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環と圏のJacobson根基の特徴づけ

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$$\newcommand{Ab}[0]{\mathcal{A}b} \newcommand{CC}[0]{\mathcal{C}} \newcommand{End}[0]{\operatorname{End}} \newcommand{Mod}[0]{\operatorname{\mathsf{Mod}}} \newcommand{rad}[0]{\operatorname{rad}} $$

導入

環のJacobson根基には次のような同値な特徴づけがあります。

環のJacobson根基

(非可換)環$\Lambda$の元$x \in \Lambda$について、次は全て同値である。
(1) 任意の$y \in \Lambda$に対して$1-xy$が可逆。
(1)$_L$ 任意の$y \in \Lambda$に対して$1-xy$が左逆元を持つ。
(1)$_R$ 任意の$y \in \Lambda$に対して$1-xy$が右逆元を持つ。
(2) 任意の$y \in \Lambda$に対して$1-yx$が可逆。
(2)$_L$ 任意の$y \in \Lambda$に対して$1-yx$が左逆元を持つ。
(2)$_R$ 任意の$y \in \Lambda$に対して$1-yx$が右逆元を持つ。
(3) $x$は全ての極大右イデアルに属する、言い換えると任意の単純右加群$S$への射$\Lambda \to S$$x$$0$に飛ぶ。
(3') 任意の単純右加群$S$に対して$Sx = 0$である。
(4) $x$は全ての極大左イデアルに属する、言い換えると任意の単純左加群$S$への射$\Lambda \to S$$x$$0$に飛ぶ。
(4') 任意の単純左加群$S$に対して$xS = 0$である。

これらの同値な条件を満たす$x$のなす集合(3と4により両側イデアル)を$\rad\Lambda$とかく。

この同値条件の前加法圏版を示すことが今回の目的です。怖くないので逃げないでください。

何に役立つの?

前加法圏を扱うときに役に立ちます。ふざけずにいうと、応用上はKrull-Schmidt圏上の根基について考察することが多く、そこでよく(1)と(2)を用います( 前の記事 前の記事 などでは空気のように根基を使ってます)。またいわゆるAuslander-Reiten理論では圏上の単純加群について考えるので、そこで(3)や(4)も用います。

前加法圏なんて知らず、この命題の証明だけ知りたい人は、以下の証明で「前加法圏$\CC$」を「環$\Lambda$」に、「射$f\colon X \to Y$」を単に「$\Lambda$の元$x$」に、「$1_X$とか$1_Y$」とかを「$\Lambda$の単位元$1$」に、「逆射」を「逆元」に置き換えれば、上の命題の証明に(原理的には)読み替えられます。

前提とする知識

上の命題だけ知りたい人は、環の定義だけで十分です(上の注意参照)。本題である前加法圏の根基について知りたい方は、前加法圏の定義だけ知っていれば十分です。上の命題を知っている必要はありません。なぜなら、本記事の証明から上の命題が証明されるからです(オーバーキル)。

前加法圏版と環版との関係を一応厳密に述べておきます。前加法圏で対象が1つのみのものは、そのHom集合を考えることで環となり、逆に環は対象が1つの前加法圏とみなせます。よく言われるように、前加法圏は環の多対象版であるとこの状況を表されます。なので前加法圏で上の命題(の適切な拡張)を証明すれば、対象が1点の場合に限定すれば上の命題が証明できるわけです。

この対応のもとでは、

  • 環の元$x$は、前加法圏では射$x \colon A \to B$とみなす、
  • 環の元の掛け算$x y$は、前加法圏では、合成可能な2つの射$A \xrightarrow{y} B$$B \xrightarrow{x} C$についての射の合成$xy$に対応、
    という対応関係があります。掛け算は環では任意の2元についてできましたが、一般の前加法圏では合成可能な場合にしか定義されないことに注意してください。

証明をちゃんと書いたらかなり長くなったので、簡略化できそうなところや別の短い証明に気づいたら教えて下さい。

1と2の同値性

まずは、単純加群や極大右イデアルの前加法圏版を導入せずにすむ、1と2の同値性だけ先に証明しましょう。

定理A

前加法圏$\CC$の射$f \colon X \to Y$について、次は同値である。
(1) 任意の射$g \colon Y \to X$について、$1_Y - fg$が可逆射。
(1)$_L$ 任意の射$g \colon Y \to X$について、$1_Y - fg$が左逆射を持つ。
(1)$_R$ 任意の射$g \colon Y \to X$について、$1_Y - fg$が右逆射を持つ。
(2) 任意の射$g \colon Y \to X$について、$1_X - gf$$X$の可逆射。
(2)$_L$ 任意の射$g \colon Y \to X$について、$1_X - gf$が左逆射を持つ。
(2)$_R$ 任意の射$g \colon Y \to X$について、$1_X - gf$が右逆射を持つ。

