本稿では可換とは限らない環上の多項式環を定義するのが目的である。以下、環は零環ではない単位的な環とする。
$R$を環、$\mathbb{N} = \{ 0,1,2, \dots \}$とする。$\mathbb{N}$から$R$への写像で有限個の自然数を除いて送った先が$0$であるものを$R$上の多項式という。$m \in \mathbb{N}$を送った先を$a_m$として、$a_n \neq 0$かつ$m>n \Rightarrow a_m =0$であるとき、この写像のことを$a_nx^n+ \dots a_1 x+a_0$と表す。全ての$n \in \mathbb{N}$を0に送る写像は0と書く。
$f(X)=a_nx^n+ \dots a_0(a_n \neq 0)$を$R$上の多項式とする。$n$を$f$の次数といい、$\deg f$と表す。(0の次数は$-\infty$とする。)
便宜上のため、赤字の部分の表示を「左係数表示」ということにする。任意の$R$上の多項式は左係数表示として一意的に表される。
環$R$上の多項式全体の集合を$R[x]$と表す。これに次の条件を満たすような演算$+, \cdot$を入れるのが目的である。
以下の4条件を満たしていてほしい。
①$R[x]$は$+,\cdot$について環になる。
②$+:R[x] \times R[x] \rightarrow R[x]$は係数ごとの和で定義する。
③$\deg fg \leq deg f+\deg g$が成立する。
④不定元$x$に$R$の元を代入できる。
和については可換環のときと同様で問題ない。積のときに不都合である事の説明をする。可換環上の多項式のときは、任意の元$a \in R$について、$Xa=aX$が成立している。非可換環でもこれを認めると、任意の元$b \in R$を代入したとき$ab=ba$となり$R$が非可換環であることに矛盾する。よって、積は異なった形で入れる必要がある。積$\cdot$がうまく定められたとしてそれがどのように定義されるべきか考える。
分配法則によると、$(a_nx^n+ \dots +a_0)(b_mx^m+\dots +b_0)=\displaystyle \sum_{i,j}a_ix^ib_jx^j$となる。
よって、$a_ix^ib_jx^j$という多項式をどのように左係数表示するかが問題になる。$a_i$と$x^j$は既に左右にいるので$x^i b_j$を左係数表示すれば良い。そのためには、$x^ib=x^{i-1}(xb_j)$として$xb_j$を左表示すると、$x^{i-1}\cdot (x$の左表示$)$となり左側の$x$の次数が一つ下がる。これを$j-1$回繰り返せば良い。よって、$xb_j$をどのように左係数表示するかが問題になる。
$\deg (xa) \leq \deg x+\deg a \leq 1$であるから$xa$を左係数表示したとき$Ax+B$の形で表される。この$A,B$は当然$a$のみに依存するので$\alpha R \times R \rightarrow R$と$\delta : R \times R \rightarrow R$を用いて、$xa= \alpha (a)x+\delta (a)$と書ける。
$xa=\alpha (a)x+\delta (a)$を満たす$\alpha ,\delta$が定まれば積の構造が決定される。よって、$\alpha, \delta$の性質を調べたらよい。天下り的だが以下の命題を示すことで結果を得る。
積が矛盾なく定義されているとき、$\alpha,\delta$は以下の性質を満たす。
①$\alpha$は環準同型である。
②$\delta$は群準同型である。
③$\delta (1)=0$である。
④任意の$a,b \in R$について、$\delta (ab)=\alpha (a)\delta (b)+\delta (a)b$が成立する。
逆に、①〜④が満たされていたら積は矛盾なく定義できる。
②〜④を満たす$\delta$を$\alpha$微分という。
上で、$R[X]$の任意の元は左係数表示として一意的に表されることを強調した。$R[x]$の元をxaのように「右係数表示」した時に一意的に表されるとは限らない。しかし、ある条件のもとでは一意的な表示が可能である。
$R[x]$を$\alpha$微分$\delta$による積が入った環とする。$\alpha$が全単射ならば$R[x]$の任意の元は一意的に右係数表示ができる。