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大学数学基礎解説
文献あり

行列を用いて定義されるリー群の代数性について

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1. 序

有名なHilbertの第5問題とその解決は

位相多様体+群構造 可微分多様体

である事を明らかにしました。この原稿では、

位相構造+群構造+線形性(可換リー群の差を除き)代数多様体

である事の解説を試みます。具体的な主張については5節を参照してください。

2. 線形代数群と線形リー群の定義

この節ではタイトルにある二つの概念を例と共に簡単に思い出します。標準的な記法として、M(n,R)n次正方行列全体の為す実ベクトル空間、GL(n,R)で可逆なn次正方行列全体が為す位相群を表すことにします。

線形リー群

GL(n,R)の連結成分有限な閉部分群を線形リー群と呼びます。

線形リー群の例
  1. GL(n,R)
  2. SL(n,R):={xGL(n,R)det(x)=1}
  3. 正則な上三角行列全体のなす部分群{(xij)GL(n,R)i>j, xij=0}

上記の例はいずれも行列の成分の多項式を用いて定義できる為、以下の意味で線形代数群にもなっています。

代数的集合と線形代数群
  • GL(n,R)の部分集合の内、行列成分が為す多項式の族の共通零点集合として書けるものを代数的集合と呼びます。
  • GL(n,R)の代数的集合であり、かつ部分群でもあるものを(実)線形代数群と呼びます。

線形代数群はGL(n,R)の閉部分群ですが、実は連結成分が有限である事も知られています(Whitneyの定理)。よって次が成立します(命題1はこの原稿では用いません)。

線形代数群は線形リー群である。

上記の命題の逆は以下の例に見られるように一般には成立しません。

  • R×=GL(1,R)の部分群R>0:={aRa>0}は線形リー群ですが、線形代数群ではありません。ただし、R>0R×と連結成分を共有しています。

  • 線形リー群{(a00a2)| a>0}GL(2,R) は線形代数群ではありません。実際、これを含む最小の代数的集合は {(a00b)| a,bR×}であり、二つの部分群はもはや次元が異なります。

本筋とは逸れますが、この節の最後に非線形なリー群の(重要な)例も紹介しておきます。以下はSL(2,C)が単連結である事とWeylのユニタリトリックから従います。

SL(2,R)の被覆群から線形リー群へのリー群の同型写像は存在しません。

3. 線形リー群のリー環

所謂 von-Neumann と Cartan による定理(『リー群と表現論』5.6節参照)から、線形リー群はGL(n,R)の閉部分多様体です。特に線形リー群はリー群であり、単位行列における接空間は自然にリー環の構造を持つのでした。この節では線形リー群のリー環の、多様体論を用いない、より初等的な定義を思い出しておきましょう。

行列の指数写像exp:M(n,R)GL(n,R)は零行列と単位行列の(十分小さい)近傍間の解析的微分同相写像を与えますが、Baker-Campbell-Hausdorffの公式
exp(X)exp(Y)=exp(X+Y+12[X,Y]+112[X,[X,Y]]+)
は、M(n,R)の(行列の普通の積ではなく)括弧積[X,Y]=XYYXこそが、GL(n,R)の単位行列付近での積構造を反映する代数構造である事を教えてくれます。線形リー群GGL(n,R)についても同様の役割を果たす代数構造としてリー環が定義されるのでした。

線形リー群GGL(n,R)に対して、

g:={XM(n,R)tR, exp(tX)G}

M(n,R)の部分リー環を為し、指数写像exp:gGは零元と単位元の(十分小さい)近傍間の解析的微分同相写像を与えます。

以降では、線形代数群G,H,G,のリー環を、対応するドイツ小文字g,h,g,で(特に断る事なく)表します。

4. 線形群のザリスキ閉包

主定理の主張の説明の為に、次の命題と用語を思い出しておきましょう。

  1. 部分集合SGL(n,R)に対して、Sを含む代数的集合全ての共通部分Sは代数的集合です。SSザリスキ閉包と呼びます。
  2. GL(n,R)の部分群のザリスキ閉包は線形代数群になります。