上の注で述べたように、環の元とは違い積(=合成)がちゃんと定義できるように$g$$Y$から$X$への射としていること、また環の単位元の代わりに対象の恒等射を使っていること(よって1と2で出てくる$1$は別物)なことに注意してください。もちろん環の場合には対象が1つですのでこれは環のJacobson根基の命題の拡張になっています。

証明は、本当にごちゃごちゃ計算するだけです。次の補題を準備すると見通しがよくなります。

前加法圏の射$f\colon X \to Y$$g \colon Y \to X$について、次は左・右のぞれぞれについて同値。
(1) $1_Y - fg$が左(resp. 右)可逆である。
(2) $1_X - gf$が左(resp. 右)可逆である。

  1. $\Rightarrow$ (2):
    まず左の場合、つまり$1_Y - fg \colon Y \to Y$が左逆射を持つとき、$1_X - gf$が左逆射を持つことを示します。
    仮定により$1_Y-fg$の左逆射$h$を取ります。と$h(1_Y - fg) = 1_Y$となります。ここで、実は$1_X + ghf$$1_X - gf$の左逆射であることが以下の計算で分かります($ghf$は合成可能なことに注意):
    \begin{align} (1_X + g h f)(1_X - gf) &= (1_X - gf) + g hf (1_X - gf)\\ &= 1_X - gf + gh(f - fgf) \\ &= 1_X - gf + gh(1_Y - fg) f\\ & = 1_X - gf + g\circ h (1_Y - fg) \circ f\\ &= 1_X - gf + g \circ 1_Y \circ f\\ &= 1_X - gf + gf \\ &= 1_X \end{align}

キモは$f(1_X - gf) = (1_Y-fg)f$という変形です。よって$1_X - gf$は左逆射を持ちます。

同様に右の場合も示しましょう。同じく$1_Y - fg$が右逆射$h$を持つとき、$1_X+ghf$$1_X - gf$の右逆射なことが、同じような次の計算で分かります:
\begin{align} (1_X - gf)(1_X + g h f) &= (1_X - gf) + (1_X-gf)gh f\\ &= 1_X - gf + (g - gfg) hf \\ &= 1_X - gf + g(1_Y - fg) h f\\ & = 1_X - gf + gf\\ &= 1_X \end{align}

  1. $\Rightarrow$ (1):
    これは、すでに示した(1) $\Rightarrow$ (2)を、$X$$Y$$f$$g$を交換して適応すれば従います。

さて、定理Aの証明の準備ができました。

定理Aの証明

明らかに次の同値が成り立ちます:

    1. $\Leftrightarrow$ (1)$_L$かつ(1)$_R$
    1. $\Leftrightarrow$ (2)$_L$かつ(2)$_R$
      また補題により次の同値も成り立ちます:
  • (1)$_L$ $\Leftrightarrow$ (2)$_L$
  • (1)$_R$ $\Leftrightarrow$ (2)$_R$
    よって、(1)$_L$かつ(2)$_L$$\Rightarrow$ (2)を示せば十分です(厳密には(1)$_R$かつ(2)$_R$$\Rightarrow$(1)についても示す必要がありますが、全く同様の議論で証明できますし、もしくはopposite categoryを取ればよいので省略します)。

(1)$_L$と(2)$_L$を仮定します。このとき、任意に$g \colon Y \to X$をとってきたとき、$1_X - gf$が可逆なことを示したいです。(1)$_L$より$1_Y - fg$には左逆射$h$を持ちますが、補題の証明により、次が成り立ちます:
$$ (1_X + ghf)(1_X - gf) = 1_X $$
これだけでは$1_X - gf$逆射を持つことしか言えていませんが、もう少し観察しましょう。いま(2)$_L$が成り立つので、(2)$_L$$g$として$- g h \colon Y \to X$を適応することで、$1_X + ghf = 1_X - (-gh) f$は左逆射を持ちます((2)$_L$の条件の任意性がミソです)。
ここで上の等式をもう一度みると、上の等式から$1_X + ghf$は右逆射$1_X - gf$を持ちますが、上の観察より左逆射も持ちます。よって$1_X + ghf$は可逆であり、これと上の等式から$1_X - gf$も可逆なことが従います。よって(2)が示せました。

