クリフォード代数の反交換関係の制約をなくすと、どんな構造が増えるか調べよう。
$ p, q $を$ 0 $以上の整数とする。
$ 1 \leq i \leq j \leq p + q $に対し、$ s_{ij} $を$ + $または$ - $の記号の組とする。
$ \mathscr{C} := \operatorname{Cl}_{p,q}^{\{s_{ij}\}_{1 \leq i \leq j \leq p + q}}(\mathbb{R}) $
を以下で定義する。上付き添字の部分の表記については後述する。
ただし、上2式の$ \{ \} $とは$ B $の要素(すなわち$ V $の基底)である空集合のことである。
また、このようにして定義される代数のことを拡張クリフォード代数と呼ぶ。
$ \{s_{ij}\}_{1 \leq i \leq j \leq p + q} $がすべて$ - $の場合は、通常のクリフォード代数になります。
$ \{s_{ij}\}_{1 \leq i \leq j \leq p + q} $は、$ i $ごとに$ s_{ij} $を順に並べたものをセミコロンで区切って表すことにします。
$ +++;-+;- $の場合、
を表します。
$ \operatorname{Cl}_{1,3}^{+++;-+;-}(\mathbb{R}) $
と書けば、これに加えて
で定まる実$ 2^{1+3} = 16 $次元の代数を表すことになります。
$ \mathscr{C} := \operatorname{Cl}_{p,q}^{\{s_{ij}\}_{1 \leq i \leq j \leq p + q}}(\mathbb{R}) $を拡張クリフォード代数とする。
$ B $の要素$ \{ \} $を$ 1 $と書き、それに実数の係数を付けたものを実数と同一視する。
$ B $の要素$ \{ e_{i_1}, e_{i_2}, \cdots e_{i_n} \}\ \left(1 \leq i_1 < i_2 < \cdots < i_n \leq p + q\right) $を$ e_{i_1} e_{i_2} \cdots e_{i_n} $と書く。
$ a \in \mathscr{C} $に対し、その$ 1 $の係数を$ a $の実部と呼び、$ \Re(a) $と書く。
$ a - \Re(A) $を$ a $の虚部と呼び、$ \Im(a) $と書く。
$ \{s_{ij}\}_{1 \leq i \leq j \leq p + q} $を符号設定と呼ぶ。
拡張クリフォード代数全体の総称を大クリフォード主義と呼ぶ。
大クリフォード主義のうち、どのクリフォード代数とも同型にならないものを未回収のクリフォード代数と呼ぶ。
大クリフォード主義全体はどのような構造を持つか?
未回収のクリフォード代数はどれだけ存在するか?
大クリフォード主義について以下のことがわかっています。
拡張クリフォード代数の偶次元部分代数は拡張クリフォード代数である。
拡張クリフォード代数を$ \mathscr{C} := \operatorname{Cl}_{p,q}^{\{s_{ij}\}_{1 \leq i \leq j \leq p + q}}(\mathbb{R}) $とし、$ n = p + q $とする。
$ \mathscr{C} $の生成元全体の集合を$ E = \{ e_1, \cdots e_n \} $とする。
$ f_i = e_1 e_{i+1} (1 \leq i \leq n - 1) $とする。
拡張クリフォード代数$ \mathscr{D} $の生成元全体の集合を$ \{ f_1, \cdots, f_{n - 1} \} $とする。このとき、$ \mathscr{D} $には偶数個の生成元の積からなる基底の和しか入らない。
すなわち、偶数個の生成元の積からなる基底を掛けた場合、同じ生成元同士は$ 2 $個ずつキャンセルされ、偶奇が保存されるからである。
$ \mathscr{D} $の交換関係は
\begin{align*} f_i f_j &= e_1 e_i e_1 e_j \\ &= s_{1i} e_1 e_1 e_i e_j \\ &= s_{1i} s_{ij} e_1 e_1 e_j e_i \\ &= s_{1i} s_{ij} s_{1j} e_1 e_j e_1 e_i \\ &= \left( s_{1i} s_{ij} s_{1j} \right) f_i f_j \end{align*}
と導出される。
未回収のクリフォード代数は存在する。
$ n \in \mathbb{N}, n \geq 2 $とする。
全て$ + $からなる符号設定を$ \mathscr{S} $とし、$ \mathscr{P}_n = \operatorname{Cl}_{n,0}^{\mathscr{S}}(\mathbb{R}) $とする。
このとき、$ \mathscr{P}_n $はどのクリフォード代数とも同型ではない。
これは以下の2つの補題から従う:
$ a \in \mathscr{P}_n $に対し、$ x \in \mathscr{P}_n $に関する方程式$ x^2 = a $と$ x^2 = -a $がともに解を持つのは、$ a = 0 $のときかつそのときに限る。
$ \mathscr{P}_n $の生成元全体の集合を$ E $とすると、任意の$ x \in \mathscr{P}_n $は実数$ \{ r_{S} \}_{S \subseteq E} $を用いて
$ \displaystyle x = \sum_{S \subseteq E} r_S S $
と書ける。
$ \mathscr{P}_n $の交換性から、任意の$ S \subseteq E $に対して$ S^2 = 1 $が成り立つので、
$ \displaystyle \Re(x^2) = \sum_{S \subseteq E} r_S^2 $
である。
右辺は実数の$ 2 $乗和なので$ 0 $以上であり、よって$ \Re(a) = 0 $である。
