注:タイトルに体と入っていますが、この記事は体論の知識を前提としていません。代わりに線型代数の基礎(行列式,固有値など)を使います。
代数的数とは、有理数係数のモニック多項式の根となる複素数のことです。例えば$0,\frac 12,\sqrt{ -2 }$などは代数的数です。ここで、代数的数全体の集合を$\A$とします($\A$は$\Q$の代数的閉包なので、一般的には$\bar \Q$と書かれます)。
この記事では、以下の二つの命題を示します。
(i)$\alpha,\beta \in \A \Rightarrow \alpha+\beta ,\alpha\beta \in \A$
(ii)$\alpha\in \A\setminus\{0\}\Rightarrow \alpha ^{-1}\in \A$
(i)より$\A$が可換環をなす事がわかり、さらに(ii)より$\A$が体をなす事がわかります。
さて、今回のメインパートである(i)を示していきます。まず方針をざっくりと説明します。
$\alpha,\beta\in\A$のとき、$V=\Q[\alpha,\beta]$は$\Q$上の有限次元ベクトル空間であり、$V$上の変換$x\mapsto (\alpha +\beta)x$や$x\mapsto \alpha\beta x$は線型変換なので、$\alpha+\beta$や$\alpha\beta$はその表現行列の固有値、つまり固有多項式の根であり、従って代数的数であることが分かります。
この章の末尾にある例を見ると理解しやすいかもしれません。
では証明に入りましょう。まず次の補題を示します。
$\lambda,\gamma_1,\ldots,\gamma_n\in \C ,V=\langle \gamma_1,\ldots,\gamma_n\rangle _{\Q}\neq\{0\}$とする.このとき,
$\lambda \gamma_i\in V(i=1,\ldots,n)$ならば$ \lambda\in \A$
仮定より,
$$\lambda \gamma_i=\sum_{j=1}^n a_{ij}\gamma _j\quad(a_{ij}\in \Q)$$
とおける.このとき,
$$
\begin {aligned}
\bm {\gamma}=\left(\begin{matrix}\gamma_1\\
\vdots\\
\gamma_n\end{matrix}\right)
\end {aligned}$$
とすれば
$$
\begin {aligned}
\lambda\bm\gamma&=\left(\begin{matrix}
a_{11}&\cdots&a_{1n}\\
\vdots&\,&\vdots\\
a_{n1}&\cdots&a_{nn}
\end{matrix}\right)\bm\gamma
\end {aligned}
$$
である. $V\neq \{0\}$より$\bm\gamma \neq \bm 0$なので$\lambda$は$(a_{ij})$の固有値であり,
$$
\left |\begin{matrix}
a_{11}-\lambda&a_{12}&\cdots&a_{1n}\\
a_{21}&a_{22}-\lambda&\cdots&a_{2n}\\
\vdots&\vdots&\ddots&\vdots\\
a_{n1}&a_{n2}&\cdots&a_{nn}-\lambda
\end{matrix}\right |=0
$$
左辺に$(-1)^n$を掛けたものは$\lambda$に関する有理数係数のモニック多項式なので,$\lambda\in \A$である.(証明終)
ここまでくれば、あと少しです!
$\alpha,\beta\in \A$に対して、$\alpha+\beta,\alpha\beta\in \A$を示します。
有理数係数のモニック多項式$P,Q$であって, $P(\alpha)=Q(\beta)=0$となるものをとり,それらから最高次の項を除いたものをそれぞれ$p,q$とする.
$V=\langle\alpha^k\beta^l\mid 0\leq k< \deg P,0\leq l<\deg Q\rangle_{\Q}$とすると,
$$
\begin {aligned}
\alpha \cdot \alpha ^{k}\beta ^{l}&=\begin {cases}
\alpha^{k+1}\beta^l&0\leq k<\deg P-1\\
\alpha^{\deg P}\beta^l=-p(\alpha)\beta^l&k=\deg P-1
\end {cases}
\end {aligned}
$$
なので, $\alpha\cdot \alpha^k\beta^l\in V$であり,同様に$\beta\cdot \alpha^k\beta^l\in V$でもあるから, $(\alpha+ \beta)\cdot \alpha^k\beta^l,\alpha\beta\cdot \alpha^k\beta^l\in V$である.
