今回は、線形代数のいくつかの性質、特に基底まわりの話を、なるべく成分表示を用いずに、写像による説明によって見ていこうと思います。
この記事独自の定義をしている箇所がありますのでご注意ください。また図式を描画するツールが重く、表示できないことがあるようなのですがすみません。
とは言え全く成分を用いないということはできませんので、最も基本的な, 内積のみ初めに定義しておきます。(全て内積に落とし込んで考えていくということになります。)以下$K$は体とします。
$b_n:K^n\times K^n\to K$ を $b_n\left(\!\pmatrix{a_1\\ \vdots\\ a_n},\pmatrix{b_1\\ \vdots\\ b_n}\!\right)=\ds\sum_{i=1}^na_ib_i$ で定める.
必要な概念を定義していきます。以下$V,W$は$K$-ベクトル空間で、$\dim V=m,\,\dim W=n$とします。
$X:K^m\to V$が同型のとき, $X$を$V$の基底という.
以下, $V,W$の基底をそれぞれ$X,Y$とします.
$A\in M_{nm}(K)$に対し, $A$倍写像を単に$A$とかく.
\begin{array}{}
K^m & \stackrel{A}{\longrightarrow} & K^n\\
v & \longmapsto & Av
\end{array}
$P\in M_{m}(K)$が基底$X$から$X'$への変換行列であるとは, 以下が可換であることをいう.
$\xymatrix{
{K^m} \ar[r]^{X} & V\\
{K^m} \ar[u]^{P} \ar[ur]_{X'}
}$
$f:V\to W$と$V,W$の基底$X,Y$に対し, $A\in M_{nm}(K)$が$f$の$X,Y$に関する表現行列であるとは, 以下が可換であることをいう.
$\xymatrix{
{K^m} \ar[r]^{A} \ar[d]_{X} & {K^n} \ar[d]^{Y}\\
{V} \ar[r]_{f} & W
}$
ここでまず、表現行列の基底変換を考えます。
$f:V\to W$の, 基底$X,Y$に関する表現行列を$A$, $X',Y'$に関するそれを$B$とする. さらに, $X$から$X'$, $Y$から$Y'$への基底変換行列をそれぞれ$P,Q$とする. このとき$B=PAQ^{-1}$が成り立つ.
(証明)次の図式から分かります。
$\xymatrix{ {K^m} \ar[rrr]^{A} \ar[dr]_{X} & & & {K^n} \ar[dl]^{Y}\\ & V \ar[r]^{f} & W & \\ {K^m} \ar[uu]^{P} \ar[ur]^{X'} \ar[rrr]_{B} & & & {K^n} \ar[ul]_{Y'} \ar[uu]_{Q} }$
他にも定義していきます。
$V$に対し$V^*=\{\varphi:V\to K\ \big|\ \varphi$は線型$\}$とおき, これを双対空間という.
$f:V\to W$に対し$f^*:W^*\to V^*$を$(f^*(\psi))(v)=\psi(f(v))$とおき, これを双対写像という. これをわかりやすさのため以下のように書く.
\begin{array}{}
W^* & \stackrel{f^*}{\longrightarrow} & V^*\\
\psi & \longmapsto & [\ v\mapsto\psi(f(v))\ ]
\end{array}
双線型形式$B:V\times W\to K$に対し, $r_B:W\to V^*$を以下で定める.
\begin{array}{}
W & \stackrel{r_B}{\longrightarrow} & V^*\\
w & \longmapsto & [\ v\mapsto B(v,w)\ ]
\end{array}
これらを用いて転置行列を以下のように定義します。(内積の双線型性を使います。)
$A\in M_{nm}(K)$の転置行列$^tA$とは, 以下を可換にするもののことをいう.
$\xymatrix{
{K^n} \ar[d]_{^tA} \ar[r]^{r_{b_n}} & {(K^n)^*} \ar[d]^{(A)^*} \\
{K^m} \ar[r]_{r_{b_m}} & {(K^m)^*}
}$
ただし$(A)^*$は, 写像としての$A$の双対を表す.
転置行列は内積における随伴($x\cdot (Ay)=({}^tAx)\cdot y$を満たすもの)なので、通常の定義と一致しています。
さらに双対基底を以下のように定めます.
$V$の基底$X$の双対基底$\tilde{X}$とは, 以下を可換にするような$V^*$の基底のことをいう.
$\xymatrix{
{K^m} \ar[d]_{r_{b_m}} \ar[r]^{\tilde{X}} & {V^*} \ar[dl]^{X^*}\\
{(K^n)^*}
}$
双対と転置の関係を見てみましょう.
$f:V\to W$の$X,Y$による表現行列が$A$のとき, $f^*:W^*\to V^*$の$\tilde{Y},\tilde{X}$による表現行列は$^tA$である.
(証明)
図式
$\xymatrix{ V \ar[r]^{f} & W\\ {K^m} \ar[u]^{X} \ar[r]_{A} & {K^n} \ar[u]_{Y} }$
の双対をとると、双対基底と転置行列の定義により
$\xymatrix{ {K^m} \ar[dr]_{\tilde{X}} \ar[dd]_{r_{b_m}} & & & {K^n} \ar[dl]^{\tilde{Y}} \ar[dd]^{r_{b_n}} \ar[lll]_{^tA}\\ & {V^*} \ar[dl]_{X^*} & {W^*} \ar[l]^{f^*} \ar[dr]^{Y^*} & \\ {(K^m)^*} & & & {(K^n)^*} \ar[lll]^{(A)^*} }$
となることから分かります。
次に双線型形式の表現行列を考えていきます。
双線型形式$B:V\times W\to K$の$X,Y$に関する表現行列とは, $r_B: W\to V^*$の$Y, \tilde{X}$に関する表現行列のことをいう.