右辺を$ 0 $にするためには$ \forall S \subseteq E, r_S = 0 $が必要条件である。
このとき、$ x = 0 $ゆえに$ x^2 = a = 0 $である。
逆に、$ a = 0 $であれば$ x^2 = 0 $と$ x^2 = 0 $はともに$ x = 0 $を解に持つ。
$ \mathscr{C} $を実$ 4 $次元以上のクリフォード代数とする。$ x \in \mathscr{C} $に関する方程式$ x^2 = 1 $と$ x^2 = -1 $はともに解を持つ。
$ x^2 = 1 $は$ x = 1 $を解に持つ。
$ \mathscr{C} $の生成元$ e_i $のうち一つでも$ e_i^2 = -1 $となるものがあれば、それが$ x^2 = -1 $の解の一つである。
$ \mathscr{C} $の生成元$ e_i $が全て$ e_i^2 = 1 $を満たすとする。$ \mathscr{C} $は実$ 4 $次元以上なので、相異なる生成元$ e_1, e_2 $が取れて反交換関係から
$ (e_1 e_2)^2 = e_1 e_2 e_1 e_2 = - e_1 e_1 e_2 e_2 = -1 $
が成り立つので$ e_1 e_2 $が$ x^2 = -1 $の解の一つである。
全て$ + $からなる符号設定を$ \mathscr{S} $とする。
$ \mathscr{P}_n = \operatorname{Cl}_{n,0}^{\mathscr{S}}(\mathbb{R}) $はどのクリフォード代数とも同型ではない。
$ a \in \mathscr{P}_n $に対し、$ x^2 = a $と$ x^2 = -a $の解がともに存在するならば、$ a = 0 $である。以下でこのことを証明する。
$ B = \mathcal{P}\left(\{ e_1, e_2, \cdots, e_n \}\right) $とする。
$ \displaystyle x \in \mathscr{P}_n = \sum_{S \subset B} x_S B\ \ \left(x_S \in \mathbb{R}\right)$と書けるとする。
このとき$ x^2 $の実部を$ r $とすると
$ \displaystyle r = \sum_{S \subset B} x_S^2 \geq 0 $
であるから、$ a $の実部は「$ 0 $以上でかつ、$ -1 $倍しても$ 0 $以上」でなければならないが、そのような実数は$ 0 $しか存在しない。
さらに、直前の$ \sum $の中身は実数の$ 2 $乗和であるから、これが$ 0 $になるためには全ての$ x_S $が$ 0 $でなければならない。
このとき$ a = x^2 = 0 $であり、たしかに$ x^2 = 0 $と$ x^2 = -0 $は共通解$ x = 0 $を持つ。
よって、補題4から定理が成り立つ。
拡張クリフォード代数を可能な限り列挙し、その同型関係を調べます。
$ \operatorname{Cl}_{0,0}^{}(\mathbb{R}) $が唯一の$ 1 $次元拡張クリフォード代数ですが、これは$ \mathbb{R} $そのものです。
正確には空集合を基底とする$ \mathbb{R} $上$ 1 $次元ベクトル空間ですが、$ \mathbb{R} $と同型です。
生成元$ e_1 $がありますが、交換関係を定めるもう$ 1 $つの生成元がないため、クリフォード代数と同じになります。
生成元$ e_1, e_2 $があるので、交換関係が生じます。未回収のクリフォード代数が発生します。
クリフォード代数と同じです。
乗積表は以下です。
| $ 1 $ | $ e_1 $ | $ e_2 $ | $ e_1 e_2 $ |
|---|---|---|---|
| $ e_1 $ | $ 1 $ | $ e_1 e_2 $ | $ e_2 $ |
| $ e_2 $ | $ e_1 e_2 $ | $ 1 $ | $ e_1 $ |
| $ e_1 e_2 $ | $ e_2 $ | $ e_1 $ | $ 1 $ |
$ 1, e_1, e_2, e_1e_2 $が全て$ 2 $乗して$ 1 $になり、かつどの$ 2 $つも互いに可換です。定理5よりこれは未回収のクリフォード代数です。
乗積表は以下です。
| $ 1 $ | $ e_1 $ | $ e_2 $ | $ e_1 e_2 $ |
|---|---|---|---|
| $ e_1 $ | $ -1 $ | $ e_1 e_2 $ | $ -e_2 $ |
| $ e_2 $ | $ e_1 e_2 $ | $ -1 $ | $ -e_1 $ |
| $ e_1 e_2 $ | $ -e_2 $ | $ -e_1 $ | $ 1 $ |
非可換な元が存在しないので、これまでに出てきたどの拡張クリフォード代数とも異なります。
乗積表は以下です。
| $ 1 $ | $ e_1 $ | $ e_2 $ | $ e_1 e_2 $ |
|---|---|---|---|
| $ e_1 $ | $ 1 $ | $ e_1 e_2 $ | $ e_2 $ |
| $ e_2 $ | $ e_1 e_2 $ | $ -1 $ | $ -e_1 $ |
| $ e_1 e_2 $ | $ e_2 $ | $ -e_1 $ | $ -1 $ |
$ e_1 e_2 := E_1, e_2 := E_2 $とおけば、$ E_1^2 = E_2^2 = -1, E_1 E_2 = E_2 E_1 \left(= -e_1 \right) $が成り立ちます。この対応により、$ \operatorname{Cl}_{1,1}^{+}(\mathbb{R}) \cong \operatorname{Cl}_{0,2}^{+}(\mathbb{R}) $となります。
組み合わせ爆発が起こるため、読者への演習問題とします。
現時点で未解決の問題を置いておきます。
大クリフォード主義を、行列表現することは可能か?
大クリフォード主義と、その行列表現の間の対応関係を具体的に記述することは可能か?