多元環の表現論では、
$$
0 \to L \xrightarrow{f} M \xrightarrow{g} N \to 0
$$
という形の加群の短完全列が与えられたとき、いつ$g$が右極小になるか、という問題が度々考えられます。たとえば、加群の短完全列の中である意味で極小であるAuslander-Reiten列 (AR列) では、$g$が右極小や$f$が左極小なことが、AR列の定義の同値な定義のいくつかに出てきます。
また、同様の状況は三角圏のtriangleを考えるときにも現れます。実はこのような状況で、この$g$の右極小性が$f \in \rad_\CC(L,M)$と同値ということが成り立ち、今回の主定理の特別な場合です。
前の記事 の内容をある程度仮定します。具体的には、加法圏とその根基や右極小性の定義さえ知っておけば読めるはずです。アーベル圏や三角圏を知っていると更に楽しめます。
今回の記事の主定理は後輩A.S.氏が形にしたものです(がまあfolkloreという気がします)。また後輩からの指摘で、有限次元多元環上の加群圏の場合に全く同じ議論が [Jasso], An introduction to higher Auslander-Reiten theory の補題1.1に書いてあることが分かりました。
まず、アーベル圏の短完全列や三角圏のtriangleを含むものとして、次のような余核の一般化がよく用いられます。
加法圏$\CC$の2つの射$L \xrightarrow{f} M \xrightarrow{g} N$に対して、$f$が$g$の**弱核 (weak kernel) **であるとは、次を満たすときをいう。
すなわち、図式を米田で埋め込んだ
$$
\CC(-,L) \xrightarrow{\CC(-,f)} \CC(-,M) \xrightarrow{\CC(-,g)} \CC(-,N)
$$
が完全となるときをいう。
さて、少し話題がそれましたが、主定理を述べることができます。
$\CC$を加法圏とし、$L \xrightarrow{f} M \xrightarrow{g} N$という$\CC$での図式で$f$が$g$の弱核とする。このとき次の2つは同値である。
$\Rightarrow$ (2): 根基の定義を確かめるため、$h \colon M \to N$を任意にとり、$1_M - fh$が可逆であればよい。ここで、次の計算をする。
$$
g (1_M - f h) = g - gf h = g
$$
よって$g$が右極小なことから$1_M - fh$は同型、よって$f$が根基に属することが分かった。
$\Rightarrow$ (1): $g$が右極小なことを示すため、$\varphi \colon M \to M$が$g\varphi = g$を満たすとする。このとき$\varphi$が同型なことを示す。次の計算をする。
$$
g (1_M - \varphi) = g - g\varphi = g-g = 0
$$
よって弱核の普遍性により、ある$h \colon M \to L$が存在し、次が成り立つ:
$$
1_M - \varphi = h f
$$
これを移行すると、
$$
\varphi = 1_M - hf
$$
となるが、$f \in \rad_\CC(L,M)$なことから、根基の定義により右辺は可逆である。つまり$\varphi$が同型射が従う。
こうして証明をみると、非常に簡単な計算と定義に基づいているだけなので、与えられれば誰でも自力で証明できそうな定理ですが、なかなかこの書き方で書いてある文献を知らないので、みんな気づいていないの(かみんな何となく知ってるけどわざわざ書くまでもないの)かなという感じです。かくいう自分もこの定式化は知らなかったので、発案して教えてくれた後輩A.S.氏に感謝。
では主定理の恩恵を受けるため、1と2のどちらが示しやすいか考えましょう。
なので、少なくともKrull-Schmidt圏においては、主定理は与えられた射が右極小射かどうか判定する簡単な方法だと言えるでしょう。
まずは単純に主定理をアーベル圏や三角圏に使ってみましょう。
$\AA$をアーベル圏とし、$g \colon M \to N$を任意にとる。このとき、その核
$$
0 \to \ker g \xrightarrow{\iota} M \xrightarrow{g} N
$$
をとると、$g$が右極小なことと、$\iota$が根基に属することは同値である。
より細かい状況においては、例えば次の判定法はよく用います。
Krull-Schmidtアーベル圏$\AA$における短完全列
$$
0 \to L \xrightarrow{f} M \xrightarrow{g} N \to 0
$$
において$L$が直既約だとする。このとき、次は同値である。
(1)の条件は、$f$がnon-sectionなことと同値である。よって 前の記事 により、$L$の直既約性に注意すれば、これは$f$が根基に属することと同値である。よって(1)と(2)の同値性は主定理より直ちに従う。
具体例としてほんとはクイバーの道多元環をみたいですが、自重して多項式環を変数のべきで割った可換環を考えます。
$k$を体とし、環$R := k[x]/(x^3)$を考えます。これは$1,x,x^2$を基底に持つ3次元な多元環で、また局所アルティン環です。このとき、例えば次の短完全列があります。
$$
0 \to R/(x^2) \xrightarrow{f} R \xrightarrow{g} R/(x) \to 0
$$
ここで$g$は自然な射影で、$f$は$x$を掛け算する写像です。
このとき上の判定法を使うと$g$は右極小になることが分かります。まずこの図式は有限生成$R$加群のなす圏の図式であり、$R$がアルティンよりKrull-Schmidt圏です。また$R/(x^2)$は直既約加群なので、この短完全列が分裂していないことを見ればよいです。しかし$R$自身も直既約なことから、この短完全列は分裂していません。
上の例では、$R$が射影加群なことから、結局$g$が射影被覆なことの証明を与えています( 前の記事 参照)。一般的な可換環論などでは射影被覆であることを見るほうが多分スタンダードでよくある議論です。が根基の考えやKrull-Schmidt圏の根基の記述を用いると上のように概念的な道具で殴ることでほとんど元を取らずに証明できます。
全く同じですが、三角圏での対応する判定法を述べておきましょう。
$\TT$を三角圏とし、triangle $L \xrightarrow{f} M \xrightarrow{g} N \to$をとる。このとき、$g$が右極小なことと$f$が根基に属することは同値である。更に$\TT$がKrull-Schmidtで$L$が直既約なときは、$g$が右極小なこととこのtriangleが分裂していないことは同値である。
アーベル圏の場合と全く同様なので略す。
右極小射自体はいろんなところで空気のように用いられるが、その恩恵のありがたさを知るためにはいろんなことを知ってイメージを掴む必要がありなかなか伝えにくいです。この主定理の一番有名な応用先は、背景で述べたいわゆる**Auslander-Reiten列 (triangle) **についての同値条件と呼ばれる短完全列の同値条件の証明だと思っています。上のほうで、「分裂しない短完全列で左端が直既約」という状況が出てきましたが、AR列とはこれの特別な場合で、ある意味「分裂しない短完全列の中で極小なもの(socleに位置しているもの)」です。
このAR列周辺については、それ自体がかなり大きな理論なので、総説は難しいかもしれませんが、気が向いたらそのうち書くかもしれません。