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数学史・伝記解説
文献あり

シルベスターの九元数 (nonion)

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シルベスターの「九元数 (nonion)」の論考について、多項式を行列式として実現する構成原理から四元数および九元数が現れる代数構造を現代的な記法で再構成します。

概要

19世紀末、J. J. シルベスターは多項式の対称なノルム形式を行列式として表現する試みから、四元数およびその3次版である「九元数 (nonion)」を考察しました。本記事では、原文の流れに沿いながら、2次行列において交差項の消去から四元数の反交換関係が導かれる仕組みと、3次行列において1の原始3乗根$\rho$を伴う非可換な関係式$vu = \rho uv$および複素9次元の基底系が生成される構成を解説します。3次では、行列式を実現する一つの構成として九元数の関係式を満たす具体例を取り上げ、行列式の条件だけからは関係式が従わないことにも触れます。さらに、行列単位による記述、一般形の自由度、歴史的なパースとの関係や論理と代数の思想に触れ、現代の一般化パウリ行列や一般化クリフォード代数とのつながりを整理します。nonionsylvesterkindai1

$2$次行列から現れる四元数

シルベスターは、まず$2$次の行列$u, v$をとり、

$$ \det(zI + yv + xu) $$

を$x, y, z$の$2$次式として見るところから始めます。その形を

$$ z^2 + 2bxz + 2cyz + dx^2 + 2exy + fy^2 $$

と書きます。

2次行列の成分計算

$u, v$を成分で

$$ u = \begin{pmatrix} u_1 & u_2 \\ u_3 & u_4 \end{pmatrix}, \quad v = \begin{pmatrix} v_1 & v_2 \\ v_3 & v_4 \end{pmatrix} $$

と書けば、

$$ M = zI + yv + xu = \begin{pmatrix} z & 0 \\ 0 & z \end{pmatrix} + y \begin{pmatrix} v_1 & v_2 \\ v_3 & v_4 \end{pmatrix} + x \begin{pmatrix} u_1 & u_2 \\ u_3 & u_4 \end{pmatrix} $$

であり、まとめると

$$ M = \begin{pmatrix} z + v_1 y + u_1 x & v_2 y + u_2 x \\ v_3 y + u_3 x & z + v_4 y + u_4 x \end{pmatrix}. $$

この行列式を展開すると

$$ \begin{aligned} &z^2 + (u_1+u_4)xz + (v_1+v_4)yz + (u_1u_4-u_2u_3)x^2 \\ &+ (u_1v_4+v_1u_4-u_2v_3-v_2u_3)xy + (v_1v_4-v_2v_3)y^2 \end{aligned} $$

が得られ、これを整理したものがシルベスターの

$$ z^2 + 2bxz + 2cyz + dx^2 + 2exy + fy^2 $$

です。

なぜ交差項の係数に$2$が付くのか

シルベスターが$2$次形式の形で整理することを意図していたためだと考えられます。

$$ \begin{aligned} &\begin{pmatrix} z & x & y \end{pmatrix} \begin{pmatrix} 1 & b & c \\ b & d & e \\ c & e & f \end{pmatrix} \begin{pmatrix} z \\ x \\ y \end{pmatrix} \\ &= z^2 + 2bzx + 2czy + dx^2 + 2exy + fy^2 \end{aligned} $$

対称行列の非対角成分は展開時に$2$回ずつ現れるので、$xz, yz, xy$の係数がそれぞれ$2b, 2c, 2e$になります。

$$ vu + uv = 0 $$

が成り立つことと、

$$ b = 0, \quad c = 0, \quad e = 0 $$

は対応します。厳密には、$b=c=e=0$ならば$vu+uv=0$が成り立ちます(証明は後で示します)。逆は$u, v$が可逆なら成り立ちますが、$u=I,\ v=0$のように退化した場合は反交換しても$b=1$なので、一般には成り立ちません。つまり、$\det(zI + yv + xu)$の交差項が消えるための条件が、$u, v$の反交換関係を導くということです。

