微分積分に出てくる記号$dx, dy$の意味を解説します.
レベルとしては, 一変数の微分積分を習ったくらいを想定しています.
微分積分を学ぶと, $dx$や$dy$などの記号が出てきます. 初めは導関数の記号$\displaystyle \frac{dy}{dx}$として現れ, 続いて積分$\displaystyle \int_a^b f(x)dx$の中に現れます. ここでの$dy, dx$や$f(x)dx$は個別では定義されず, $\displaystyle \frac{dy}{dx}$のように一体の記号として導入されます.
しかし, 数学をやっていると, $dy, dx$などをあたかも個別の数量のように扱っているように見える場面が現れます. たとえば, 合成関数の微分などです.
$y = f(x), \ z = g(y)$を微分可能な関数とすると, 合成関数$z = g(f(x))$の導関数$\displaystyle \frac{dz}{dx}$は,
$$
\frac{dz}{dx} = \frac{dz}{dy} \frac{dy}{dx}.
$$
この命題では, $dx, dy, dz$を数のように扱っており, $\displaystyle \frac{dz}{dx}$をそれらの分数のように計算しているように見えます.
また, 以下のような変数分離形の微分方程式
$$
\frac{dy}{dx} = -\frac{x}{y}
$$
においても, 以下のように$dx, dy$を数, $\displaystyle \frac{dy}{dx}$をそれらの分数のように扱っています:
$$
\begin{eqnarray}
& & y dy = -x dx \\
&\therefore& \ \int y dy = -\int xdx \\
&\therefore& \ \frac{1}{2}y^2 = -\frac{1}{2}x^2 + Const \\
&\therefore& \ x^2 + y^2 = Const.
\end{eqnarray}
$$
そして, 多変数の微分積分になると, $f(x)dx$のような記号が導関数や積分とはまた別に導入されます. たとえば, 二変数関数$f(x, y)$に対する全微分
$$
df = \frac{\partial f}{\partial x}dx + \frac{\partial f}{\partial y}dy
$$
や, $f, g$を$\mathbb{R}^2$上の関数として, 微分1-形式
$$
f(x, y)dx + g(x, y)dy
$$
などです. そして, これらの記号に対して, 座標変換や, 曲線に沿った微分・積分などを考えると, 大変険しい証明の山を越えた後に, すべてが上手く整合していることが分かります.
しかし, これらの記号は全く形式的に設定されたように見えます. 結局, $dx$とは何々(数?関数?集合?)で, こういう式で定義されるとか, こういう性質で特徴付けられるとかは, 分からないままです.
以下, $dx, dy$は何なのか, どういう意味を持つのかを, なるべく簡単な状況で解説します.
以下では, ひとつの平面$\mathbb{R}^2$の内部でのみ考え, 曲線はなめらかな曲線のみを扱います.
$X := \mathbb{R}^2$とします. 関数$f, g: \mathbb{R} \to \mathbb{R}$は何回でも微分可能とし, $X$の曲線$C$を$C := \{ (f(t), g(t)) \in X: \ t \in \mathbb{R} \}$とします. $i: C \to X$で包含写像を表します.
まず, 平面および曲線の各点に, 接平面および接線と呼ばれる実ベクトル空間を割り当てます.
$p \in X$とします. $X$の$p$における接平面を, 実ベクトル空間$\mathbb{R}^2$のことと定めます. ただし, その原点は$p \in X$にあるとします. これを$T_pX$と書きます.
$X$が真っ平らなので, 接平面$T_pX$は点集合としては$X$自身と同じになります. ただし, $T_pX$の原点は, 接点$p \in X$の位置にあります. つまり, $X$の点$x$は, $T_pX$では$x - p$というベクトルになります.
今はすべて$X$内で考えているので, $X$と$T_pX$は同一平面上にあります. この同一視により, $X$の座標から$T_pX$の基底が一組作れます.
$T_pX$の基底$\partial x, \partial y$を, それぞれ$X$の$x$方向, $y$方向の単位ベクトルと定めます.
今, $p \in C$でもあるとし, $p = (f(t_0), g(t_0))$とします.
$p$における$C$の接線を, $T_pC$と書きます. これは$X$内の点集合としては, よく知られたように,
$$
T_pC := \{ p + s(f'(t_0), g'(t_0)) \in X: \ s \in \mathbb{R} \}
$$
となります. $p \in X$を原点として, $T_pC$をベクトル空間とみなします.
つまり$T_pC$は, $p$を始点として$(f'(t_0), g'(t_0))$に平行なベクトルの全体です. $T_pX$と同様に, $X$の点$p + s(f'(t_0), g'(t_0))$は, $T_pC$では$s(f'(t_0), g'(t_0))$というベクトルになります.
接平面と接線はまとめて接空間と呼ぶことにします. また, 接空間の元を接ベクトルといいます.
