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Krull-Schmidt圏では任意の射が右極小な射とゼロ射に分けられる

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概説

Krull-Schmidt圏とは、長さ有限加群の圏のような「直既約分解の一意性が成り立つ加法圏」であり、特に(非可換)多元環の表現論や可換環の表現論でよく現れます。
これらの分野では、Krull-Schmidt圏の基礎的な性質である「任意の射が右極小バージョンを持つ」ことが暗にいろいろ用いられています。あまりself-containedに書かれた文献がないので、ここに書くことにします。最後には応用として三角圏での便利な補題を証明します。

前提とする知識

加法圏を知っていれば主張や雰囲気は分かると思います。さらに局所環・環のJacobson根基の定義を知っていれば証明も追えると思います。

基礎的な定義と主定理

Krull-Schmidt圏

加法圏CKrull-Schmidtであるとは、任意のゼロでない対象X
X=X1X2Xn
という直和分解で、各Xiの自己準同型環が局所環であるようなものを持つときいう。

一般の加法圏において、自己準同型が局所環ならば直既約である。Krull-Schmidt圏においては、この逆も成り立つことが容易に確認できる。

Krull-Schmidt圏の例
  1. 任意の環上の、長さ有限加群のなす圏は、Fittingの補題によりKrull-Schmidtです。
  2. k上の(非可換)k多元環Λであり、ベクトル空間として有限次元なものを考えます(有限次元多元環)。このとき、有限生成Λ加群のなす圏modΛはKrull-Schmidtです(1.の特別な例とも見れます)。
  3. Rを可換な完備ネーター局所環とすると、modRはKrull-Schmidtです(Henselの補題)。
  4. 一般に可換な完備ネーター局所環R上の代数Λであって、ΛR加群として有限生成なら、modΛはKrull-Schmidtになります。
  5. 有限次元多元環Λについて、有界導来圏Db(modΛ)や、有限生成射影加群のなす有界ホモトピー圏Kb(projΛ)はKrull-Schmidtです。同じことは体を完備ネーター局所環に変えてもなりたつ(はず)です。

では、この記事の主役である、右極小射を導入しましょう。

右極小な射

加法圏における射f:XY右極小 (right minimal) であるとは、自己準同型φ:XXfφ=fを満たすならばφが同型射となるときをいう。

わかりにくいかもしれませんが、気持ちは「Yを固定したとき、f:XYはある意味極小である」ということです(実際にあるposetの極小元としても定義できます)。後で見るように、加群論で現れる射影被覆は右極小射の典型例です。

では本記事の主定理を述べましょう。

主定理、Krull-Schmidt圏における右極小分解

CをKrull-Schmidt圏、f:XYを任意の射とする。このときfは、右極小な射f:XYと、ゼロ射X0との直和に同型である。

その証明のため、圏のJacobson根基について復習しましょう。

圏のJacobson根基

Cを加法圏、XYをその対象としたとき、C(X,Y)の部分集合radC(X,Y)を以下で定める:
radC(X,Y)={f:XY| 任意の射g:YXについて1Xgfが可逆}

根基の定義の対称性
  1. radC(X,Y)は、以下で定めたものと一致することが計算で分かります(これについて 記事 を書いたので気になる人は参照):
    radC(X,Y)={f:XY| 任意の射g:YXについて1Yfgが可逆}
    これを使えば、radCCの両側イデアルであることが確認できます。

  2. 定義から、radC(X,X)は自己準同型環EndC(X)の通常の根基radEndC(X)に一致します。

Krull-Schmidt圏においては、根基は非常に簡単な記述を持ちます。

Krull-Schmidt圏の根基

CをKrull-Schmidt圏とし、XYCの直既約対象とする。このとき、f:XYについて次は同値である。

  1. fradC(X,Y)が成り立つ。
  2. fは非同型。
  1. (2): もしfが同型なら、その逆射を考えれば1Xf1f=0となり、0射が可逆となるが、これはXが直既約に矛盾する。

  2. (1): 任意にg:YXをとったとき、1XgfXの自己同型ならよい。もしそうでないなら、EndC(X)が局所環なことに注意すると、gfが同型となり、fがsectionとなる。しかしYは直既約なことから、section f:XYは同型でなければならず、(2)に反する。

これと、根基が両側イデアルなことを用いると、Krull-Schmidt圏の射f:XYが根基に入るのは、XYを直既約分解してfを行列表示したとき、行列の各成分が全て非同型なときであることが分かります。

