一般に複素数範囲の数であれば $n$ 乗根は重解含めて $n$ 通り存在するわけですが、行列の場合にもあてはまるのでしょうか? そこで、最も単純な $2$ 次の単位行列の $n$ 乗根について考えてみました(*´∀`*)
$2$次の単位行列といえば $E=\begin{pmatrix}1&0\\0&1\end{pmatrix}$ ですよね。
$E=\begin{pmatrix}1&0\\0&1\end{pmatrix}$ は、この空間が $(1,0)$ と $(0,1)$ を基底の元として構成されてるよってことを表した数で、この空間からみた $(1,0)$ と $(0,1)$ を新たな基底の元とする異空間を想定すると、全く同じクローン空間ができます。
$\begin{pmatrix}1&0\\0&1\end{pmatrix}\begin{pmatrix}1&0\\0&1\end{pmatrix}=\begin{pmatrix}1&0\\0&1\end{pmatrix}$
このことは、 $E$ を整数乗しても $E$ と同じだよってことを意味しているわけですが、では整数乗根はどうなるでしょうか?
$E$ の $n$乗根として自明的に思いつくのは、基底の姿勢を回転させてその角度で対応させるもの。
例えば基底の各元を空間内で原点を中心に $\frac{2\pi}n~\mathrm{rad}$ 回転させた $(\cos\frac{2\pi}n,\sin\frac{2\pi}n)$ と $(-\sin\frac{2\pi}n,\cos\frac{2\pi}n)$ を新たな基底として想定すれば、同じ操作を $n$ 回繰り返すことで1周して最初と同じ姿勢に戻りますから、これは $n$ 乗根といえますね。
(例)$\begin{pmatrix}\cos\frac{2\pi}n&-\sin\frac{2\pi}n\\\sin\frac{2\pi}n&\cos\frac{2\pi}n\end{pmatrix}^n=\begin{pmatrix}1&0\\0&1\end{pmatrix}$
少し反則的ではありますが、回転方向は同一空間上に限る必要はありません。各元に対して垂直な次元方向へ回転させても、(想定している2次元の空間からは飛び出してしまいますが)$n$ 乗したら $1$周して元の空間の単位行列へ戻ってきます。
(例)$\begin{pmatrix}e^{\frac{2\pi}ni}&0\\0&e^{\frac{2\pi}ni}\end{pmatrix}^n=\begin{pmatrix}1&0\\0&1\end{pmatrix}$
このような異次元への飛び出しを認めるなら回転面は無限に存在しますので $n$ 乗根は無限に存在するといえるでしょう。ただ先程も書きましたようにこれは少し反則的です。といいますのも、この例では実質的に$2$次元$\times$$2$次元=$4$次元を対象空間としていますので、通常の数(という表現もヘンですが)でいうところの「複素数範囲に $n$ 個」ではなく「四元数範囲に無限個」と対比させないと割に合いません(←?)
そんなわけで、今回は実数行列の範囲に絞ったときの $n$ 乗根について考察していきたいと思います(*´ω`*)/
行列の累乗ときたら、まずは対角化でしょう。早速、$E$ の $n$ 乗根の行列 $R=\begin{pmatrix}x_0&x_1\\y_0&y_1\end{pmatrix}$($x_0,y_0,x_1,y_1\in\mathbb{R}$)が対角化可能であるようなケースから考えてみます。行列に関する詳細解説は本題ではないため、導出の流れをざっくり追いかける感じで証明などは省略させてくださいませ。
$R$ の固有値を $\lambda$ とすると $\lambda$ の総和は $\mathrm{tr}R=x_0+y_1$、総積は $\det R=x_0y_1-x_1y_0$ に等しいため$2$次方程式の解と係数の関係より $\lambda^2-\mathrm{tr}A\lambda+\det A=0$ を解いて
$\lambda=\frac{\mathrm{tr}A\pm\sqrt{(\mathrm{tr}A)^2-4\det A}}2=\frac{x_0+y_1}2\pm\sqrt{\left(\frac{x_0+y_1}2\right)^2-(x_0y_1+x_1y_0)}=\frac{x_0+y_1}2\pm\sqrt{\left(\frac{x_0-y_1}2\right)^2+x_1y_0}$
固有ベクトルを $(v_x,v_y)$ と表すと $\begin{pmatrix}x_0-\lambda&x_1\\y_0&y_1-\lambda\end{pmatrix}\begin{pmatrix}v_x\\v_y\end{pmatrix}=\begin{pmatrix}0\\0\end{pmatrix}$ であることから