さらに$d = 1,\ f = 1$を課し、$uv = w$とおくと、

$$ u^2 = -1, \quad v^2 = -1, \quad w^2 = -1 $$
$$ uv = -vu = w, \quad vw = -wv = u, \quad wu = -uw = v $$

となります。したがって$1, u, v, w$は四元数系をなします。つまり

$$ \det(zI + yv + xu) = z^2 + y^2 + x^2 $$

という最も対称的な形に整えようとすると、四元数の関係式が自動的に現れるわけです。

$uv=-vu,\ u^2=v^2=-I$

$$ \det(zI + yv + xu) = z^2 + 2bxz + 2cyz + dx^2 + 2exy + fy^2 $$

が$z^2 + y^2 + x^2$となる条件は

$$ b=c=e=0,\ d=f=1. $$

$b=0$は$u_1+u_4=0$、$c=0$は$v_1+v_4=0$なので

$$ u_4=-u_1, \quad v_4=-v_1. $$

$e=0$は$u_1v_4+v_1u_4-u_2v_3-v_2u_3=0$なので

$$ 2u_1v_1+u_2v_3+u_3v_2=0. $$

このとき

$$ \begin{aligned} uv &=\begin{pmatrix} u_1 & u_2 \\ u_3 & -u_1 \end{pmatrix}   \begin{pmatrix} v_1 & v_2 \\ v_3 & -v_1 \end{pmatrix} =\begin{pmatrix} u_1v_1+u_2v_3 & u_1v_2-u_2v_1 \\ u_3v_1-u_1v_3 & u_3v_2+u_1v_1 \end{pmatrix} \\ vu &=\begin{pmatrix} v_1 & v_2 \\ v_3 & -v_1 \end{pmatrix}   \begin{pmatrix} u_1 & u_2 \\ u_3 & -u_1 \end{pmatrix} =\begin{pmatrix} v_1u_1+v_2u_3 & v_1u_2-v_2u_1 \\ v_3u_1-v_1u_3 & v_3u_2+v_1u_1 \end{pmatrix} \end{aligned} $$

$$ uv+vu =\begin{pmatrix} 2u_1v_1+u_2v_3+u_3v_2 & 0 \\ 0 & 2u_1v_1+u_2v_3+u_3v_2 \end{pmatrix} =0 $$

$$ \therefore uv=-vu. $$

次に、$d=1$は$u_1u_4-u_2u_3=1$なので、$u_4=-u_1$より

$$ -u_1^2-u_2u_3=1 \quad \Rightarrow \quad u_1^2+u_2u_3=-1 $$

$$ u^2 =\begin{pmatrix} u_1 & u_2 \\ u_3 & -u_1 \end{pmatrix}^2 =\begin{pmatrix} u_1^2+u_2u_3 & u_1u_2 - u_2u_1 \\ u_3u_1 - u_1u_3 & u_1^2+u_2u_3 \end{pmatrix} =\begin{pmatrix} -1 & 0 \\ 0 & -1 \end{pmatrix} $$

$$ \therefore u^2=-I. $$

同様に、$f=1$は$v_1v_4-v_2v_3=1$なので、$v_4=-v_1$より

$$ -v_1^2-v_2v_3=1 \quad \Rightarrow \quad v_1^2+v_2v_3=-1 $$

$$ v^2 =\begin{pmatrix} v_1 & v_2 \\ v_3 & -v_1 \end{pmatrix}^2 =\begin{pmatrix} v_1^2+v_2v_3 & v_1v_2 - v_2v_1 \\ v_3v_1 - v_1v_3 & v_1^2+v_2v_3 \end{pmatrix} =\begin{pmatrix} -1 & 0 \\ 0 & -1 \end{pmatrix} $$

$$ \therefore v^2=-I. $$

四元数の具体的行列表現

この条件は、たとえば

$$ v = \begin{pmatrix} 0 & 1 \\ -1 & 0 \end{pmatrix}, \quad u = \begin{pmatrix} 0 & \theta \\ \theta & 0 \end{pmatrix} \quad (\theta = \sqrt{-1}) $$