さて、主定理を証明する準備ができました。

主定理の証明

X=X1X2Xnを直既約分解を取る。このときfは成分表示
f=[f1,f2,,fn]:X1XnY
される。ここでfi:XiYである。アイデアは、fXの同型射でひねって、できるだけゼロが成分に多く出るようにし、それがX、残りをXとすれば求めるものになっている。

正確に述べよう。{fψ|ψXの自己同型}という集合を考える(集合になっている)。この集合の各元に対し、上のような成分表示ができるが、ここで「成分表示したとこに現れる0の個数が最大となるようなfψ」が取れる。ψは同型射なので、ffψに取り替えることで、fは次のような性質を満たすと仮定してよい:
(仮定)fを成分表示すると、
f=[f1,,fm,0,,0]:X1XmXm+1XnY
となっており、どのようなXの自己同型を前から合成しても、それを成分表示して0を更に増やすことはできない」

さてこのとき、f:=[f1,,fm]:X1XmYが右極小であることを示せば、定理が示される。そのためφEndC(X1Xm)をとりfφ=fと仮定する。導きたいのはφが同型なことである。

φm×m行列で表現される:
φ=[φ1,1φ1,2φ1,mφ2,1φ2,2φ2,mφm,1φm,2φm,m]:X1XmX1Xm
ここで、主張: 「φi,jは、i=jのとき同型射、ijのとき根基に属する」ことをまず示す。
まずfφ=fを行列で表せば次の等式が得られる:
[f1f2fm]=[f1f2fm][φ1,1φ1,2φ1,mφ2,1φ2,2φ2,mφm,1φm,2φm,m]
ここで第1成分を計算して移行すると次が得られる:
f1(1X1φ1,1)=0
φ1,1EndC(X1)であり、EndC(X1)は局所環だった(Krull-Schmidt圏より)ことを思い出そう。局所環の性質から、もしφ1,1は同型でないとすると、1X1φ1,1は同型になる。すると、上の等式の右から1X1φ1,1の逆元をかけることができ、
f1=f2φ2,1++fmφm,1
というような表示を持つ、つまりf1が他のf2,,fmの和でかける。すると、次の等式がなりたつ:
[f1,f2,,fm][100φ2,110φm,101]=[0,f2,,fm]
この真ん中の行列は対角成分が恒等射である下三角行列なので同型射であり、これは最初の(仮定)に矛盾する。よってφ1,1は同型射である。同様にしてφ2,1は非同型であることが分かる(もし同型ならば上と同様f2を他のfiたちの線形結合でかけ、矛盾する)。よってKrull-Schmidt圏の根基の特徴づけにより、φ2,1は根基に属する。
よって主張が示された。

主張により、φが「modulo 根基で」可逆な対角行列になっている。正確には、X:=X1Xmとおき、φEndC(X)について、根基での剰余への射影EndC(X)EndC(X)/radEndC(X)φを送ると、対角成分が同型な対角行列、つまりEndC(X)/radEndC(X)での可逆元となる(ここで厳密には根基が両側イデアルであること、つまり根基に属する元を成分に持つ行列が根基にはいること、また環の根基とのcompatibilityを用いた)。よって次の補題を用いることでφは同型なことが従い、定理が示された。

Λの元xについて、xΛ/radΛでの像が可逆なら、xΛの可逆元である。

Λ/radΛにおけるxの逆元yをとると、1xyradΛ, 1yxradΛが成り立つ。よって根基の性質によりxyyxは可逆元となり、xは可逆元となる。

この主定理により存在が保証される射の取替には一応名前がついています。

Krull-Schmidt圏の射f:XYにおいて、先の定理のような表示f=[f,0]:XXYをしたときのfを、fの**右極小バージョン (right minimal version) **という。

右極小射の性質

ここでは、右極小射の有用な性質をいくつかまとめます。

右極小バージョンの一意性

Krull-Schmidt圏の射f:XYについて、その右極小バージョンは同型を除いて一意的に定まる。

fの右極小バージョンを2つとり、簡単のためf1:X1Yf2:X2Yとおく(上の証明で出てきたXの直既約分解とは関係ないことに注意)。すると直和因子への射影ri:XXiについて、f=f1r1=f2r2が成り立つ。直和因子への埋め込みをsi:XiXとすると、次が成り立つ:
f1=f1r1s1=fs1=f2r2s1,
f2=f2r2s2=fs2=f1r1s2.
見やすくするためa:=r2s1:X1X2, b:=r1s2:X2X1とすると、つまりf1=f2a, f2=f1bがなりたつ。よって、
f1=f2a=f1(ba),
f2=f1b=f2(ab)
が成り立つ。各fiが右極小だったことから、baabがともに同型なことが分かり、ここからabが同型なことが従う。

