有名なHilbertの第5問題とその解決は
位相多様体$+$群構造$\Rightarrow$ 可微分多様体
である事を明らかにしました。この原稿では、
位相構造$+$群構造$+$線形性$\Rightarrow$(可換リー群の差を除き)代数多様体
である事の解説を試みます。具体的な主張については5節を参照してください。
この節ではタイトルにある二つの概念を例と共に簡単に思い出します。標準的な記法として、$M(n,\R)$で$n$次正方行列全体の為す実ベクトル空間、$GL(n,\R)$で可逆な$n$次正方行列全体が為す位相群を表すことにします。
$GL(n,\mathbb{R})$の連結成分有限な閉部分群を線形リー群と呼びます。
上記の例はいずれも行列の成分の多項式を用いて定義できる為、以下の意味で線形代数群にもなっています。
線形代数群は$GL(n,\mathbb{R})$の閉部分群ですが、実は連結成分が有限である事も知られています(Whitneyの定理)。よって次が成立します(命題1はこの原稿では用いません)。
線形代数群は線形リー群である。
上記の命題の逆は以下の例に見られるように一般には成立しません。
$\R^{\times}=GL(1,\R)$の部分群$\R_{>0}:=\{a\in \R \mid a>0\}$は線形リー群ですが、線形代数群ではありません。ただし、$\R_{>0}$は$\R^{\times}$と連結成分を共有しています。
線形リー群$\left\{\begin{pmatrix} a & 0 \\ 0 & a^{\sqrt{2}} \end{pmatrix} \middle| \ a>0 \right\}\subset GL(2,\R)$ は線形代数群ではありません。実際、これを含む最小の代数的集合は $\left\{\begin{pmatrix} a & 0 \\ 0 & b \end{pmatrix} \middle| \ a,b\in \R^{\times} \right\}$であり、二つの部分群はもはや次元が異なります。
本筋とは逸れますが、この節の最後に非線形なリー群の(重要な)例も紹介しておきます。以下は$SL(2,\C)$が単連結である事とWeylのユニタリトリックから従います。
$SL(2,\R)$の被覆群から線形リー群へのリー群の同型写像は存在しません。
所謂 von-Neumann と Cartan による定理(『リー群と表現論』5.6節参照)から、線形リー群は$GL(n,\R)$の閉部分多様体です。特に線形リー群はリー群であり、単位行列における接空間は自然にリー環の構造を持つのでした。この節では線形リー群のリー環の、多様体論を用いない、より初等的な定義を思い出しておきましょう。
行列の指数写像$\exp\colon M(n,\R)\rightarrow GL(n,\R)$は零行列と単位行列の(十分小さい)近傍間の解析的微分同相写像を与えますが、Baker-Campbell-Hausdorffの公式
$\begin{align}
\exp(X)\exp(Y) &= \exp(X+Y+\frac{1}{2}[X,Y]+\frac{1}{12}[X,[X,Y]]+\cdots)
\end{align}$
は、$M(n,\R)$の(行列の普通の積ではなく)括弧積$[X,Y]=XY-YX$こそが、$GL(n,\R)$の単位行列付近での積構造を反映する代数構造である事を教えてくれます。線形リー群$G\subset GL(n,\R)$についても同様の役割を果たす代数構造としてリー環が定義されるのでした。
線形リー群$G\subset GL(n,\mathbb{R})$に対して、
$\mathfrak{g}:=\{X\in M(n,\R)\mid \forall t\in\R,\ \exp(tX)\in G\}$
は$M(n,\R)$の部分リー環を為し、指数写像$\exp\colon \mathfrak{g}\rightarrow G$は零元と単位元の(十分小さい)近傍間の解析的微分同相写像を与えます。
以降では、線形代数群$G,H,G',\ldots$のリー環を、対応するドイツ小文字$\mathfrak{g},\mathfrak{h},\mathfrak{g}',\ldots$で(特に断る事なく)表します。
主定理の主張の説明の為に、次の命題と用語を思い出しておきましょう。
一つ目の主張は代数的集合の定義から自明なので、二つ目の主張を証明します。この為には部分群$G\subset GL(n,\R)$に対して、そのザリスキ閉包$\overline{G}$が$GL(n,\R)$の部分群になる事を証明すれば十分で、以下の二つを証明しましょう。
(i)の証明: まず$G\overline{G}\subset \overline{G}$を証明します。$a\in G$, $b\in\overline{G}$とし、$G$を含む代数的集合$S$を任意に取ります。この時$G$が群であることから$a^{-1}S$は$G$を含み、また、明らかに代数的集合です。よって、$b\in a^{-1}S$が分かり、$ab\in S$が分かります。よって$G\overline{G}\subset \overline{G}$が分かります。