空間の間になめらかな写像があると, それらの接空間の間の線形写像を誘導します.
包含写像$i: C \to X$は, 接空間の間の線形写像$i_*: T_pC \to T_pX$を誘導します. 今は, $T_pC \subset T_pX = X$なので, これは単に$T_pC$の元$s(f'(t_0), g'(t_0))$を$T_pX$の元と見るだけです.
これが線形写像になっていることは容易に確かめられます.
$dx$の説明に入る前に, ベクトル空間の双対空間について復習します. 既に理解している人は読み飛ばしても大丈夫です.
この節を通して, $V$は有限次元の$\mathbb{R}$ベクトル空間とします.
$V$から$\mathbb{R}$への線形写像全体は$\mathbb{R}$ベクトル空間になります. これを$V$の双対空間といい, $V^*$と書きます.
実際, $f, g \in V^*$, $a \in \mathbb{R}$に対して, $f + g, af$を
\begin{eqnarray} (f + g)(v) &:=& f(v) + g(v) \ \ (v \in V) \\ (af)(v) &:=& af(v) \ \ (v \in V) \end{eqnarray}
と定めることで, $V^*$は$\mathbb{R}$ベクトル空間になります.
$v_1, \cdots, v_n$を$V$の基底とします. $V^*$の元$f_1, \cdots, f_n$で
\begin{eqnarray}
f_i(v_j) =
\left\{
\begin{array}{l}
1 \ \ (i = j) \\
0 \ \ (i \neq j)
\end{array}
\right.
\end{eqnarray}
となるものが存在し, これは$V^*$の基底となります. この基底を, $v_1, \cdots, v_n$の双対基底といいます.
双対基底の存在により, 有限次元ベクトル空間とその双対空間は同型になることが分かります. ただし, その同型写像の作り方は, 基底の選択に依存します.
ベクトル空間の間の線形写像があると, その双対空間の間には逆向きの写像が誘導されます.
$V, W$を有限次元ベクトル空間, $F: V \to W$を線形写像とします. この時, 双対空間の間の線形写像$F^*: W^* \to V^*$が以下で定義されます:
$$
F(f) := f \circ F \ \ (f \in W^*).
$$
この写像を$F$の双対写像, $F^*(f)$を, $f$の$F$による引き戻しといいます.
接空間の双対空間を余接空間といいます. $T_pX$の双対空間を$T_p^*X$, $T_pC$の双対空間を$T_p^*C$と書き, それぞれ$X$, $C$の$p$における余接空間といいます. 余接空間の元のことを余接ベクトルといいます.
ここまでの準備で, いよいよ$dx, dy$の定義を述べることができます.
$T_pX$の基底$\partial x, \partial y$の双対基底を$dx, dy$と書きます.
つまり, $dx, dy$は, $X$の接ベクトルを受け取ると, それぞれ$x$成分, $y$成分を返す関数です. ただし, これは$T_pX$における話です. $T_pC$においては, $x, y$は独立に動くことができないので, 余接空間の元には制約が加わります. それを計算するために, 包含写像$i: C \to X$を余接空間の間に誘導させます.
$i_*: T_pC \to T_pX$の双対写像を, $i^*: T_p^*X \to T_p^*C$と書く. $i^*(dx), i^*(dy)$をそれぞれ, $dx, dy$の$C$への引き戻しという.
実際に, $dx, dy$の$C$への引き戻しを計算してみましょう. $C$の接ベクトル$v := s(f'(t_0), g'(t_0))$を取ります.
\begin{eqnarray} i^*(dx)(v) &=& sf'(t_0) \\ i^*(dy)(v) &=& sg'(t_0) \end{eqnarray}
特に, $C$が関数のグラフだった場合を考えます. $f: \mathbb{R} \to \mathbb{R}$を何回でも微分可能な関数とし,
$$
C = \{ (x, y) \in X: \ y = f(x) \} = \{ (x, f(x)): x \in \mathbb{R} \}
$$
とします. このとき, $p = (x_0, f(x_0))$における$i^*(dx), i^*(dy)$は, それぞれ
\begin{eqnarray} i^*(dx)(v) &=& s \\ i^*(dy)(v) &=& sf'(x_0) \end{eqnarray}
となります. $C$も$X$の座標で考え, $i^*$は省略して$T_p^*C$の元も$dx, dy$と表せば,
\begin{eqnarray} & dy = f'(x_0)dx \\ \therefore& \ \frac{dy}{dx} = f'(x_0) \end{eqnarray}
となり, $dx, dy$の分数は, 微分係数と一致します. つまり,
曲線$C$における$dx, dy$は, $X = \mathbb{R}^2$の余接ベクトル$dx, dy$ (それぞれ接ベクトルの$x$成分, $y$成分を返す関数)を, $C$の接線に制限したものです.
(続く)