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具体例で見る随伴関手

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$$\newcommand{disp}[0]{\displaystyle} \newcommand{Hom}[0]{\mathrm{Hom}} \newcommand{Im}[0]{\mathrm{Im}} \newcommand{Ker}[0]{\mathrm{Ker}} \newcommand{matab}[2]{\begin{pmatrix} #1 & #2 \end{pmatrix}} \newcommand{matac}[3]{\begin{pmatrix} #1 & #2 & #3 \end{pmatrix}} \newcommand{matba}[2]{\begin{pmatrix} #1 \\ #2 \end{pmatrix}} \newcommand{matbb}[4]{\begin{pmatrix} #1 & #2 \\ #3 & #4 \end{pmatrix}} \newcommand{matbc}[6]{\begin{pmatrix} #1 & #2 & #3 \\ #4 & #5 & #6 \end{pmatrix}} \newcommand{matca}[3]{\begin{pmatrix} #1 \\ #2 \\ #3 \end{pmatrix}} \newcommand{matcb}[6]{\begin{pmatrix} #1 & #2 \\ #3 & #4 \\ #5 & #6 \end{pmatrix}} \newcommand{matcc}[9]{\begin{pmatrix} #1 & #2 & #3 \\ #4 & #5 & #6 \\ #7 & #8 & #9 \end{pmatrix}} \newcommand{ZZ}[1]{\mathbb Z / #1 \mathbb Z} $$

 プロフィール画像を可換図式にしてる割りにはそれらしい記事を書いてないなあ、ということで、なんか書いてみます。
 可換図式と言えば圏論ですね。私が圏論を初めて学んだとき、特に面白いと思ったのが随伴関手です。というわけで、この記事では随伴関手について語ります。
 私自身そこまで圏論について詳しいわけではないので、基本的な内容のみとなります。何かおかしい点がありましたらご指摘頂けると幸いです。

 圏や関手の定義は既知として書いていますが、仮にそれらを知らなくても、具体例を見ることで「ああ、随伴関手って『これ』のことか」となんとなく分かるかもしれません。よければ見ていってください。

線形写像の話

 いきなり定義に入る前に、導入として線形写像の話をします。
 次のような文言を見たことがあるでしょうか。

線形写像は基底の行き先で決まる。

線形代数でよく出てくるやつですね。これは、厳密に言うと以下のようになります。

$V_1, V_2$を体$K$上のベクトル空間とする。$E \subset V_1$$V_1$の基底とする。このとき、任意の写像$f:E \to V_2$に対し、$K$上の線形写像$\widetilde f:V_1 \to V_2$$\widetilde f|_E = f$を満たすものが一意に存在する。

つまり、
$E$から$V_2$への写像
から
$V_1$から$V_2$への$K$上の線形写像
がただ1つ決まります。逆に、②が与えられたら$E$に制限することにより①が得られるので、①と②は等価な概念であると言えます。

 このように、ある写像を考えることと別のある写像を考えることが等価である、という状況は数学ではしばしば現れます。そして、そのような状況には多くの場合随伴関手が関わっています。

随伴関手とは

 圏、関手の定義は既知とします。

 $\mathcal C_1, \mathcal C_2$を圏、$F:\mathcal C_1 \to \mathcal C_2, G:\mathcal C_2 \to \mathcal C_1$を共変関手とする。任意の対象$X \in \mathcal C_1, Y \in \mathcal C_2$に対して全単射
$$ \theta_{X,Y} : \Hom_{\mathcal C_1}(X,G(Y)) \to \Hom_{\mathcal C_2}(F(X), Y)$$
が存在して、任意の対象$X,X' \in \mathcal C_1, Y,Y' \in \mathcal C_2$と射$f : X' \to X, g : Y \to Y'$に対して
\begin{xy} \xymatrix{ \Hom_{\mathcal C_1}(X, G(Y)) \ar[d] \ar[r]^{\theta_{X,Y}} & \Hom_{\mathcal C_2}(F(X), Y) \ar[d]\\ \Hom_{\mathcal C_1}(X', G(Y')) \ar[r]^{\theta_{X',Y'}} & \Hom_{\mathcal C_2}(F(X'), Y') } \end{xy}
が可換になるとき、$F$$G$左随伴関手$G$$F$右随伴関手であるという。

 ここで、図式の左の縦の写像は$h:X \to G(Y)$に対して
$$ G(g) \circ h \circ f : X' \to G(Y')$$
を対応させる写像です。右も同様。

 なかなかややこしい定義ですが、とりあえず「$\Hom$から$\Hom$への全単射」というのを頭に入れておいて頂ければと思います。さっきの線形写像の話と何かしら関係がありそうですよね。