今度は$g,h\in\overline{G}$とし、$G$を含む代数的集合$S$を任意に取りましょう。この時前段落で示した事から$Sh^{-1}$が$G$を含む代数的集合である事が分かり、$g\in Sh^{-1}$が従うので$gh\in S$が分かります。よって$gh\in \overline{G}$となり、(i)が証明できました。
(ii)の証明: $g\in \overline{G}$と$G$を含む代数的集合$S$を任意に取り、$g^{-1}\in S$を証明すれば十分です。逆行列を取る演算は余因子行列と行列式を用いて書ける為、行列成分の多項式で書けます。よって$S^{-1}:=\{s^{-1}\mid s\in S\}$は代数的集合で、$G$が群である事から$G$を含みます。従って$\overline{G}\subset S^{-1}$であり、特に$g\in S^{-1}$が分かるので、$g^{-1}\in S$も分かります。よって(ii)が証明できました。
この節では主定理の主張を説明します。
2節で見たように、線形代数群は線形リー群ですが、その逆は成り立たないのでした。しかし、次の Claude Chevalleyによる定理は、この二つの概念には実はそれほど差がない事を明らかにします。
$G\subset GL(n,\mathbb{R})$を線形リー群とし、そのザリスキ閉包を$\overline{G}$で表す。対応するリー環について、$[\mathfrak{g},\mathfrak{g}]=[\overline{\mathfrak{g}},\overline{\mathfrak{g}}]$が成立する。
この定理と$\overline{\mathfrak{g}}/[\overline{\mathfrak{g}},\overline{\mathfrak{g}}]$が可換リー環である事から、$\mathfrak{g}$は$\overline{\mathfrak{g}}$のイデアルでその商は可換です。従って線形リー群と線形代数群には(連結成分の差を除いて)可換なリー群程度の差しかない事が分かります。可換なリー群はその構造がよく分かる為、この定理を用いて線形リー群に関する定理を線形代数群に帰着出来ることがあります。便利な定理ですが証明が載っている文献は私が知る限り現状入手し難いです。本定理の証明のアクセスを容易にし、普及する事が本稿の狙いです。
線形リー群の定義において連結成分有限の仮定を落とすと定理はもはや成立しません。例えば$SL(n,\Z)$が反例になります。
定理の自明な帰結として次が分かります。
連結な線形リー群$G\subset GL(n,\R)$のリー環$\mathfrak{g}$が条件$[\mathfrak{g},\mathfrak{g}]=\mathfrak{g}$を満たす(例えば半単純リー環)とする。この時$G$は線形代数群$\overline{G}$の開部分群になる。標語的に言えば、$G$は`ほとんど線形代数群'である。
証明を二段に分けて、
を行う事で定理を証明します。
$G_{0}$で$G$の連結成分を表し、$G_{0}$については定理が証明できたと仮定しましょう。この時、それぞれのザリスキ閉包$\overline{G_{0}}$,$\overline{G}$が同じリー環を持つ事を証明出来れば$G$についても定理が証明されます。この為には次の補題を証明する事が出来れば十分です。
$\overline{G_{0}}$は$\overline{G}$の開部分群です。
$G$の連結成分が有限である事から、ある正の整数$k$が存在し、任意の$g\in G$に対して$g^{k}\in G_{0}$となる事に注意します。そこで、集合$X:=\{g\in GL(n,\R)\mid g^{k}\in \overline{G_{0}}\}$を考えましょう。$\overline{G_{0}}$が代数的集合である事から$X$も代数的集合であり、さらに$X$は$G$を含みます。従って、$X$はそのザリスキ閉包$\overline{G}$も含みます。これはリー群$\overline{G}/\overline{G_{0}}$が(高々位数$k$の)捩れ元しか持たない事を意味し、特に$0$次元のリー群である事が分かります。従って補題の主張が証明できました。
$\overline{G}$の連結成分は有限であることが知られている(Whitneyの定理)ので、$\overline{G_{0}}$は$\overline{G}$において指数有限である事も分かります。
まず記号の導入をしておきましょう。$g\in GL(n,\R),X\in M(n,\R)$とします。
定めます。$\End_{\R}(M(n,\R))$における関係式
$\Ad(\exp(X)) = \exp(\ad(X))$
を屡々断りなく使います。まず次の補題を証明しておきます。
$M(n,\R)$の二つの$\R$線形部分空間$W\subset V$に対して、$\{g\in GL(n,\R)\mid (\Ad(g)-\id)V\subset W\}$は線形代数群です。
そのリー環は$\{X\in M(n,\R)\mid [X,V]\subset W\}$となります。
$H:=\{g\in GL(n,\R)\mid (\Ad(g)-\id)V\subset W\}$と置きます。
以下の3つを証明すればよいです。