とすれば満たされます。このとき

$$ z + yv + xu = \begin{pmatrix} z & y + x\theta \\ -y + x\theta & z \end{pmatrix} $$

したがって、次の$4$つの行列

$$ \begin{pmatrix} 1 & 0 \\ 0 & 1 \end{pmatrix}, \begin{pmatrix} 0 & 1 \\ -1 & 0 \end{pmatrix}, \begin{pmatrix} 0 & \theta \\ \theta & 0 \end{pmatrix}, \begin{pmatrix} -\theta & 0 \\ 0 & \theta \end{pmatrix}$$

は、実数係数のもとで通常の四元数系$1, i, j, k$の行列表現になっています。

4つの行列と$1, i, j, k$の対応

上に並べた順に$I, v, u, uv$を$1, i, j, k$と読むと、$ij=vu=-uv=-k$となり四元数の積の向きが合いません。後の行列単位の節の$-\mu+\nu=i$に合わせて、

$$ i = -v, \quad j = u, \quad k = uv = w $$

と対応させると、$ij=(-v)u=uv=k$となり向きが合います。これは向きを保つ基底の取り直しです。

この具体例をどう選ぶか

本文ではシルベスターの与えた例をそのまま示したが、どうやって選んだかを考察する。

$b=c=0$に対応する「トレースが$0$」という条件は、対角成分を$0$にすれば満たせる。

$$ v = \begin{pmatrix} 0 & v_2 \\ v_3 & 0 \end{pmatrix}, \quad u = \begin{pmatrix} 0 & u_2 \\ u_3 & 0 \end{pmatrix} $$

行列式を$1$にするには、非対角成分の積が$-1$になる必要がある。もっとも単純な組み合わせとして$1(-1)=\theta^2=-1$を選ぶ。

$$ v = \begin{pmatrix} 0 & 1 \\ -1 & 0 \end{pmatrix}, \quad u = \begin{pmatrix} 0 & \theta \\ \theta & 0 \end{pmatrix} $$

なお、$vu$を計算するとシルベスターの示した行列$w=uv$とは符号が逆になる。第4の行列は$vu$ではなく$uv$であり、積の向きを$ij=k$に合わせるには$i=-v$と取るからである。

$$ vu = \begin{pmatrix} 0 & 1 \\ -1 & 0 \end{pmatrix}      \begin{pmatrix} 0 & \theta \\ \theta & 0 \end{pmatrix}    = \begin{pmatrix} \theta & 0 \\ 0 & -\theta \end{pmatrix} $$

なぜ$\theta$を入れるのか

ここで$\theta$を導入する理由は、$z^2 + y^2 + x^2$という正定値の対称な形を保ちたいからです。符号が混ざる二次形式ではなく、すべてがプラスの「球面的なノルム」を行列式として実現しようとすると、虚数を組み込んだこの表現が自然に現れます。

パウリ行列との比較

ここで現れる2×2行列表示はパウリ行列を連想させます。実際、四元数は2×2複素行列で表現できますが、標準的なパウリ行列はそのままだと$2$乗して$+I$になります。四元数のように$2$乗して$-I$にしたいときは、虚数単位を掛けた形にする必要があります。

行列単位による記述

シルベスターは、現代の線形代数では$E_{00}, E_{01}, E_{10}, E_{11}$と表記される2×2行列の行列単位を$\lambda, \mu, \nu, \tau$と書き、その積を

$$ \begin{array}{c|cccc}  & \lambda & \mu & \nu & \tau \\ \hline \lambda & \lambda & \mu & 0 & 0 \\ \mu & 0 & 0 & \lambda & \mu \\ \nu & \nu & \tau & 0 & 0 \\ \tau & 0 & 0 & \nu & \tau \end{array} $$

と表します。そして

$$ \lambda + \tau = 1, \quad -\mu + \nu = i, \quad -\theta \lambda + \theta \tau = k, \quad \theta \mu + \theta \nu = j $$