 「左」「右」については、$\Hom(-,-)$の中身の左にかかるのが左随伴、右にかかるのが右随伴と覚えましょう。

 なお、同値な定義がいくつか知られています(参考: wikipedia )。ここでは、できるだけ基本的な用語、概念のみで完結するものを採用しました。

 ここからは、随伴関手の具体例をいくつか見ていきます。

例1: 線形写像

 冒頭に挙げた例からどのような随伴関手が出てくるのかを考えてみます。再掲すると、
$E$から$V_2$への写像
$V_1$から$V_2$への$K$上の線形写像
という2つの概念が等価である、というものでした。これを圏っぽく書くと、$\mathbf{Set}$を集合の圏、$K\text{-}\mathbf{Vec}$$K$-ベクトル空間の圏として、全単射
$$ \Hom_{\mathbf{Set}}(E, V_2) \to \Hom_{K\text{-}\mathbf{Vec}}(V_1,V_2)$$
が定まる、と言えます。$\Hom$から$\Hom$への全単射が出てきましたね。左側の
$$ \Hom_{\mathbf{Set}}(E, V_2)$$
ですが、ここでは$V_2$を単なる集合として考えています。なので、より厳密に言えば、関手 $G:K\text{-}\mathbf{Vec} \to \mathbf{Set}$を「ベクトル空間を単に集合と見なす、線形写像を単に写像と見なす」という関手(いわゆる忘却関手)として、
$$ \Hom_{\mathbf{Set}}(E, G(V_2))$$
と書くのが正しいです。これで1つ関手ができました。
 逆向きの関手について、
$$ \Hom_{\mathbf{Set}}({\color{red}{E}}, G(V_2)) \to \Hom_{K\text{-}\mathbf{Vec}}({\color{red}V_1},V_2)$$
の部分に着目して考えます。$E$$V_1$の基底でした。$E$から$V_1$を作るということは、与えられた集合に対してそれを基底とするベクトル空間を作る、すなわち
$$ F(X) = \bigoplus_{x \in X} K$$
という関手を考えれば良さそうです ($V_1$$\bigoplus_{x \in E} K$は厳密には違うものですが、同型なのでヨシ!ということにします)。
 射の対応についても一応ちゃんと書いておきます。まず、各$x \in X$に対し、$\bigoplus_{x \in X} K$の元で$x$成分が$1$,他の成分が$0$であるようなものを$\boldsymbol e_x$とおきます。集合$X,Y$の間の写像$f:X \to Y$が与えられたとき、対応する線形写像
$$ F(f):\bigoplus_{x \in X} K \to \bigoplus_{y \in Y} K$$
は、各$\boldsymbol e_x$$\boldsymbol e_{f(x)}$に移すものと定めます。これで関手$F:\mathbf{Set} \to K\text{-}\mathbf{Vec}$が定まりました。

 $F,G$が互いに随伴関手であることを確かめるには、さらに定義中に述べた可換性を確かめる必要がありますが、まじめに書くとどうしてもごちゃごちゃして見づらくなってしまうので、割愛します。気になる方は確かめてみてください。
 経験上、命題1のような綺麗な事実から関手および$\Hom$の間の全単射を自然に構成できた場合、大抵は可換性も成り立ちます。(ここで言う「自然に」は直感的な意味です)

 まとめると、
$F:\mathbf{Set} \to K\text{-}\mathbf{Vec}$$F(X) = \bigoplus_{x\in X}K$なる関手(射は自然に定める)、
$G:K\text{-}\mathbf{Vec} \to \mathbf{Set}$を忘却関手
とすると、$F$$G$の左随伴関手、$G$$F$の右随伴関手となります。

左随伴関手と右随伴関手は特に逆関手というわけではありませんので、合成して元に戻るといったことはありません。

 こんな感じで、「○○を満たす写像が一意に存在する」といった状況を圏論的に整理すると、自然と随伴関手が現れたりします。

例2: 剰余群

 次は群論における例です。次の命題を考えます。

 $G_1,G_2$を群、$N$$G_1$の正規部分群とする。群準同型$f : G_1 \to G_2$$f(a) =1_{G_2} \ (\forall a \in N)$を満たすとき、群準同型$\widetilde f: G_1/N \to G_2$

$$ \begin{xy} \xymatrix { G_1 \ar[r]^f \ar[d] & G_2 \\ G_1 / N \ar[ur]_{\widetilde f} & } \end{xy}$$
を可換にするものが一意に存在する。

群論でよく使われる事実ですね。ここにも随伴関手が隠れています。分かるでしょうか?ちょっと分かりにくいかもしれません。

 $\mathbf {Grp}$を群の圏とします。また、圏$\mathbf{Grp}_*$を以下で定めます。なお、$\mathbf{Grp}_*$という記号はこの記事独自のものです。