これは実は、行列$(B(x_i,y_j))_{ij}$になっています。
基底$X$から$X'$への変換行列を$P$とすると, $\tilde{X'}$から$\tilde{X}$への変換行列は$^tP$である.
(証明)定理2において$W=V,\, f=\mathrm{id}$とすると
$\xymatrix{
V\\
{K^m} \ar[u]^{X'} \ar[r]_{P} &{K^m} \ar[ul]_{X}
}$のとき$\xymatrix{
{K^m} \ar[d]_{\tilde{X'}} & {K^m} \ar[l]_{^tP} \ar[dl]^{\tilde{X}}\\
{V^*}
}$
となることからわかります。
$B:V\times W\to K$の$X,Y$に関する表現行列を$A$, $X',Y'$に関するそれを$B$とおく. さらに, $X$から$X'$, $Y$から$Y'$への基底変換行列をそれぞれ$P,Q$とする. このとき, $B={}^tPAQ$が成り立つ.
(証明)次の図式からわかります。
$\xymatrix{ {K^n} \ar[rrr]^{A} \ar[dr]_{Y} & & & {K^m} \ar[dl]^{\tilde{X}} \ar[dd]^{^tP}\\ & W \ar[r]^{r_B} & {V^*} & \\ {K^n} \ar[uu]^{Q} \ar[ur]^{Y'} \ar[rrr]_{B} & & & {K^m} \ar[ul]_{\tilde{X'}} }$
写像$e_V:V\to V^{**}$を以下で定める.
\begin{array}{}
V & \stackrel{e_V}{\longrightarrow} & V^{**}\\
v & \longmapsto & [\ \varphi\mapsto \varphi(v)\ ]
\end{array}
次は可換.
$\xymatrix{
V \ar[d]_{e_V} \ar[r]^{f} & W \ar[d]^{e_W}\\
{V^{**}} \ar[r]^{f^{**}} & {W^{**}}
}$
(証明)
$(f^{**}(e_V(v)))(\psi)=(e_V(v))(f^*(\psi))=(f^*(\psi))(v)=\psi(f(v))=(e_W(f(v)))(\psi)$
次は可換.
$\xymatrix{
{(K^m)^*} & {K^m} \ar[l]_{r_{b_m}} \ar[dl]^{e_{K^m}}\\
{(K^m)^{**}} \ar[u]^{r_{b_n}^*}
}$
(証明)
$(r_{b_m}^*(e_{K^m}(x)))(y)=(e_{K^m}(x))(r_{b_m}(y))=(r_{b_m}(y))(x)=b_m(x,y)=b_m(y,x)=(r_{b_m}(x))(y)$
${}$
$e_V$の, $X, \ \tilde{\!\!\tilde{X}}$による表現行列は単位行列である.
(証明)
$\tilde{\!\tilde{X}}$の定義より、次が可換です。
$\xymatrix{
{(K^m)^*} & {K^m} \ar[l]_{r_{b_m}} \ar[d]^{\tilde{\!\tilde{X}}}\\
{(K^m)^{**}} \ar[u]^{r_{b_m}^*} \ar[r]_{X^{**}} & V^{**} \ar[ul]_{(\tilde{X})^*}
}$
これと2つの補題を合わせて、
$\xymatrix{
{(K^m)^*} & {K^m} \ar[l]_{r_{b_m}} \ar[dl]^{e_{K^m}} \ar[d]^{\ \tilde{\!\!\tilde{X}}} \ar[r]^{X} & V \ar[dl]^{e_V}\\
{(K^m)^{**}} \ar[u]^{r_{b_m}^*} \ar[r]_{X^{**}} & V^{**}
}$
これの右側部分より分かります。
$B:V\times W\to K$に対し$B':W\times V\to K$を, $B'(w,v)=B(v,w)$と定める. このとき$B'$の$Y,X$に関する表現行列は$B$の$X,Y$に関するそれの転置である.
(証明)
補題6と全く同様に次が可換になります。
$\xymatrix{
V \ar[r]^{r_{B'}} \ar[d]_{e_V} & {W^*}\\
{V^{**}} \ar[ur]_{r_B^*}
}$
$r_{B'}=r_B^*\circ e_V$と定理2,定理7より主張が従います。
${}$
最後に、テンソル積の元の基底変換(のようなもの)について調べて終わりにしようと思います。
自然な同型$F$を以下で定める.
\begin{array}{}
V\otimes W & \stackrel{F}{\longrightarrow} & \mathrm{Hom}(W^*,V)\\
v\otimes w & \longmapsto & [\ \psi\mapsto \psi(w)v\ ]
\end{array}
元$z\in V\otimes W$に対し, $z$の$X,Y$に関する表現行列とは, $F(z)$の$\tilde{Y},X$に関する表現行列のことをいう.
これは実は、基底$x_i\otimes y_j$の行き先が$E_{ij}$となるので、$\ds\sum a_{ij}\,x_i\otimes y_j$を$(a_{ij})$に対応させることになります。
$z\in V\otimes W$の$X,Y$に関する表現行列を$A$, $X',Y'$によるそれを$B$とする. さらに, 基底の変換行列を今までと同様に定める. このとき$A=PB\,^t\!Q$が成り立つ.
(証明)次の図式から分かります。
$\xymatrix{ {K^n} \ar[rrr]^{A} \ar[dr]_{\tilde{Y}} \ar[dd]_{^tQ} & & & {K^m} \ar[dl]^{X}\\ & {W^*} \ar[r]^{F(z)} & {V} & \\ {K^n} \ar[ur]^{\tilde{Y'}} \ar[rrr]_{B} & & & {K^m} \ar[ul]_{X'} \ar[uu]_{P} }$
読んでくださった方、ありがとうございました。