とおくことで、四元数基底が組み立てられることを示します。原文ではこのあと、$u, v$の$8$個の成分に$5$条件がかかるので自由度は$3$つ残る、と数え上げています。さらに四元数基底$(i, j, k)$を直交変換した$(i', j', k')$に置き換える自由度もちょうど$3$つあるため、上の具体例から一般形へ移れる、という見通しを述べています。

自由度の数え方についての注意

現代的には、$u, v$を一般の複素行列として扱うなら、この$3$は複素自由度であり、同時共役による$\mathrm{PGL}_2(\mathbb C)$の複素$3$次元に対応します。一方、固定した実四元数代数の中で基底を取り直す場合は、$ij=k$を保つ向きを保つ直交変換$\mathrm{SO}(3,\mathbb R)$の実$3$次元です。原文はこの2つを区別していません。

四元数から九元数へ

ここからが本題です。$2$次の場合の

$$ vu = -uv, \quad u^2 = -1, \quad v^2 = -1 $$

が

$$ \det(zI + yu + xv) = z^2 + y^2 + x^2 $$

と対応したのとまったく同じ発想で(以下では原文の表記に合わせ、$u$の係数を$y$、$v$の係数を$x$とします。スカラー変数の名前の入れ替えであり、生成元$u, v$自体の入れ替えとは別の操作です)、$3$次行列$u, v$と$1$の立方根$\rho=e^{2\pi i/3}$に対して

$$ vu = \rho uv, \quad u^3 = 1, \quad v^3 = 1 $$

を満たすための必要十分条件は

$$ \det(zI + yu + xv) = z^3 + y^3 + x^3 $$

である、とシルベスターは主張します。現代的には、$2$次のノルム形式から四元数が出るのと同様に、$3$次の対称なノルム形式から「九元数 (nonion)」と呼ぶべき複素$9$次元の非可換系が現れる、という見方ができます。ここでの「ノルム形式」は、距離を定める正定値のノルムではなく、行列式として得られる代数的なノルムを指します。

必要十分条件としては成立しない

行列式の条件から、固定した$\rho$に対する$vu=\rho uv$が従うという部分は、そのままでは成立しません。$u$と$v$を入れ替えても行列式$\det(zI+yu+xv)=z^3+y^3+x^3$は対称性から保たれますが、交換関係の係数は$\rho$から$\rho^{-1}=\rho^2$に変わります。どちらの向きの原始$3$乗根が現れるかは行列式では決まらないため、この必要十分性を固定した$\rho$についての現代的な定理としてそのまま採用することはできません。さらに、行列式の条件だけでは、$\rho$と$\rho^2$のいずれかによる交換関係が成立することも保証されません。たとえば

$$ U=\operatorname{diag}(1,\rho,\rho^2),\quad V=2^{-1/3}\begin{pmatrix}0&1&\rho^2\\1&0&1\\1&\rho&0\end{pmatrix} $$

は$\det(zI+yU+xV)=z^3+y^3+x^3$を満たしますが、$VU=\rho UV$も$VU=\rho^2UV$も満たしません。歴史的な主張として読み、以下では具体的な行列から交換関係を直接確認します。

なぜ$2$次では$-1$で、$3$次では$1$なのか

ケイリー・ハミルトンの定理を使うと見通しが立ちます。$n$次の場合に$x=1,\ y=0$とすると、$\det(zI+u)=z^n+1$です。$u$の特性多項式$p_u(t)=\det(tI-u)$は、$z=-t$とおいて

$$ p_u(t)=(-1)^n\det(-tI+u)=(-1)^n\bigl((-t)^n+1\bigr)=t^n+(-1)^n $$

となります。$2$次では$p_u(t)=t^2+1$なので、ケイリー・ハミルトンの定理から$u^2+I=0$、すなわち$u^2=-1$です。$3$次では$p_u(t)=t^3-1$なので、$u^3-I=0$、すなわち$u^3=1$です。