$1=\alpha^0\beta^0\in V$より$V\neq\{0\}$であるから,補題より$\alpha+\beta,\alpha\beta\in\A$である.(証明終)
$\sqrt{2}+\sqrt{3}\in \A$を示してみましょう。
$P(x)=x^2-2,Q(x)=x^2-3$とすると,
$V=\langle 1,\sqrt 2,\sqrt 3,\sqrt 6\rangle_{\Q}$となります。
$$
\begin {aligned}
\left (\sqrt 2+\sqrt 3\right )\left(\begin{matrix}1\\\sqrt 2\\
\sqrt 3\\
\sqrt 6\end{matrix}\right)
&=
\underbrace{\left(\begin{matrix}
0&1&1&0\\
2&0&0&1\\
3&0&0&1\\
0&3&2&0
\end{matrix}\right)}_A
\left (\begin{matrix}1\\\sqrt 2\\\sqrt 3\\\sqrt 6
\end{matrix}\right )
\end {aligned}
$$
なので,$\sqrt 2+\sqrt 3$は$A$の固有値であり,$\det (A-\lambda I)=\lambda^4-10\lambda^2+1$の根になっています。本当かどうか気になる人は、ぜひ実際に代入するなり2次方程式を2回解くなりしてみてください。
次に(ii)を示していきます。今回は簡単です。
$\alpha \in \A\setminus\{0\}$とします。このとき有理数係数のモニック多項式$P$であって,$P(\alpha)=0,P(0)\neq 0$となるものがとれます(変数をくくり出せば定数項を非零にできる)。
ここで、$Q(x)=P(0)^{-1}x^{\deg P}P(x^{-1})$とおくと、$Q$は$\Q$係数のモニック多項式であり,$Q(\alpha^{-1})=(P(0)\alpha^{\deg P})^{-1}P(\alpha)=0$なので$\alpha^{-1}\in \A$です。(証明終)
任意の$\A$係数のモニック多項式が$\A$に根を持つことも同様の手法で示せるので、ついでに書いておきます。$\A$は体であり、 代数学の基本定理から$\C$は代数閉体なので、次を示せば良いです。
$P$を$0$でない$\A$係数多項式とする. このとき, 複素数$\alpha$が$P$の根ならば, $\alpha\in \A$である.
(おまけなので, 概略のみを書きます)
$$
\begin {aligned}
P(x)&=\sum _{k=0}^n\gamma_k x^k\quad (\gamma_k\in \A)
\end {aligned}
$$
とする.
$P\neq0$より, $V=\Q[\alpha,\gamma_0,\ldots,\gamma_n]\neq\{0\}$は$\Q$上の有限次元ベクトル空間をなすので, $\alpha$は$V$上の線型変換$x\mapsto \alpha x$の表現行列の固有値であるから, $\alpha \in \A$.
$\A $係数多項式$x^2-1-\sqrt 2$の根$\sqrt{1+\sqrt 2}$が$\A$に属することを示します。
$V=\Q[1,1+\sqrt{2},\sqrt{1+\sqrt 2}]$は$\Q $上の有限次元ベクトル空間をなします($V=\langle 1,\sqrt 2,\sqrt{1+\sqrt 2},\sqrt2 \sqrt{1+\sqrt 2}\rangle_{\Q}$)。
$$
\begin {aligned}
\sqrt {1+\sqrt 2}
\matrix {
1\\
\sqrt 2\\
\sqrt {1+\sqrt 2}\\
\sqrt 2\sqrt {1+\sqrt 2}
}
&=\underbrace{\matrix {
0&0&1&0\\
0&0&0&1\\
1&1&0&0\\
2&1&0&0
}}_A
\matrix {
1\\
\sqrt 2\\
\sqrt {1+\sqrt 2}\\
\sqrt 2\sqrt {1+\sqrt 2}
}
\end {aligned}
$$
より$\sqrt{1+\sqrt 2}$は$A$の固有値なので,$\det (A-\lambda I)=\lambda^4-2\lambda^2-1$の根です。従って$\sqrt{1+\sqrt 2}\in \A$です。
$\A/\Q$は代数拡大ですから、$\A$が$\Q$の代数閉包$\bar{\Q}$であることが示されました。
今回は以上です。ありがとうございました。