平方剰余記号,またはルジャンドル記号$\left(\dfrac{\alpha}{p}\right)$とは古典的には$x^2\equiv \alpha\pmod{p}$となる$x$の存在を判定するものとして導入される.よく知られた相互法則は実は現代整数論の深い理論(i.e.類体論)の萌芽であることが現代ではわかっている.本稿では平方剰余記号が古典的な意味を超えて何を表しているのかを見ていくことを目標としたい.
予備知識として代数的整数論の初歩は仮定せざるをえないことを断わっておく.
クンマーの理想数などの発見によって素数$p$よりも素イデアル$\mf{p}$を見るほうがより精密であることが19世紀には知られていた.そして素イデアル$\mf{p}$の情報を探るとき,$\mf{p}$に対して定まるフロベニウス(写像)$\frob_{\mf{p}}$というものが鍵になることが知られている.
これは数体のガロア拡大$K/F$があったとき,$\mf{p}$を$F$の素イデアル,$\mf{P}$をその上にある$K$の「不分岐な」素イデアルとするとき次の式を満たす$\frob_{\mf{P}}:K\to K\in\gal(K/F)$として特徴づけられる:
(*)任意の$\alpha\in\mc{O}_K$に対して
$$\frob_{\mf{P}}(\alpha)\equiv \alpha ^{\mc{N}\mf{p}} \pmod{\mf{P}}.$$ここで$\mc{N}\mf{p}$は$\mc{O}_F/\mf{p}$の位数
^1
である(絶対ノルムと呼ばれる).(*)を満たす写像$\frob_{\mf{P}}:K\to K\in \gal (K/F)$は一意的に定まることが知られており(ヒルベルトの理論というもの),これを$\mf{P}$のフロベニウス(写像)という.$\left(\dfrac{K/F}{\mf{P}}\right)$と書くことも多い.
つまり「$K$の整数」 ^2 に対して$\pmod{\mf{P}}$で見ると「下の素イデアル$\mf{p}$」の絶対ノルム乗となるような作用素のことである.ヒルベルトの理論により(*)の式がとても大事ということになる.この式を心に留めておいていただきたい.
フロベニウスについて恐らく最も大事な事実は次である:
上の状況において、
$\mf{p}$が$K$で完全分解$\iff\frob_{\mf{P}}=1$.
ここで1は恒等写像の意味であるからつまり「(下の)素イデアルが完全分解する$\iff$フロベニウスが自明」である。
フロベニウスについて馴染みのない方は
tsujimotterさんの記事
がおすすめです.
以下$\zeta_n:=e^{2\pi i/n}$として,数体の拡大が$\Q(\zeta_2,\sqrt{\alpha})/\Q(\zeta_2)\ (\alpha\in\Z[\zeta_2]\setminus \mf{p})$であるときを考えよう($\alpha$が$\mf{p}$の倍数 ^3 では駄目なのは次にフロベニウスを考えるとき不分岐の条件を満たすためである).更に$\mf{p}\nmid 2$とする.ここで$\zeta_2=-1$であるから冗長な書き方をしていることに訝しむ読者も多いと思うが,この冗長さはのちの伏線になるのでご容赦願いたい.このとき$F$の素イデアル$\mf{p}$はある「奇」素数$p$を用いて$\mf{p}=(p)=p\Z$とかけることを記しておこう.
さてこのとき,$\frob_{\mf{P}}$はガロア群$\gal(\Q(\zeta_2,\sqrt{\alpha})/\Q(\zeta_2))$の元であったことを思い出すとこれは$\sqrt{\alpha}$の行き先$\frob_{\mf{P}}(\sqrt{\alpha})$だけで決まることがわかる.ここで(*)の式を考えてみよう:
$$\begin{eqnarray}
\frob_{\mf{P}}(\sqrt{\alpha})\equiv \sqrt{\alpha}^{\mc{N}(p\Z)}=\sqrt{\alpha}^{p}=\alpha^{\frac{p-1}{2}}\sqrt{\alpha}\ \pmod{\mf{P}}\end{eqnarray}$$ここで古典的な結果であるオイラーの規準$\alpha^{\frac{p-1}{2}}\equiv \left(\dfrac{\alpha}{p}\right) \pmod{p}$を使うと($p\Z\subset p\mc{O}_{K}\subset \mf{P}$だから)
$$\frob_{\mf{P}}(\sqrt{\alpha})\equiv \left(\dfrac{\alpha}{p}\right) \sqrt{\alpha}\ \pmod{\mf{P}}$$となる.ここで両辺は多項式$X^2-\alpha$の零点であるが,この多項式は$\mc{O}_K/\mf{P}$係数と見て(微分と互いに素より)分離的なので$\sqrt{\alpha}\not\equiv -\sqrt{\alpha}\ \pmod{\mf{P}}$だからこれは結局=であることがわかる:
$$\frob_{\mf{P}}(\sqrt{\alpha})=\left(\dfrac{\alpha}{p}\right) \sqrt{\alpha}$$結論から言うとこの式こそが現代整数論から見て筋の良い平方剰余記号の捉え方(の一つ)なのである.つまり標語的に言えば「平方剰余記号とは二次体のフロベニウス」なのである!
では何を持って「筋がいい」と言えるのか?これは次が一つの論拠になると思う.
・相互法則を$\frob_{\mf{P}}(\sqrt{q})=\left(\dfrac{p^{\dagger}}{q}\right) \sqrt{q}\ (p^{\dagger}:=(-1)^{\frac{p-1}{2}}p)$となることをガロア理論的に言うことで示すことができる(いずれ詳細を書くかもしれない).