単純加群と主定理

冒頭の命題の最後2つは、単純右(もしくは左)加群についての条件でした。いま環の代わりに前加法圏を考えているので、前加法圏$\CC$について単純右(左)$\CC$加群というものを考える必要があります。
まず「そもそも$\CC$加群って何?」という人は、 前の記事 を見てください(もしくは前加法圏を知らずに環を考えている人は、普通の加群のことです)。

では右$\CC$加群を知っているものとして、部分加群や単純性を定義しましょう。

部分加群

$\CC$を前加法圏とする。右$\CC$加群$M$について、その部分加群$L$とは、右$\CC$加群$L \colon \CC^{op} \to \Ab$であり、次の条件を満たすものである:

  • $X \in \CC$について$L(X)$$M(X)$の部分アーベル群である。
  • $\CC$の射$f \colon X \to Y$について、$M(Y) \xrightarrow{M(f)}M(X)$を制限して$L(Y) \xrightarrow{L(f)} L(X)$が得られる(可換図式かきたい…)。

つまり、右$\CC$加群のなすアーベル圏$\Mod\CC$での単射$L \hookrightarrow M$であり、各$\CC$の対象を代入するごとに本当に部分アーベル群になっているものである。

もちろん常に$M$$M$$0$を部分加群として含む。よって単純性はいつものように定義できる。

単純加群

$\CC$を前加法圏とする。このときゼロでない右$\CC$加群$S$単純加群であるとは、$M$の部分加群が$0$$S$のみのときをいう。

ようやく本記事の主定理を正確に述べることができる。

主定理:前加法圏の根基の特徴づけ

$\CC$を前加法圏、$f \colon X \to Y$$\CC$の射とすると、次は同値である。
(1) 任意の$g \colon Y \to X$に対して$1_Y - fg$が可逆射。
(1)$_L$ 任意の$g \colon Y \to X$に対して$1_Y - fg$が左逆射を持つ。
(1)$_R$ 任意の$g \colon Y \to X$に対して$1_Y - fg$が右逆射を持つ。
(2) 任意の$g \colon Y \to X$に対して$1_X-gf$が可逆射。
(2)$_L$ 任意の$g \colon Y \to X$に対して$1_X-gf$が左逆射を持つ。
(2)$_R$ 任意の$g \colon Y \to X$に対して$1_X-gf$が右逆射を持つ。
(3) 任意の単純右$\CC$加群$S$への射$\varphi \colon \CC(-,Y) \to S$について、$X$を代入した写像$\varphi_X \colon \CC(X,Y) \to S(X)$$f$$0$に飛ぶ。
(3') 任意の単純右$\CC$加群$S$について、$f$による作用$S(f)\colon S(Y) \to S(X)$はゼロ写像である。
(4) 任意の単純左$\CC$加群$S$への射$\varphi \colon \CC(X,-) \to S$について、$Y$を代入した写像$\varphi_Y \colon \CC(X,Y) \to S(Y)$$f$$0$に飛ぶ。
(4') 任意の単純左$\CC$加群$S$について、$f$による作用$S(f) \colon S(X) \to S(Y)$はゼロ写像である。

これらの同値な条件を満たす$f \colon X \to Y$のなす集合(1と2より$\CC$の両側イデアル)を$\rad_\CC(X,Y)$とかき、前加法圏$\CC$のJacobson根基という。

仰々しく見えるが、前加法圏として環の場合を考えると、きちんと冒頭の命題に一致することを確かめられたい。また大部分はすでに定理Aで証明している。

では証明していきましょう。

定理Aにより、(1)$_L$から(2)$_R$が全て同値なことはすでに示した。

  1. $\Rightarrow$ (3):
    単純右$\CC$加群$S$と、射$\varphi \colon \CC(-,Y) \to S$をとる。ここで、(3)の主張は、合成
    $$ \CC(-,X) \xrightarrow{\CC(-,f)} \CC(-,Y) \xrightarrow{\varphi} S $$
    の合成がゼロであることと同値であることが分かる(米田の補題の演習問題)(これは$\CC$が環の場合は、$\varphi(f) = 0$$\CC \xrightarrow{f \cdot (-)}\CC \xrightarrow{\varphi} S$の合成がゼロなことが同値といっている、これは環論の練習問題)。

