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芦景(ロケール)の導入

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位相空間は,点の集まりと見做されることとなる台集合とその上の開集合を定める構造との組として定義される.この二つのうちどちらがより情報を持っているかと考えると,開集合系を忘却するとただのバラバラした点の集まりしか残らないのに対して,台集合を忘却しても開合系の合併を取ることで元の台集合が復元できる点で情報が多いことが分かる.これは開集合系が台集合の二重冪集合の元であって任意合併と有限交叉で閉じるものとして定義されていたからであり,古典的な位相空間論が点どうしの近さを表現する為めに台集合から始めて集合論的に構成していくスタイルを採っていたことに依るものである.

では台集合を忘却した上で,開集合系の集合論的構成も忘却した場合はどうであろうか??即ち,点どうしの近さだけを覚えている状況,例えば開集合どうしの包含関係を抽象的に順序集合と見做す状況では,その順序集合だけから元の空間の情報はどの程度復元できるであろうか??
少し考えてみると例えば位相的に識別できない点の有無などは開集合系の順序集合としての性質からは復元することができないことが分かる.このように必ずしも全ての空間の全ての情報を復元できるとは限らない.併し慎重に議論を重ねることにより実はある程度の分離公理を満たす空間の情報は本質的に復元できることが明らかになるのである.こういった観点に立って空間概念を考察するのが無点拓朴論(Pointless Topology)である.

記号法
  • 集合Xに対して,組P(X),は完備束である.以下ではこの組を単にP(X)と書く.
  • 位相空間X,OXについて,組OX,P(X)の部分束である.以下ではこの組をΩ(X,OX)や単にΩ(X)と書く.
  • 位相空間の圏をTopと書く.

先ずは位相空間の開集合系の為す束の持つ性質について調べ,それを用いて芦景(ロケール)を導入しよう.早速,OXの部分集合Sについて考えると,このときcolimP(X)(S)=Sが成立し,開集合系の公理よりSOXである.よって元の圏の余極限(とその構造射)を部分圏が有しているのでcolimΩ(X)(S)=Sが成立する.よってΩ(X)は完備束であるが,この極限について計算するとlimΩ(X)(S)=colimΩ(X)({UOX任意のSSに対してUSが成立する})=colimΩ(X)({UOXUSが成立する})=intX(S)=intX(limP(X)(S))が成立するので,一般にはcolimΩ(X)(S)=colimP(X)(S)が成り立つとは限らない.これは包含函手ι:Ω(X)P(X)が連続だが余連続とは限らないと言い表すことができるが,Sが有限集合であれば先の等号が成り立つことに注意されたい.
よってP(X)が完備Boole代数であることと併せれば,一度P(X)に埋め込んで計算することでΩ(X)に於いて無限分配束が成り立つことが示される.実際,Ω(X)の部分集合族Siを有限個(n個とする)とり,Si達の濃度の中で最大のものをκとする.このとき各iに対してκからSiへの全射fiが取れ,これを用いると
limΩ(X)({colimΩ(X)(Si)i=1,,n})=limP(X)({colimP(X)(Si)i=1,,n})=limP(X)({colimP(X)(fi[κ])i=1,,n})=colimP(X)({limP(X).({fi(α)i=1,,n})ακ})=colimΩ(X)({limΩ(X)({fi(α)i=1,,n})ακ})と計算できる.よって完備Heyting束であることが分かる.この観察の下で,位相空間の開集合系の束論的な性質を抽象化した無点拓朴概念として,芦景を導入することができる.

骨組,フレーム

完備Heyting束を骨組(Frame,フレーム,フレイム)という.二つの骨組F1F2について,φF1からF2への骨組の射であるとは,

  1. φは束の射である.
  2. φは完備上半束の射である.

を満たすことである.骨組の射は写像の合成で閉じており,台集合の間の恒等写像は骨組の射である.よって写像の合成および恒等写像を構造として備えた骨組の為す圏を考えることができ,これをFrmと書く.

芦景

骨組の為す圏Frmの反対圏を芦景の為す圏といい,Locと書く.Locの対象を芦景(Locale,ロケール,ロケイル)という.

芦景の典型例は位相空間の開集合系の為す束Ω(X)である.これはTopの対象からLocの対象を定める写像であるが,これは実は函手Ω定める.命題の形でまとめておこう.

ΩTopからLocへの函手である.これもΩと書く.
証明は末尾に張ったリンク先で公開しているpdfに譲ることとし,ここでは省略する.

この函手Ωは右随伴ptを持つ.この右随伴は芦景に対して位相空間を標準的に対応させるものであり,位相空間から誘導される芦景からの射を司る対象と考えることができる.このことからも大変重要な概念であることが伺われる通り,ある意味で抽象的な芦景の点概念を与えるものになる.

この辺りの事実は既にTwitterで公開している「芦景のーと」に書いています.こちらのノートはJohnstoneのStone Spacesゼミの勉強ノートで,ゼミの進捗と私の時間的余裕とに応じて更新されています.もし興味を持った方がいらっしゃれば以下のURLのTweetからpdfをご覧になるか,Johnstoneを手に取っていただければ幸いです.
TweetのURL: https://twitter.com/1997_takahashi/status/1322468757109841922

訳に関する補足

この記事はpdfからの切り抜きのため,個人的なノートに用いている標準的ではない訳語が含まれています.具体的には以下の通りです.一応それぞれに理由があるので,そちらも併記しておきます.

  • 芦景:通常は単に「ロケール」と書かれます.これを「芦景」と書いたのは一つに位相空間→ロケール→景という順に(厳密ではないがある意味で)一般化されていきますが,ロケールは順序的なので景に比べてやせ細っており,芦らしく感じられる気がしたことによります.また単純に音がロケールに近いというのも理由の一つです.尤も私自身まだ芦景に十分に慣れ親しんでいる訳ではないので試訳に過ぎません.
  • 骨組:通常は単に「フレーム」と書かれます.こちらはテキトーです.Localeを芦景と訳した手前,こちらにも仮に骨組と訓ませてみました.もっと適切な訳があればそちらに書き改めます.
  • 無点拓朴論:通常は「無点位相空間論」または「ポイントレストポロジー」と書かれます.これを「無添拓朴論」と書いたのはTopologyの中文表記である「拓朴」を尊重したことによります.これは音写ですが,魑魅魍魎の跋扈するGeneral Topologyを素朴な道具で切り拓いていく勇ましさが感じられて個人的に気に入っており,空間概念を扱う分野としてのTopologyには拓朴と訓ませることにしています.
投稿日:2020119
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サクラ
サクラ
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関東で一般大学院生をしています.多元環の表現論が専門です. Mathtodon:https://mathtod.online/web/accounts/1573

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