右極小性の特徴づけ

Krull-Schmidt圏Cの射XYについて次は同値である。

  1. fが右極小である。
  2. 直既約対象Aとsection ι:AXであって、fι=0となるようなιは存在しない。
  1. (2):
    直既約対象Aとsection ι:AXを任意にとり、fι=0とすると、すなわちf[0,f]:ABYという形の射に同型である。この射に、Bへの射影子ABBABを合成しても変わらないので、Bへの射影子が同型、つまりA=0であり矛盾。

  2. (1):
    主定理の証明では、fを「できるだけゼロを多くくくりだす」ことで、それを取り除いて右極小バージョンが構成できた。しかし(2)の仮定よりゼロをそもそも取り出すことができない。よってfは始めから右極小である。

つまり右極小な射は「どの直和因子に制限しても決して0にならない射」と見ることができる。これを用いて次のような性質を簡単に示すことができる。

右極小射は直和で閉じる

Krull-Schmidt圏において、2つの右極小射な射f1:X1Y1f2:X2Y2が与えられると、その直和
f1f2:=[f100f2]:X1X2Y1Y2
も右極小である。

1つ前の特徴づけを用いる(簡単な証明をご存じの方はお知らせください)ので、任意に直既約対象Aとsection ι:AX1X2をとってきて(f1f2)ι=0とする。ι=[ι1,ι2]tと行列表示できるが、するとf1ι1=0,f2ι2=0が従う。ここで次の補題からι1ι2のいずれかはsectionである。よってf1あるいはf2が右極小なことから矛盾する。

Krull-Schmidt圏Cの直既約対象Aに対して、radC(A,)はちょうど「sectionでないAからの射」と一致する。とくに、[ι1,ι2]t:AX1X2がsectionならば、ι1ι2のいずれかはsectionである。

fradC(A,X)をとる。もしfがsectionであるならばradC(A,X)に入らないことは、対応するretractionをとれば根基の定義からすぐに分かる。逆に、fradC(A,X)に入らないとしよう。するとXを直既約分解してfを成分表示したとき、根基に属さない成分が必ずある。これはKrull-Schmidt圏の根基の特徴づけにより同型射であり、この逆射を用いて用意にfのretractionを構成できる。よってfはsectionである。

後半の主張は、もしι1,ι2がともにnon-sectionなら、2つの射は根基に属し、根基がイデアルなことより[ι1,ι2]tも根基に属し、これは[ι1,ι2]tがnon-sectionを意味し矛盾する。

応用

射影被覆

右極小射は、例えばアーベル圏の射影被覆と相性がよい。アーベル圏の射影被覆は実は射影対象からの右極小な全射にほかならない。この補題や射影被覆については、詳しくは著者による Grothendieckアーベル圏の基礎 の命題2.8あたりを見よ。

射影被覆の定義の同値性

Aをアーベル圏とする。このとき、射影対象Pからの全射π:PXについて、πが射影被覆なことと、πが右極小なことは同値である。

この補題と、Krull-Schmidt圏での右極小バージョンの存在から、直ちに次のことが従う。(Mathlogには系を導入してほしいです、、、)

Aを射影的に豊富なアーベル圏だとする。もしAがKrull-Schmidtなら、Aは射影被覆を持つ。

このことと、右極小バージョンの一意性から、例えば「射影被覆は存在すれば同型を除いて一意的」が分かる(もちろんこれは射影被覆の定義から直接も分かるが)。

Krull-Schmidtなアーベル圏

一般に、よく知られたFittingの補題により、任意の(非可換)環上の長さ有限な右加群のなす圏はKrull-Schmidtである。このことから、右アルティン環上の有限生成右加群のなす圏は上の系の仮定をみたし、よって右アルティン環上の有限生成加群のなす圏では射影被覆が存在することが分かる。

極小右近似 (Minimal right approximation)

右極小射(やその双対の左極小射)が最も用いられる文脈は、**圏の部分圏による近似 (approximation) **においてです。

右近似、反変的有限

加法圏Cの部分圏Dに対して、対象XCD近似 (right D-approximation) とは、射φ:DXXDXDであるようなものであり、かつ任意のDDからの射DXが必ずφを経由するものをいう。
また任意のCの対象が右D近似を持つとき、Dを**反変的有限 (contravariantly finite) **な部分圏と呼ぶ。