一つ目の主張は代数的集合の定義から自明なので、二つ目の主張を証明します。この為には部分群GGL(n,R)に対して、そのザリスキ閉包GGL(n,R)の部分群になる事を証明すれば十分で、以下の二つを証明しましょう。

  1. g,hGghG
  2. gGg1G

(i)の証明: まずGGGを証明します。aG, bGとし、Gを含む代数的集合Sを任意に取ります。この時Gが群であることからa1SGを含み、また、明らかに代数的集合です。よって、ba1Sが分かり、abSが分かります。よってGGGが分かります。

今度はg,hGとし、Gを含む代数的集合Sを任意に取りましょう。この時前段落で示した事からSh1Gを含む代数的集合である事が分かり、gSh1が従うのでghSが分かります。よってghGとなり、(i)が証明できました。

(ii)の証明: gGGを含む代数的集合Sを任意に取り、g1Sを証明すれば十分です。逆行列を取る演算は余因子行列と行列式を用いて書ける為、行列成分の多項式で書けます。よってS1:={s1sS}は代数的集合で、Gが群である事からGを含みます。従ってGS1であり、特にgS1が分かるので、g1Sも分かります。よって(ii)が証明できました。

5. 主定理とその系

この節では主定理の主張を説明します。

2節で見たように、線形代数群は線形リー群ですが、その逆は成り立たないのでした。しかし、次の Claude Chevalleyによる定理は、この二つの概念には実はそれほど差がない事を明らかにします。

GGL(n,R)を線形リー群とし、そのザリスキ閉包をGで表す。対応するリー環について、[g,g]=[g,g]が成立する。

この定理とg/[g,g]が可換リー環である事から、ggのイデアルでその商は可換です。従って線形リー群と線形代数群には(連結成分の差を除いて)可換なリー群程度の差しかない事が分かります。可換なリー群はその構造がよく分かる為、この定理を用いて線形リー群に関する定理を線形代数群に帰着出来ることがあります。便利な定理ですが証明が載っている文献は私が知る限り現状入手し難いです。本定理の証明のアクセスを容易にし、普及する事が本稿の狙いです。

線形リー群の定義において連結成分有限の仮定を落とすと定理はもはや成立しません。例えばSL(n,Z)が反例になります。

定理の自明な帰結として次が分かります。

連結な線形リー群GGL(n,R)のリー環gが条件[g,g]=gを満たす(例えば半単純リー環)とする。この時Gは線形代数群Gの開部分群になる。標語的に言えば、Gは`ほとんど線形代数群'である。

6. 主定理の証明

証明を二段に分けて、

  1. Gが連結である場合への帰着
  2. Gが連結である場合の定理の証明

を行う事で定理を証明します。

Gが連結である場合への帰着

G0Gの連結成分を表し、G0については定理が証明できたと仮定しましょう。この時、それぞれのザリスキ閉包G0,Gが同じリー環を持つ事を証明出来ればGについても定理が証明されます。この為には次の補題を証明する事が出来れば十分です。

G0Gの開部分群です。

Gの連結成分が有限である事から、ある正の整数kが存在し、任意のgGに対してgkG0となる事に注意します。そこで、集合X:={gGL(n,R)gkG0}を考えましょう。G0が代数的集合である事からXも代数的集合であり、さらにXGを含みます。従って、Xはそのザリスキ閉包Gも含みます。これはリー群G/G0が(高々位数kの)捩れ元しか持たない事を意味し、特に0次元のリー群である事が分かります。従って補題の主張が証明できました。

Gの連結成分は有限であることが知られている(Whitneyの定理)ので、G0Gにおいて指数有限である事も分かります。

Gが連結である場合の定理の証明

まず記号の導入をしておきましょう。gGL(n,R),XM(n,R)とします。

  • Ad(g)EndR(M(n,R))YgYg1によって、
  • ad(X)EndR(M(n,R))Y[X,Y]によって

定めます。EndR(M(n,R))における関係式

Ad(exp(X))=exp(ad(X))