(i)の証明: $W$の基底を$V$、さらには$M(n,\R)$へ延長したものを$\{w_{1},\ldots,w_{a},v_{1},\ldots,v_{b},u_{1},\ldots,u_{c}\}$とします。$w_{a}$までが$W$の基底で$v_{b}$までが$V$の基底です。この基底に関する$\Ad(g)$ ($g\in GL(n,\R)$)の行列表示を考えましょう。各$i=1,\ldots,a$, $j=1,\ldots,b$に対して
$\displaystyle \begin{align*} \Ad(g)w_{i}(=gw_{i}g^{-1})&:=\sum_{k=1}^{a}a_{ik}(g)w_{k}+\sum_{l=1}^{b}b_{il}(g)v_{l}+\sum_{m=1}^{c}c_{im}(g)u_{m}\\ \Ad(g)v_{j}(=gv_{i}g^{-1})&:=\sum_{k=1}^{a}a_{jk}(g)w_{k}+\sum_{l=1}^{b}b_{jl}(g)v_{l}+\sum_{m=1}^{c}c_{jm}(g)u_{m} \end{align*}$
とすれば、各係数が$g$の行列成分の多項式である事は明らかです。$H$の条件式は$b_{il}(g)=b_{jl}(g)=c_{im}(g)=c_{jm}(g)=0$が任意の$i,j,l,m$に対して成立する事と言い換えられるので、$H$が代数的集合である事が分かります。
(ii)の証明:
(iii)の証明: $X\in M(n,\R)$に対して、次を証明すれば十分です:
$\forall t\in \R,\ (\Ad(\exp(tX))-\id)V\subset W\iff \ad(X)V\subset W$。
等式$\displaystyle \Ad(\exp(tX))-\id = t\left(\id + \frac{t}{2!}\ad(X)+\frac{t^{2}}{3!}\ad(X)^{2}+\cdots\right)\ad(X)$
を用いると$\Leftarrow$は直ちに従います。
また、対偶を示すことで$\Rightarrow$を証明しましょう。$\ad(X)(V)\not\subset W$とすれば、$[X,v]\not\in W$となる$v\in V$が取れます。この時連続写像$t\in\R\mapsto v(t)\in M(n,\R)$を
$\displaystyle v(t):=(\id + \frac{t}{2!}\ad(X)+\frac{t^{2}}{3!}\ad(X)^{2}+\cdots)[X,v]$
により定めましょう。上記の等式により$tv(t)=(\Ad(\exp(tX))-\id)v$である事に注意して下さい。$v(0)=[X,v]\not\in W$であり、$W$が閉集合である事から、ある(十分小さい)実数$t$が存在して$v(t)\not\in W$が分かります。特に$tv(t)\not\in W$が従い、これは$(\Ad(\exp(tX))-\id)v\not\in W$を意味します。よって、$\Rightarrow$の対偶も分かったので、(iii)の証明が完了しました。
以降では、$G$が連結である事を仮定して定理を証明しましょう。$[\overline{\mathfrak{g}},\overline{\mathfrak{g}}]\supset [\mathfrak{g},\mathfrak{g}]$は自明なので逆の包含関係を証明しましょう。
上記の補題により$H:=\{g\in GL(n,\R) \mid (\Ad(g)-\id)\mathfrak{g}\subset [\mathfrak{g},\mathfrak{g}]\}$は線形代数群です。等式$\displaystyle \Ad(\exp(X))-\id =\ad(X)+\frac{\ad(X)^{2}}{2!}+\cdots$から任意の$X\in\mathfrak{g}$に対して$\exp(X)\in H$である事が分かり、$G$の連結性から$G\subset H$が従います。$H$の代数性から$\overline{G}\subset H$も分かり、特に$\overline{\mathfrak{g}}\subset \mathfrak{h}$ですが、これは$[\overline{\mathfrak{g}},\mathfrak{g}]\subset [\mathfrak{g},\mathfrak{g}]$を意味します。
再び上記の補題により$H':=\{g\in GL(n,\R) \mid (\Ad(g)-\id)(\overline{\mathfrak{g}})\subset [\mathfrak{g},\mathfrak{g}]\}$は線形代数群です。$[\overline{\mathfrak{g}},\mathfrak{g}]\subset [\mathfrak{g},\mathfrak{g}]$である事と、前段落と全く同様の議論により、今度は$[\overline{\mathfrak{g}},\overline{\mathfrak{g}}]\subset [\mathfrak{g},\mathfrak{g}]$が分かります。以上により等式$[\overline{\mathfrak{g}},\overline{\mathfrak{g}}]=[\mathfrak{g},\mathfrak{g}]$が証明出来ました。