$Q$を箙(えびら, quiver)とする.すなわち$Q$は頂点の集合$V\neq\emptyset$, 矢の集合$E$, 矢に始点と終点を対応させる写像$s,t\colon E\to V$の組$Q=(V,E,s,t)$である.
正整数$l$と矢の列$p=(a_1,\dots,a_l)$で,$t(a_i)=s(a_{i+1})$, $i=1,\dots,l-1$, をみたすものを道という.$l$を道$p$の長さと言って$|p|=|p|_Q$で表す.
頂点$v\in V$は長さ$0$の道とみなす.また,矢$a\in E$と長さ$1$の道$(a,)$とを同一視する.$Q$の道全体の集合を$\Path(Q)$で表す.
$v\in V$に対し$s(v)=t(v)=v$と定め,また長さ正の道$p=(a_1,\dots,a_l)$に対し$s(p)=s(a_1)$, $t(p)=t(a_l)$と定めることで,$s,t$の定義域を$\Path(Q)$に拡張しておく.
道の組$(p,q)\in\Path(Q)\times\Path(Q)$は$t(p)=s(q)$をみたすとき結合可能であるという.結合可能な道の組$(p,q)$に対し,$p\circ q\in\Path(Q)$を
$$
p\circ q=\begin{eqnarray}
\left\{
\begin{array}{l}
q &(|p|=0)\\
p &(|q|=0)\\
(a_1,\dots,a_{|p|},b_1,\dots,b_{|q|}) &(|p|,|q|>0)
\end{array}
\right.
\end{eqnarray}
$$
と定め,$p,q$の結合という.ただし上式3行目では$p=(a_1,\dots,a_{|p|}),q=(b_1,\dots,b_{|q|})$とした.$|p\circ q|=|p|+|q|$が成り立つ.
$Q$を箙とし,$S_Q=\Path(Q)\cup\{0\}$とおく.$S_Q$は道の結合によって半群をなす.ただし,結合可能でない道の組$(p,q)$に対しては$p\circ q=0$と定める.
半群に関する用語をいくつか準備する.$\mathbb{N}$を非負整数のモノイドとする.
$S$をゼロ元$0$を持つ半群とする.写像$|\cdot|\colon S\setminus\{0\}\to\mathbb{N}$は,任意の$p,q\in S\setminus\{0\}$に対し,$pq\neq0$ならば$|pq|=|p|+|q|$をみたすとき,$S$上の$0$-length function という.
$S$をゼロ元$0$を持つ半群とする.$S$が$0$-equidivisibleであるとは,任意の$x,y,z,w\in S\setminus\{0\}$に対し,$xy=zw\neq0$ならば次のいずれかが成り立つことをいう:
(R1) ある$p\in S$があって,$x=zp$, $w=py$である.
(R2) ある$p\in S$があって,$z=xp$, $y=pw$である.
箙$Q$に付随する半群$S_Q$について,次が成り立つ.
$I\subsetneq S_Q$を真のイデアルとし,リースの剰余半群$T=S_Q/I$を考える.$T$についても命題1と類似の性質が成り立つ;
自然な全射準同型を$[\cdot]\colon S_Q\to T$で表す.$I$は$0$を含むことに注意.
(1) $|[p]|'=|p|$, $p\in S_Q\setminus I$, とすればよい.任意の$p,q\in S_Q\setminus I$ with $p\circ q \not\in I$に対し,
$$|[p]\circ [q]|'=|[p\circ q]|'=|p\circ q|=|p|+|q|=|[p]|'+|[q]|'$$
ゆえ$|\cdot|'$は$T$上の$0$-length functionである.もし$V\subset I$であれば,任意の$p\in S_Q\setminus\{0\}$に対し$p=s(p)\circ p \in I$であるから$I\neq S_Q$に反する.よって$I$に属さない$v\in V$が存在し,$|[v]|'=|v|=0$ゆえ$[v]\in V_I$である.
(2) 自明.
(3) $p\in S_Q\setminus\{0\}$に対し,$s(p)\in I$または$t(p)\in I$であるとき,$p=s(p)\circ p\circ t(p) \in I$である.よって$p\not\in I$なら$s(p),t(p)\not\in I$で,$[p]=[s(p)]\circ[p]\circ[t(p)]$である.
(4) $x,y,z,w\in S_Q\setminus I$が$x\circ y=z\circ w\not\in I$をみたすとする.$S_Q$の$0$-equivisiblityから,(一般性を失うことなく定義2の(i)が成り立つと仮定して)ある$p\in S_Q$により$x=z\circ p$, $w=p\circ y$と表せる.$x,w\not\in I$であるから$p\not\in I$であり,$[x]=[z]\circ[p]$, $[w]=[p]\circ[y]$が成り立つ.よって$T$は$0$-equidivisibleである.
この記事の目標は,上命題の逆を示すことである.すなわち;
$S$をゼロ元$0$を持つ半群とする.$S$は次をみたすとする.
(1) $S$は$0$-length function $|\cdot|$を持ち,
$$V=\{v\in S\setminus\{0\}\mid|v|=0\}$$
は空でない.
(2) 任意の異なる$u,v\in V$に対し$uv=0$である.
(3) 任意の$p\in S\setminus\{0\}$に対し,$u,v\in V$があって$upv=p$をみたす.
(4) $S$は$0$-equidivisibleである.
このとき箙$Q$とイデアル$I\subset S_Q$があって,$S\cong S_Q/I$となる.
$S$をゼロ元$0$を持つ半群とする.
$S$は定理の(1)~(3)をみたすとする.このとき任意の$p\in S\setminus\{0\}$に対し,(3)をみたす$u,v\in V$は一意に定まる.