・「フロベニウスの最も大事な性質」によって$\mf{p}=p\Z$が$\Q(\sqrt{\alpha})$で完全分解$\iff \left(\dfrac{\alpha}{p}\right)=1$が直ちに分かる!
・立法剰余,4乗剰余などより高次の$n$乗剰余へとそのまま一般化ができる.
最後の点について以下見ていこう.
そもそも$n$乗剰余記号がどう定義されるかというのはよく知られた話題ではないから定義を書いておく:
$\mf{p}\nmid n\alpha$なる$\alpha\in\Z[\zeta_n]$に対して($n\mid \mc{N}\mf{p}-1$であり,)
$$\alpha^{\frac{\mc{N}\mf{p}-1}{n}} \equiv \left(\dfrac{\alpha}{\mf{p}}\right)_n \pmod{\mf{p}}$$となる$\left(\dfrac{\alpha}{\mf{p}}\right)_n\in\Z[\zeta_n]$が一意に定まる.これを$n$乗剰余記号$\left(\dfrac{\alpha}{\mf{p}}\right)_n$という.
(カッコ内については最小多項式が$\mc{O}_K/\mf{P}$係数と見て分離的より$\zeta_n\pmod{\mf{p}}$が異なることと群論のラグランジュの定理により従う)
つまりオイラーの規準を素直に一般化したような定義である.ここで$\left(\dfrac{\alpha}{\mf{p}}\right)_n$の値というのは1の$n$乗根を取る.実際それは両辺を$n$乗してみることによってわかる.$n=2$のときは
$$\left(\dfrac{\alpha}{p\Z}\right)_2=\left(\dfrac{\alpha}{p}\right)$$という風になって平方剰余記号の素直な一般化になっていることが見て取れる.1の$2$乗根とは$\pm 1$のことだったことも思い出したい.立法剰余記号なら1の3乗根を値に取るというわけだ.
まず疑問に思うであろうことはこれが確かにその名の通り$n$乗剰余についての問題の判定を与えてくれるのかということだろう.これについては次が成り立つ:
$$\left(\dfrac{\alpha}{\mf{p}}\right)_n=1 \iff \exists x\in\Z[\zeta_n],\ x^n\equiv \alpha \pmod{\mf{p}}$$
つまり$x$はもはや整数ではなく整数と1の$n$乗根が混ざった数となるがそのようなものを許容すれば確かに$n$乗剰余記号は$n$乗剰余についての問題の判定を与えてくれる.
これの証明の鍵となるのが$(\Z[\zeta_n]/\mf{p})^{\times}$が巡回群になることである.これは「有限体の乗法群は巡回群」という大切な事実の帰結である.このことより原始根$r$を取って$(\Z[\zeta_n]/\mf{p})^{\times}=< r>$と表示できる.あとは難しくない.
話を戻してこの$n$乗剰余をフロベニウスで捉えることを考えよう.ここで考える数体の拡大は$\Q(\zeta_n,\sqrt[n]{\alpha})/\Q(\zeta_n)\ (\alpha\in\Z[\zeta_n]\setminus \mf{p})$である.つまりクンマー拡大と呼ばれるタイプの体拡大である.
さてではここで前と全く平行に議論しよう.式(*)より $$\begin{eqnarray}
\frob_{\mf{P}}(\sqrt[n]{\alpha})\equiv \sqrt[n]{\alpha}^{\mc{N}(\mf{p})}=\alpha^{\frac{\mc{N}(\mf{p})-1}{n}}\sqrt[n]{\alpha}\ \pmod{\mf{P}}\end{eqnarray}$$ここで$n$乗剰余の定義式$\alpha^{\frac{\mc{N}(\mf{p})-1}{n}}\equiv \left(\dfrac{\alpha}{\mf{p}}\right)_n \pmod{\mf{p}}$を使うと($\mf{p}\subset \mf{p}\mc{O}_{K}\subset \mf{P}$だから)
$$\frob_{\mf{P}}(\sqrt[n]{\alpha})\equiv \left(\dfrac{\alpha}{\mf{p}}\right)_n \sqrt[n]{\alpha}\ \pmod{\mf{P}}$$となる.ここで両辺は多項式$X^n-\alpha$の零点であるが,この多項式は$\mc{O}_K/\mf{P}$係数と見て分離的なのでこれは結局=であることがわかる:
$$\frob_{\mf{P}}(\sqrt[n]{\alpha})=\left(\dfrac{\alpha}{\mf{p}}\right)_n \sqrt[n]{\alpha}$$これにより標語的に「$n$乗剰余記号とはクンマー拡大のフロベニウス」であることがわかった!
相互法則についてはどうなるかというと結論から言うと$n$乗剰余記号$\left(\dfrac{\alpha}{\mf{p}}\right)_n$そのままを考えていては出てこず,これをヒルベルト記号という局所的なモノに繋げる必要がある.というのも$n$乗剰余の相互法則はヒルベルト記号を用いて記述されるからである(もっとも,ヒルベルト記号はブルックナーの公式というものによって原理的には完全に計算可能らしい(ノイキルヒ参照)のでヒルベルト記号を原理的には出さなくてもすむ)
「平方剰余記号とは二次体のフロベニウス」,より一般に「$n$乗剰余記号とはクンマー拡大のフロベニウス:$\frob_{\mf{P}}(\sqrt[n]{\alpha})=\left(\dfrac{\alpha}{\mf{p}}\right)_n \sqrt[n]{\alpha}$」!
ちなみにクロネッカー記号なら「クンマー拡大のアルティン記号」となることはこのことと定義からすぐわかる。