導入
環論でしばしば現れる環のクラスに連結環があります.ここでは連結性より強い条件を満たす強連結環というものを考えて,連結だが強連結でない環の例などを紹介します.
前提知識
環や可換環の定義を知っている方を読者として想定しています.行列の演算や整数のなす可換環の剰余環に親しんでいると読みやすいと思います.
冪等元
環を固定します.について,をで表します.
が冪等元 (idempotent element) であるとは,であることをいう.
単位元の定義からは冪等元です.また,任意のに対してが成り立つので,特にも冪等元です.
を冪等元とする.
- が自明 (trivial) であるとはがまたはであることを,非自明 (nontrivial) であるとはそうでないことをいう.
- が中心的 (central) であるとは,任意のに対してであることをいう.
単位元の定義からは中心的です.また,上で述べたように任意のに対してが成り立つので,も中心的です.よって,自明な冪等元は中心的です.
可換環においては任意の冪等元は中心的ですが,非可換環であれば中心的でない冪等元をもつ場合があります.
を零環でない環とする.の元を成分にもつ次の下三角行列 (lower triangular matrix) の集合
は行列の加法と乗法により環をなし,零元はで単位元はである.に対してが成り立つ.について,
なのでは冪等元である.これが中心的でないことを示そう.に対して,
- の第-成分,すなわちの部分はであり,
- の第-成分はであり,が零環でないことからこれらは異なるのでであり,が中心的でないことが示された.
連結環と強連結環
を環とする.
- が連結環 (connected ring) であるとは,中心的な冪等元が自明なものしかないことをいう.
- が強連結環 (strongly connected ring) であるとは,の冪等元が自明なものしかないことをいう.
「強連結環」というのは本稿独自の用語です.グラフ理論では強連結な有向グラフというものがあるようですが,それとは関係ありません.
強連結環は連結環であり,可換な連結環は強連結環です.
は,に対してを「との整数としての和をで割った余り」として,を「との整数としての積をで割った余り」とすることで可換環をなす.の乗をで割った余りはだから,ではが成り立ち,は非自明 (かつ中心的) な冪等元なので,は (強) 連結環でない.
を零環でない環とします.
例 1 ではが中心的でない冪等元をもつことを見ました.「自明な冪等元は中心的である」ことからは非自明なので,は強連結環ではありません.
が連結環になってくれれば反例が作れて嬉しいのですが,例えばの場合はが非自明かつ中心的な冪等元になってしまいます.これは例 2 で見たようにが連結環でないことが原因です.
一般に,が連結環でなければ,非自明かつ中心的な冪等元が取れて,は非自明かつ中心的な冪等元になるので,は連結環ではないです.
が零環であればとは共に連結なので,以下が示せました:
実はこの逆も成り立ちます.
を中心的な冪等元とする.
- の第-成分はであり,
- の第-成分はであり,
- の第-成分はであり,
- の第-成分はである.
は中心的だからかつなので,かつであり,が成り立つ.
が冪等元であることからであり,-成分を比較してを得るので,は冪等元である.
を任意に取る.の第-成分はであり,の第-成分はである.は中心的だからこれらは等しく,の任意性からは中心的である.
ゆえには中心的な冪等元であり,が連結であることからはまたはとなるので,はまたはとなって,が連結であることが示された.
まとめ
を零環でない環とします.先程述べたように,が強連結環でないことが例 1 から従います.更にを連結環とすれば,は命題 2 より連結環になります.よって,例えばなどは連結だが強連結でない環の例になっています.
連結だが強連結でない環の例を与えることが目的でしたが,副産物として得られた「が連結環ならばも連結環になる」という結果には驚きました.を一般の整数に変えても,命題 1, 2 は成り立つ (と思う) ので計算してみてください.
感想
今回は,Twitter で強連結環に相当する用語があるかどうか質問を投げかけたときに様々な反応を頂いたことから,少し計算してみたことをまとめました.Twitter でリプライをして下さった方々にここで感謝の意を表したいと思います.
可換環に対して,が連結であることはという位相空間が連結であることと同値ですが (証明は Stacks Project の
Tag 00EE
などを参照してください).非可換環に対しても対応する位相空間があって,強連結であることを位相空間論の言葉で上手く表現出来たら嬉しいですね.