$v_x:v_y=x_1:-(x_0-\lambda)=-(y_1-\lambda):y_0$ より導出される固有ベクトルの定数倍からなる行列を $P$、対角行列を $D$ として
$\begin{align}
R=&PDP^{-1}\\
R^n=&(PDP^{-1})^n=PD^nP^{-1}=E\\
P^{-1}R^nP=&P^{-1}(PD^nP^{-1})P=D^n=E
\end{align}$
これを見ると、$D^n$ の対角成分はいずれも $1$、すなわち $D$ の対角成分である $R$ の$2$つの固有値 $\lambda_0$ と $\lambda_1$ はいずれも $1$ の $n$乗根であることが分かります。であれば、固有値の各項との関係性より $m\in\mathbb{Z}$、$n\in\mathbb{Z}^+$ を用いて
$\lambda=\frac{x_0+y_1}2\pm\sqrt{\left(\frac{x_0-y_1}2\right)^2+x_1y_0}=\cos\frac{2m\pi}n\pm i\sin\frac{2m\pi}n$
と表わせますので、各項で連立方程式を立てて解いてましょう。
$$\begin{cases}
\frac{x_0+y_1}2=\cos\frac{2m\pi}n\rightarrow y_1=2\cos\frac{2m\pi}n-x_0\\
\pm\sqrt{(\frac{x_0-y_1}2)^2+x_1y_0}=i\sin\frac{2m\pi}n\rightarrow(\frac{x_0-y_1}2)^2+x_1y_0=-\sin^2\frac{2m\pi}n
\end{cases}\\[2em]
\left(x_0-\cos\frac{2m\pi}n\right)^2+x_1y_0=-\sin^2\frac{2m\pi}n=\cos^2\frac{2m\pi}n-1\\
x_0^2-2\left(\cos\frac{2m\pi}n\right)x_0+x_1y_0+1=0\\
x_0=\cos\frac{2m\pi}n\pm\sqrt{\left(\cos\frac{2m\pi}n\right)^2-(x_1y_0+1)}
$$
よって、
$R=\begin{pmatrix}\cos\frac{2m\pi}n\pm\sqrt{\left(\cos\frac{2m\pi}n\right)^2-(x_1y_0+1)}&x_1\\y_0&\cos\frac{2m\pi}n\mp\sqrt{\left(\cos\frac{2m\pi}n\right)^2-(x_1y_0+1)}\end{pmatrix}$
と表せることが判明しました。$y_0$ と $x_1$ が遊んでますが、これは任意の数でおっけーってことで!
さて、$2$次の正方行列における対角化可能な必要十分条件は$2$つの固有値が異なる値を取ることです。
今回の場合、$\pm\sin^2\frac{2m\pi}n=0$ のとき重解 $\cos^2\frac{2m\pi}n$ を取ることが自明ですから、$n=1$、$n=2$ のときのみですね。
$n\ne0$、$n\ne1$、$n\ne2$、$m\in\mathbb{Z}$、$n\in\mathbb{Z}^+$、$x_1,y_0\in\mathbb{R}$ において
$\begin{pmatrix}\cos\frac{2m\pi}n\pm\sqrt{\left(\cos\frac{2m\pi}n\right)^2-(x_1y_0+1)}&x_1\\y_0&\cos\frac{2m\pi}n\mp\sqrt{\left(\cos\frac{2m\pi}n\right)^2-(x_1y_0+1)}\end{pmatrix}^n=\begin{pmatrix}1&0\\0&1\end{pmatrix}$
また、対角化不可能というのは正則な $P$ を作れなくて $P^{-1}$ を求められないってことなのですが、$R$ が最初から単位行列の定数倍の場合は $P$ は任意となるため、結果として $P$ を一意に求められないというケースを考慮する必要があります。上の例でいえば $x_1=y_0=0$、かつ、$\cos\frac{2m\pi}n=\pm1$ $(n=1,2)$ の場合。代入してみると $\begin{pmatrix}1&0\\0&1\end{pmatrix}^1$ と $\begin{pmatrix}-1&0\\0&-1\end{pmatrix}^2$ となり、いずれも単位行列になることが分かりました。こちらも追記しておきましょう。
$m\in\mathbb{Z}$、$n=1$、$n=2$ において
