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釣り糸の長さについて

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研究の動機

一様重力場で物体をいくらかの仰角を以て投射すると、その物体の軌道は放物線となる。これは古典力学の中でもよく知られている現象である。
物体を斜方投射した時の様子 物体を斜方投射した時の様子

とある映画で、ペットボトルで作ったロケットに釣り糸をつないで飛ばすシーンがあった。釣り糸は回転計の備わったリール付きの釣り竿につながっており、回収を容易にするだけでなく、釣り糸がどのくらい引き出されたか、その長さが分かる仕組みになっていた。

これを見て、どのくらいの長さの釣り糸を用意すれば、釣り糸に邪魔されることなくこの実験を行うことができるのかが気になった。

今回はこの疑問を、初等的な微積分を用いて解明することにした。

目標

この記事では以下を目標に議論を進める。

必要な釣り糸の長さの最小値が釣り糸の長さが仰角の大きさだけによることを示し、簡単に表す。

準備

以下では、議論で用いる力学と数学の設定、公式等を列挙する。

力学

設定
  1. 物体の投射位置を原点Oとし、x軸とy軸をそれぞれ図のように設ける。
    座標軸の設定 座標軸の設定
  2. 物体は仰角θで投射する。ただし、0<θ<π2とする。
  3. 物体はxy平面内を運動し、x軸上の点Aに落下する。
  4. 重力加速度と初速度はベクトル量でそれぞれg=(0,g)v0=(v0x,v0y)である。ただし、g,v0x,v0yは正の数である。
  5. 重力加速度の大きさgと、投射初速度の大きさv0は一定である。
  6. 物体は質量1の質点とみなす。すなわち回転などは考えない。
  7. 空気抵抗や電磁気的な作用などは無視する。つまり、物体に働く力は重力1g=gだけである。
  8. 単位は国際単位系SIに従う。
  9. 糸は軽く丈夫で伸縮しない。
公式
  1. 時刻0で初速度v0=(v0x,v0y)で投射した物体の、時刻tにおける速度vv=(v0x,v0ygt)

  2. 時刻0で初速度v0=(v0x,v0y)で投射した物体の、時刻tにおける変位rr=(v0xt,v0ytgt22)

  3. 仰角θで投射する場合の初速度ベクトルの成分v0=(v0cosθ,v0sinθ)

数学

公式
  1. axbで定義されたC1曲線y=f(x)x=aからx=bまでの道のりss=ab1+{f(x)}2dx

  2. 積分定数を省略する。実数αに対して不定積分x2+α2dx=12{xx2+α2+α2log(x+x2+α2)}

議論と導出

軌道の表式

まず、xy平面上での軌跡を確認するために、変位をx,yで表す。
力学公式より、(1){vx=v0cosθvy=v0sinθgt
ゆえに、
(2){x=v0cosθ ty=v0sinθ t12gt2
これより、t=xv0cosθyの式に代入して整理すると
(3)y=g2v02cos2θx2+tanθ x
を得る。

ここで、Ax座標は、x0の下でy=0となるxであるから、軌道の式でy=0としてxについて解けば(4)A(v2sin2θg,0)を得る。

よって、軌道の式はAの座標を用いて、
(5)y=gx2v02cos2θ(xv2sin2θg)

とも書き換えられる。

放物線の長さ

a,p0でない正数とする。
放物線C:y=ax(xp) (y0)の長さsを求めてみよう。
Cを展開して微分すると以下のようになる。
y=ax(xp)
y=ax2+apx
y=2ax+ap

よって、数学公式1より、
s=0p1+(2ax+ap)2dx
これを整理する。展開して平方完成すると次のようになる。
s=0p1+{2a(xp2)}2dx

ここで、t=2a(xp2)と変数変換する。
dt=2adxより、dx=dta

x0p/2p
tap0ap

ここで、放物線は軸対称なので、sの式は次のように書き換えて良い。
s=2p/2p1+{2a(xp2)}2dx
これをtの式で書き換える。
s=1a0ap1+t2dt

よって、数学公式2において、公式のαα=1とすれば
s=12a[tt2+1+log(t+t2+1)]0ap
s=12a[ap(ap)2+1+log{ap+(ap)2+1}]
これが、このCの長さである。

釣り糸の長さ

前項の結果を用いる。
軌道の方程式y=g2v02cos2θx2+tanθ x
と前項で出てきたCの方程式
y=ax2+apx
を比較すれば、a=g2v02cos2θap=tanθなので、これをsの式に代入すると

s=v02cos2θg{tanθ1+tan2θ+log(tanθ+1+tan2θ)}

1+tan2θ=1cos2θを用いて、これをtanθだけで表す。このsが、仰角θにおける釣り糸の長さの最小値である。たしかにこれはg,v0一定の下では仰角だけで表されている。

斜方投射した物体の軌跡の長さ

s=v02{tanθ1+tan2θ+log(tanθ+1+tan2θ)}g(1+tan2θ)

g:重力加速度の大きさ v0:初速度の大きさ θ:仰角

具体的な計算

斜方投射においては、仰角θ=π4で最も遠くへ投げることが出来る。
これは、力学でもよく知られた事実であるし、前項の点Ax座標v2sin2θgθ=π4で最大値をとることからもわかる。

では、このときの釣り糸が最低いくらあれば良いだろうか。

前述の公式1を利用する。これにθ=π4を代入すれば

s=v02(2+log(1+2))2g

g=9.8m/s2v=20m/sとすれば、物体の落下地点Aは原点からおよそ40.8m離れていて、釣り糸は最低でもs46.8m必要であることが計算によって分かる。

感想と今後の課題

式の形は複雑に見えるが、初等的な微積分が力学でどのように応用されるのかの一例が垣間見えて実に面白かった。

さらに面白いことに、釣り糸の長さを最大とする仰角θθ=π4ではなかった。これは、上記の具体的な計算においてsθの関係を調べるためにdesmosを走らせた時に判明したものである。

青線が物体の実際の軌道、赤線が!FORMULA[117][104812964][0]の関係をあらわすグラフ 青線が物体の実際の軌道、赤線がsθの関係をあらわすグラフ

この赤いグラフに注目すると、sの最大値を与えるθπ4より大きいことが分かる。
では、g,v0一定の下で釣り糸の長さを最大とする仰角θはいくらなのだろうか。定理1をθで微分すれば分かりそうだが煩雑そうで戦慄する。
いつか計算してみたい。

投稿日:2023316
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AMY
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専門は数理物理学です。大学で相対性理論、大学院で半リーマン幾何学の勉強をしてました。

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  1. 研究の動機
  2. 目標
  3. 準備
  4. 議論と導出
  5. 具体的な計算
  6. 感想と今後の課題