対象:任意の群$G$とその任意の正規部分群$N$の組$(G,N)$,
射:$(G_1,N_1)$から$(G_2,N_2)$への射は、群準同型$f : G_1 \to G_2$であって$f(N_1) \subset N_2$を満たすもの。

実際に圏をなすかどうか気になる方は、確かめてみてください。

 命題3における「群準同型$f : G_1 \to G_2$$f(a) =1_{G_2} \ (\forall a \in N)$を満たす」というのは、「$f$$(G_1,N)$から$ (G_2, \{1_{G_2}\})$への射である」と言い換えられます。つまり、命題3は
$$ \Hom_{\mathbf {Grp}_*}((G_1,N),(G_2,\{1_{G_2}\})) \to \Hom_{\mathbf {Grp}}(G_1/N, G_2)$$
なる単射を与えています。全射性もすぐに分かります (与えられた$g:G_1/N \to G_2$$G_1 \to G_1/N$と合成すれば良い)。これで$\Hom$の間の全単射が得られました。

 ここからどのような関手が得られるでしょうか。上で現れた2つの$\Hom$を見比べると見えてきます。1つは
$$ F_1:\mathbf {Grp}_* \to \mathbf{Grp}, \qquad F_1((G,N)) = G/N$$
で、もう1つは
$$ F_2:\mathbf {Grp} \to \mathbf{Grp}_*, \qquad F_2(G) = (G,\{ 1_G \})$$
ですね。それぞれ射の対応も自然に定まります。
 $F_1$$F_2$の左随伴関手、$F_2$$F_1$の右随伴関手となります。例によって、可換性の証明は省略します。

例3: 加群のテンソル積とHom

 3つめは、テンソル積に関する例です。テンソル積をよく知らないという方は、読み飛ばしても大丈夫です。
 $R$を可換環とします。

$L,M,N$$R$加群とするとき、
$$ \Hom_R(L \otimes_R M, N ) \cong \Hom_R(L, \Hom_R(M, N))$$

 この同型、ご存じでしょうか。 もうちょっと一般化した形 もありますが、この記事では簡単のため、上記の形で扱います。  

(概略)

$f \in \Hom_R(L \otimes_R M, N )$に対し、$\tilde f \in \Hom_R(L, \Hom_R(M, N))$
$$ \tilde f(l)(m) = f(l \otimes m)$$
で定める。
$g \in \Hom_R(L, \Hom_R(M, N))$に対し、双線形写像$\hat g : L \times M \to N$
$$ \hat g(l,m) = g(l)(m)$$
で定める。$\hat g$は準同型$\overline g : L \otimes M \to N$ を誘導する。
$f \mapsto \tilde f$$g \mapsto \overline g$は共に準同型で、互いの逆写像となる。

 さて、随伴関手を頭に置いた状態でこの命題を見たらどうでしょうか。なんかもうあからさまに随伴関手の形してますよね。すなわち、$R\text{-}\mathbf {Mod}$$R$加群の圏として、$R$加群$M$を固定し
$$ F:R\text{-}\mathbf {Mod} \to R\text{-}\mathbf {Mod}, \qquad F(L) = L \otimes_R M$$
$$ G:R\text{-}\mathbf {Mod} \to R\text{-}\mathbf {Mod}, \qquad G(N) = \Hom_R(M,N)$$
と定めれば、$F$$G$の左随伴関手、$G$$F$の右随伴関手となります。

 加群について学んだことのある方は、「テンソル積の右完全性」と「Homの左完全性」のように、テンソル積とHomがある種の双対的な性質を持っていることをご存じかと思います。それは偶然ではなく、実はこれらは随伴関手という概念によって繋がっていた、という訳です。

終わりに

 今回は、随伴関手のいくつかの例を見ました。数学の様々な場面に現れる似たような事実を統一的に表せる、というのはまさに圏論らしい話ですね。今回見たものはほんの一例であり、まだまだ数学の世界には随伴関手が溢れています。「○○を満たす写像が一意に存在する」という場面に出会ったら、「お、随伴か?」と思いましょう(例外もあるので悪しからず……)。
 ただ、今回の話はただ名前を与えただけです。「だから何?」と言われてしまえばぐうの音もでません。
 例えば「左随伴関手ならば○○である」といった性質があれば、それは数学における様々な概念に対して○○が示されたことになり、とても嬉しいですね。実際、代表的な性質で「右随伴関手は極限を保つ、左随伴関手は余極限を保つ」というのがあります。このあたりの記事も書ければ書きたいと思います(未定)。

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koumei
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908
(2023/11/30)別名義を使ってましたが、OMCでの名義に揃えました。

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