この記事ではノルム空間の連続的埋め込みという概念を導入し、連続的埋め込みでないと一般には成り立たないような主張を、連続的埋め込みでないときの反例とともに紹介する。
ノルム空間と呼ばれる空間のクラスが存在する:
$\mathbb{R}$上の線型空間$V$と写像$\| \cdot \|: V \rightarrow \mathbb{R}$の組$(V, \| \cdot \|)$がノルム空間であるとは、次の3つが成立することである:
またこのとき「$\| \cdot \|$は$V$のノルムである」ともいう。
$V$の部分空間$W$について$\| \cdot \|$の$W$への制限は明らかに$W$のノルムである。このようなノルムを考えたとき、$W$を$V$の部分ノルム空間という。もう少し条件が弱いが有用な「部分」のあり方として次の連続的埋め込みがある:
線型空間$X, Y \quad (Y \subseteq X)$があり、$\| \cdot \|_X, \| \cdot \|_Y$がそれぞれ$X, Y$のノルムであるとする。このとき「ノルム空間$(Y, \| \cdot \|_Y)$が$(X, \| \cdot \|_X)$の連続的埋め込みである」とは$\exists C>0, \forall y \in Y, \| y \|_X \leq C\| y \|_Y$となることである。
ノルム空間の間の線型写像の連続性の概念を用いて言い換えれば「包含写像$Y \subseteq X$は連続である」となる。
この記事では部分空間が連続的埋め込みであるときに成り立つ性質を紹介する:
ノルム空間$(X_1, \| \cdot \|_{X_1}), (X_2, \| \cdot \|_{X_2}), (X, \| \cdot \|_X)$があり、$X_1, X_2$が$X$の部分空間となっているとする。このとき$(X_1, \| \cdot \|_{X_1}), (X_2, \| \cdot \|_{X_2})$が$(X, \| \cdot \|_X)$の連続的埋め込みになっているならば、$X_1+X_2$のノルム$\| \cdot \|_{X_1+X_2}$が$\| x \|_{X_1+X_2} = \inf_{x=x_1+x_2 \\ x_i \in X_i (i=1,2)} \| x_1 \|_{X_1}+\| x_2 \|_{X_2} \quad (x \in X_1+X_2)$として定まる。
上の証明では$\|x\|_{X_1+X_2}=0 \Rightarrow x=0$の証明に連続的埋め込みの仮定を用いた。これが無駄ではなく一般にはこの仮定を外せないことが次の例よりわかる。
以下では実際に反例を構成していく。
まずノルム空間$(X, \| \cdot \|_X)$を構成する。
$S= \{ (x_n)_{n=1}^{\infty} \in \mathbb{R}^\mathbb{N} \mid \sum_{n=1}^{\infty} |x_n| < \infty \}$を通常の和とスカラー倍について$\mathbb{R}$上のベクトル空間と見做す。また$S$の部分空間$W=\{ x=(x_n) \in S \mid \sum_{n=1}^{\infty} x_n = 0 \land \forall m \in \mathbb{N}, x_{2m-1}=x_{2m}\}$によって$X=S/W$とする。
$X$の元は代表元$x \in S$を用いて$x+W$と書き、$S$の部分集合と見做す。また$x=(x_n) \in S$に対して$s(x)=\sum_{n=1}^{\infty} |x_n|$と定義する。
$\| \cdot \|_X: X \rightarrow [0, \infty )$を、$\displaystyle \| x+W \|_X = \inf_{y \in x+W} s(y)$と定義する。
$\| \cdot \|_X$がノルムとなっていることを示す。まず次の簡単な事実に注意する。
$x=(x_n), y=(y_n) \in S$について、$x+W=y+W$ならば$\sum_{n=1}^{\infty} x_n = \sum_{n=1}^{\infty} y_n$かつ$\forall m \in \mathbb{N}, x_{2m-1}-x_{2m}=y_{2m-1}-y_{2m}$となる。
$\| \cdot \|_X$は$X$のノルムである。
$X$のある部分空間$X_1, X_2$に$\| \cdot \|_X$と関係のないノルムを定義し、$X_1, X_2$が連続的埋め込みとならないようにする。
$X$の部分空間$X_1$ (resp.$X_2$)を$\{ x+W \in X \mid \mbox{ある}y \in x+W \mbox{の偶数項目 (resp. 奇数項目)はすべて0} \}$と定める。
またこの条件を満たす$y$を「$X_1$ (resp.$X_2$)における$x+W$の正統な表示」という。
補題2から次がわかる。
$X_1$ (resp. $X_2$)の元についてその正統な表示はちょうど一つ存在する。
$x$を$X_1$ (resp. $X_2$)の元とする。このとき$X_1$ (resp.$X_2$)における正統な表示$y =(y_n) \in S$によって、$\| x \|_{X_1}$(resp. $\| x \|_{X_2}$)を$\sum_{n} |y_n|/n$と定義する。
$\| x \|_{X_1}$ (resp. $\| x \|_{X_2}$)は$X_1$ (resp.$X_2$)のノルムである。
$X_1$についてのみ示すが、$X_2$についても同様に示される。
$S$の元$\mathbf{e}_n$を第$n$項目のみ$1$でそれ以外の項は$0$となるような実数列として定義する。
$\| \cdot \|_{X_1+X_2}$は$X_1+X_2$のノルムではない。
補題4より$\mathbf{e}_1+\mathbf{e}_2+W \neq 0$だが、$\forall n \in \mathbb{N}, \mathbf{e}_1+\mathbf{e}_2+W = \mathbf{e}_{2n-1}+\mathbf{e}_{2n}+W$であり、$\|\mathbf{e}_{2n-1}\|_{X_1}+\|\mathbf{e}_{2n}\|_{X_2} = \frac{1}{2n-1} + \frac{1}{2n} \rightarrow 0 (n \rightarrow \infty)$なので$\|\mathbf{e}_1+\mathbf{e}_2+W\|_{X_1+X_2} = 0$である。
この記事の内容は、投稿者が課題が解けなかったときに多分連続的埋め込みの条件を書き忘れたのだろうと納得するために構成した反例である (当時のツイート) 。