$\begin{pmatrix}\cos\frac{2m\pi}n&0\\0&\cos\frac{2m\pi}n\end{pmatrix}^n=\begin{pmatrix}1&0\\0&1\end{pmatrix}$\
(この形なら、$n\in\mathbb{Z}^+$ でいけますね。)
ところで余談ですが、$y_0=1$、$x_1=-1$ とすると、$R^n=\begin{pmatrix}0&-1\\1&2\cos\frac{2m\pi}n\end{pmatrix}^n=\begin{pmatrix}1&0\\0&1\end{pmatrix}$ を得られます。実はコレ、$+1$ と $e^{\frac{2m\pi}ni}$ を基底の元とする斜交座標系の基本的な回転を表しており、この数式から非常に興味深い考察を得ることができます。よろしければ ガラパゴ累乗定理 や ガラパゴ三角関数 を参照してみてくださいませ(*´ω`*)
続いて、対角化不可能かつ $R$ が対角行列ではないようなケースを考察してみます。
$R=\begin{pmatrix}x_0&x_1\\y_0&y_1\end{pmatrix}$ の固有値が重解、つまり $\left(\frac{x_0-y_1}2\right)^2+x_1y_0=0$ で、かつ、$R$ は単位行列の$n$乗根かつ実数行列の範囲ということから $\det R=x_0y_1-x_1y_0=1$ を踏まえると
$ \left(\frac{x_0-y_1}2\right)^2+x_0y_1-1=\left(\frac{x_0+y_1}2\right)^2-1=0\\ x_0+y_1=\pm2\leftarrow\mathrm{tr}R\\ y_1=-x_0\pm2\\ x_0y_1=x_0(-x_0\pm2)=-x_0^2\pm2x_0\\ x_1y_0=-(x_0^2\mp2x_0+1)=-(x_0\mp1)^2 $
$0$ ではない任意定数 $k$ を用いれば
$y_0=k(x_0\mp1)$、$x_1=-\frac{x_0\mp1}k$
と表現することができますね。
よって、この条件を満たす行列は $R=\begin{pmatrix}
x_0&-\frac{x_0\mp1}k\\k(x_0\mp1)&-x_0\pm 2
\end{pmatrix}$ となります。
もちろん、対角行列ではないという条件付きなので $x_0\ne\pm1$ なことはお忘れなく。
固有値を算出してみると、$\lambda^2-(\pm2)\lambda+1=(\lambda\mp1)^2=0$ より $\lambda=\pm1$ と期待通りに重解となっていますね。
固有ベクトル $(v_x,v_y)$ は
$\begin{cases}
(x_0\mp1)v_x+\left(-\frac{x_0\mp1}k\right)v_y=0\\
k(x_0\mp1)v_x+(x_0\pm1)v_y=0
\end{cases}$ より
$\lambda$ が $\pm1$ のいずれであっても $(1,k)$ となります。
さて、固有値が重解のため対角化はできませんが、対角化がダメならジョルダン標準形を使えばいいじゃない? というわけでサクっと試してみましょう。
$\begin{pmatrix}\lambda&1\\0&\lambda\end{pmatrix}=\begin{pmatrix}\pm1&1\\0&\pm1\end{pmatrix}$
$\begin{align} \begin{pmatrix} x_0&-\frac{x_0\mp1}k\\k(x_0\mp1)&-x_0\pm 2 \end{pmatrix}\begin{pmatrix}1&p_x\\k&p_y\end{pmatrix}=&\begin{pmatrix}1&p_x\\k&p_y\end{pmatrix}\begin{pmatrix}\pm1&1\\0&\pm1\end{pmatrix}\\ \begin{pmatrix} \pm1&p_xx_0-\frac{(x_0\mp1)p_y}k\\ \pm k&k(x_0\mp1)p_x-(x_0\mp2)p_y \end{pmatrix}=&\begin{pmatrix} \pm1&1\pm p_x\\ \pm k&k\pm p_y \end{pmatrix} \end{align}\\ \begin{cases} p_xx_0-\frac{(x_0\mp1)p_y}k=1\pm p_X\\ k(x_0\mp1)p_x-(x_0\mp2)p_y=k\pm p_y \end{cases}$
$x_0\ne\pm1$ という条件下なので $\begin{cases} p_x=\frac1{x_0\mp1}\\ p_y=0 \end{cases}$
