環論でしばしば現れる環のクラスに連結環があります.ここでは連結性より強い条件を満たす強連結環というものを考えて,連結だが強連結でない環の例などを紹介します.
環や可換環の定義を知っている方を読者として想定しています.行列の演算や整数のなす可換環$\Z$の剰余環に親しんでいると読みやすいと思います.
環$R$を固定します.$r\in R$について,$r\cdot r$を${\color{red}r^2}$で表します.
$e\in R$が冪等元 (idempotent element) であるとは,$e^2=e$であることをいう.
単位元の定義から$1$は冪等元です.また,任意の$r\in R$に対して$r\cdot 0=0=0\cdot r$が成り立つので,特に$0$も冪等元です.
$e\in R$を冪等元とする.
単位元の定義から$1$は中心的です.また,上で述べたように任意の$r\in R$に対して$r\cdot0=0\cdot r$が成り立つので,$0$も中心的です.よって,自明な冪等元は中心的です.
可換環においては任意の冪等元は中心的ですが,非可換環であれば中心的でない冪等元をもつ場合があります.
$S$を零環でない環とする.$S$の元を成分にもつ$2$次の下三角行列 (lower triangular matrix) の集合
$${\color{red}\mathbb{T}_2(S)}=
\Bigl[\begin{smallmatrix}
S&0\\
S&S
\end{smallmatrix}\Bigr]
=\biggl\{
\Bigl(\begin{smallmatrix}
s_1&0\\
s_2&s_3
\end{smallmatrix}\Bigr)
\Biggl.\Biggr|\,s_1,s_2,s_3\in S\biggr\}$$
は行列の加法と乗法により環をなし,零元は$\bigl(\begin{smallmatrix}
0&0\\
0&0
\end{smallmatrix}\bigr)$で単位元は$\bigl(\begin{smallmatrix}
1&0\\
0&1
\end{smallmatrix}\bigr)$である.$\Bigl(\begin{smallmatrix}
s_1&0\\
s_2&s_3
\end{smallmatrix}\Bigr)
,
\Bigl(\begin{smallmatrix}
t_1&0\\
t_2&t_3
\end{smallmatrix}\Bigr)\in\mathbb{T}_2(S)$に対して$\Bigl(\begin{smallmatrix}
s_1&0\\
s_2&s_3
\end{smallmatrix}\Bigr)\!
\Bigl(\begin{smallmatrix}
t_1&0\\
t_2&t_3
\end{smallmatrix}\Bigr)
=
\Bigl(\begin{smallmatrix}
s_1t_1&0\\
s_2t_1+s_3t_2&s_3t_3
\end{smallmatrix}\Bigr)$が成り立つ.${\color{red}e}=
\bigl(\begin{smallmatrix}
1&0\\
0&0
\end{smallmatrix}\bigr)$について,
$$ e^2=\bigl(\begin{smallmatrix}
1&0\\
0&0
\end{smallmatrix}\bigr)
\!
\bigl(\begin{smallmatrix}
1&0\\
0&0
\end{smallmatrix}\bigr)
=
\Bigl(\begin{smallmatrix}
1^2&0\\
0\cdot1+0^2&0^2
\end{smallmatrix}\Bigr)
=e$$
なので$e$は冪等元である.これが中心的でないことを示そう.${\color{red}r}=
\bigl(\begin{smallmatrix}
0&0\\
1&0
\end{smallmatrix}\bigr)$に対して,
$R$を環とする.
「強連結環」というのは本稿独自の用語です.グラフ理論では強連結な有向グラフというものがあるようですが,それとは関係ありません.
強連結環は連結環であり,可換な連結環は強連結環です.
${\color{red}\Z/6\Z}=\{0,1,2,3,4,5\}$は,$r,s\in\Z/6\Z$に対して$r+s$を「$r$と$s$の整数としての和を$6$で割った余り」として,$rs$を「$r$と$s$の整数としての積を$6$で割った余り」とすることで可換環をなす.$3$の$2$乗を$6$で割った余りは$3$だから,$\Z/6\Z$では$3^2=3$が成り立ち,$3$は非自明 (かつ中心的) な冪等元なので,$\Z/6\Z$は (強) 連結環でない.
$S$を零環でない環とします.
例 1 では$\mathbb{T}_2(S)$が中心的でない冪等元$e= \bigl(\begin{smallmatrix} 1&0\\ 0&0 \end{smallmatrix}\bigr)$をもつことを見ました.「自明な冪等元は中心的である」ことから$e$は非自明なので,$\mathbb{T}_2(S)$は強連結環ではありません.