偶数次では負号が打ち消され、奇数次では負号が残るため、$2$次では$-1$、$3$次では$1$が現れるわけです。

九元数の具体的な生成元

シルベスターは具体例として

$$ u = \begin{pmatrix} 0 & 0 & 1 \\ \rho & 0 & 0 \\ 0 & \rho^2 & 0 \end{pmatrix}, \quad v = \begin{pmatrix} 0 & 0 & 1 \\ \rho^2 & 0 & 0 \\ 0 & \rho & 0 \end{pmatrix} $$

を与えます。このとき

$$ z + yu + xv = \begin{pmatrix} z & 0 & y + x \\ \rho y + \rho^2 x & z & 0 \\ 0 & \rho^2 y + \rho x & z \end{pmatrix} $$

であり、その行列式は

$$ z^3 + (y + x)(\rho y + \rho^2 x)(\rho^2 y + \rho x) = z^3 + y^3 + x^3. $$

この最後の等式は、$\rho^3 = 1$と$1 + \rho + \rho^2 = 0$を使えば確認できます。

交換関係も直接確認できます。$S$を巡回シフト行列

$$ S=\begin{pmatrix}0&1&0\\0&0&1\\1&0&0\end{pmatrix} $$

とすると、$uv=\rho S$、$vu=\rho^2S$なので$vu=\rho uv$が成り立ちます。また$u^3=v^3=I$も計算で確かめられます。

九元数の$9$個の基底

したがって、四元数で$1, u, v, uv$が基底になるのと同じく、ここでは$9$個の基底からなる系が得られます。係数は複素数に取るので、これは$M_3(\mathbb C)$の複素基底であり、複素$9$次元(実次元では$18$)の代数です。

$$ \begin{alignedat}{6} I &= \begin{pmatrix} 1 & 0 & 0 \\ 0 & 1 & 0 \\ 0 & 0 & 1 \end{pmatrix}&&,& v &= \begin{pmatrix} 0 & 0 & 1 \\ \rho^2 & 0 & 0 \\ 0 & \rho & 0 \end{pmatrix}&&,& v^2 &= \begin{pmatrix} 0 & \rho & 0 \\ 0 & 0 & \rho^2 \\ 1 & 0 & 0 \end{pmatrix}&&, \\ u &= \begin{pmatrix} 0 & 0 & 1 \\ \rho & 0 & 0 \\ 0 & \rho^2 & 0 \end{pmatrix}&&,& uv &= \begin{pmatrix} 0 & \rho & 0 \\ 0 & 0 & \rho \\ \rho & 0 & 0 \end{pmatrix}&&,& uv^2 &= \begin{pmatrix} 1 & 0 & 0 \\ 0 & \rho^2 & 0 \\ 0 & 0 & \rho \end{pmatrix}&&, \\ u^2 &= \begin{pmatrix} 0 & \rho^2 & 0 \\ 0 & 0 & \rho \\ 1 & 0 & 0 \end{pmatrix}&&,&\quad u^2v &= \begin{pmatrix} \rho & 0 & 0 \\ 0 & \rho^2 & 0 \\ 0 & 0 & 1 \end{pmatrix}&&,&\quad u^2v^2 &= \begin{pmatrix} 0 & 0 & \rho \\ \rho & 0 & 0 \\ 0 & \rho & 0 \end{pmatrix}&&. \end{alignedat} $$

この$9$個にさらに$1, \rho, \rho^2$を掛けた$27$個の元は、乗法について群をなします。四元数で$\pm 1, \pm u, \pm v, \pm uv$が閉じることに対応します。

$\rho^2uv$とシフト行列

現代の言葉では、これは$3$次の一般化パウリ行列(クロック行列・シフト行列)と実質的に同じものである。wiki-gpm

たとえば

$$ uv=\begin{pmatrix}0&\rho&0\\0&0&\rho\\\rho&0&0\end{pmatrix} $$

に$\rho^2$を掛けると$3$次のシフト行列が得られる。

$$ \rho^2uv = \rho^2\begin{pmatrix}0&\rho&0\\0&0&\rho\\\rho&0&0\end{pmatrix} = \begin{pmatrix}0&1&0\\0&0&1\\1&0&0\end{pmatrix} $$

