$$\newcommand{C}[0]{\mathbb{C}}
\newcommand{N}[0]{\mathbb{N}}
\newcommand{Q}[0]{\mathbb{Q}}
\newcommand{R}[0]{\mathbb{R}}
\newcommand{Z}[0]{\mathbb{Z}}
$$
はじめに
突然ですが、皆さんこの問題を知っていますか?
$ \tan1^{\circ}$は有理数か。
2006年京大理系で出された問題で、簡潔な問題文であるにもかかわらず、受験生のほとんどが解けなかったといわれている難問として有名です。実際にこの問題を解いてみましょう。
(証明)
$\tan1^{\circ}$が有理数であると仮定する。このとき、$\tan$の$2$倍角の公式より$\tan2^{\circ}=\displaystyle \frac{2\tan1^{\circ}}{1-(\tan1^{\circ})^2}$。よって$\tan2^{\circ}$は有理数である。同様に$2$倍角の公式を用いれば、$\tan4^{\circ}$,$\tan8^{\circ}$,$\tan16^{\circ}$,$\tan32^{\circ}$も有理数である。また、$\tan$の加法定理より、
$\tan30^\circ=\tan(32^\circ-2^\circ)$$=\displaystyle \frac{\tan32^\circ-\tan2^{\circ}}{1-\tan32^\circ\tan2^{\circ}}$。よって$\tan30^\circ$は有理数である。しかし、$\tan30^\circ=\displaystyle \frac{\sqrt{3}}{3}$であるから矛盾。よって背理法より$\tan1^{\circ}$は無理数である。
では、次の問題はどうでしょう。
$\cos1^{\circ}$は有理数か。
この問題も一見先ほどと同じやり方で解けそうな気がします。しかし、おそらく途中でつまづくはずです。
(途中でつまづく解き方)
$\cos1^{\circ}$を有理数と仮定する。$\cos$の$2$倍角の公式を繰り返し用いると、$\cos2^{\circ}$,$\cos4^{\circ}$,$\cos8^{\circ}$,$\cos16^{\circ}$,$\cos32^{\circ}$は有理数である。ここで$\cos$の加法定理より、
$\cos30^\circ=\cos(32^\circ-2^\circ)$$=\cos32^\circ\cos2^\circ-\sin32^\circ\sin2^\circ$。$\cdots\cdots\cdots\cdots$
うまくいかない原因は、$\cos$の加法定理に$\sin$が含まれているからです。$\tan$の場合は、加法定理が$\tan$のみで表されたため、うまくできました。(後で述べますが、この問題はチェビシェフ多項式というものを用いて証明することができます。)
さらに、一般化させましょう。
$n$を整数とするとき$\cos n^{\circ}$は有理数か。
前置きが長くなりましたが、今回はこれを解いていきます。
$\cos n^{\circ}$は無理数か
これを考えていくわけですが、先に結論を言ってしまいます。というのも、結論を先に言っておかないと、どんな議論をしているかわかりづらくなるからです。
$\cos n^\circ$が有理数 $ \Longleftrightarrow $ $n$は$60$の倍数または$90$の倍数
もっと考えやすくするために、さらにこれを言い換えます。
$0< n<90$のとき $\cos n^\circ$が有理数$ \Longleftrightarrow$ $n=60$
$n$が$90$の倍数であるとき、$\cos n^\circ$が有理数になることは明らかです。また、$\cos (n^\circ+360^\circ)=\cos n^\circ$,$\cos (n^\circ+180^\circ)=-\cos n^\circ$,$\cos (180^\circ-n^\circ)=-\cos n^\circ$が成り立つことから、$0< n<90$のときのみを考えれば十分と分かります。
チェビシェフ多項式
$\cos n^\circ$が有理数かどうかを考えていく下準備として、チェビシェフ多項式というものを考えていきます。チェビシェフ多項式$T_n(x)$とは次のようなものです。
$T_n(x)$は$\cos n\theta=T_n(\cos \theta)$を満たす有理数係数$n$次多項式である。