さて背理法で合成$\varphi \circ \CC(-,f)$がゼロじゃないとしよう。すると、$S$が単純であることから、$\varphi \circ \CC(-,f)$は全射でなければならない(通常の加群の場合と同様、常に加群の射の準同型による像が部分加群になることがチェックできるので)。とくに$Y$を変数に代入すると、次の合成が全射である。
$$ \CC(Y,X) \xrightarrow{f\circ (-)} \CC(Y,Y) \xrightarrow{\varphi_Y} S(Y) $$
ここで、$\varphi_Y(1_Y) = y \in S(Y)$という元を考える(米田により$\varphi$に対応するような元)。すると上の合成の全射性より、ある$g \colon Y \to X$が存在して、それが$y$に飛ぶ。つまり式で書くと、
$$ \varphi_Y(fg) = y = \varphi_Y(1_Y) $$
が成り立つ。移項して$\varphi_Y(1_Y - fg) = 0$がなりたつ。どこかで見た形ですね。
一方米田の補題の練習問題より、$\varphi_Y(1_Y - fg) \in S(Y)$は次の射に対応する。
$$ \CC(-,Y) \xrightarrow{\CC(-,1_Y - fg)} \CC(-,Y) \xrightarrow{\varphi} S $$
よって$\varphi_Y(1_Y - fg) = 0$は、この合成が$0$なことを意味する。

しかしここで(1)より、$1_Y - fg$は同型射である。よって米田埋め込みした$\CC(-,Y) \xrightarrow{\CC(-,1_Y -fg)} \CC(-,Y)$も同型射なので、$\varphi = 0$が導かれてしまう。これはそもそも$\varphi \circ \CC(-,f) \neq 0$という仮定に矛盾する。

以上より(3)が示された。

  1. $\Rightarrow$ (1)$_R$:
    ここが一番大変です。証明が改良できそうな人は教えて下さい。

まず$\CC$が環の場合に証明を述べます。$1 - fg$が右逆を持てばよいですが、持たないと仮定します。すると、右イデアル$(1-fg)\CC$$\CC$に一致しません(一致すれば右逆を持つので)。よって剰余$\CC/(1-fg)\CC$はゼロでない加群で、しかも有限生成加群なので、単純加群$S$へ全射を持ちます。ここで合成
$$ \CC \xrightarrow{f\cdot(-)} \CC \twoheadrightarrow \CC/(1-fg)\CC \twoheadrightarrow S $$
は(3)の仮定によりゼロ写像です。一番左から元$g$をとってchaseすると、
$$ g \mapsto fg \mapsto \overline{fg} \mapsto 0 $$
となりますが、剰余の構成より$\overline{fg} =\overline{1}$です。よって全射の合成$\CC \twoheadrightarrow \CC/(1-fg)\CC \twoheadrightarrow S$$1$$0$に飛ぶことが分かり、ここから$S = 0$が従い矛盾します。

以下の証明は、これを圏上の加群の場合に適応したものです(面倒な補題は後に押し付けます)。(1)を示したいので、任意に射$g \colon Y \to X$を取り、背理法により示すので$1_Y - fg$が右逆射を持たないと仮定します。ここで、次のような$\CC(-,Y)$の部分加群$L$を定義します(上で$(1-fg)\CC$に相当するもの):
$L$を関手$\CC^{op} \to \Ab$で、$W \in \CC$について
$$ L(W) := \{ h \in \CC(W,Y) \,| \, \text{ある$h'$が存在し$h=(1-fg)h'$とかける} \} $$
を返すようなもの。これが$\CC(-,Y)$という右$\CC$加群の部分加群なことは容易にチェックできます。よって商加群$\CC(-,Y)/L$を定義することができます。

まず$\CC(-,Y)/L \neq 0$が成り立ちます。なぜなら、ゼロだとすると、$\CC(Y,Y) =L(Y)$が特に従いますが、左から$1_Y$を取れば、$L$の定義からこれはまさに$1_Y-fg$が右可逆なことが従うからです。

