$A$の極大イデアルとして,$J=\langle\t\rangle$であることを示す.
$\t\notin J$なら$J\subsetneq J+\langle\t\rangle$なので,$J$の極大性から$J+\langle\t\rangle=A$であり,$x+\t a=1$をみたす$x\in J,a\in A$がある.
それゆえ$1-\t a=x\in J$だが,$(\t a)^m=\t^ma^m=0$より
$$1=1-(\t a)^m=(1+\dots+(\t a)^{m-1})(1-\t a)\in J,$$
だから,$J=A$となって矛盾が生じた.
従って$\t\in J$であり,$\langle\t\rangle\subset J\subsetneq A$であり,$\langle\t\rangle$の極大性から$\langle\t\rangle=J$となって示された.
従って,次の主張が成り立つ:
$A$はただ1つの極大イデアルをもつ.
$e\in A$を冪等元とする.
$1-e$と$e$が共に単元でなければ,Zorn の補題から$1-e\in J'$かつ$e\in J''$をみたす$A$の極大イデアル$J',J''$が取れて,補題 2 より$J'=J''$なので,$1-e,e\in J'$であり$1=(1-e)+e\in J'$となって矛盾が生じる.
ゆえに,$1-e$と$e$のいずれかは単元である.
$e$は冪等なので,$e^2=e$より$(1-e)e=0$である.
$1-e$が単元ならば
$$e=(1-e)^{-1}(1-e)e=(1-e)^{-1}0=0.$$
であり,$e$が単元ならば
$$e=1-(1-e)=1-(1-e)ee^{-1}=1-0\cdot e^{-1}=1.$$
なので,$e$は$0$または$1$となって,証明が完了する.
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また,体$K$を整域に変えても補題 1 は成り立つのですが,その場合の証明については,1つ目か2つ目の証明か,商体を取って体の場合に帰着させる方法しか思いつかなかったので,そちらについても教えて頂けると嬉しいです.
この記事を最後まで読んで頂きありがとうございました.