過去の入試問題で,次の問題があります。
$f(x)=x^3-3x+1$,$g(x)=x^2-2$とし,方程式$f(x)=0$について考える。このとき,以下のことを示せ。
⑴ $f(x)=0$は絶対値が$2$より小さい$3$つの相異なる実数解を持つ。
⑵ $\alpha$が$f(x)=0$の解ならば,$g(\alpha)$も$f(x)=0$の解である。
⑶ $f(x)=0$の解を小さい順に$\alpha_1,\alpha_2,\alpha_3$とすれば,$$ g(\alpha_1)=\alpha_3,\quad g(\alpha_2)=\alpha_1,\quad g(\alpha_3)=\alpha_2$$
となる。
この問題を初めてみる人にとっては,「なんなんだこの問題?」「この$\bm{x^2-2}$という関数はどこから出て来たんだ?」という疑問が自然と出てくると思います。なんなら昔の僕はそうでした。しかし今の僕ならばこの問題をより深く考察することが出来ます。これは体論と絡めて語ることが出来ます。
そこでこの記事(及びその続記事)では,この問題の周辺の話題を思いつらつらと書いていきます。
方針として,
KeyWords: ガロア拡大,アーベル拡大,入試問題,体論,複素数
複素数を用いることで,話が簡明になります。特にこの節では$1$の9乗根を使うことで,$g(x)$の正体を暴いていきましょう。
まず,$\eta=\cos\bunsuu{2}{9}\pi+i\sin\bunsuu{2}{9}\pi$とします。これは$1$の原始9乗根です。$\eta^3$は$1$の3乗根ですから,$$
\eta^6+\eta^3+1=0
$$
を得ます。これを$\eta^3$で割ると,$$
\eta^3+\bunsuu{1}{\eta^3}+1=0
$$です。ここで変換$\bm{t=\eta+\bunsuu1{\eta}}$を与えますと,$$
\bm{t^3-3t+1=0}
$$
を得ます。これはまさしく$f(x)=0$の解になっています。すなわち,$\bbox[yellow,2pt]{\bm{t=2\cos\bunsuu{2}{9}\pi}}$は$f(x)$の根になっていることが分かりました。同様にして他の解も$1$の9乗根で表すことが出来ます。具体的には,$$
\eta+\bunsuu1{\eta},\quad \eta^2+\bunsuu1{\eta^2},\quad \eta^4+\bunsuu1{\eta^4}
$$が解になっています。例えば今列挙した順に$\alpha,\beta,\gamma$と置くならば,$$
\beta=\alpha^2-2,\quad \gamma=\beta^2-2,\quad \alpha=\gamma^2-2
$$
となることは容易に分かり,これはこれで$g(x)$の正体が判明しました。
どうやら過去にこんな問題が出されたようです。参考にしていただければと思います。
ここからがメインテーマであり,長い道のりです。ガロア拡大(特にアーベル拡大)とリンクさせながら話を続けていきましょう。
ちなみに,最近は標数有限の体しか触っていなくて,有理数体のような標数0の体(有限次分離拡大が必ず単拡大になる体)を考えるのはスッキリしますね。なんかかわいいというか。愛でてあげているというか。そんな気持ちです。有理数体$\mathbb Q$上のモニック(最大次数の係数は$1$)な既約多項式$f(T)\in \mathbb Q[T]$の根の$1$つを$\alpha$とする。$\mathbb Q(\alpha)$を$\mathbb Q$に$\alpha$を“添加”した体とするとき,$f(T)$の根がすべて$\mathbb Q(\alpha)$に属しているとき,体の拡大$\mathbb Q(\alpha)/\mathbb Q$を アーベル拡大 という。
「$f(T)$の最小分解体が単拡大である」「$f(T)$の最小分解体を$L$として,$\Gal(L/\mathbb Q)$がアーベル群である」などはすべて同値な言い換えです。
モニックな既約多項式$f(T)$が$2$次の多項式であれば,その根を添加して出来る体はすべてアーベル拡大です。
モニックな既約多項式$f(T)$が$3$次であれば,$f(T)=(T-\alpha)(T-\beta)(T-\gamma)$について,$\mathbb Q(\alpha)$がアーベル拡大であるための必要十分条件があります。
$a,\,b,\,c\in\mathbb Q$として,モニックな既約多項式$f(T)=T^3+aT^2+bT+c=(T-\alpha)(T-\beta)(T-\gamma)\in \mathbb Q[T]$をとる。$f(T)$の最小分解体$L$がアーベル拡大であるための必要十分条件は,$$
\delta\colon\!=(\alpha-\beta)(\beta-\gamma)(\gamma-\alpha)
$$
が,$\delta\in\mathbb Q$であることである。
$\delta$が有理数だとする。また,$f(T)$の根$\alpha$をとる。このとき$\mathbb Q(\alpha)=L$であればよい。特に,他の根$\beta,\gamma$が$\beta,\gamma\in\mathbb Q(\alpha)$であればよい。今,$$
f'(\alpha)=(\alpha-\beta)(\alpha-\gamma)
$$
であるから,$$
\beta-\gamma=-\bunsuu{\delta}{f'(\alpha)}