いきなり言われても分かりにくいかもしれないので、具体例を考えます。
$n=1$のときは、明らかに$T_1(x)=x$です。
$n=2$のときは、$2$倍角の公式$\cos 2\theta=2\cos^2\theta-1$より$T_2(x)=2x^2-1$です。
$n=3$のときは、$3$倍角の公式$\cos 3\theta=4\cos^3\theta-3\cos\theta$より$T_2(x)=4x^3-3x$です。
このようにして、すべての$n$に対して、$\cos n\theta$を$\cos\theta$の有理数係数$n$次多項式で表すことができます。このことは数学的帰納法を使って示すことができます。
($T_n(x)$が存在することの証明)
まず$n=1,2$のときは上でみたように$T_1(x)=x,T_2(x)=2x^2-1$。
次に$T_{k-2}(x),T_{k-1}(x)$が存在すると仮定する($k\geq3$)。$\cos$の加法定理$\cos(\alpha \pm \beta)=\cos \alpha\cos\beta \mp \sin \alpha \sin \beta
$において、$\alpha=(k-1)\theta,\beta=\theta$とすると、
$\cos(k\theta)$$=\cos \{(k-1)\theta\}\cos\theta-\sin \{(k-1)\theta\} \sin \theta$
$\cos\{(k-2)\theta\}$$=\cos \{(k-1)\theta\}\cos\theta+\sin \{(k-1)\theta\} \sin \theta$
$2$式の辺々を加えると
$\cos(k\theta)+\cos\{(k-2)\theta\}$$=2\cos \{(k-1)\theta\}\cos\theta$
$\cos\{(k-2)\theta\}$を移項して
$\cos(k\theta)$$=2\cos \{(k-1)\theta\}\cos\theta-\cos\{(k-2)\theta\}$
したがって$T_k(x)=2xT_{k-1}(x)-T_{k-2}(x)$が存在する。
これを使うと次のことを示すことができます。
$m$が$n$の約数であるとき $\cos n^\circ$が無理数$\Longrightarrow \cos m^\circ$も無理数
(証明)
対偶「$\cos m^\circ$が有理数$\Longrightarrow$$ \cos n^\circ$も有理数」を示す。$n$は$m$の約数であるから$n=km(k \in \N)$と表わせる。このとき、$\cos n^\circ$$=T_k(\cos m^\circ)$であるから、$\cos m^\circ$が有理数ならば$\cos n^\circ$も有理数である。
今示した定理が、このあと強力に働きます。何回も出てくるので、この定理を「無理数判定法」と名付けることにします。
証明の方針
この記事の冒頭で扱った、「$\cos 1^\circ$は有理数か。」を再び考えてみます。無理数判定法を使ってみます。
($\cos1^\circ$が無理数であることの証明)
$\cos45^\circ=\displaystyle \frac{\sqrt{2}}{2}$だから$\cos45^\circ$は無理数。$1$は$45$の約数だから、無理数判定法より$\cos1^\circ$は無理数である。
無理数判定法を使うと一発で示せてします!!このように、$\cos n^\circ$が無理数かどうかを調べるためには、$n$の倍数であって、$\cos m^\circ$が無理数となるような自然数$m$をうまく持ってくればよいのです。
さあ、いよいよここから証明していきます。一つずつしらみつぶしに調べていきます。
証明
もう一度、示すべきことを書きます。
$0< n<90$のとき $\cos n^\circ$が有理数$ \Longleftrightarrow$ $n=60$
では証明していきます。
$n=2k-1$と表わされるとき、$\cos n^\circ$は無理数である。
(証明)
$\cos\{45(2k-1)\}^\circ=\pm\displaystyle \frac{\sqrt{2}}{2}$だから$\cos\{45(2k-1)\}^\circ$は無理数。$2k-1$は$45(2k-1)$の約数だから、無理数判定法より$\cos(2k-1)^\circ$は無理数である。
したがって、$\cos n^\circ$が有理数となる$n$は偶数であることがわかります。