現代数学・物理とのつながり

この種の関係式

$$ u^3=1,\quad v^3=1,\quad vu=\rho uv $$

は、量子情報理論で用いられる$3$準位系 (qutrit) の演算子や、一般化クリフォード代数の基本例として現れます。$2$次ではパウリ行列、$3$次以上ではその一般化という形で、シルベスターの洞察は現代の線形代数・数理物理にそのままつながっています。wiki-gca

一般形の自由度

シルベスターはさらに、$3$次行列$u, v$には$18$個の定数があり、

$$\det(zI + uy + vx) = z^3 + y^3 + x^3$$

という条件は$9$個の制約を与えるので、九元数系の一般形には$18 - 9 = 9$個の任意定数が含まれるはずだ、と述べます。これは行列式条件を満たす行列対についての形式的な数え上げであり、条件の独立性を示したものではなく、$vu=\rho uv$を満たす組の自由度と同一視すべきものでもありません。なお、その$9$自由度を上の具体例からどう明示的に取り出すかは「今後の検討に委ねる」としています。

歴史的背景と哲学的考察

パースへの言及と訂正

原文には

These forms can be derived from an algebra given by Mr Charles S. Peirce (Logic of Relatives, 1870).

という一文がありますが、後注でシルベスター自身がこれを訂正しています。要点は、「自分がその事実を直接知っているわけではなく、C. S. Peirce 本人からそう聞いたのでそう書いた」ということです。つまり、パースの Logic of Relatives から本当にこの形が導けるかどうかは、シルベスター自身が確認したわけではない、という訂正です。

同じ注の中で彼は有名な一言も残しています。

I have also a great repugnance to being made to speak of Algebras in the plural; I would as lief acknowledge a plurality of Gods as of Algebras.

「“Algebras”と複数形で語らされる(代数体系が複数あると認める)のは強く抵抗がある。神が複数あると認めるのも、代数が複数あると認めるのも、同じくらい抵抗がある」といった調子です。代数体系が次々に増殖していた時代への、いかにもシルベスターらしい反応です。

論理と代数

最後にシルベスターは「代数を論理に応用するのはすでに知られた話だが、その逆、つまり論理を代数に応用することにはもっと高い知的可能性がある」と述べます。ここで彼はパースの仕事に期待を寄せつつ、ブールが論理計算を用いて不等式の定理を見抜いた例にも触れています。

現代の観点から見ると、四元数・九元数の議論そのものが「式の対称性」から「代数構造」を読み取るという発想で進んでいます。本記事の観点では、これを論理的な構成原理が代数の形を決める、という見方として捉えることもできます。また、一般化パウリ行列や一般化クリフォード代数へ向かう直感を既に含んでいます。

まとめ

本記事では、シルベスターが多項式の対称なノルム形式を行列式として表す試みから四元数と九元数を考察した流れを、原文に沿って整理しました。

$2$次行列では、$\det(zI+yv+xu)$の交差項が消える条件から$u,v$の反交換関係が導かれ、係数をそろえると$1,u,v,uv$が四元数系をなします。$3$次行列では、$1$の原始$3$乗根$\rho$を用いた関係$vu=\rho uv,\ u^3=v^3=1$を満たす具体的な行列から、$9$個の基底をもつ九元数が生成されます。シルベスターは、この関係と行列式$z^3+y^3+x^3$が必要十分条件で結ばれると主張しましたが、行列式から固定した$\rho$に対する交換関係が従うという向きは、そのままでは成り立ちません。九元数の生成元は、現代の$3$次の一般化パウリ行列(クロック行列・シフト行列)と実質的に同じものです。

参考文献

投稿日:5月16日
更新日:7日前
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