$\mathbb{T}_2(S)$が連結環になってくれれば反例が作れて嬉しいのですが,例えば$S=\Z/6\Z$の場合は$\bigl(\begin{smallmatrix} 3&0\\ 0&3 \end{smallmatrix}\bigr)\in\mathbb{T}_2(S)$が非自明かつ中心的な冪等元になってしまいます.これは例 2 で見たように$\Z/6\Z$が連結環でないことが原因です.
一般に,$S$が連結環でなければ,非自明かつ中心的な冪等元$e\in S$が取れて,$\Bigl(\begin{smallmatrix} e&0\\ 0&e \end{smallmatrix}\Bigr)\in\mathbb{T}_2(S)$は非自明かつ中心的な冪等元になるので,$\mathbb{T}_2(S)$は連結環ではないです.
$S$が零環であれば$S$と$\mathbb{T}_2(S)$は共に連結なので,以下が示せました:
$S$を環とするとき,$\mathbb{T}_2(S)$が連結ならば,$S$も連結である.
実はこの逆も成り立ちます.
$S$を環とするとき,$S$が連結ならば,$\mathbb{T}_2(S)$も連結である.
$e=\Bigl(\begin{smallmatrix} e_1&0\\ e_2&e_3 \end{smallmatrix}\Bigr)\in\mathbb{T}_2(S)$を中心的な冪等元とする.
$e$は中心的だから$e
\bigl(\begin{smallmatrix}
1&0\\
0&0
\end{smallmatrix}\bigr)
=\bigl(\begin{smallmatrix}
1&0\\
0&0
\end{smallmatrix}\bigr)e$かつ$e\bigl(\begin{smallmatrix}
0&0\\
1&0
\end{smallmatrix}\bigr)=\bigl(\begin{smallmatrix}
0&0\\
1&0
\end{smallmatrix}\bigr)e$なので,$e_2=0$かつ$e_3=e_1$であり,$e=\Bigl(\begin{smallmatrix}
e_1&0\\
0&e_1
\end{smallmatrix}\Bigr)$が成り立つ.
$e$が冪等元であることから$e^2=e$であり,$(1,1)$-成分を比較して$e_1^2=e_1$を得るので,$e_1$は冪等元である.
$s\in S$を任意に取る.$e
\Bigl(\begin{smallmatrix}
s&0\\
0&0
\end{smallmatrix}\Bigr)=\Bigl(\begin{smallmatrix}
e_1&0\\
0&e_1
\end{smallmatrix}\Bigr)\Bigl(\begin{smallmatrix}
s&0\\
0&0
\end{smallmatrix}\Bigr)$の第$(1,1)$-成分は${\color{red}e_1s}$であり,$\Bigl(\begin{smallmatrix}
s&0\\
0&0
\end{smallmatrix}\Bigr)e=\Bigl(\begin{smallmatrix}
s&0\\
0&0
\end{smallmatrix}\Bigr)\Bigl(\begin{smallmatrix}
e_1&0\\
0&e_1
\end{smallmatrix}\Bigr)$の第$(1,1)$-成分は${\color{red}se_1}$である.$e$は中心的だからこれらは等しく,$s$の任意性から$e_1$は中心的である.
ゆえに$e_1$は中心的な冪等元であり,$S$が連結であることから$e_1$は$1$または$0$となるので,$e$は$\bigl(\begin{smallmatrix}
1&0\\
0&1
\end{smallmatrix}\bigr)=1$または$\bigl(\begin{smallmatrix}
0&0\\
0&0
\end{smallmatrix}\bigr)=0$となって,$\mathbb{T}_2(S)$が連結であることが示された.
$S$を零環でない環とします.先程述べたように,$\mathbb{T}_2(S)$が強連結環でないことが例 1 から従います.更に$S$を連結環とすれば,$\mathbb{T}_2(S)$は命題 2 より連結環になります.よって,例えば$\mathbb{T}_2(\Z)$などは連結だが強連結でない環の例になっています.
連結だが強連結でない環の例を与えることが目的でしたが,副産物として得られた「$S$が連結環ならば$\mathbb{T}_2(S)$も連結環になる」という結果には驚きました.$2$を一般の整数$n\ge2$に変えても,命題 1, 2 は成り立つ (と思う) ので計算してみてください.
今回は,Twitter で強連結環に相当する用語があるかどうか質問を投げかけたときに様々な反応を頂いたことから,少し計算してみたことをまとめました.Twitter でリプライをして下さった方々にここで感謝の意を表したいと思います.
可換環$R$に対して,$R$が連結であることは$\operatorname{Spec}(R)$という位相空間が連結であることと同値ですが (証明は Stacks Project の Tag 00EE などを参照してください).非可換環に対しても対応する位相空間があって,強連結であることを位相空間論の言葉で上手く表現出来たら嬉しいですね.