を屡々断りなく使います。まず次の補題を証明しておきます。

  1. M(n,R)の二つのR線形部分空間WVに対して、{gGL(n,R)(Ad(g)id)VW}は線形代数群です。

  2. そのリー環は{XM(n,R)[X,V]W}となります。

H:={gGL(n,R)(Ad(g)id)VW}と置きます。
以下の3つを証明すればよいです。

  1. Hが代数的集合である事
  2. HGL(n,R)の部分群である事
  3. Hのリー環が{XM(n,R)[X,V]W}となる事

(i)の証明: Wの基底をV、さらにはM(n,R)へ延長したものを{w1,,wa,v1,,vb,u1,,uc}とします。waまでがWの基底でvbまでがVの基底です。この基底に関するAd(g) (gGL(n,R))の行列表示を考えましょう。各i=1,,a, j=1,,bに対して

Ad(g)wi(=gwig1):=k=1aaik(g)wk+l=1bbil(g)vl+m=1ccim(g)umAd(g)vj(=gvig1):=k=1aajk(g)wk+l=1bbjl(g)vl+m=1ccjm(g)um

とすれば、各係数がgの行列成分の多項式である事は明らかです。Hの条件式はbil(g)=bjl(g)=cim(g)=cjm(g)=0が任意のi,j,l,mに対して成立する事と言い換えられるので、Hが代数的集合である事が分かります。

(ii)の証明:

  • 単位行列は明らかにHに属します。
  • g,hHならばghHである事: これは
    Ad(gh)id=(Ad(g)id)(Ad(h)id)+(Ad(g)id)+(Ad(h)id)
    である事から直ちに従います。
  • gHならばg1Hである事: gHとすると、特に(Ad(g)id)WWが成立し、すなわちAd(g)WWが分かります。Wの有限次元性からAd(g)W=W、よってAd(g1)W=Wが成立する事に注意します。さて、任意のvVに対してAd(g)vvWが成立しますが、この注意により、vAd(g1)vWも分かります。これはg1Hを意味します。

(iii)の証明: XM(n,R)に対して、次を証明すれば十分です:
tR, (Ad(exp(tX))id)VWad(X)VW

等式Ad(exp(tX))id=t(id+t2!ad(X)+t23!ad(X)2+)ad(X)
を用いるとは直ちに従います。

また、対偶を示すことでを証明しましょう。ad(X)(V)Wとすれば、[X,v]WとなるvVが取れます。この時連続写像tRv(t)M(n,R)
v(t):=(id+t2!ad(X)+t23!ad(X)2+)[X,v]
により定めましょう。上記の等式によりtv(t)=(Ad(exp(tX))id)vである事に注意して下さい。v(0)=[X,v]Wであり、Wが閉集合である事から、ある(十分小さい)実数tが存在してv(t)Wが分かります。特にtv(t)Wが従い、これは(Ad(exp(tX))id)vWを意味します。よって、の対偶も分かったので、(iii)の証明が完了しました。

以降では、Gが連結である事を仮定して定理を証明しましょう。[g,g][g,g]は自明なので逆の包含関係を証明しましょう。

上記の補題によりH:={gGL(n,R)(Ad(g)id)g[g,g]}は線形代数群です。等式Ad(exp(X))id=ad(X)+ad(X)22!+から任意のXgに対してexp(X)Hである事が分かり、Gの連結性からGHが従います。Hの代数性からGHも分かり、特にghですが、これは[g,g][g,g]を意味します。

再び上記の補題によりH:={gGL(n,R)(Ad(g)id)(g)[g,g]}は線形代数群です。[g,g][g,g]である事と、前段落と全く同様の議論により、今度は[g,g][g,g]が分かります。以上により等式[g,g]=[g,g]が証明出来ました。

参考文献

[1]
小林俊行, 大島利雄, リー群と表現論
[2]
Claude Chevalley, Theorie des groupes de Lie, Tomes 2: Groupes algebriques
投稿日:202342
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  1. 1. 序
  2. 2. 線形代数群と線形リー群の定義
  3. 3. 線形リー群のリー環
  4. 4. 線形群のザリスキ閉包
  5. 5. 主定理とその系
  6. 6. 主定理の証明
  7. 参考文献