$u',v'\in V$も$u'pv'=p$をみたすとすると,$p=uu'pv'v$が成り立つ.特に,$uu'\neq0$, $v'v\neq0$である.従って(2)から$u'=u$, $v'=v$でなければならない.
$S$は定理の(1)~(3)をみたすとする.このとき任意の$p\in S\setminus\{0\}$に対し,補題3によって一意に定まる$u,v$をそれぞれ$s(p),t(p)$と表す.
$S$は定理の(1)~(3)をみたすとする.このとき$S$の冪等元全体の集合$\mathrm{Idem}(S)$は$V\cup\{0\}$に等しい.
任意の$e\in\mathrm{Idem}(S)\setminus\{0\}$に対し,$|e|=|ee|=|e|+|e|$であるから$e\in V$を得る.
任意の$u\in V$に対し,$s(u)\cdot u\cdot t(u)=u$であるが,(2)により$s(u)=t(u)=u$である.よって$uuu=u$である.$uu\neq0$であり,$|uu|=|u|+|u|=0$ゆえ$uu\in V$である.もし$uu\neq u$であれば,(2)により$u=u\cdot uu=0$となって矛盾する.したがって$u\in\mathrm{Idem}(S)$である.
任意の$p\in S\setminus\{0\}$に対し,$s(p)p=pt(p)=p$である.
命題5により,$s(p)p=s(p)^2pt(p)=s(p)pt(p)=p$である.$pt(p)=p$も同様である.
任意の$p,q\in S\setminus\{0\}$に対し,$t(p)\neq s(q)$であれば$pq=0$である.
$pq=p\cdot(t(p)s(q))\cdot q=0$.
$T=S\setminus V=\{0\}\cup\{p\in S\setminus\{0\}\mid|p|>0\}$とおく.$T$は$S$の部分半群をなす.実際,$p,q\in T$に対し,$pq=0$であるか,さもなくば$|pq|=|p|+|q|>0$である.
$$E=T\setminus T^2$$
とおく.
$T=\{0\}$であれば,$S$は矢を持たない箙の半群と同型である.以下$T\setminus\{0\}\neq\emptyset$とする.
任意の$p\in T\setminus\{0\}$をとる.もし$p\in T^2$であれば,定義から$p=p'p''$, $p',p''\in T$と書ける.$|p|=|p'|+|p''|$であるから,$|p|>|p'|,|p''|$である.$p',p''\in T^2$である限りこの操作を続けられるが,長さが真に減少することから有限回で止まる.従って,$p_1,\dots,p_r\in E$があって,
\begin{equation}
p=p_1\cdots p_r\tag{$\heartsuit$}\label{factorization}
\end{equation}
と表すことができる.
$S$が(4)をみたす($0$-equidivisibleである)とき,分解(\ref{factorization})は一意である.
まず,$S$が$0$-cancellativeであることを示す.そのため,$a,b,c\in S\setminus\{0\}$が$ab=ac\neq0$をみたすとする.$0$-equidivisiblityから,一般性を失うことなく$a=ap$, $c=pb$なる$p\in S$が存在する.長さを比較することで$p\in V$が分かる.よって$p=t(a)$である.$ab\neq0$なので,命題6から,$t(a)=s(b)$であり,補題5により$pb=b$を得る.従って$b=c$である.これで$S$がleft $0$-cancellativeと分かった.right $0$-cancellativeも同様である.
分解(\ref{factorization})の一意性を示す.そのため$q_1,\dots,q_s\in E$も$p=q_1\cdots q_s$をみたすとする.一般性を失うことなく$r\leq s$としてよい.$0$-equidivisiblityから,$p_1=q_1t$あるいは$q_1=p_1t$をみたす$t\in S\setminus\{0\}$が存在する.$p_1,q_1\in E$であるから,$t\in V$である.右から$t$をかけて$p_1t=q_1t$を得る.よって$0$-cancellativityから$p_1=q_1$である.再び$0$-cancellativityから$p_2\cdots p_r$=$q_2\cdots q_s$を得る.これを繰り返して,$p_1=q_1$, $\dots$, $p_{r-1}=q_{r-1}$, $p_r=q_r\cdots q_s$を得る.$p_r\in E$であるから,$s=r$であり,$p_r=q_r$を得る.以上で証明が完了した.
箙$Q=(V,E,s|_E,t|_E)$を定める.このとき準同型$\varphi\colon S_Q\to S$で,$\varphi(0)=0$であって,任意の$v\in V$, $a\in E$に対し$\varphi(v)=v$, $\varphi(a)=a$をみたすものが一意に存在する.実際長さ正の道は$p=(a_1,\dots,a_{|p|})=a_1\circ\cdots\circ a_{|p|}$と表されるから,$\varphi(p)=a_1\cdots a_{|p|}$と定めればよい.準同型になるためには$p\circ q=0$のとき$\varphi(p)\varphi(q)=0$でなければならないが,これは命題7により成り立つ.
分解(\ref{factorization})から$\varphi$は全射である.またその一意性から,$\varphi$のkernel relationは
\begin{align}
\ker\varphi
&=\{(p,q)\in S_Q\times S_Q\mid\varphi(p)=\varphi(q)\}\\
&=\{(p,q)\in S_Q\times S_Q\mid\varphi(p)=\varphi(q)=0 \text{ or } p=q\}\\
&=\mathrm{id}_{S_Q}\cup(\varphi^{-1}(0)\times\varphi^{-1}(0))
\end{align}
となって,$S_Q$のイデアル$\varphi^{-1}(0)$が誘導するリースの合同関係に一致する.従って$S\cong S_Q/\varphi^{-1}(0)$を得る.以上で定理が示された.