$\begin{align} \begin{pmatrix} x_0&-\frac{x_0\mp1}k\\k(x_0\mp1)&-x_0\pm 2 \end{pmatrix}=&\begin{pmatrix}1&\frac1{x_0\mp1}\\k&0\end{pmatrix}\begin{pmatrix}\pm1&1\\0&\pm1\end{pmatrix}\begin{pmatrix}1&\frac1{x_0\mp1}\\k&0\end{pmatrix}^{-1}\\ =&\begin{pmatrix}1&\frac1{x_0\mp1}\\k&0\end{pmatrix}\begin{pmatrix}\pm1&1\\0&\pm1\end{pmatrix}\begin{pmatrix} 0&\frac1k\\ x_0\mp1&-\frac{x_0\mp1}k \end{pmatrix}\\ \begin{pmatrix} x_0&-\frac{x_0\mp1}k\\k(x_0\mp1)&-x_0\pm 2 \end{pmatrix}^n=&\begin{pmatrix}1&\frac1{x_0\mp1}\\k&0\end{pmatrix}\begin{pmatrix}\pm1&1\\0&\pm1\end{pmatrix}^n\begin{pmatrix} 0&\frac1k\\ x_0\mp1&-\frac{x_0\mp1}k \end{pmatrix} \end{align}$
$x_0+y_1=1$ のとき
$$\begin{align}
\begin{pmatrix}
x_0&-\frac{x_0-1}k\\k(x_0-1)&-x_0+2
\end{pmatrix}^n=&\begin{pmatrix}1&\frac1{x_0-1}\\k&0\end{pmatrix}\begin{pmatrix}1&n\\0&1\end{pmatrix}\begin{pmatrix}
0&\frac1k\\
x_0-1&-\frac{x_0-1}k
\end{pmatrix}\\
=&\begin{pmatrix}
1-n(x_0-1)&\frac{n(x_0-1)}k\\
-kn(x_0-1)&n(x_0-1)+1
\end{pmatrix}
\end{align}$$
$x_0+y_1=-1$ のとき
$$\begin{align}
\begin{pmatrix}
x_0&-\frac{x_0+1}k\\k(x_0+1)&-x_0-2
\end{pmatrix}^n=&\begin{pmatrix}1&\frac1{x_0-1}\\k&0\end{pmatrix}\begin{pmatrix}(-1)^n&(-1)^{n+1}n\\0&(-1)^n\end{pmatrix}\begin{pmatrix}
0&\frac1k\\
x_0-1&-\frac{x_0-1}k
\end{pmatrix}\\
=&\pm\begin{pmatrix}
-1-n(x-1)&\frac{n(x_0+1)}k\\
-kn(x_0+1)&n(x_0+1)+1
\end{pmatrix}
\end{align}$$
$x_0\ne\pm1$ という縛りがあるため、これらが単位行列になるには少なくとも $n=0$ でないといけませんね。
要するに、自身が対角行列ではなく、かつ、対角行列を作れないときは単位行列の $n$ 乗根にはなり得ないのです。
$2$ 次の正方行列の $n$乗根は、実数行列の範囲において以下の通り無数に存在します。(*´ω`*)
$n\ne0$、$n\ne1$、$n\ne2$、$m\in\mathbb{Z}$、$n\in\mathbb{Z}^+$、$x_1,y_0\in\mathbb{R}$ において
$\begin{pmatrix}\cos\frac{2m\pi}n\pm\sqrt{\left(\cos\frac{2m\pi}n\right)^2-(x_1y_0+1)}&x_1\\y_0&\cos\frac{2m\pi}n\mp\sqrt{\left(\cos\frac{2m\pi}n\right)^2-(x_1y_0+1)}\end{pmatrix}^n=\begin{pmatrix}1&0\\0&1\end{pmatrix}$
$m\in\mathbb{Z}$、$n\in\mathbb{Z}^+$ において
$\begin{pmatrix}\cos\frac{2m\pi}n&0\\0&\cos\frac{2m\pi}n\end{pmatrix}^n=\begin{pmatrix}1&0\\0&1\end{pmatrix}$
最後に、この記事の検算・検証にご協力下さった @nayuta_ito さんに感謝します。
どこかおかしな点がありましたら、やさしく教えてね!