どんどんいきます。
$n=5k\pm1,10k\pm2,20k\pm4,30k\pm6$と表わされるとき、$\cos n^\circ$は無理数である。
(証明)
$\cos72^\circ=\displaystyle \frac{\sqrt{5}-1}{4}$である。$360=5\times72$であるから、$\cos\{72(5k\pm1)\}^\circ=\pm\displaystyle \frac{\sqrt{5}-1}{4}$は無理数。$5k\pm1,10k\pm2,20k\pm4,30k\pm6$は$72(5k\pm1)$の約数だから、無理数判定法より$\cos(5k\pm1)^\circ,$$\cos(10k\pm2)^\circ,$$\cos(20k\pm4)^\circ,$$\cos(30k\pm6)^\circ$は無理数である。
したがって、$\cos n^\circ$が有理数となる$n$の候補は、$10,$$14,$$20,$$26,$$30,$$34,$$40,$$46,$$50,$$60,$$70,$$74,$$80,$$86$に絞られます。
$n=12k\pm2$と表わされるとき、$\cos n^\circ$は無理数である。
(証明)
$\cos30^\circ=\displaystyle \frac{\sqrt{3}}{2}$である。$180=6\times30$であるから、$\cos\{30(6k\pm1)\}^\circ=\pm\displaystyle \frac{\sqrt{3}}{2}$は無理数。$12k\pm2$は$30(6k\pm1)$の約数だから、無理数判定法より$\cos(12k\pm2)^\circ$は無理数である。
したがって、$\cos n^\circ$が有理数となる$n$の候補は、$20,$$40,$$60,$$80$に限られます。候補が$4$つまで絞られました!!
$n=20,40,80$のとき、$\cos n^\circ$は無理数である。
(証明)
$\cos 80^\circ$が無理数であることを示す。$\cos 80^\circ=x$とおくと、$3$倍角の公式より、$\cos 240^\circ=4x^3-3x=-\displaystyle \frac{1}{2}$。したがって、$\cos 80^\circ$は$8x^3-6x+1=0$の解である。もしこの方程式が有理数解を持つならば、有理根定理より、その有理数解の候補は$x=\pm1,\pm\displaystyle \frac{1}{2},\pm\displaystyle \frac{1}{4},\pm\displaystyle \frac{1}{8}$が考えられるがいずれも解でない。したがって方程式$8x^3-6x+1=0$は有理数解をもたないから、$\cos 80^\circ$は無理数である。さらに$20$と$40$は$80$の約数だから、無理数判定法より$\cos 20^\circ,$$\cos 40^\circ$も無理数である。
したがって、$\cos n^\circ$が有理数となる$n$の候補は$60$のみです!!あとは、$\cos 60^\circ$が有理数であることをちゃんと確かめましょう。
$\cos 60^\circ$は有理数である。
(証明)
$\cos 60^\circ=\displaystyle \frac{1}{2}$だから$\cos 60^\circ$は有理数である。
以上で証明はおしまいです。お疲れさまでした!!
$\sin n^\circ$は有理数か
せっかくなので、$\sin$の場合も考えてみましょう。
$0< n<90$のとき $\sin n^\circ$が有理数$ \Longleftrightarrow$ $n=30$
(証明)
$\sin n^\circ=\cos(90^\circ-n^\circ)$だから、$\sin n^\circ$が有理数となるのは、$90^\circ-n^\circ=60^\circ$より$n=30$
最後にちょっと補足します。なぜ先に$\cos$を考えたか分かりますか?答えは$\sin$の場合には、チェビシェフ多項式みたいなものが常には存在しないからです。すなわち、$\sin n\theta=S_n(\sin\theta)$を満たす多項式$S_n(x)$は、常には存在しません(例えば$n=2$)。だから、先に$\cos$を考えたのでした。
以上で今回の記事はおしまいです。結構ボリューミーでしたがいかがでしたでしょうか。最後まで読んでいただきありがとうございました。