$$を得る。また,$3$次多項式の根と係数の関係から,$$
\beta+\gamma=-a-\alpha
$$
である。したがって,例えば$\beta$については,$$
\beta=-\bunsuu12\left(\bunsuu{\delta}{f'(\alpha)}+a+\alpha\right)
$$であるから,$\beta\in\mathbb Q(\alpha)$である。同様に$\gamma\in\mathbb Q(\alpha)$も分かる。
逆に$L$がアーベル拡大とすると,$\Gal(L/\mathbb Q)$の任意の元$\sigma$に対して$\sigma(\delta)=\delta$であることが,$\delta$の定め方から簡単に分かる。よって$\delta\in\mathbb Q$となる。
この定理の結果を,考えている問題に適用しましょう。今回の場合は,$$
f(x)=x^3-3x+1=(x-\alpha)(x-\beta)(x-\gamma)
$$
で,実際に$\delta$を計算してみます。$$
f'(\alpha)=(\alpha-\beta)(\beta-\gamma),\quad f'(\beta)=(\beta-\gamma)(\beta-\alpha),\quad f'(\gamma)=(\gamma-\alpha)(\gamma-\beta)
$$
であるので,
\begin{align}
\delta^2&=(\alpha-\beta)^2(\beta-\gamma)^2(\gamma-\alpha)^2\\
&=-f'(\alpha)f'(\beta)f'(\gamma)\\
&=-(3\alpha^2-3)(3\beta^2-3)(3\gamma^2-3)
\end{align}
と計算できます。ここで,根と係数の関係から,
$$
\begin{align}
&\alpha+\beta+\gamma&=&\phantom{-}0\\
&\alpha\beta+\beta\gamma+\gamma\alpha&=&-3\\
&\alpha\beta\gamma&=&-1
&\end{align}
$$
が成り立っていましたので,これを使うことで,$\delta^2=81$となり,$\delta$が有理数であることが分かりました。($\delta$の正負は,$\alpha,\beta,\gamma$の具体的な取り方によって変わります。)従って,$f(x)$の最小分解体は単拡大であることが分かり,特に$\bm{\beta}$や$\bm{\gamma}$は$\bm{\alpha}$を用いて表される事が分かりました。
そこで,例えば$\delta=9$として,$\beta,\gamma$の値を求めていきます。
定理の証明における計算から,$$
\begin{cases}
\beta=-\bunsuu12\left(-\alpha-\bunsuu{9}{3\alpha^2-3}\right)=\bunsuu12\left(-\alpha-\bunsuu{3}{\alpha^2-1}\right)\\
\gamma=\bunsuu12\left(-\alpha+\bunsuu{3}{\alpha^2-1}\right)
\end{cases}
$$
が分かります。ここで,$\alpha$に関する恒等式$$
\bunsuu3{\alpha^2-1}=2\alpha^2+\alpha-4
$$
を用いる(なぜ成り立つかは考えてみてください。)ことで,
\begin{cases}
\beta=-\alpha^2-\alpha+2\\
\gamma=\alpha^2-2
\end{cases}
と表すことが出来ました。ここに出てくる$\bm{\alpha^2-2}$こそが,$\bm{g(x)}$の正体なのです。
また,神戸大の問題の$g(x)$の代わりに,$h(x)=-x^2-x+2$を与えることで類題を作成することが出来ます。
$f(x)=x^3-3x+1$,$h(x)=-x^2-x+2$とし,方程式$f(x)=0$について考える。このとき,以下のことを示せ。
⑴ $f(x)=0$は絶対値が$2$より小さい$3$つの相異なる実数解を持つ。
⑵ $\alpha$が$f(x)=0$の解ならば,$h(\alpha)$も$f(x)=0$の解である。
⑶ $f(x)=0$の解を小さい順に$\alpha_1,\alpha_2,\alpha_3$とすれば,$$ h(\alpha_1)=\alpha_2,\quad h(\alpha_2)=\alpha_3,\quad h(\alpha_3)=\alpha_1$$
となる。
とりあえずこの問題について,高校生でも分かること,体論から眺めることで色をつけられることを見ていきました。次回は,整数論との関連を見ていきます。ここまで見ていただきありがとうございます。
もっと過去にさかのぼると,こんな問題がありました。
$3$次方程式$$
x^3-3x+1=0\qquad\cdots\cdots(\ast)
$$
について以下の問いに答えよ。
⑴ $(\ast)$の解で$1$より大きいものは,ただ$1$つであることを示せ。
⑵ $(\ast)$の解で$1$より大きいものを$\alpha$とし,$\beta=\alpha^2-2,\ \gamma=\beta^2-2$とする。
このとき,$\gamma<\beta<\alpha$であることを示せ。
⑶ $\beta,\ \gamma$は$(\ast)$の解であることを示せ。