よって後で述べる補題により、ある単純右加群$S$への全射$\CC(-,Y)/L \twoheadrightarrow S$が取れます。ここで次の$\CC$加群の準同型の合成を考えます。
$$ \CC(-,X) \xrightarrow{\CC(-,f)} \CC(-,Y) \twoheadrightarrow \CC(-,Y)/L \twoheadrightarrow S $$
ここで(3)の仮定(と米田の補題の練習問題)より、この合成はゼロです。さて、$Y$を上に代入して$g$を一番左からとってchaseすると次のようになります。
$$ g \in \CC(Y,X)\, \mapsto \, fg \in \CC(Y,Y) \, \mapsto \overline{fg} \in \CC(Y,Y)/L(Y) \, \mapsto 0 \in S(Y) $$
ここで$L(Y)= (1_Y-fg) \End_\CC(Y) \leq \End_\CC(Y) = \CC(Y,Y)$が確かめられます。よって$\CC(Y,Y)/L(Y)$の中で$\overline{1_Y} = \overline{fg}$です。これに注意すると、次の合成
$$ \CC(Y,Y) \twoheadrightarrow \CC(Y,Y)/L(Y) \twoheadrightarrow S(Y) $$
$1_Y$はゼロに飛ぶことが分かります。よって米田の補題により、
$$ \CC(-,Y) \twoheadrightarrow \CC(-,Y)/L \twoheadrightarrow S $$
がゼロ写像となり、これは$S$が単純加群(特にゼロでない)ことと矛盾します。

以上の長い背理法で、$1_Y -fg$が右逆射を持たないことが示せました。つまり(3) $\Rightarrow$ (1)$_R$が成り立ちます。

(4)については(3)の場合の完全なる双対なので、双対性から従うもしくは同様に証明できます。また(3)と(3)'の同値性や(4)と(4)'の同値性は米田の補題の簡単な練習問題です。くぅ~疲れましたw これにて完結です!

と思ったら最後に補題を残していたので片付けます。

補題

前加法圏$\CC$上の加群$M$が、ゼロでなく、またある表現可能関手からの全射$\CC(-,Y) \twoheadrightarrow M$を持つとする。このとき、$M$からある単純加群への全射$M \twoheadrightarrow S$を構成できる。

この補題は、環の場合には「任意の1元生成加群は単純加群へ全射を持つ」、さらに馴染み深い言い方では「任意の右イデアルはある極大右イデアルに含まれる」と同じ主張です。ですのでZornを使う必要があります……。が環の場合の証明を冷静に言い換えるだけです。

全射$\CC(-,Y) \twoheadrightarrow M$の核を$K \leq \CC(-,Y)$としましょう。これは$\CC(-,Y)$の部分加群です。いま$M$がゼロでないので$K \neq \CC(-,Y)$、つまり$K$$\CC(-,Y)$の真の部分加群です。このとき次のposetに極大元があることを示します。
$$ \mathcal{Poset} = \{ A \, | \, \text{$A$は$\CC(-,Y)$の真の部分加群で$K$を含む}\} $$
もし$\mathcal{Poset}$に極大元があれば、それを$A'$とすれば、$K \leq A' < \CC(-,Y)$であり、部分加群の対応定理により$\CC(-,Y)/A'$は単純$\CC$加群です。よって全射$M \cong \CC(-,Y)/K \twoheadrightarrow \CC(-,Y)/A'$が求めるものです。

あとはZornの補題の演習問題です。まず$\mathcal{Poset}$$K$が入っているので空でなく、$\mathcal{Poset}$の中の空でないchainをとったときのunionがまた$\mathcal{Poset}$に入っていればよいです。非自明なのは真部分加群のchainのunionが真の部分加群かどうかだけですが、これは通常の場合と同じく、真でなかったとしたら、chainに$Y$を代入して$\CC(Y,Y)$の元$1_Y$に注目すれば米田を考えてすぐ矛盾します(環の場合と同じく、$\CC(-,Y)$の部分加群が$1_Y$を含んでいたらその瞬間に$\CC(-,Y)$に一致します)。詳しくは演習問題とします。

まとめ

基本的には(非可換)環の場合の証明を冷静に一般化しただけですので、自分で練習問題として解いてみてもいいでしょう。が冷静に考えると、非可換環の場合にすら冒頭命題は有名じゃないかもしれないので、圏なんて知らねーって人は冒頭の命題だけ頭の片隅においておいてください。

投稿日:20201113
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H.E.
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某大ポスドク、詳しくはtwitterまで。自分の分野(環の表現論)でよく使われるfolkloreの解説記事を主に書いています。

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