気持ちは、「Xに対して一番近いDの対象(からの射)」がXの右D近似である。

アーベル圏Aと、その射影対象のなす圏Pを考える。このとき、射影対象からの全射PXを考えると、これはXの右P近似になっている。よってAが射影的豊富なら、PAの反変的有限部分圏である。

多元環の表現論では加群圏(や導来圏)の様々な部分圏を扱いますが、この反変的有限(やその双対)という条件を課すことが非常に多いです。これはある種の部分圏についての「有限生成性」を意味しているという直感です(正確に圏論的にいうなら、Dが反変的有限なことは、Cの表現可能関手をDに制限したD上の前層がD加群とみて有限生成なことを意味しています)。逆にこの仮定がない部分圏は一般に非常に扱いづらいです。

さて、Krull-Schmidt圏では、主定理のおかげで、右近似のうちもっとも自然なものが同型を除いて一つ定まります。

CをKrull-Schmidt圏とし、その直和と直和因子で閉じた部分圏Dを取る。もしXが右D近似を持つならば、Xは右極小な右D近似を持つ(これを極小右D近似という)。また極小右D近似は存在すれば同型を除いて一意的である。

右近似DXXの右極小バージョンを取ればよいことが容易に確認できる。一意性も近似の定義と右極小性よりすぐに分かる。

この極小右近似や反変的有限部分圏は、現在の多元環の表現論では呼吸するように用いられます。
締めくくりとして、三角圏における有用な補題 [Iyama-Yoshino], Proposition 2.1 の証明を与えて記事を終わりにします。この証明には、右極小バージョンや右近似の概念がフルに用いられています。

Iyama-Yoshino

CをKrull-Schmidtな三角圏、XYをそれぞれ直和・直和因子で閉じたCの部分圏とする。このときもしC(X,Y)=0ならば、XYも直和因子で閉じる。ここでXYとは、triangle XCYXX, YYであるようなものが存在するようなCのなすCの部分圏を指す。

T1T2XYとする。すなわち、triangle XT1T2YでありXXYYを満たすものがある。示したいのはT1T2がともにXYに属することである。

このときC(X,Y)=0なことから、XT1T2は右X近似であることがC(X,)で長完全列を伸ばして容易にわかる。このことから、この射にT1T2への射影を合成したものがT1T2の右X近似であることも直ちに従う、すなわちT1T2は右X近似を持つ。

一方、上の定理により、CがKrull-Schmidtなことから、T1T2は極小右X近似f1:X1T1f2:X2T2を持つ。また右極小射が直和で保たれることと、右近似が直和で保たれることから、f1f2T1T2の極小右X近似である。

しかし、初めにとったtriangleに戻ると、その左の射XT1T2は右X近似だったので、これの右極小バージョンも極小右X近似を与える。よって右極小X近似の一意性により、XT1T2は射として次の形の射と同型である:
f:=[f1000f20]:X1X2X3T1T2

ここでさらにf1f2をtriangleに伸ばし、X1T1Y1, X2T2Y2とすると(まだYiYは保証されてない)、この直和と自明なtriangle X30X3[1]X3[1] の直和として、fをtriangleに伸ばすと次の形をしているはずである:
X1X2X3T1T2Y1Y2X3[1].
よってYY1Y2X3[1]に同型である。ここでYが直和因子で閉じることから、Y1,Y2Yが従う。このこととtriangle XiTiYiにより、TiXYが従う。

三角圏の部分圏が直和因子で閉じているかは微妙な問題でありますが(thick subcategoryなど)、この定理のおかげで、Hom直交する2つの直和因子で閉じた部分圏から簡単に直和因子で閉じた部分圏を作ることができ、便利です。

まとめ

Krull-Schmidt圏だと射の右極小バージョンの存在が言えて非常に便利ですので、みなさんもお手持ちのKrull-Schmidt圏があればぜひ使ってみてください。

投稿日:20201112
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投稿者

H.E.
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某大ポスドク、詳しくはtwitterまで。自分の分野(環の表現論)でよく使われるfolkloreの解説記事を主に書いています。

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  1. 概説
  2. 基礎的な定義と主定理
  3. 右極小射の性質
  4. 応用
  5. 射影被覆
  6. 極小右近似 (Minimal right approximation)
  7. まとめ